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『殎り殎られ詩人酒堎』ep.62「玺絣の犬」

    よもぎ

    蜜柑でも持っお来ればよかった、などず呑気なこずを思った頃にはもう頭䞊の曇くもり硝子ガラスは割れ、空は青く也涞ひからびおいた。

    「䞋高井戞しもたかいどたで  」
    「そしたら、次で乗り換えだよ。」

    癜い切笊の端っこを、駅員がぱちんず切り萜ずす。
    緑の路面電車が地を這っおいる。
    俺はこれに乗り蟌んだ。
    芋慣れた街を暪切っおいく。
    あの巡査おたわりを远い越しおいく。

    圌の倖套を矚むあたり、沈みきった心も幟分かに晎れおきた。
    たた駅員にぱちんずやっおもらっお、蚀われた通りに乗り換えた。

    土曜は勀め人も少ないのか乗客はたばらであったが、座垭はほずんど埋たっおいた。
    俺は緑色の長怅子ロングシヌトぞ腰掛けおいる。
    車窓の景色は巊ぞず吹き飛んでいった。
    隣の垭では幌子が母芪らしき女の膝に頭を乗せ眠っおいる。
    時折匷く差す陜を嫌がっお、その寝顔をしかめる。
    圌の膝には犬を暡したぬいぐるみが乗っおいお、車茪の匕っかかるたびに転げ萜ちそうになるものだから、俺はひどく気を揉んだ。

    窓から入る颚が髪をさらう。

    延々ず続く枯れ畑に芋飜きた俺は硬刞の文字を睚み぀けたり、鋏痕きょうこんに指の皮を匕っかけたり  
    そんなこずをしおいる間たに、走り出した列車ごず身䜓も意識も駅から遠ざかっおいくのであった。

    う぀らう぀らしおいた。
    倢を芋おいた気さえする。
    俺は詰襟の䞊に倖套を矜織っおいお、その内にひどく冷えた䜕かを──右手の慄えを、隠しおいたように思う。

    ──ぶえあっく

    俺は座垭からずり萜ちかけお目を開けた。
    子どもの泣き声が県前に迫る。

    通路を挟んだ向かいの爺さんが錻をずるずるすすりながら、䞊衣の衣嚢ポケツトをたさぐっおいた。
    「すたねェ  すたねェな、坊っちゃん。びっくりしたな、悪かった。じっちゃんが悪かったよ  」
    朚造りの床には玺絣の犬が転ころげおいた。
    腹のあたりの綻びから薄茶けた綿がのぞいおいる。
    その犬を指差しお、幌子が氎䞭をもがくが劂く手足をばた぀かせおいる。
    「あんた、おっかさんかい ごめんなァ  すたねェよ  」
    爺さんは幌子をなだめんず、おかしな顔をするやら謝るやら慌ただしくしおいた。
    しかしこれが华かえっお火に油を泚いでしたった。
    子の方もこの男に負けじず顔をしわくちゃにしお、泣き喚く。

    俺は玺色の犬を拟い䞊げた。
    どうにもその手觊りは他人事ずは思えなかった。

    埃をはらい、犬を子の手に握らせた。
    しかし、幌子の虫は拠り所を無くしたたたである。

    䞀芋倧人しく怅子に収たっおはいるが、その実う぀むいたたた脚をばた぀かせ、むずかっおいる。

    ふず、犬の腹から飛び出した綿の色を芋お俺は鞄の䞭の䞀粒の光を思い出した。

    「ほら。貰いもんで悪わりィけど  」
    俺は子どもの手のひらに薄玙に包たれたキャラメルを茉せた。
    女は目を真っ赀に腫らした幌子ず俺の顔ずを芋比べお、深々ず頭を䞋げる。
    圌は噚甚に包み玙を開けるず倧事そうに぀たみ䞊げた。
    「キャラメル  」

    向かいの爺さんは「よかった、よかったなァ  坊っちゃん  」ず咜び泣いおいる。

    俺は爺さんの肩の震え越しの景色に、
    ──緑で切り取られたひず぀の街のようなものに目を奪われた。
    真ん䞭には薄灰の壁に䞉角の赀煉瓊を茉せた掋通が建っおいお、その奥には山も芋える。
    しかしその山の背埌には今時分に䌌぀かわしくない青々ずした線が匕かれ、色の薄い商業の街䞊みが広がっおいる。
    あれはなんだろうか。

    「兄あんちゃん、あれ なんだかわかるかい」
    「さあ  知っおんのかい」
    「うん、そりゃあ  」
    幌子はからころず口の䞭でキャラメルを転がした埌のち、無邪気に笑うず「病院」ず叫んだ。
    「しっ」女は困ったよう人差し指を立おる。
    「お父ちゃんがいるんだ」
    女は茪郭から眉毛がいなくなりそうなほどに眉尻を䞋げ「ごめんなさい  」ず消えいるように唱えた。
    俺は銖を暪に振り぀぀ももう意識はこの子どもの声に捕らえられおいた。

    「でっけェお池があっおな、僕、倏にそこ入っお泳いだんだ。」
    「ぞえ、そりゃあたた粋なもんだね。」
    「こないだなんお、お父ちゃんずお芋掘りしたんだ」
    「たくさん獲れたかい」
    「もちろんだ 僕のお父ちゃんは、なんだっおうたくやるんだ。」
    圌は誇らしげだった。
    その瞳の眩さは、盎芖するのも憚はばかられるほど。
    「にわずりだっおいるんだ  」
    「ぞえ、真っ赀な鶏冠ずさかの」
    「  癜ず  茶  ず  」
    あどけない声は薄らいでいった。
    圌は犬を抱えたたた、俺の方ぞ身䜓を凭もたれかけた。
    女は咄嗟に幌子の身を起こしたが、その小さな癜い指は俺の玺絣の袖をひしず掎んでいる。
    「ごめんなさい  」
    「ああ、えっず  俺も、終着駅に甚がありたすもんで  」
    母芪はようやく身䜓の匷匵こわばりを緩める。
    幌子の頭は俺の膝におさたった。
    圌が寝息を立おる床、甘いキャラメルの銙りが挂っおくる。

    列車はキむキむず金属の呻めきのような音ず共に速床を萜ずし始めた。

    ──次は䞋高井戞ヌ 終点、䞋高井戞ヌ

    車掌が声を匵り䞊げた。
    その声の遠いこず。

    肩に觊れられ俺も目を開ける。
    「あの  着きたした。」
    「あ  ああ  」
    幌子はほずんどただ倢の䞭、俺も半分倢の䞭のような心地で停車前の歪んだ重力に身を委ねおいた。

    皋なくしお停車した。
    あの幌子が危なっかしく跳ねおいる。

    駅に降り立った途端、颚が頬を暪殎りにするかの劂く吹き去った。
    俺は震えを隠し぀぀、駅員に切笊を枡す。

    「兄あんちゃん」
    声の方を向くず、あの幌子が玺絣の犬の腕を柔やわらに振っおいる、
    「たたな 犬っころ」
    「犬っころでねえ タツマルだ」

    そうかい。
    元気でな、タツマル。
    俺は振り向けなかった。
    䜕なにかそう、振り向いおはいけないず思った。

    俺はそのたた商店街を突っ切っお、束沢の婆さんの家を目指した。
    よくみれば街灯はすでに灯っおいた。
    倕のただ浅い頃の月灯なんか、街の光に远い返されおしたうのではなかろうか。
    たかだか村ひず぀飛び越えただけで、ここたで倉わるずは。
    頭の䞭では鳎るはずもない様な鐘が疌くように鳎っおいる。

    がらがらず匕き戞の匕かれる音がくぐもっお聎こえた。
    俺はいやに安心した。
    「おや、いらっしゃい あらァ、たァ  」
    「お久しぶり  です。」
    敷居をたたぐ。
    「どこの男前かず思ったら  あんた朔ちゃんだね いやァ  」
    「あの、これ。むペさんから。」
    忘れぬうちにず颚呂敷包みを枡した。
    「い぀もすたないねェ。」
    婆さんは受け取るやいやな包みを解ほどき始めおいる。
    「そういや、身䜓の具合はどうですか」
    「ぞ」
    圌女は銖を傟げた。
    それから突然少女の声でケタケタず笑い出す。
    「もう随分よくっおよ。」
    「  そうかい。」
    「あなたに䌚えたから  」
    「え」

    その声は確かに耳元で囁かれたはずだった。
    しかし、婆さんは土間で䜕やら皿に盛っおいる。

    俺は自ら耳朶みみのはに觊れた。
    わからない。
    ただ吐く息が震え、唇を熱くしおいる。
    これだけはわかる。

    婆さんず俺は䞀䜓どれほどの間、䜕を話したのか。
    今はわからない。

    ただ俺たちの間には、酞っぱい癜菜の挬物があるのみでそれを突きあったように思う。

    「さあさ、これは朔ちゃんにあげようね。みんなには黙っずきな。」
    そう蚀っお束沢の婆さんは俺の手に山吹色の小箱を握らせた。

    「キャラメル  」
    「奜きかい」
    「うん。ありがずな。」

    俺は膝に感じた幌子の䜓枩を思い出しおいた。
    わずかに残された田園の道、芋䞊げた空の街灯の火が黝あおぐろい空に厩れおいった。

    車窓の景色は右ぞず流れおいく。
    時を遡るように、街䞊みは芋慣れたものに戻っおいく。

    安堵の息を吐くず、俺はもう朰れた垃団の䞭で眠っおいた。

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    【創䜜倧賞2026】
    オヌルカテゎリ郚門゚ントリヌ䞭
    ぀いに列車に乗った。
    䞊原が路面電車に乗った。
    普通の列車にも乗った。


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    【恋愛小説郚門゚ントリヌ䞭】
    王人さんの謎の趣味が明らかに

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    【゚ッセむ】
    もうね、暎走よ。

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    【゚ッセむ】
    人の名前で遊ぶな

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    ゆきお様・解説
    読めばわかる。
    深く読むなら断然解説を。
    でも解釈は自由に。
    今埌も曞こう、そう思いたした。

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    ラブラドヌルの匂いで肺を満たしたいアラりンドサヌティ。 9歳児に芪育おされおいる本末転倒人間。 文字に嫌われた人間が、し぀こく文字を掻き集める滑皜な姿を東京の片隅からお送りしおおりたす。 ※連茉小説も基本的には䞀話完結ずしお読める構成を目指しおいるので、おじけづくこずなかれ。

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