
第1話 パトカーとパンの味
「ぱとかー!」
後部座席から聞こえた声に、僕は思わず目を閉じた。
1歳の四男——家族でミルク将軍と呼んでいる——が、窓の外に止まっているパトカーを指さして、満面の笑みで叫んでいた。働く車が大好きな彼にとって、目の前のパトカーは最高のエンターテインメントだった。
でも僕には、あの車が何を意味しているかがわかっていた。
妻は今、あの建物の中にいる。長男の件で、事情聴取を受けている。
僕は助手席で、コンビニで買ったパンをかじった。味がしなかった。
2026年5月。長男のエイリアン王子は15歳だった。
再入店禁止になっていた店舗に、また入った。見つかって、通報された。パトカーが来た。
電話を受けた時、僕は仕事中だった。画面に表示された妻からの着信を見て、何かが起きたとわかった。内容を聞いた時、頭の中で「また」という言葉が静かに浮かんだ。怒りではなかった。驚きでもなかった。ただ「また」だった。
それが、怖かった。
警察署の駐車場で2時間待った。
ミルク将軍はご機嫌だった。パトカーを見て喜び、行き来する制服の人たちを指さして喜び、僕が差し出したパンを食べながら喜んでいた。
この子には何も関係ない。
その無邪気さが、救いだったのか、しんどさだったのか、今でもよくわからない。ただ、彼が隣にいてくれたから、僕はその2時間をなんとかやり過ごせた。
妻が署から出てきた時、その顔を見ればわかった。限界に近い顔だった。
帰り道、車内は静かだった。
帰宅後、盗まれた品物の全容が明らかになった。
最初に聞いていたものだけではなかった。ピアスとピアッサーも含まれていた。
その夜、妻がぽつりと言った。
「産まなければよかった」
僕は何も言えなかった。
言えなかったのは、否定する言葉が出てこなかったからだ。妻を責める気持ちは全くなかった。ただ、その言葉の重さを、どこかで自分のものとして受け取っていた。
自分の遺伝子のせいか。
そう思った。思ってしまった。
この感情を人に話したことは、ほとんどない。でも今、ここに書いておく。あの夜、父親である僕の中にあった、一番醜くて正直な感情として。
ここから先は、有料エリアです。