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【短線小説】莅沢な猶詰


莅沢な猶詰

ケロンパ
15000文字


莅沢な氎䞊コテヌゞ。
ゞャグゞヌから眺めるタヌコむズブルヌの海。
サンデッキではシャンパンを片手に。
海の䞊に匵り出したハンモック。

女の子の憧れ党郚乗せ。
最高に挔出された憧れのハネムヌン。


二日前、劻になった圌女は、退屈そうにサマヌベッドにもたれ、英字のペヌパヌブックを読んでいる。
眩し過ぎる陜ざしの䞭で、圌女の肌はシミひず぀ない。
ただ、ほんの幟぀かのホクロだけが、その癜さを際立たせおいた。

モルディブ。
ずいぶんず昔、雑誌で目にしたこずがあった。
䜕もない秘境。
――そんなむメヌゞだったそれず、ここはあたりにも違っおいる。

生い茂る緑。
その先に続くタヌコむズブルヌの海。
そしお、その景色に溶け蟌むように蚈算された氎䞊コテヌゞ。

玠晎らしくゎヌゞャスで、だけどナチュラルにさえ芋えた。

目の前の圌女ずの結婚は、あたりにも急な話だった。

仕事のスケゞュヌル調敎ず結婚匏の準備に远われ、ハネムヌンたで考える䜙裕なんおなかった。

だからヘアサロンの受付を任せおいる志保に、「どこでもいいから予玄しおおいお」ず䞞投げしたのだ。

『普通こういうのっお、二人で話し合っお決めるものですけどねぇ』

そう蚀いながらも、志保はどこか面癜がっおいるようだった。本圓の嫌味を口にする時の、志保特有の鋭い刺は感じられなかった。

そしお、圌女が抜粋した幟぀かのプランの䞭に“モルディブ”の文字を芋぀けた瞬間、昔、雑誌で芋た颚景がふず蘇った。

俺は『コレ』ず、パンフレットを指差した。
『カフェの泚文じゃないんだから』
志保は呆れたように苊笑いした。

『䜙分な仕事を頌んじゃったから、お瀌をしないずだな』
冗談半分で蚀うず、志保は誘うような䞊目遣いで埮笑んだ。
『じゃあ、コりさんの残り少ない独身の倜を䞀晩』

志保は、怪我で長期䌑逊に入ったスタッフの代わりずしお雇った臚時受付だった。春には結婚予定があるらしく、期間限定の雇甚にはちょうど良かった。

自分の䟡倀をよく知っおいる。
そんな矎人特有の華やかな笑顔が、サロンの受付に䌌合っおいた。

圌女の薬指に光る゚ンゲヌゞリングを䞀瞥し、その瞳を芗き蟌む。

『圌から貰った婚玄指茪を、぀けたたた』
『ふふっ、䜕を今さら。手切れ金代わりの䞀倜ですよ、コりさん』

志保ずの、こんなさばけた関係が気に入っおいた。

だが、そろそろ朮時だ。
身蟺は綺麗にしないずいけない。
独身最埌のアバンチュヌルを、俺は堪胜した。


その倜の志保ず、目の前にいる劻のプロポヌションを、無意識に比べおいる自分に気付く。

  悪趣味だな、俺も。

ただ、隣で艶やかなパレオに身を包み、本を読んでいる劻に関しおは想像の䞖界だ。圌女ずは、二人きりでたずもに話したこずさえ数えるほどしかない。

パレオ越しでも分かる身䜓の線に、思わず芖線が止たる。
现いずか、胞が倧きいずか、そんな単玔な話じゃない。
䜜った矎しさではなく、最初からそういう人間ずしお生たれおきたような均衡だった。

どうしお、俺なんかず  。

囜内倖に䞉十店舗以䞊のヘアサロンを展開し、ヘアケアブランドは海倖にも名を知られる“Salon de KUSUMOTO”。

癟合は、そのオヌナヌ瀟長の末嚘だった。

二幎前独立しお、やっず自由が䞘に矎容院を構えたばかりの自分に、なぜこんな瞁談が舞い降りたのか今さらながら䞍思議に思う。

確かにKUSUMOTOにいた頃は、トップスタむリストずしお十幎サロンを支えおきた自負がある。

賞を取ったり、ファッションショヌのヘアメむクに抜擢されたり。
雑誌に取り䞊げられおいた時期もあった。

東京で䞀旗揚げおやる。
そんな野心を抱え、がむしゃらに頑匵っおきた。

だが、鹿児島から矎容垫を目指しお䞊京した俺ず、生たれも育ちも青山のお嬢様ずは䜏む䞖界が違う。

違和感を芚えずにはいられなかった。

それでも、楠本オヌナヌ自らの申し入れだった。
末嚘の癟合を嫁にしおほしい、ず。

最初はずんでもないず、䞁重に断った。
だが、オヌナヌは再び店を蚪ねおきお、こんな俺に深々ず頭を䞋げた。

嚘を嫁にず頌たれるほど、特別に目をかけられおきた芚えも薄い。
愛がなければ結婚できない、なんお䞻矩でもない。

楠本氏ず芪戚になるメリットを考えれば、これ以䞊断る理由もなかった。

結婚匏は芪しい人間だけを招き、倧袈裟にはしなかった。招埅客を芋れば、圌が嚘をどれほど慈しんできたかが䌝わっおくる。

映画監督、指揮者、萜語家。
どれも仕事絡みではなく、楠本氏の倧切な友人たちらしい。皆、目を现めながら圌女の結婚を心から祝犏しおいた。

先日アカデミヌ賞にノミネヌトされ、話題になっおいた映画監督が、錻を赀くしながら呟いた。

「良かったな。たさか癟合が、本圓に結婚するなんお」

  “たさか”ずは、どういう意味なのだろう。隣に立぀花嫁は、若く矎しく、非の打ち所がない。

小さな違和感が胞をかすめたが、その日の俺に深く考える䜙裕はなかった。


少し島を芋お回ろうず癟合を誘うず、圌女は静かに腰を䞊げた。
その仕草はどこか気怠げで、疲れおいるようにも芋える。

  やはり、ハネムヌンは北欧あたりの方が良かったのだろうか。
枩宀育ちのお嬢様には、海しかない南の島など退屈なのかもしれない。

長い桟橋を枡り、先ぞ進むず、フロント棟の前で女の子がうずくたっおいるのが目に入った。

日本人だろうか。
陜ざしにでもやられたのかもしれない。
「倧䞈倫」ず声をかける。

少しの沈黙のあず、圌女はゆっくり顔を䞊げた。目が、泣き腫らしたように真っ赀だった。

芋芚えがある。
昚倜、空枯からホテルぞ向かう船で䞀緒だった。

「予玄した郚屋、取れたしたか」

圌女は思い詰めた声でそう尋ねた。

ああ、ず俺が、氎䞊コテヌゞのさらに奥に浮かぶ離れのようなスむヌトを指さす。

するず圌女は、驚いたように目を芋開き、そのたた涙をぜろぜろ零した。

「どうしたの、䜕かトラブル」

今たで黙っおいた癟合が、静かに問いかけた。

圌女の話では、氎䞊コテヌゞがオヌバヌブッキングになり、ビヌチビラぞ倉曎されたらしい。

「ハネムヌンだからっお奮発しお、半幎前から予玄しおたんです。憧れだったから  」

半幎前から

予玄はすべお志保任せだったが、䜕か裏技でも䜿ったのだろうか。
倧した苊劎もなさそうに、おきぱきず新婚旅行の手配を枈たせおいた。

それずも、他のコテヌゞずは桁違いの料金のせいか。
氎䞊コテヌゞの䞭でも、ひずきわ奥に浮かぶ莅沢なスむヌトぞ芖線を向けた。

「ずにかくショックで  圌が今、亀枉に行っおるんですけど、英語もそんな䞊手くないから  」

よほど䞍安なのだろう。
語尟はどんどん小さくなり、最埌は聞き取れないほどだった。

「あたし、フロントぞ行っおホテルの人ず話をしおくるわ」

癟合はそう蚀うず、その子の肩にそっず手を添えた。

「コりさんは、先にバヌでビヌルでも飲んでいおね」

優しいずころもあるんだ  ず思いながらも、日本人がぞろぞろず䞊んでクレヌムを入れおいる姿もみっずもない気がしお、この埌は癟合に任せ、俺はバヌぞ向かった。

海に突き出したようなビヌチバヌ。
昌間から朮颚を济びお飲むビヌルが、也いた身䜓ぞゆっくり染み蟌んでいく。

あぁ、旚いな。こんな旚いビヌルは久しぶりだ。

ふず、さっき泣きべそをかいおいた子の青い顔が浮かんだ。

可哀想に、あの子  。
だけど、ここぞ来るこずをあれほど楜しみにしおいた圌女が、少し矚たしくもあった。

仕事ばかりに囚われお、心が錆び぀いおしたったのかもしれない。
矎しい景色を芋おも、昔みたいに心が響かない。

昔、雑誌で目にしたたたの海。
どこたでも蒌い空が広がっおいる。

矎しいず思う。綺麗だずも思う。
だけど今は、喉を最したビヌルほどの感動さえ湧いおこない。
昔は、こんな自分じゃなかった気がする。

高校を卒業しお䞊京するたでの間に、タむで日本語教垫をしおいる姉を蚪ねたこずがあった。

姉のいるバンコクから、あおもなくザックを背負っお数日ふら぀く気たたな䞀人旅。

時には野宿なんかしながら、のんびり芋䞊げた空。
胞を打぀あの色を、俺はもう忘れおしたった。

きっずモルディブの空ず、倉わらない矎しさだったのだろう。
だけど今の俺は、再びその鮮やかな景色を前にしおも心が震えない。

悲しかった。
わずか十数幎で、俺はどこに䜕を眮き去りにしおきたのか。


「  さん」

䜕床か呌ばれおいたらしい。
はっず顔を䞊げるず、癟合が芗き蟌んでいた。

「じゃ、行きたしょうか」
「えっ、どこに」
「ボヌトで少し行った所に、玠敵な島があるらしいわ。今、フロントで教えおもらったの」

さっきたで退屈そうに本を読んでいた圌女ずは別人みたいに、生き生きした衚情。

「桟橋に、ドヌニっおいう小さな船を甚意しおもらったから行きたしょう」

ただこの島すら歩いおもいないのに
――その蚀葉を喉元で飲み蟌んだ。
䜕かを楜しみ始めた圌女に、氎を差したくはなかった。

バヌからは桟橋が芋えお、ドヌニず呌ばれる質玠な船に、䜕やら色々な物が運び蟌たれおいるのが芋える。

「わかった。じゃ、行こうか」

本圓は少し面倒だった。
昚倜遅くにこの島ぞ着き、疲れ切っお眠り、さっき朝食を食べたばかりなのだ。

他の島を巡るのも悪くはないが、なにも今日じゃなくおもいい気がする。だけど、その思いを隠しお癟合に埮笑んでみせた。

「楜しみだね。どんな島かな」

乗り蟌んだドヌニが桟橋を離れた時、ビヌチの方から誰かが走っお来るのが芋えた。

さっき泣いおいた子だ。
圌ず䞀緒に䜕かを叫びながら、ぶんぶんず手を振っおいる。

遠目にも、さっきずは違っお嬉しそうなのが䌝わっおきた。
船が進むに぀れ、ハネムヌナヌ達はどんどん小さくなっおいく。

たた埌で䌚えるのに、たるで別れみたいに倧げさに手を振られるず、少し気恥ずかしかった。

「さすがだね。亀枉、䞊手くいったみたいで」
「ええ、すごくいい方向でね」

満宀だずいう客宀を、どうやっお空けさせたのだろう。
癟合は青山で、小さなギャラリヌを運営しおいる。

矎倧を出お、絵が奜きだから始めた仕事なのかもしれない。
いかにも、お嬢様らしい職業だ。
自分の足で芋぀けた若い芞術家たちを、圌女は売り出しおいた。

さすが父芪の血なのだろう。
駆け匕きや商才にも長けおいるらしい。

十五分ほど乗っただろうか、ドヌニは島ぞ着いた。

先皋たでいた島ずは、ずいぶん雰囲気が違う。
桟橋ひず぀取っおも、どこか簡玠な造りだ。

それに劙に静かだった。
ビヌチには、人圱ひず぀ない。
リゟヌトらしい建物は芋えるので、無人島ずいう蚳ではなさそうだ。

「気に入った 少し島を散歩したしょう。小さな島らしいわ」

脱いだサンダルをぶらぶら揺らしながら、癟合は裞足で俺の前を歩き始めた。

それは、本圓に小さな島だった。

フロントらしい建物も、レストランもバヌも、たるでビヌチの続きみたいに癜い砂が敷き詰められおいる。

装食は簡玠だが、絵葉曞のような南の島らしい雰囲気。氎䞊コテヌゞがないせいか、島を囲む海もどこたでも広く芋えた。

ただ、斜蚭の党おに、䜿い蟌たれた叀さが滲んでいる。
ドアノブは少し錆び぀き、バヌのカりンタヌも磚かれおはいるが、端の塗装は剥げおいた。

䞍思議なこずに、ゲストにもスタッフにも誰䞀人䌚わない。
狐に぀たたれたような気分のたた、俺たちはあっずいう間に島を䞀呚しおいた。

さっき船を着けた、質玠な桟橋。
だけど、そこにいるはずのドヌニの姿が芋えなかった。
代わりに、信じられない物がぜ぀んず眮かれおいる。

芋芚えのあるトランクが二぀。
それから、芋芚えのない癜い発泡スチロヌルの箱が二぀。

「えっ、これっお  」

ク゚スチョンマヌクだけが頭の䞭をぐるぐる回り、答えが芋぀からない。

「この島ね、䞉日前にリニュヌアルの為にクロヌズしたらしいわ。改装が始たるたでのあず䞀週間、誰もいない島になるんですっお」

ああ、だから手品みたいに誰もいなかったのか。
  いや、そんなこずに玍埗しおいる堎合じゃない。
なんで俺たちのトランクが、ここにあるんだ。

「あたし達、倫婊になったのに、お互い䜕も知らないたたでしょう スタッフもいないこの島で、ゆっくり芋぀め合うのも悪くないじゃない」

「だっお食料は」

癟合は、桟橋に眮かれた発泡スチロヌルの箱ぞ芖線を向けた。

「コックは」

呆れたように溜息を぀き、癟合は腕を組んで俺を睚んだ。

「二人きりだっお蚀っおるでしょう 䞉日前たで営業しおいたリゟヌトなんだから、䜕でもあるわよ」

あの氎䞊コテヌゞは――その蚀葉が浮かんだが、飲み蟌んだ。
結末が芋えたからだ。

だけど、それを芋透かしたように癟合は蚀った。

「あのハネムヌナヌ、結婚匏が同じ日だったの。偶然よね。だからお祝いに、あの倢の氎䞊コテヌゞをプレれントしたっお蚳」

ホテル代は、出発前にすでに支払い枈みだった。
匏の費甚は向こうが持぀ず譲らなかったから、せめおハネムヌン代くらいはこちらで――そんな話になったのだ。

倚少皌げるようになったずはいえ、思わずれロの桁を数えたくなるような金額だった。

あの二人にプレれント  。
コックもバヌテンもいない、この島ず匕き換えに

「あら、勝手なこずしお、あたし嫌われちゃったかしら。でも、元々奜かれおもいないし。そういう結婚でしょ」

癟合は、俺ず結婚したくなかったのだろうか。
芪に決められた結婚だから、こんな嫌がらせをしおいるのか。

「誰にも邪魔されずに、お互いをじっくり知り合いたしょうよ」

嫌味なのか、本心なのか。
俺はただ呆然ず、その蚀葉を聞いおいた。


色々なこずがありすぎお、疲れ果おおいた。
少し暪になる぀もりが、目を芚たすず蟺りはすっかり暗闇に倉わっおいる。

今、䜕時だろう。
ベッドサむドのラむトを手探りで探し、スむッチを抌した。

癜い壁に囲たれた質玠な郚屋が、がんやり浮かび䞊がる。
あの氎䞊コテヌゞが五぀星なら、この郚屋は二぀星ずいったずころか。

少しガタのきたバスルヌムの扉を開ける。
重い䜓を、熱い湯に浞かっお癒したかった。

だけど、そこにあったのは  トむレだった。
しかも半野倖みたいな造りだ。

あれ 間違えたのかず、そのたた扉を閉めた。
だが、どう芋おもこの郚屋には、玄関以倖、そのトむレぞ続く扉しか芋圓たらない。

嫌な予感がしお、俺は銬鹿みたいにもう䞀床その扉を開けた。
トむレにしおは少し広い空間を芋回すず、壁に固定されたシャワヌが目に入る。

萜胆を飲み蟌み、服を脱いだ。
蛇口を捻るず、ちょろちょろず勢いのない、氎ずも湯ずも぀かない枩床のものが流れ出おくる。

氎䞊コテヌゞに圓たり前みたいに付いおいた円圢のゞャグゞヌが浮かび、俺は舌打ちした。

なんで、こんなこずに  。

南囜ずはいえ、日が沈むず少し肌寒い。

快適ずは皋遠い時間をなるべく早く切り䞊げ、服を着替えるず、逃げるようにコテヌゞの倖ぞ出た。

倖灯は党お消されおいお暗く、足元さえよく芋えない。

五十メヌトル先くらいだろうか。
がんやりず明かりが芋える。
確か、あれはレストランのある堎所だ。

その明かりを目印に、闇の䞭を泳ぐように進む。
ほんの数歩歩いたずころで、裞足の足に䜕かが絡んだ。

「わっ」

思いきり転び、顔たで砂たみれになる。
ゞャリッず口の䞭に広がる嫌な感觊。

しかも、足の芪指が切れたらしい。
ぬるりずした血の感觊で、それがわかった。

しばらく、その堎から立ち䞊がれなかった。

この俺が転ぶなんお。

しかも、さっき我慢しお冷たいシャワヌを济びたばかりだずいうのに、髪の䞭たで砂で汚れおしたった。

むラむラした。

仕事柄、お客様に合わせ、感情を衚に出さず䌚話をするのには慣れおいる。
こういう気持ちをコントロヌルするのも、本来なら埗意なはずだった。

あの明かりの䞋には癟合が居るに違いない。
そう気を取り盎しお深呌吞をするず、俺は䜕事もなかったかのように、少し目の慣れた闇の䞭を再び歩き始めた。

転んだなんお、みっずもなくお絶察に悟られたくない。

レストランから挏れる明かりの䞋たで来お、傷口を確認する。
少し出血しおいるが、たいした事はなさそうだ。

そのこずに安堵しながら、レストランのブヌスぞ足を螏み入れた。
すっかり腹も枛っおしたった。

癟合は怅子に座ったたた、䜕かを䜜っおいるようだ。
埌ろから忍び寄り、ご飯は䜕かなずテヌブルの䞊を芗き蟌んで
――俺は驚愕した。

癟合が䞀心にしおいたのは、猶詰を開ける䜜業だった。
開かれたツナ猶やコヌン猶が無造䜜に䞊べられ、癟合は新たな猶詰ぞ手を䌞ばしおいる。

たさか、䞀週間この島にいる間ずっず、この猶詰の山を食えずいうのか

「あら、目が芚めた」

俺は癟合の顔を芋ず、テヌブルに䞊ぶ猶詰を眺めながら呟いた。

「これっお  」
「あ、ごめんね。ただご飯䜜る途䞭なの。あたしもさっきたで、うずうずしちゃっお」

ご飯を䜜る
この女は、これを料理だず思っおいるのだろうか。

限界だった。
怒りで䜓が震えおいるような錯芚がする。
いや、実際に震えおいるのかもしれない。

そのくらい、俺は頭にきおしたった。

「  いい加枛にしろよ」

その震えを抌さえ蟌むように、い぀の間にか手は匷く握り締められおいた。

「アンタのお陰で散々だよっ」

癟合に察する蚀葉遣いに、自分でも驚いた。
だけど、もう止められない。
ドクドクず興奮した血が党身を駆け巡っおいく。

「俺ず結婚したくなかったなら、しなければ良かっただろ こんな嫌がらせしお、アンタ楜しいの」

睚み぀けるように癟合ぞ芖線を向ける。圌女はその芖線を躊躇なく受け止め、挑発するように芋返しおきた

「やっず、いい子ちゃんを止めたの いいじゃない。そうでなくっちゃね」

芋透かすようなその芖線に耐えきれず、俺は目を逞らした。
この女は、䜕を蚀っおいるのだろう。

さっきたでの印象ずは、たるで別人じゃないか。
コむツは、ただの箱入り嚘ずは違うのだろうか。
それずも箱入り嚘っおいうのは、みんなこんな蚳の分からない生き物なのだろうか。

「あたしね、うわべだけ取り繕っおるのっお退屈なのよ」

今たでの自分を吊定されたようで、かっず血が䞊る。
だけど、蚀い返す蚀葉が芋぀からない。

こういう女は口が達者なのだ。
もう話すこずなんお䜕もない。

殎り倒しおしたいたい衝動を必死に堪え、俺は螵を返しお再び暗闇の䞭ぞ戻っおいった。

最悪だ。
あの時、映画監督が蚀っおいた蚀葉――

『良かったな、たさか癟合が結婚するずは思わなかった』

こういう事なのか。
金持ちで、矎人で、健康で。

それでも、党郚を台無しにしおしたう䜕かを、この女は抱えおいるのかもしれない。

ずんだ貧乏くじだ。

歩いおいるうちに、戻ろうず思っおいたコテヌゞがどれだかわらなくなっおいた。

どれでもいいや、ず適圓に遞んで、鍵のかかっおいないドアを乱暎に開ける。

俺はさっきず倉わり映えのない郚屋で、この悪倢から逃れるようにベッドに転がり蟌んだ。

足の傷口に砂が入り蟌んで、ズキズキず痛んだ。

傷の痛みだけが、この悪倢が珟実なのだず教えおいた。
俺は目を閉じ、逃げ蟌むように眠った。


物音がした気がしお、たた暗闇の䞭で目を芚たした。

さっきの出来事は倢だったのだろうか。
デゞャブのように、同じ動䜜でベッドサむドのランプを぀ける。

いい匂いがした。
空腹を刺激するような、枩かな匂い。

ベッド脇の小さなテヌブルには、サンドむッチずスヌプが眮かれおいた。
スヌプは、ただほんのり枩かい。

足に違和感を芚えお芖線を萜ずすず、芪指にはバンド゚むドが貌られおいた。

頭が真っ癜のたた、ずにかく我慢できずにサンドむッチぞかぶり぀く。

具には芋芚えがあった。
開けっぱなしになっおいたツナ猶や゜ヌセヌゞ猶だ。
味付けにも工倫がされ、トマトたで挟んである。

お䞖蟞抜きに、矎味かった。
スヌプも  。

ガツガツず二、䞉個食べたずころで、ようやく少し頭が回っおきた。

怪我をしおいる事を、どうしお圌女は分かったのだろう。
足を匕きずっおいるのに気付いおいたのか。

さっきのやり取りが頭に浮かぶ。
情けなかった。
転んだ事たで圌女のせいにしお、怒りで自制も効かなくなっおいた。

シャワヌが冷たい。
服が汚れた。
猶詰が気に入らない。

俺はい぀から、こんなちっぜけな人間になっおしたったんだろう。


朝が近づくに぀れ、倪陜の光で暗闇にじわじわず色圩が浮かび始める。

小さなコテヌゞのテラスにあるベンチ匏のブランコぞ腰掛け、この島が朝に圩られおいく様子をがんやり眺めおいた。

倜の間は闇に玛れ、波の音だけで存圚を䞻匵しおいた海も、少しず぀その色を取り戻し始めおいる。

それは、ただ癜みきらない空の色を鏡のように映しおいるようだった。

癟合は、今どのコテヌゞで眠っおいるのだろう。
気付けば俺は、どこかに圌女の痕跡がないか探し始めおいた。

レストランから皋近いコテヌゞの前に、癟合のサンダルが無造䜜に攟り出されおいるのを芋぀けた。

カヌテンは閉じられおいお䞭の様子は分からない。
ただ明け方だ。眠っおいるのだろう。

そのたたレストランぞ向かう。
ガランずした無人の客垭。

ほんの数日前たで、ここは人で溢れおいたのだろうか。
それずも時代に取り残されたたた、人圱もたばらなリゟヌトだったのだろうか。

足元に萜ちおいた、ロゎ入りのコヌスタヌを拟い䞊げる。
【Ihuru】
この島の名前だろうか。
むフル

卵なんお割るのは久しぶりだった。
だだっ広い厚房のガスコンロは勝手が違い、少し苊戊する。

二人しかいないのだから、俺が朝飯を䜜ったっお別におかしくはない。
昚倜の倱態が埌ろめたくお、䜕かしおいないず萜ち着かなかった。

もしかしたら癟合ずは、このたた別れる事になるのかもしれない。
そんな考えたで頭をよぎる。

だけど別れるず蚀ったっお、匏の儀匏以倖ではたずもにキスもしおいない。
それなのに倫婊だなんお。
元々、俺達は䞍自然すぎた。

「おはよう」

少し眠そうな仕草で、癟合がレストランに入っおきた。
玠顔の圌女。
い぀もよりさらに若く芋えた。

䜜った矎しさではなく、生たれ぀き敎っおいる人間だけが持぀無防備さがある。

薄いスリップドレス姿の八぀幎䞋の癟合に、俺は少し芋惚れおしたった。

「なあに 䜕か付いおる」
「いや、おはよう」
「わあ、矎味しそう」

トヌストに、あり合わせのサラダずオムレツ。
それにオレンゞゞュヌス。
そんな簡単な朝食を、圌女は玠盎に喜んでくれた。

昚倜はごめん。

その蚀葉を䜕床も口にしかけたが、結局タむミングを逃しおしたう。
そうしお躊躇しおいるうちに、癟合の方から口を開いた。

「足、どう 痛む」
「いや、もう平気」
「そう、よかった」

俺っお、かっこ悪すぎる。
どうしお圌女盞手だず、こんなにも䞊手く話せないのだろう。
日本にいる時は、あんな歯の浮くような台詞で女を口説いおいるくせに。

『うわべだけ取り繕っおいるのは退屈なのよ』

昚倜、圌女が口にした蚀葉。

癟合には、俺の口説き文句なんお錻で笑われそうだった。
それが怖くお蚀葉が出ないのか。

だったらせめお、昚倜の事を玠盎に謝ればいい。
なのに、それさえ出来なかった。

向かい合ったたた、俺たちは黙々ず朝食を枈たせた。

「そうだ、頌みたい事があるの」
「䜕」
「ダシの朚陰でお願いしようかな」

圌女はそう蚀うず、埮笑みながら立ち䞊がった。

意味は分からなかった。
だけど、圌女が笑顔を芋せおくれた事に少し救われる。

さっきたで、このたた「さようなら」ず蚀われる可胜性だっおあったのだ。

圌女の頌み事を卒なくこなしお、少しでも自分がマシな男だず思われたかった。


海ぞ突き出したダシの朚の䞋で、癟合が俺に差し出したもの――それは、ごく普通のハサミだった。

圌女の行動は、たるで予枬が぀かない。
これで䜕をしろずいうのだろう。
癟合はパレオを砂の䞊ぞ敷き、その䞊ぞちょこんず腰を䞋ろした。

「じゃ、バッサリいっちゃっお」

そう蚀うず、ピン䞀本でたずめおいた髪をふわりず解き攟぀。

背䞭たで流れる、柔らかで豊かな黒髪。
絹糞のような光沢ず、女らしい緩やかなりェヌブに思わず目を奪われる。

バッサリ
  いけない。
䞀瞬、思考が止たっおいた。

だけど頭が回り始めるず、この状況の異垞さがじわじわ浮かび䞊がっおきお、倉な汗が滲む。

たさかな。
髪は女の呜っお蚀うもんな。

「思いっきりショヌトにしちゃっお」
「嘘だろ」
「ほら、早く」

こんな綺麗な髪を、バッサリ切る
しかも、こんなハサミで

「貞しお」

たるで手が動かない俺から、癟合はハサミをもぎ取った。
そしお背䞭たである髪を䞀束掎むず、なんの迷いもなく銖元でパサリず切り萜ずす。

パレオの䞊ぞ萜ちた髪が、ゆるやかな曲線を描きながら力なく暪たわった。

「こんな感じで、ね」

この状態で終わりに出来るはずもなく、俺はそのたた䜜業を匕き継いだ。

䜕だか悲しかった。
圌女は、どこか少し壊れおいるのかもしれない。
たずもな粟神状態で、こんな事をする女がいるのだろうか。

俺は集䞭しおハサミを動かした。

どれだけ堎数を螏んできた矎容垫でも、レストランのカりンタヌに無造䜜に眮き去りにされおいたようなハサミでスタむルを䜜るのは至難の技だ。

指に銎染むシザヌずは、重さも切れ味もたるで違う。

それでも、途䞭で投げ出すわけにはいかなかった。

せめおお手本にず、昔芳たフランス映画のショヌトカットの女優を思い浮かべる。

少幎のような無邪気さず、ガラス现工みたいな繊现さを同時に宿した銀幕のヒロむン。

癜黒の写真だけで、21䞖玀の男をいただに堕ずす女。

銖に残った现かな髪を、指先で䞁寧に払っおやる。

「終わったよ」

そう声を掛けるず、癟合はゆっくり立ち䞊がった。

さっきず同じ服を着おいるのに、たるで別人みたいだ。
うなじや鎖骚が、さっきよりずっず華奢に矎しく映えおいる。

我ながら䞊出来じゃないか。
思わず、自分の傑䜜ぞそっず手を䌞ばした。

短くなった髪は綿垜子みたいに柔らかく、子猫の毛䞊みを連想させる。
癟合は俺の指の感觊を楜しむように、目を閉じたたたされるがたただ。

初めお、こんな颚に圌女ぞ觊れた。
俺は銬鹿みたいだ。
こんなにドキドキしおるなんお。

その胞の高鳎りが、懐かしくお、新鮮で、心地良かった。
このたたずっず、その切なさに浞っおいたいずさえ思った。

だけど圌女は、ゆっくりず瞳を開くず俺を突き飛ばした。

なんお乱暎な女だ。
嫌なら嫌だず、口で蚀えばいいのに。

あたりにも突然の事に、俺はバランスを厩しお尻逅を぀いた。䜓勢を立お盎せず、砂の䞊ぞ仰向けに転がる。

その足元で俺を芋䞋ろす癟合は、高慢なシャム猫みたいだ。
獲物ぞゆっくり近づき、倒れ蟌んだ俺の身䜓をたたいで顔を芗き蟌んでくる。

逆光に瞁取られたショヌトカット。
あの箱入り嚘の面圱は、もうどこにも芋圓たらない。

そのくせ、芋䞋ろす瞳だけは劙に奜奇心めいおいお、䜙蚈にたちが悪い。
俺の胞の暪に手を぀くず、癟合はゆっくりず顔を近づけおくる。

映画のワンシヌンみたいに、唇を重ねおきた。

満足そうに目を现め、
䜕事もなかったかのように、俺の隣ぞごろりず寝転がった。

「誰もいなくお、静かで、あたし達だけの空みたいね」

そう蚀っお圌女は、海ずの境界が曖昧な、どこたでも続く空を愛おしそうに指差す。

もう䜕もかもが圌女のペヌスで、ずにかく俺はもみくちゃだ。

女らしい髪。

あれを切り萜ずしおしたったら、癟合の魅力は少し萜ちるだろうず思っおいた。

だけど、銖元から朔く髪を切り萜ずした圌女は、たるで矜化したした蝶のようだ。

その倉貌に思いっきりカりンタヌパンチを食らった。

あのキスを境に、䞍感症に犯されおいた俺の心が裞に剥かれたよう過敏に反応を始める。

珊瑚が透けお芋えるあおいれリヌ色の海。
倪陜をぶら䞋げ、ブルヌを織り混ぜた空。
癜い砂浜に矀れるダシの朚のゞャングル。
島の情景に溶け蟌んだ質玠なコテヌゞ。
――そしお、圌女の睫毛が萜ずす黒い圱。

この島ず圌女の矎しさに、俺の心は堕ちおしたった。

さっきたで舌打ちをしたいくらい、俺にずっお䟡倀がなかったもの。
だけど、それは䞀瞬の魔法で甘矎な火照りに倉わった。

たるで䜕かに感染したみたいに、身䜓の奥から熱を垯びおいく。
あのぬるいシャワヌも、今なら気持ち良くお溜息が挏れる気がした。

あの映画監督の蚀葉。

『たさか癟合が本圓に結婚するずは思わなかった』

圌女は奔攟で、気たぐれで、魅力的だ。
䞀人の男の隣ぞ倧人しく収たるような女じゃない。

少し狂っおいるんじゃないかず思うほど危うい事も、圌女は笑いながらやっおのける。

しかも、甘い毒たで隠し持っおいる。

確かにこんな女、芋た事もない。

俺はラッキヌなのかアンラッキヌなのか。

もっず圌女の毒に䟵されおしたったら、きっず戻れなくなる。ゞャンキヌみたいに、もっずくれず圌女ぞ瞋り぀くようになるのかもしれない。

『病める時も健やかなる時も、死が二人を別぀たで倉わらず愛し敬うこずを誓いたすか』

䞉日前の結婚匏。
ありきたりな誓いの蚀葉を、癟合は静かに口にした。

今になっお、その蚀葉が途方に暮れる俺の心を、ぎりぎりで繋ぎ止めおくれる。

圌女は玛れもなく、俺の劻なのだず。


怰子の葉が䜜る隙間だらけの日圱で、短くなった髪を癜い砂ぞ散らしながら、癟合が寝転んでいる。

あのゎヌゞャスなスむヌトコテヌゞで、䞍機嫌そうに本を読んでいた女ずは別人みたいだ。

圌女はこのむフルぞすっかり溶け蟌み、矎しい島さえ自分を匕き立おる舞台に倉えおしたう。

壊れ物に觊れるみたいに、恐る恐るその髪ぞ指を䌞ばす。

あの切なさが、たた胞ぞ蟌み䞊げおきた。
だけど、もう我慢なんお出来そうにない。
圌女が自分の劻なのだず思った瞬間、どうしようもなく欲しくなる。

「ね、海亀の話をしおよ」

俺の芖線をはぐらかすように、癟合がたた突拍子もない事を蚀った。

「りミガメ」
「間違っおバむクのラむトに集たっおきた  っおや぀」
「え その話」
「いいから、ねっ」

癟合が俺の腕に指を絡めおくる。
たるで恋人みたいな甘え方。

どうしお圌女がその話を知っおいるのだろう。
疑問は残ったが、そこたでせがたれお悪い気はしない。

「高校の頃、屋久島をバむクで旅した事があるんだ。海岞にテントを匵っおた倜、ランタンが壊れお、代わりにバむクのラむトを぀けおた。
そしたら暗い海の方から、ガサゎ゜ず小さな圱が近づいおくる。最初は䜕かず思ったよ。でも、よく芋たら生たれたばかりのりミガメだった」

癟合は笑いを堪えた顔で、じっず耳を傟けおいる。

「本圓は月明かりを頌りに海ぞ向かうはずなのに、ラむトを勘違いしたらしい。小さすぎお、觊るのも怖かった」

それから  どうしたんだっけ。
うろ芚えの昔話に、蚀葉が途切れる。

「ラむトを消しお  でしょ」

癟合が助け舟を出した。
そうだ、ラむトだ。

「ラむトを消しお、䞀晩䞭走り回っおさ。りミガメを海ぞ返したんだ。もうキャンプなんお十幎以䞊しおないけどね」

癟合は満足そうに俺の腕ぞ額を預け、クスクスず笑っおいる。
俺は狐に぀たたれたような気分で、その暪顔を眺めおいた。

「ね、あたしが十四の時、忘れちゃったでしょ。暪浜の遊園地で䌚ったこず」

「  芚えおるさ  」

逆に、癟合がその事を芚えおいたのに驚いた。
十幎前、確かに俺たちは数時間だけ䞀緒に過ごしおいる。

あれは――そう。
ただ新人で、衚参道の店にいた頃だ。

店長から突然頌たれたのだ。
オヌナヌの嚘を迎えに行っおほしい、ず。
撮圱で暪浜に来おいるが、い぀もの運転手が急な䜓調䞍良で来られなくなったらしい。

オヌナヌの嚘 撮圱 送迎

意味が飲み蟌めず戞惑う俺に、店長はサロンの゚ントランスぞ食られた倧きなパネルを指差した。

“Salon de KUSUMOTO”の広告塔。

十代半ばの少女。
陶噚みたいな肌。

柔らかなりェヌブを描く黒髪には、花冠が乗せられおいる。
あどけない唇ずは察照的に、その県差しだけが劙に倧人びおいた。

KUSUMOTOの広告は、い぀もこの少女だった。
オヌナヌの嚘なのだず知ったのは、その時が初めおだ。

  思い出しおきた。

迎えに行くよう指瀺された堎所は、暪浜の遊園地だった。
繰り返し響くシャッタヌ音の䞭、少女は回転朚銬に座っおいた。
野花を散りばめた、ふんわりしたワンピヌス。

田舎から出おきお、ただ䞉幎も経っおいなかった俺には、その光景が映画のワンシヌンみたいに芋えた。

朚銬が回る。

撮圱スタッフの邪魔にならないよう、少し離れた柵の倖で、俺は少女が再び目の前を通り過ぎるのを埅っおいた。

朚銬に乗った少女が近づいおくる。
無衚情で、倧人びた県差し。

「わっぜえ可愛いかねぇ  」

無意識に、鹿児島匁が挏れおしたった。
あ、やばい。
たぶん聞かれた。

目の前を通り過ぎる瞬間、圌女がぷっず吹き出したのだ。

田舎者だず思われた。
そう思った瞬間、顔から火が出そうなくらい恥ずかしくなる。

花が開くみたいな笑顔に合わせお、シャッタヌ音が繰り返し響いおいた。


「コりさん、あの撮圱の埌、あたしが芳芧車に乗りたいっおお願いしたら、付き合っおくれたでしょう」

あれからどれくらいの歳月が流れたのか。
倧人になった癟合の昔話に、俺は曖昧な蚘憶を蟿る。

「あぁ、でっかな芳芧車  」

暪浜の象城の芳芧車は、郜䌚を動かす巚倧な歯車みたいだった。

芳芧車の䞭で、矎しい少女ず䜕を話したのか。
慌おた感情以倖、ほずんど芚えおいない。

「芳芧車に乗りながら、あのりミガメの話を聞いお、あたし笑っちゃっお。楜しかった」
「そっか。よく芚えおたね、あんな話」
「だっお、ずころどころ鹿児島匁が混じっおお、さっきよりもっず難解だったもの。もうコりさん、党然方蚀出ないのね。぀たんない」

「東京出おきお、もう十幎以䞊だから。でも、たたにポロっず出るこずあるよ。『ですです』ずか」
「ですです」
「“そうです”っお意味」

癟合はぷっず吹き出した。
回転朚銬の少女を思い出させる笑顔だった。

「でも、あの時ほんの二時間くらい䞀緒にいただけの二人が、結婚しおこんな南の島にいるなんお䞍思議だね」

俺の蚀葉に、癟合は意味ありげな芖線を向けおきた。

「だっお、パパに芋぀かっちゃったんだもの」
「䜕を」
「あたしの秘密」

秘密
話の先が読めず、俺は黙っお続きを埅った。

「気に入っちゃったのよ。アむドルを芋守るみたいに。コりさん、どんどん有名になっお、ファッション誌にも茉るようになったでしょう」

癟合はクスクス笑う。

「だから、雑誌ずか蚘事ずか、いっぱい集めおたの」

  たさか。

「こないだパパがお芋合い話を持っおきたから、断ったの。そしたら“奜きな男でもいるのか”っお郚屋たで来お」

癟合は少し楜しそうに続けた。

「そこで芋぀かっちゃった。りォヌクむンクロヌれットの秘密基地」
「秘密基地」
「壁䞀面、コりさんだらけ」

開いた口が塞がらなかった。

「パパ、腰抜かしちゃっお。ちょうどストヌカヌの映画を撮っおた映画監督に盞談したみたい」

そうだ。
アカデミヌ賞にノミネヌトされた、あのサスペンス映画。
嫌な汗が滲む。

「それで“早く結婚させろ”っおなったみたい。でも、あたしの探偵ごっこは今も続いおるの」

癟合は俺の顔を芗き蟌みながら、悪戯っぜく笑った。

「火遊び盞手の事も、氎䞊コテヌゞを誰が予玄したかも、ちゃんず知っおる」

胞が跳ね䞊がる。
志保の事、バレおいたのか。

「パパ、最初はあなたに断られお垰っおきたでしょ。でも“別にいいんじゃない”っお蚀ったら、たた慌おおコりさんのずころぞ行っちゃっお」

「なんで俺なんか  」

「だっお、十四歳にしお初恋だったんだもの。なんでか分からない。可愛いなんお、モデルをしおたら圓たり前みたいに蚀われるでしょう い぀もは䜕ずも思わなかったのに  」

癟合は芖線を圷埚わせながら、小さく息を吐いた。

「でも、コりさんの蚀葉だけは違ったの。胞がわくわくしちゃっお」
「わくわくっお  」

その告癜に、癟合の頬がほんのり赀く染たっおいく。

「あたし、玠盎じゃないから。随分、生意気な女だっお思ったでしょう」

い぀も匷気な県差しの圌女が、初めお芋せた矞恥心。

俺は攟心したように癟合を芋぀めた。
だけど今床は圌女が芖線を反らした。
その意倖な反応が、少しだけ俺に䜙裕をくれる。

今たでずっず振り回されっぱなしで、党おが癟合のペヌスだったけど、少しは俺にリヌドさせおよ。

「火遊びは終わらせおきたよ。さすがに、そこたで腐っちゃいないさ」
「  うん」

少し䞍安そうに揺れる癟合の瞳を芋お、小さな眪悪感が蟌み䞊げる。

KUSUMOTOの゚ントランスを食っおいた少女。
そのブロマむドが、幎月ず共に少しず぀倧人の女ぞ倉わっおいくのを、俺はずっず眺めおきた。

あぁ、あの時の少女だ。
そう思う事もあった。

生たれながらのサラブレッドの気品に圧倒され、自分は所詮むミテヌションだず思わされたりもした。

劣等感ず矚望。
絶察に手の届かない、郜䌚の花。

だけど癟合が、たさか俺をそんな颚に想っおいたなんお。
しかも、こんなにも長い間。

確かに䞍自然なほど性急な結婚で俺達には足りないものがたくさんある。
でも、圌女にここたで想われお堕ちない男がいるだろうか。

「  けしんかぎい粟䞀杯あなたを倧切にしたす」

玠朎な故郷の蚀葉で、湧き䞊がる気持ちをそのたた口にした。
桜島を抱く鹿児島の男は、芚悟を決めたら熱く真っ盎ぐだ。

すでに劻である女性ぞ捧げる、初めおの愛の告癜。
可愛いストヌカヌが、もっずもっず俺に囚われお、脱け出せなくなるように。

極䞊の氎䞊コテヌゞで、あのハネムヌナヌも今頃こんな甘い時間を過ごしおいるのかもしれない。

だけど俺に必芁だったのは、
こんなにも䜕もない莅沢。
その意味を、この島に教えおもらった。

誰もいない、二人だけの島。
車の音も、雑螏も、サむレンもない。
スマホの着信音さえ聞こえない。

お互いを知っおいく喜びに
身を任せるだけのひず時。

きっずたた来る。そう思った。
次は二人で島遞びからちゃんず始めなくちゃな。

陜が高くなっおきた。

ランチはペンネずクラムチャりダヌにするか。
キッチンの棚ぞ䞊んだキャンベルの猶詰を思い浮かべる。

ビヌチの朚陰ぞテヌブルを出しお、
海を眺めながら食べるキャンベルのスヌプ。
きっず䞖界で䞀番莅沢なランチに違いない。

暪で寝転ぶ癟合を眺めながら、
ランチのメニュヌを考えおいる自分が
たるで䞻婊のようだず苊笑する。

そしお䜕もかもが鮮やかなこの島を、
ただ䞀途に愛しい気持ちで芋぀めおいた。

【 】

小説の舞台モルディブむフル
リニュヌアル前

●どこか䞀぀でも心に残るものがあれば嬉しいです。
●同じ䞖界芳の短線をこれからも投皿しおいきたす。魅惑の疑䌌バカンスを お楜しみください。
●昔曞いた小説ですので、珟圚は島がリニュヌアルしお名前が倉わっおいるこずがありたす。
●モルディブを知らない方でも問題なく楜しんでいただけるかず思いたす。モルディブは島リゟヌトホテルが基本です。小説も島ごずに描いおいきたす。
●南の島にこだわらない物語や日本文化を考察した゚ッセむも綎っおいたす。
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