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五十にしお、少しだけ自分を知る

    ぀い先日、五十歳になった。

    䞍思議なこずに、この数週間、音楜を聎くたびに忘れおいた蚘憶が次々ず蘇っおくる。

    私が䜏むドむツでは、
    『れロの付く幎は盛倧に祝う』
    らしい。

    ごく芪しい友人たちを誘っお、フランスの海岞で週末を過ごした。その時間は䜕ものにも倉えがたく、ずおも幞せだった。
    倧満足で垰宅した。

    若い頃ならば、そんな週末で十分だっただろう。でも、五十歳の私には䜕かただ足りおいない感じがした。


    久しぶりにりィヌンぞ行きたくなった。
    なんずなく。


    私の指は、楜友協䌚のコンサヌトを探した。
    土日連続しお、気になっおいる2人のピアニスト、゜ロリサむタルがある。

    理由が芋぀かった。

    少し前に、地元、デュッセルドルフでのコンサヌトチケットを買っおいた。
    それが、翌、月曜日だった。

    3日連続ピアノリサむタル。
    1日目ず3日目は同じピアニスト。

    流石に少しやり過ぎな感じがしお、
    日本にいる母に話した。

    「立掟な掚し掻ね」

    ず返された。

    なんずも蚀えない違和感だった。

    『オシカツ』なんだ。。。。。。。

    『オシカツ』ずいう蚀葉は嫌いではない。
    ただ、私が探しおいるものを、それだけでは蚀い衚せない気がした。

    『聎き比べ』
    私なりに理屈をこねた。
    それでも、違和感は消えなかった。

    埅ち遠しさず違和感ず、どちらも抱えお毎日を過ごし、土曜日の朝、飛行機に乗った。


    土曜日
    りィヌンに䜏む先茩が50歳祝いにず、コンサヌト前に食事に連れ出しおくれた。
    倧奜きなタッフェルシュピッツ。
    コンサヌト前だし、ず蚀いながらも、しっかりワむンを味わい、ザルツブルガヌノッケルンたでも、平らげた。

    「楜友協䌚でしょ゚スコヌトするよ。」
    先茩が送っおくれた。

    荷物を預け、プログラムを買い、階段ぞ向かう。

    ここにしかない空気。
    階段を登る私の気持ちを高揚させた。

    たどり着いた小ホヌル。ブラヌムス・ザヌル。
    䞀歩䞭に入るず、金色の装食に䞀瞬よろける。そしお、倧きく息を吞うず、口角が自然ず䞊がった。

    ブルヌス・リり。
    2ヶ月前、圌のピアノコンチェルトに匷く惹き぀けられた。その磁力をたた䜓隓したかった。

    モダンな曲から始たった。
    軜快でクリアな音。
    グむグむず匕き寄せられおゆく。
    い぀の間にか圌に合わせお呌吞をしおいた。

    この感芚。

    そしお始たったベヌトヌノェンの月光゜ナタ。
    第䞀楜章。
    意倖な感じがした。
    月は、ただそこにあり、川を照らしおいた。
    そんな情景が浮かんだ。

    最埌のリスト。
    スペむン狂詩曲が終わった時には、私の息はあがり、汗ばんでいた。

    スタンディングオベヌションの枊の䞭でもただ攟心状態だった私を、珟実にやっず戻しおくれたのは、アンコヌルだった。
    呌吞が萜ち着き、そしお、ホッずした。

    2時間のプログラムは、郜䌚的で軜やかで、排脱だった。
    ベヌトヌノェンさえも。

    どういう蚳か、『出埅ち』しおみたくなった。
    立掟な『オシカツ』だ。

    出口から少し離れお様子を䌺った。
    圌は出おきた。
    埅っおいた友達に囲たれお、りィヌンの街ぞ消えお行った。

    私はそれを芋届けお垰るこずにした。


    日曜日

    昚日の黒はやめお、シャンパンゎヌルドのトップスにした。パンツは昚日ず同じ现身の黒。アクセサリヌは、倧ぶりのゎヌルドぞ倉えた。

    コンサヌトに間に合うよう、早めの倕食を友人ずお母様が甚意しおくれた。華やかなロれワむンず矎味しいシャルキュトリヌ、サラダが䞊んだテヌブルは、枩かさに包たれおいた。
    海倖生掻の長かった友人芪子の心地良い気遣いず距離の取り方に、私は甘えさせおもらった。

    行きがけの倕立で、迷わずタクシヌを呌んだ。
    愛想の良いオヌストリア人の運転手ず他愛のない話をするうちに、楜友協䌚ぞ到着した。

    ゞャケットをクロヌクに預けお、階段を進もうずするず、
    前にいたアゞア系の男性から、
    「Line up」ず呜什された。

    ハッずした。

    呚りを芋枡すず、倧半がアゞア人だった。

    韓囜語、䞭囜語、日本語が飛び亀っおいる。

    久しく聞くこずがなかった英語の呜什圢に、男性瀟䌚の来し方を懐かしく思い出した。

    『最埌にプリヌズお忘れなく』

    ずお腹の䞭で蚀いながら睚みを効かせお、私は倧ホヌルぞ進んだ。

    パむプオルガンたでもが、金色で瞁取られ、豪華なシャンデリアが燊然ず茝く華やかな倧ホヌルのステヌゞには、䞡端に座垭が甚意されおいた。
    あの垭を遞ばなかった自分を耒めながら、昚日よりは、少しステヌゞから遠い垭に着いた。

    チョ゜ンゞン。
    初めお生で聎くこの日、圌の倧ホヌルリサむタルデビュヌだったようだ。倧䜿通関係者や、かの倧物ピアニストたでもが、芖界に入る。

    バッハで始たったプログラム。
    違う。
    ブルヌスずは、党く違う音。
    柔らかい。
    音が消えるたでの優しさ。
    その䜙韻。
    空気感。
    音に抌されない。
    気品。

    シェヌンベルクに移った。
    りィヌンぞの敬意を感じた。
    しかし、シェヌンベルクは私には難解だった。
    特別垭の玳士は間もなく眠りに萜ちた。
    こちら偎の客垭では风の包み玙が鳎り始めた。
    私は音楜よりも、䌚堎の萜ち着かなさを聞いおいた。

    シュヌマンが聞こえおきた。
    䌚堎党䜓の安堵感。
    玳士の目芚め。
    私はホッずしお、自然に呌吞をしおいた。
    ずおも、自由だった。

    䌑憩
    埌半のワルツ14曲に向けお、気付薬を探しにいった。
    りィスキヌが頭をかすめたが、゚スプレッ゜で十分な気がした。

    倧ホヌルに戻り、垭に着く。
    間もなく、ワルツのフルコヌスが始たった。

    チョ゜ンゞンの奏でるショパンのワルツは、曲線を描きながら優雅に舞った。
    デザヌト、チヌズ、食埌酒に至るワルツのフルコヌスは、ずころどころに䜙癜を眮きながら、心地よく結ばれた。

    自分を匕いお、それでも残るもの。

    圌の挔奏に、ふず、そんな蚀葉が浮かんだ。

    無意識に私は立ち䞊がっおいた。
    あちこちから聞こえる「ブラボヌ」の声。
    ピアニストは、沞いた芳客に䜕床も応えた。

    グリュンフェルド『りィヌンの倜䌚』
    シュトラりスのモチヌフ。
    りィヌンっ子達から、歓声があがる。
    私の口角も䞊がり、そしお、深呌吞した。

    あの、1番有名なショパンのノクタヌンが終わるず、黄金のホヌルは、䞀局その茝きを増した。

    満たされおいた。
    心地よかった。
    ゞャケットを受け取り、裏口ぞ回るず、沢山のファン達が出埅ちしおいた。

    私は、もはや、埅぀のも垰るのもどちらでも良かった。するず、守衛が出おきお蚀う。「ピアニストは別の出口から出お、既に垰りたした。」

    私は、気持ちよくタクシヌに乗り蟌んだ。
    心地よさを味わいながら、家路に぀いた。

    充足感に満たされおいた。

    䜕かが始たりかけおいる気がした。


    その倜——
    遠くから20幎通った華道、垫匠の声が聞こえたような気がした。

    『タメは隠し味。野暮にならないように効かせるのよ』


    月曜日

    朝むチの飛行機でりィヌンを出るず、そのたた出瀟できる。私がたたに䜿う週末流儀。

    飛行機に乗っおもただ、お華の垫匠の声が反芻しおいたが、そのうち深い眠りに萜ち、ランディングの衝撃ず共に目芚め、そしお、出瀟した。仕事はずおも捗った。オフィスで穏やかに過ごした。

    デュッセルドルフ・トヌンハレ
    地元で聎くブルヌス

    黒は、やめた。
    30代の頃、友人ず行ったハノむで惚れ蟌んだ真っ癜なシルク地に、幟぀かブルヌで倧胆な花が描かれたミニ䞈のワンピヌス。
    久しぶりに着たくなった。

    アクセサリヌは、二十代前半に背䌞びしお買った物を出した。すりガラスのようなビヌズの薄いブルヌの倧ぶりネックレスず揃いのブレスレットも合わせた。
    8センチヒヌルのシルバヌサンダルは、䌚堎で、フラットシュヌズから履き替えた。

    2日ぶりのベヌトヌノェン
    月光゜ナタ

    月、倜、倢、倜明け、たどろみ、明け方、そんな時間の流れを、ブルヌス独特の拍に匕き寄せられお行ったり来たりしおいるような感芚だった。

    『私のこれたで』

    急に芖界が開けた気がした。


    ベヌトヌノェン
    ワルトシュタむン

    この日、䞀番楜しみにしおいた曲。
    その音は、忘れおいた蚘憶を次々ず呌び起こした。

    雑螏

    地䞋鉄

    青山䞀䞁目

    赀坂埡所の緑

    カナダ倧䜿通

    虎屋


    20䞖玀の䜜曲家
    モンポり

    祖母の背䞭

    子守唄

    子䟛の私

    ブルヌスは、もっずもっず私を、あの頃ぞ誘っおいく。


    そしお、
    リスト
    スペむン狂詩曲

    私は䜕かに觊れた気がした。

    そしお、フィナヌレに向かっお、自分の䞭から䜕かが沞き立っおきおいた。

    自然ず立ち䞊がっおいた。

    音楜が連れおきおくれた蚘憶の数々が、胞の䞭で静かに぀ながっおいた。

    今の私を䜜った人たちや堎所や時間が、そこにあった。

    結局、私がしおいたのは掚し掻ではなく、お瀌参りだったのだず思う。




    自分を匕いお、それでも残るもの。

    私の茪郭。

    五十歳になっお、少しだけわかったもの。

     
     
    ペネコです。 境界ず䜙韻に぀いお、曞いおいたす。

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