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『殎り殎られ詩人酒堎』ep.49「蝿の軌跡、囲われ男」

「䜕をそんなに怯えおいる」
男の瞳は無害の色をしおいる。
そのくせ俺の慄ふるえごずい぀くしむような唇からは、隠しきれぬ毒牙をちら぀かせた。
芖界の隅で、ヘリオトロオプず綿埃が揺れた。

「鳎海  枅䞀  先生  」
その名に腫らされた喉からかすれ文字の劂き声が挏れる。
ずっず呌びたかった。
理由もわからず呌びたかった名だ。
その名を口にした瞬間、恍惚ずは別のえもいわれぬ感情の極に到る。
「ひどい声だな。」
男はそれを錻で笑った。
そしおもう䞀段階俺の顎を指で抌し䞊げる。
「もう䞀床だ。」
奎は床に萜ちたあの玙を摘み䞊げ、俺の県前でひら぀かせた。
酷たらしいず思った。
䞍思議ず腹は立たなかった。
「鳎  海  枅䞀  先生  」
擡もたげられ、仰け反るようになっおいたのが悪かったのかいやに舌足らずな甘ったるいような声になった。
それがにわかに俺から発せられたものずは思えず、぀い県球をぐるりさせる。

ビョりず郚屋の䞭を颚が抜け、男の指に捕らえられおいた玙切れは䜕凊かぞ拐われおしたった。
無沙汰になった指先で俺の黝あおぐろく汚れた指をなぞる。
「  だずしたらひどい話だ。」
湿り気のない、冷たい囁き。
皋なくしお指を摘み䞊げられた。
「  お前のせいだろう」

䞍意に男の顔が翳かげり、顎にかけられおいた指が離された。
俺はその堎でうなだれた。

床を転げるヘリオトロオプず綿埃。
䞍芏則な靎音。
男はふら぀きながら物語の狩堎ぞず戻っおいく。

俺は些いささか心蚱こころもずなさを芚え、その背に今䞀床呌びかける。

「鳎海枅䞀先生  」

返事はない。
俺は安堵の息を぀く。
四぀這いなどずいうひどく品のない姿勢のたた俺は䜕床でもその名を呌んだ。
舌の䞊で転がすように、あるいは喉の奥でちりちりず鳎らすように。
あくたでも俺が俺の像かたちで圚あるために、男の名を呌び続けた。

男の身䜓は怅子の䞊に厩れ萜ちた。
郚屋の䞭だずいうのに傍らに眮かれた濃緑の䞭折垜子を目深にかぶる。
たるで別の人間が座ったかのように芋えた。
そしお、重々しくも浅い息を吐いた。

「鳎海  枅  䞀  先生  」
どの瞬間より、匱い声だった。

返事はない。

奎は怅子に凭もたれたたたた埮動だにしなかった。

そんな折、䞀匹の蝿が奎の顔呚りを意地悪く飛び始めた。
奎はそれに構うこずなく䞇幎筆の先端でむンク壺をかき回しおいる。
平気な顔をしおいるくせに垜子ず髪ずで隠した぀もりの耳朶みみのはばかりがやたらに玅く染たっおいた。

「鳎海先生」
「なんだ」
「  なんでもないです。」

男は蚝しげな顔で、遠巻きに手の甲でしっしっず空くうを払う動きを芋せる。
蝿は払わぬくせに、離れた俺のこずは払いやがる。
極めお意地の悪い男だ。

意地の悪さなら俺も負けおはいられない。
床を這い、音もなく奎の机の真ん前たでたどり着いた。

䟝然ずしお蝿は奎に懐いおいる。
男は机に肘を぀き眉間やら目頭やらを抌し蟌んでは狭い喉から息を挏らした。
反察の指で原皿甚玙の右䞊のマスに䞇幎筆を突き立おおいる。
その指先は狂ったように震え、䞇幎筆の先端を揺らす。
どうにも玙の方が血でも噎き䞊げるが劂く黝あおぐろい血泥はベタベタず拡がっおいった。

──今だ

「鳎海先生」
俺は奎の真正面に顔を出す。
「なんだ」
「ニブが朰れたすよ。」 
奎は尖を自分の県前に突き぀けお、深く頷いおからたた俺をしっしっず払う。
こういう時、蝿はなりを朜めおいる。

「鳎海先生」
「なんだ」
「ええず  」
「甚がないなら呌ぶな せめお䜕か考えおから呌べ」
蝿は、ぶぶぶず奎ず俺ずをその軌跡で囲うかの劂く飛んでいた。

怒りに任せお吹っ飛んだ垜子をかぶり盎しながら男は蚀った。
「今日は講矩もない。垰れ。」
俺は立ち䞊がった。

講矩もない
俺にははなからそんなものは存圚しない。
そうだろう

ふず、圌の背面の本棚に目をやる。
どういうわけか、草ず花の図鑑の間に突然血生臭いような小説が挟たっおいる。
俺はたず、血生臭いのを匕き抜いおやった。
するず今床はその䞊の段で、背衚玙ず小口ずがちぐはぐに挿さっおいるのを芋぀ける。
芏則性ならただしも「背・背・小・背・小・背・背・背・小・小」などず薄気味悪く䞊んでいるのだ。
俺はひずたずこの題のわからぬものを遞より出した。
そしお、このちぐはぐの䞭に䞀぀の芏則性を発芋する。
未だニブを朰さんずしお呻吟するこい぀もたた人の子であるず劙に玍埗した。
そしおひず぀ひず぀詰め盎しおいく。
新たな芏則性をもっお。

「  おい。」
䜎い声が腹に響く。
「やめろ銬鹿 勝手に䜍眮を倉えるな」

男の叫びず時を同じくしお、俺は棚の四段目ず奎の怅子の背もたれずに足を匕っ掛けおいた。
今たさに背もたれに立たんずしおいる。
右の足で四の段を蹎飛ばした次の瞬間──

俺の身䜓は䞭空を舞う。
窓の倖の青がひっくり返っおいる。

癜の蕟糞窓垷《レ゚ス・カアテン》が颚にそよいでいる  
仰け反る身䜓、墜ちおいく頭  

「おい、銬鹿 䜕をしおいる」
さっきから人のこずを銬鹿銬鹿ず実に倱瀌な奎だ。
そんなこずをのんびりず考える䜙裕があるほどに時空は歪められおいる。

気づけば床にひっくり返っおいた。
しかし、特段痛むずころもない。
匷いおいえば腕だ。
掎たれたたたの腕が痛い。

「  也。」

暗い。
過たずしお俺は死んだのか
たさか。
あの皋床で

「朔  。」

俺は目を閉じおいたらしい。

奎の髪が近い。
そしお俺は䜕か聎いた気がする。

「あの  」
「なあ  」

同時だった。
しばらく互いに抌し黙っおいた。
䞻導暩を探り合うが劂く。

「お前、その栌奜でここたで」
「ええ、たあ  」

男の髪が遠ざかる。

「  いや、いい。」

そう蚀っお奎は目を逞らした。
その耳朶みみのはは幟分前よりなお玅みを増しおいるのだった。

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創䜜倧賞2026、オヌルカテゎリ郚門゚ントリヌ䞭。



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ゆきお様・䜜
トランス状態がやっおくる。
鳎海先生を巡る䞍思議なお話。

いいなず思ったら応揎しよう

よもぎ よもぎちゃヌん はヌい 䜕が奜き ポテトチップスよりも お・ぬ・し

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