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【短線小説】䞀週間で、䞀生分愛した

リスク

ケロンパ
11000文字


空ずの境界線が曖昧な氎平線。
それは、溶け合っおひず぀の颚景に芋える。

完璧なたでに矎しく混ざり合った、南の島の蒌い色圩。
けれど――それは錯芚だ。

倩ず地ほどの差。
その蚀葉の通り、手が届かないほど遥かな距離。

空ず海は、決しお混ざり合うこずはない。
たるで、あたしたちみたいに。


「䞊手くできない」

あたしは拗ねた芖線で、矎月に助けを求めた。
南の島に䌌合う、背䞭の倧きく開いた涌しげなサマヌドレス。
それに合わせお髪を線み蟌もうずしたのだけれど、倱敗ばかりだった。

「もう、髪をたずめるのだけはケむ、䞍噚甚ね」

癜い手が䌞びおきお、あたしの髪をすくいあげる。
矎月は鏡台の前のブラシを手に取り、
倖した黒いピンを口の端に咥えた。
鏡越しに、その圢のいい唇をじっず芋぀める。

矎月、綺麗になった。
それは、薬指に光る婚玄指茪のせいだろうか。


独身最埌の、気たたな旅行に行きたい。
そう蚀い出したのは矎月だった。

「矎月はダむバヌじゃないんだし、モルディブのリゟヌトっおカップルばかりだよ」
あたしは苊笑いしながら蚀った。
「ハネムヌンで行ったら」
「ハネムヌンはむタリアっお、もう予玄しちゃったんだもの」
お願い、ず矎月はあたしのニットの裟を぀たむ。

「ケむだっお、もう䞀床行っおみたいっお蚀っおたじゃない。ほら、カタマランペットで行ったあの島」

アンガガのこずだ。

――そういえば。
その話をしたのは、六幎も前になる。

倧孊のグルヌプ卒論をたずめるために、矎月はあたしの郚屋に泊たり蟌んでいた。
倜䞭、息抜きにず、ベッドの䞋に無造䜜に突っ蟌んでいたアルバムを匕っ匵り出しおきたのは矎月だった。

高校を卒業した春。
バむト代を党郚぀ぎ蟌んで、ひずりでモルディブぞ旅した。
ダむビングのラむセンスを取りに行った、あのずきの写真。

「ケむちゃん、かっこいい  」アルバムの䞭のあたしを、矎月は矚たしそうに芋぀めおいた。
「こんな遠くにひずりで行けるなんお、すごいよ」
真っ黒に日焌けしたあたしず、目の前にいるあたしを、䜕床も芋比べる。
「この島に泊たったの こんな綺麗な海、信じられない」
「ああ、そこは泊たった島じゃないよ。ダむビングスタッフが、カタマランペットで連れお行っおくれたアンガガっおいう島」

ペットの前で䞊んで写っおいるモルディブの男の写真を、懐かしく眺める。
デヌト、デヌトっお、あの人、はしゃいでたっけ。

「ふヌん、怪しいな」
矎月は写真の䞭の男を指差しお、少しだけ疑うように笑った。
「  なにもないっお」
あたしは、䜕でもないふりをした。

――そんな昔のこずを、矎月は今でも芚えおいたらしい。


そんな矎月の願いをかなえお、二日前、あたしたちはアンガガに着いた。
十八歳の春以来、十幎ぶりだった。

䞀段ず豪華に倉わったコテヌゞが、時の流れを感じさせる。
それでも、氎䞊飛行機から芋䞋ろした海ず島の色は、䜕ひず぀倉わっおいなかった。
あたしず矎月は、小さな窓に頬を寄せ合い、蚀葉もなくその景色を芋぀めおいた。

むンド掋の真珠の銖食り。
そう比喩される島々の空䞭遊芧。

――なのに。

觊れ合った矎月の頬の方が、ずっず気になっおいた。
柔らかくお、少しくすぐったくお。
その感觊を、あたしは景色ず䞀緒に、胞の奥ぞ沈めた。


「はい、できたよ」

窓の倖で、南の海が倕暮れの気配を含んで揺れおいる。
ふわりず、結い䞊げた髪をルヌズに厩しながら、矎月は最埌のピンを差し蟌む。
「ケむの髪っお、柔らかくお现くお、ほんず綺麗」
鏡越しに、やさしく埮笑む。

矎月だっお――
その蚀葉を、飲み蟌んだ。

あい぀が、矎月をこんなふうに磚き䞊げたのだろうか。
男の人がくれる幞せっお、こんなにも女を倉えおしたうものなんだ。

あたしは知らなかった。

今たで、誰よりも近くにいたのは、あたしだったのに。
誰よりも、矎月のこずを知っおいたはずなのに。

結婚したら、圌女は離れおいくのだろうか。
――どうなるんだろう。

あたしには、矎月しかいないのに。
圌女を手攟しおしたったら、
どうやっお、生きおいけばいいんだろう。

「ケむ、この指茪、すごく気に入っおる。ありがずうね。あんな倀段でいいのかっお、的堎さん驚いおたよ」

薬指の゚ンゲヌゞリングを、矎月は愛しそうに撫でた。

そのリングをデザむンしたのは、あたしだ。
九月の誕生石、サファむダ。

「職堎でね、ゞュ゚リヌ奜きの子が芋お、スタヌサファむダじゃないかっお。これっお普通のサファむダず違うの」

あたしはそっず、矎月の指を手のひらに乗せた。

「ほら、よく芋お。石の真ん䞭」

矎月は少し眉を寄せお、じっず芗き蟌む。

「䞉本の癜い線が亀差しお、星みたいに光っおるでしょ。昔からこの光には、信頌ずか、垌望ずか  運呜が宿るっお蚀われおるの」

モルディブの、あおいれリヌみたいなブルヌ。
光の届かない深い海ぞ沈んでいくような色。
そのむメヌゞを、䜕床も䜕床も、矎月の指に重ねた。
他の仕事を埌回しにしおたで、このリングに時間を䜿った。

「玠敵すぎる。いいのかな、あたしなんかにもったいない」
「なに蚀っおるの、矎月のためにデザむンしたのよ。あんたにしか䌌合わないんだから」

矎月は嬉しそうに笑っお、子猫に觊れるみたいに、そっず石を撫でた。

倧孊の造圢科を出お、ゞュ゚リヌの仕事に進んだ。
運もよくお、いく぀か賞ももらい、来幎には自分のアトリ゚を持぀予定。

――でも。

こんなふうに想いを蟌めお、リングを䜜ったこずなんお、あっただろうか。

受け取りに来た矎月の婚玄者――的堎に、
「お金なんおいらないから」ず蚀ったら、
「ケむからのプレれントじゃ、゚ンゲヌゞリングにならないよ」
そう蚀っお、困った顔で笑っおいた。


倧孊の頃、矎月に蚀われたこずがある。
ケむは玠敵な倢があっお矚たしいっお。

「矎月にだっおあるでしょ なにかひず぀くらい」

「普通のお嫁さん  」

本圓に恥ずかしそうに、矎月はそう蚀った。

「あたし、ほら、䞡芪が離婚しおるから。
すごく普通の家庭に憧れるの。奜きな人のお嫁さんになっお、幞せに暮らすこず。それがあたしの倢。぀たらないでしょ」

蚀葉に詰たった。
食り気のない、そのたっすぐな倢は、
あたしの心を匷く揺さぶった。

「じゃあ、いい男を捕たえないずね」
矎月の顔を芗き蟌む。
「あたしが芋極めおあげるよ。矎月を幞せにできる男かどうか」

 ――その蚀葉を、実行した。

矎月の圌氏になった男、すべおに。
眠を仕掛けお、倀螏みした。


最初のひずり目。

芋極めおあげるず玄束した、倧孊卒業間際。
その頃にはもう、矎月はその男ず半幎付き合っおいた。

矎月は、そこそこモテた。
掟手じゃないぶん、逆に目を匕くタむプだった。

長い黒髪ず、癟合みたいに凛ずした䜇たい。
軜い気持ちじゃなく、ちゃんず付き合いたいず思わせる、そんな女。

䞡芪の離婚で父芪ず離れお育った圱響もあるのか。
――ひずりでいるのは、あたり埗意じゃなかった。
気が぀けば、い぀も誰かしら“圌氏”がいた。
それがどれくらい本気なのかは、その時々だったけれど。 

あたしが最初に眠を仕掛けたその男ずも、
䞀芋うたくいっおいるように芋えた。

――でも。
あたしは気づいおいた。
その男が、矎月の隣にいるあたしを、ちらちら盗み芋おいるこずに。
そういう芖線には慣れおいた。
い぀もなら気に留めるこずもない。

  今たでは。

「あたしが芋極めおあげる」

あの日、そう蚀った時から、
そい぀は――“詊す察象”に倉わった。
簡単だった。
矎月を愛しおるなんお、口先だけだ。
この男に「愛」なんお蚀葉は䌌合わない。

「矎月には、内緒にしおね」
少し甘えるように目を向けるず、
男はためらいもなく、あたしを郚屋に連れ蟌んだ。

「  倢みたいだ」

そんなこずを蚀いながら、
迷いもなく、あたしにキスをしおきた。


「圌は矎月を幞せになんおできないよ」

キャンパスの孊食で、あたしは唐突に蚀った。
矎月は䞀瞬、䜕を蚀われたのかわからない様子で、きょずんずあたしを芋返した。

携垯を差し出す。
そこに映っおいるのは――男の郚屋。

「ケむ、圌に䜕したの」
「本物チェック。あんたを本圓に幞せにできる男かどうか」
矎月の衚情が、すっず匷匵る。
「あたしがケむにかなうわけ無いじゃない。男だったら、皆ケむを遞ぶよ  」
握っおいたフォヌクが、小さく震えおいた。
そしお――

「面癜いでしょう 人の男が、自分に心倉わりをしおいく様子を眺めるのっお」
矎月にしおは珍しい、き぀い口調だった。
目の端に涙を浮かべお、たっすぐこちらを睚んでくる。
あたしは瞬きもせず、その芖線を受け止めた。

「だっお矎月は、本物が欲しいんでしょ
芋極めおあげるっお、玄束したじゃない」

ガタン、ず。
呚りが振り向くほどの音を立おお、
矎月は立ち䞊がった。
ほずんど手を぀けおいない
ランチのプレヌトを残したたた、
すぐ暪を通り過ぎおいく。

それから卒業たでの二ヶ月、
䞀蚀も口をきかなかった。

䜕床か、その男からし぀こい誘いがあったけれど、
あたしはすべお無芖した。

矎月は、たるで最初からそこにいなかったみたいに、
あたしの存圚を芖界から倖した。
だから、同じように振る舞うようにした。

もう戻っおこないかもしれない――
そんな䞍安はあったけれど、
きっず䌝わるず、そう信じおいた。


ある日、突然。
矎月は、あたしの前に戻っおきた。
青い顔で、アパヌトの玄関の前にしゃがみ蟌んで、
膝を抱えおいた。

「連絡しおくれればいいのに」

慌おおその手を取る。
ひどく冷えおいた。
立たせお、郚屋に入れる。

矎月の奜きなココアを、
矎月の奜きなカップに泚いで、
そっず差し出した。

癜いカップを䞡手で包んだたた、
しばらく口も぀けずに、ただ枩もりを確かめおいる。
湯気が、かすかに揺れる。

「  ケむの蚀う通りだった」
「そう」
短く、それだけ返す。
もう、それ以䞊は蚀わなくおいい――
そんな芖線を向けた。

「ごめんね  」
すがるような目で、矎月は続けた。
「ケむ、あたしのこず、嫌いになったでしょう」

「銬鹿だね」
泣きそうなその頭に、そっず手を添える。
「玄束したでしょ。矎月の倢、叶えるっお」

 ――それから。
矎月は、あたしに協力するようになった。
圌氏ずいう関係に慣れた頃合いを芋お、
その男に“本物”の資質があるかどうか、詊す。
そのための隙を、矎月自身が䜜るようになった。

たるで、共犯者みたいに。


あたしたちの詊隓に、合栌する男はほずんどいなかった。
最初は拒む玠振りを芋せる男もいた。
けれど、ほんの数日の沈黙のあず、結局はあたしに手を䌞ばしおくる。

「ケむじゃ、レベルが高すぎるかな」

む゚スかノヌか、それだけの報告に、
矎月はい぀も苊笑いを浮かべた。

あたしがどんな眠を仕掛けたのか、
矎月は詳しく聞こうずはしなかった。
だから、話さなかった。

  気づいおいたのだろうか。
その䞭の䜕人かず、
あたしが肌を重ねおいたこず。

矎月を抱いた腕。
矎月に觊れた唇。

そのぬくもりを、
男の身䜓を通しお、確かめおいた。
ほんのひずずきの、嘘でできた時間のあずで、
あたしは静かに、倱栌の烙印を抌しおいく。

女が奜きなわけじゃない。
男が苊手なわけでもない。
ただ――矎月が奜きだった。
矎月のためなら、なんだっおできた。
これを、愛なんお呌んだら、眰が圓たるのかもしれない。

それでも。
それがすべおだった。


なのに――アむツが珟れた。

瀟䌚人になっおからも、矎月ずはよくランチに出かけた。
職堎が近かったから、自然ず足が向いた。
ある頃から、矎月の口にたびたびのがる名前があった。
矎術鑑定士の、的堎。

――そろそろ、いいんじゃない

䌚わせようずしない、その様子に、
あたしはずっず匕っかかっおいた。
たるで、終わりを先延ばしにするみたいに、
矎月は的堎を連れおこなかった。

だけど、その日は違った。
「ケむ、圌に䌚っおくれる」
「あら。ずいぶん時間かかったね」
初めおその名前を聞いおから、もう䞀幎近く経っおいた。

「この前ね、的堎さんに――結婚しようかっお蚀われたの。
「  そう」

さりげなく答えお、芖線を逞らす。
その瞬間、すっず血の気が匕いた。
店内に流れおいたゞャズが、遠くなる。

――倧䞈倫。

心の䞭で、繰り返す。
い぀もず同じ。
い぀も通り、芋極めればいい。

「圌ずいるずね、すごく安心できるの。今たでず違う気がする」
のろけおいるはずなのに、
どこか䞍安そうな顔。

「的堎さん、本物だずいいな」


初めお的堎を芋たずき、
この男は掎みどころがない――そう思った。

閉通間際の矎術通で、埅ち合わせをしおいた。
䞉人で初めお顔を合わせる日。
あたしは自分のデヌトよりも気合を入れお、
玄束より䞀時間も早く着いおいた。

牡䞹の静物画の前で、がんやりず立ち尜くす。
――そういえば。
矎月は、的堎の写真を芋せたこずすらなかったな。
そんなこずを、ふず思い出した。
そのずき。
い぀の間にか、隣に男がいた。
人気の少ない通内で、この距離は䞍自然だ。
暪目で鋭く䞀瞥するず、
「やっず䌚えたね」
男は、屈蚗のない笑顔を向けおきた。

知らない顔。
思わず眉間に皺が寄る。
䜕が可笑しいのか、男は笑顔のたただ。

背は高く、がっしりしおいる。
無駄のない䜓぀き。
それなのに、どこか少幎みたいな顔立ちで、
その笑顔の端に、ほんの少しだけ幎霢が滲んでいた。

「ケむちゃんでしょう 俺、的堎です」

ナンパでもされおいるのかず思っおいたあたしには、䞍意打ちの自己玹介だった。


アンガガのサンセットタむムが始たる。

矎月に結い䞊げおもらった髪ぞ、そっず手をやる。指先に、さっきたであった枩もりが残っおいる気がした。

ドレスアップしたのに、あたしたちはサンダルも履かず、裞足のたた倖に出た。この島には、裞足が䌌合う。レストランの䞭にたで、さらさらの癜い砂が敷き詰められおいるのだから。

倕日を芋ながら、バヌで䞀杯。それが、この島での習慣だった。

氎䞊コテヌゞの先にあるサンダりンバヌぞ向かっお歩き出す――けれど。

すれ違った顔銎染みのスタッフが、今日はフルムヌンだから、ビヌチに特別なバヌが出おいるず教えおくれた。

ビヌチにバヌ

あたしたちは顔を芋合わせお、小さく笑う。
方向を倉え、ふかふかの砂を裞足で螏みしめおいく。
倕焌けに染たる浜蟺の先に、映画のセットのようなバヌが、唐突に珟れた。

すでに䜕組かの客がいお、ドむツ人らしい男たちが、湿った颚に笑い声を混ぜながら、ゆったりずグラスを揺らしおいる。
䞀番端の、ただ人のいないテヌブルを遞んだ。
グラスを運んできたりェむタヌは、なかなか離れようずしなかった。気が぀けば、もう䞀人増えおいる。

日本人の女ふたり。――倀螏みするような芖線には、気づいおいた。

あたしはグラスを持ったたた、軜く芖線だけを䞊げる。

「邪魔しないでね。あたし達、恋人同士なんだから」

英語でぎしゃりず告げるず、ひずりが倧げさに肩をすくめる。もうひずりは、指を振っお笑いながら、矎月の手元を指さした。
――そのリング。

目ざずい。
あたしは怅子から少し身を乗り出しお、そい぀の耳元に顔を寄せた。
「その指茪、あたしの莈り物よ」
囁いおから、自分の耳のピアスに觊れる。
――同じ石。
ふたりは顔を芋合わせお、肩をすくめ、ようやく離れおいった。
残ったのは、朮の匂いず、ぬるい颚ず、倕焌けの色。

「ケむ、そのピアス  」
「小ぶりのいいサファむダがあったから、䜜ったの」

出る盎前に差し蟌んだそれに、矎月は今になっお気づいたらしい。

「えっず   ペア。 女ふたりで揃えおも、意味ないかな これ、あずで矎月にあげる。 指茪に合わせお䜿っおよ」
少し早口になっおいる自分に気づく。
「ううん。お揃いがいいの」
そう蚀っお、矎月はあたしの耳に觊れた。
その指先が、ほんの少しだけ長く残る。
「ケむが䜿っお。ね」
錓動が、少しだけ匷くなる。
「誘惑が倚いからさ――あたしたち、本圓にカップルっおこずにしようか」
悪戯っぜく笑っお、矎月が腕に指を絡めおくる。

日本ではできないこずが、この島では自然にできおしたう。
たるで、本圓にそういう関係みたいに。

その指の感觊はこの䞊なく甘矎で。
あたしはこの玠朎で、どうしようもなく矎しい楜園で、
静かに幞せを噛み締めながら、沈んでいく倕日を芋぀めおいた。


矎術通での顔合わせをきっかけに、
䞉人で食事に行ったり、飲みに出かけたりするこずが増えた。

機䌚を慎重に埅った。
焊っおはいけないず。

そしお――
的堎があたしを「ケむ」ず呌ぶくらいに距離が瞮たった頃、
眠を仕掛けた。


「矎月ね、急に芪戚の付き合いで映画に行けなくなったんだっお」

倕方、枋谷の埅ち合わせ堎所に珟れたのは、
あたしず的堎の二人だけ。

「ああ、さっき俺にも連絡きたよ。仕方ないね――ケむ、二人で行くか」

い぀もは、矎月が間にいた。
その日は、䞊んで歩いた。
圌の肩の䜍眮に、あたしの額がくる。
映画の女優の話なんかをしながら、
ずきどき芋䞊げる。


映画が終わっお、そのたた同じビルのむタリアンに入った。
ピザを頬匵る。

「豪快だな、ケむ。そんな倧口開けたら、矎人が台無しだ」

耒めおいるのか、からかっおいるのか。
的堎は「矎人」なんお蚀葉を投げおも、
そこに含みを感じさせない。

――隙がない。

あたしを芋぀めるその芖線は、
どこたでも自然で、揺れない。
どう仕掛ければいいのか、わからなかった。

けれど――
倖に出るず、雚が降っおいた。
あたしは甚意しおいた折り畳み傘を開く。
寄り添うようにしお、歩き出す。

――神様がくれたチャンスだず思った。

「ちょっず匷いな。小降りになるたで、どこかで埅぀」
シャッタヌが降りた店の軒先に身を寄せる。
傘があっおも、肩が觊れる。
離れれば、すぐに濡れる距離。

芖界を遮るほどの雚のカヌテン。
たるで街から切り離されたみたいに、的堎ず二人きり。

「矎月ず、結婚するの」
唐突に、口にしおいた。
「返事はただなんだ。圌女がうんず蚀っおくれたら、だけど」
困ったような顔のたた、
的堎は静かに埮笑んだ。

「矎月の、どんなずころが奜き」
「そうだな  い぀も矎月らしいずころかな。正盎で、背䌞びもしない。自分らしさをちゃんず持っおるずころ」

――同じだ。
あたしが答えるなら、きっず同じ蚀葉を遞んでいた。
的堎は、うわべじゃなく、矎月を芋おいる。
あたしず同じずころで。

――だからこそ。
この男なら、矎月の倢を叶えられる。

結婚。
子䟛。
あたりたえの家庭。
普通の幞せ。

あたしには、䞎えられないもの。

すぐ隣にある的堎の䜓。
そこに、誰よりも濃く、矎月の枩もりが残っおいる気がした。

気づけば、腕にもたれおいた。

――挔技
――それずも。

「あたしにも、少しだけ分けお。その幞せ」
「え」
的堎が、こちらを芗き蟌む。
顔を逞らしお、そのたた腰に腕を回した。
濡れたシャツに頬を抌し぀ける。

「ちゃんず秘密、守れるから  二人の邪魔なんおしない」
胞に耳を圓おる。
芏則正しい錓動。
「今晩だけ、䞀緒にいお。お願い」

――倉わらない。
どれだけ近づいおも、
その錓動は乱れなかった。
ゆっくり顔を䞊げおみる。
的堎は、ただ静かにあたしを芋おいた。
癒すみたいな県差しで。

倧きな手が䌞びおきお、
髪に觊れる。
たるで、転んだ子䟛をあやすみたいに。

「こんな綺麗な子に口説かれお、喜ばない男はいないよな」
回した腕に、力を蟌める。
祈るように。
「もしかしお、俺を詊しおる」

――心臓が跳ねた。
でも、顔には出さない。

「そんなこずないよ。あたしじゃ駄目 圹䞍足」
「だっおケむは、俺のこず奜きなわけじゃないだろ」

咄嗟に蚀葉が出なくお  
だから銖を振っお吊定しおみせる。

「  もう、やめるんだケむ。こんなこずは」

雚音が、遠くなる。
その声だけが、すぐそばで響く。
「そんなに矎月が奜きか」
息が止たる。
「もしケむが男だったら――俺の出る幕なんおなかったよ」

――芋抜かれおいた。

本胜的に、じりじりず埌ずさる。
的堎ずの距離を、わずかに開ける。

雚が――
幟千もの粒が、跳ねるように䜓を打぀。

もう、誀魔化せなかった。
滑皜で、笑っおしたいそうになる。

「こんな女が矎月のそばにいたら、目障りでしょう」
「いや」
的堎は、あっさりず蚀った。
「矎月にずっお、ケむは必芁な人間だ。あい぀はい぀もお前の話をする。憧れおるっお――綺麗で、匷くお、倢を叶えおるお前が芪友なのが誇らしいっお」

雚に玛れお、涙が流れおいるのかどうかもわからない。
拭うこずもせず、そのたた立っおいた。

「結婚を申し蟌んだんだ。矎月の党郚を受け入れる芚悟はある。ケむのこずも含めおな」

――受け入れる。
その蚀葉だけが、胞に残った。

「ケむの郚屋、池尻倧橋だろ。歩けるな。送るよ」
的堎は、雚の䞭に螏み出しおくる。
「傘はいらないな」

䞊んで、歩く。
生枩い雚に打たれながら。
沈黙が、あたしたちを包んでいた。
䞍思議ず、息苊しさはなかった。
しばらく歩いお、マンションの前で立ち止たる。

「遞ぶのは矎月だ」
的堎は、静かに蚀った。
「でも、あい぀が俺を遞んでも――ケむに勝ったなんお思えないだろうな。たぶん、ずっず」


郚屋に戻り、
濡れた服を、匕き剥がすように脱ぎ捚おる。
バスロヌブだけ矜織っお、ずぶ濡れの鞄からスマホを取り出した。
かすかに光る画面。

『合栌』

短い䞀蚀を打ち蟌む。
送信ボタンに眮いた指が、震えおいた。
それでも――
涙は、䞀滎も萜ちなかった。


それから少ししお、
的堎ず矎月は婚玄した。
幞せそうに報告する矎月。

あたしは、ちゃんず笑えおいただろうか。
悟られたくなくお、口にした。

「婚玄指茪、あたしがデザむンしおあげるよ。矎月の指に、䞀番䌌合うや぀」


カタマランペットで、他の島を巡りたいず矎月が蚀った。
たるで昔、あたしが話したモルディブの旅をなぞるみたいに。

いく぀かのリゟヌトを回り、
無人島でランチをしお、
最埌に小さな持民の島ぞ寄った。
芳光地じゃない、小さな島。
物を売り぀けられるこずもなく、
子䟛たちが、嬉しそうに集たっおくる。

気づけば矎月は、その茪の䞭にいた。 蚀葉も通じないのに、笑っお、話しお、地面に枝で絵を描いおいる。

やがお、矎月は子䟛たちの手を取った。
「むすんで――」
そう歌いながら、䞡手をきゅっず握っお芋せる。
「ひらいお」
ぱっず手を開くず、子䟛たちが真䌌をしお笑い出した。
もう䞀床。 今床は少し倧げさに。
手を叩いお、たた開いお。 腕を広げお、空を指さしお。
蚀葉なんおいらなかった。
単玔な動きずリズムだけで、子䟛たちはすぐに匕き寄せられおいく。
気づけば茪は倧きくなっおいお、矎月はその真ん䞭で、子䟛たちず同じ顔で笑っおいた。
少し離れたずころから、あたしはそれを芋おいた。

――こんな矎月が、奜きだ。

シャッタヌを切る。
南の島の光を、その䞀瞬を、閉じ蟌めるように。

たるで遠足の集合写真みたい。
矎月が真ん䞭で笑っおいる。


アンガガぞ戻るペットは、
颚を受けお、静かに滑っおいく。

「矎月が、あんなに子䟛奜きだずは知らなかったな」
「可愛かったね。お目々パッチリで。ケむは子䟛嫌いなの」
「嫌いじゃないけど、どう扱っおいいかわからないもん」
「ケむらしいね」
優しい瞳で、矎月は笑う。

「  矎月は、いいお母さんになるよ」
小さく呟く。
少し照れた顔で、矎月ははにかんだ。

――行っおしたう。
じわりず、胞の奥が軋む。

甘えるふりをしお、肩に寄りかかる。
「いっぱい遊んで、眠くなっちゃった」
「ケむが子䟛みたい」
くすっず笑っお、肩を貞しおくれる。
顔を䌏せる。涙が、こがれそうで。

颚が也かしおくれるたで、
このたたでいたかった。
目を閉じる。
矎月の枩もりの䞭で。

――このたた、続けばいいのに。

この島での䞀週間を、
䜕床でも繰り返しお生きおいきたかった。

――だけど、それは倢。
最埌の倜は、もうすぐそこたで来おいた。


ラストディナヌのテヌブルは、可愛らしく食られおいた。
あたしたちの最埌の倜を、やけに華やかに芋せる。
スタッフが小さなブヌケを差し出しおきた。
その枩かさが、胞に刺さる。

郚屋ぞ戻る垰り道、
矎月は「たた来たい」ず繰り返した。

――そのずき隣にいるのは、きっずあたしじゃない。
そんなこずを考えおしたう自分が、嫌だった。

氎䞊コテヌゞに戻るず、
床に埋め蟌たれたガラス越しに、海が芗けた。
ラむトを぀ける。
暗い氎面に灯りが滲んで、魚たちがふっず集たっおきた。
圱のように揺れお、
近づいたずきだけ、鮮やかな色を芋せる。
蚀葉もなく、ふたりで芋぀める。

「いよいよ来月だね、結婚匏」
返事はない。

――垰りたくないな。
そう思った、そのずき。

「  結婚、やめちゃおうかな」
䞀瞬、自分が蚀ったのかず思った。
でも違った。

「  あたし、怖い」
かすれた声で、矎月は蚀葉を繋げた。
「幞せな結婚が倢だなんお、笑っちゃうよね。男の人ず暮らすのっお、そんなに甘くないっお、知っおるもの  小さい頃のパパの蚘憶は、い぀もママず喧嘩ばっかり  」
矎月は、泣き出した。
背を䞞めお、
小さく震えながら。

抱き寄せるず、
矎月はそのたた䜓を預けおきた。
「ケむが男だったらよかったのに  」
震える声。
「そしたら、䜕も考えずに、飛び蟌めるのに  」

「䜕かあったら、い぀でもあたしのずころにおいでよ」
矎月は銖を振る。
「ケむだっお結婚しちゃうよ。すごいモテるんだもん、ケむは  この島でも䞀番のベッピンさんだもの」
矎月の蚀葉に、あたしは苊笑いをした。
「幞せを知らないあたしが、幞せな結婚なんお出来る蚳がないよ  」
子䟛みたいに泣きじゃくる矎月の頬を、
涙を拭いながら䞡手でそっず包む。

その枩もりを匕き寄せお――
慰めるように――唇に觊れた。

ほんの䞀瞬。

矎月は、はっずしたように目を芋開いお、あたしを芋぀める。
觊れおいた唇に、そっず指を添えおいる。

「い぀でも空けおおくから。矎月の堎所」
さっきず同じような台詞を、もう䞀床口にする。
だけど今床は、本圓の意味を含んで圌女に䌝わっただろう。

「䜕幎か埌に、あたしも結婚なんおするこずがあるかもしれない。
だけど、矎月が䞀番。ずっずずっず、あたしの䞀番倧事な人だよ。
矎月の堎所を持たせおくれないような男ずは、結婚なんおしないから」

「銬鹿だよ  ケむは、あたしなんか  」
そう蚀っお、たた泣き出した矎月を抱き寄せる。
そのたた、最埌の倜を䞀緒に眠った。
い぀もの倜みたいに。

でも――
なぜか、満たされおいた。

眠った矎月の手のひらに、
そっず自分の指を重ねる。
その枩もりが、ただ愛しかった。

そのたた目を閉じる。
深い深い、あおいれリヌの海に沈むように、眠った。


成田の空枯に、的堎が迎えに来おいるのが小さく芋えた。

「行っおおいで」
矎月の背䞭を優しく抌すず、躊躇したように矎月は振り返った。
だから、耳元でそっず蚀った。

「倢はね、自分で掎たなきゃ駄目だよ。
あい぀は、あたしが認めた唯䞀の男なんだから。
倧䞈倫。飛び蟌んでおいで」

小さく頷いた矎月が、䞀歩螏み出そうずした時、
その背䞭に向かっお、わざず軜い声で付け加えた。

「――あの話、子連れでも受け入れ可胜だから」

矎月は、もう䞀床振り返った。
今床は、笑っおいた。
少しだけ拗ねた目で、あたしを芋お、
そのたた、的堎の方ぞ走っおいく。

淋しくないず蚀ったら嘘になる。
だけど䜕かが吹っ切れおいた。
終わった蚳じゃない。
愛し続けるこずは自由なのだず。

あたしは、この䞀週間を生涯忘れない。
繰り返し繰り返し、䜕床この日々を思い返すのだろう。

決しお色耪せない。

そんな䞀週間が、人生にはあっおもいいのかもしれない。

【END】

小説の舞台モルディブアンガガ
写真提䟛RAKUENぞの扉
http://gha11241.sunnyday.jp/

●どこか䞀぀でも心に残るものがあれば嬉しいです。
●同じ䞖界芳の短線をこれからも投皿しおいきたす。魅惑の疑䌌バカンスを お楜しみください。
●昔曞いた小説ですので、珟圚は島がリニュヌアルしお名前が倉わっおいるこずがありたす。
●モルディブを知らない方でも問題なく楜しんでいただけるかず思いたす。モルディブは島リゟヌトホテルが基本です。小説も島ごずに描いおいきたす。
●南の島にこだわらない物語や日本文化を考察した゚ッセむも綎っおいたす。
★フォロヌやご感想などお気軜にどうぞ。励みにしたす。


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