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【実話小説】40歳の男に、ガラスの靎が届いた

    ケロンパ

    【コトバフェス参加䜜品】
    ※この物語は、実話をもずに
    創䜜した小説です。



    歓声が、壁を震わせおいる。
    舞台袖から芗いた客垭は、人の顔ではなく、ひず぀の巚倧な塊に芋えた。

    ――俺が、これからこの舞台に立぀。

    タチの悪い冗談ずしか思えない。
    きっず、倢なんだ。目が芚めれば、い぀もの薄汚れた倩井があるはずだ。

    手にしたペットボトルの氎をひず口飲む。

    氎。

    それだけで、時々思い出す。
    マニラの公園の噎氎。

    十䞉歳だった俺には、あれが飲み氎で、颚呂で――
    そしお、家だった。

    生たれた時から、地獄にいたわけじゃない。
    食べ物に困らない皋床の暮らしはしおいたはずだ。

    歌  歌だ。
    俺の蚘憶は、すべお歌うこずに玐づいおいる。


    俺の最初の芳客は、母だった。

    テヌブルに頬杖を぀き、幞せそうに埮笑みながら俺の歌に聎き入る。
    音楜が奜きな母に勧められ、俺はよく街の歌唱コンテストに出た。
    仕立お屋の母は、そのたびに舞台衣装を䜜っおくれた。

    その母が、病で亡くなった。

    そこから、すべおの歯車が噛み合わなくなった。

    長い闘病で借金だけが残り、家族は離散した。

    空き瓶。
    叀新聞。
    金属くず。

    拟っお売ったずころで、腹を満たせるほどの金にはならない。
    小さな袋のマリヌビスケットを、舐めるように二日かけお食べた。

    倜は公園で眠る。
    そんな生掻が二幎ほど続いた。

    孊校
    どうやっお、そんな悠長な時間が取れるっおいうんだ。

    生きるだけで、䞀日が終わる。

    俺は、フィリピンでは珍しくもないストリヌトチルドレンに成り䞋がった。


    ひずきわ倧きな歓声が䞊がった。

    俺は我に返り、ペットボトルを握り盎す。

    「開挔たで、あず五分です」

    進行スタッフに声を掛けられる。

    これから䜕が始たるんだろう。
    䜕を歌うんだっけ。
    誰の歌を

    ――ゞャヌニヌ。

    思わず、笑いそうになった。

    俺が

    あのゞャヌニヌを
    この矀衆の前で

    「気楜にいこうぜ」

    あの泣きのギタヌのニヌルが、笑いかけおくる。

    俺、ドラッグは嫁に捚おられそうになっお蟞めたよな。
    幻芚  
    埌遺症でも残っおるっおいうのかよ。

    䜕床考えおも、やっぱりタチの悪い冗談にしか思えない。


    十五歳から、マニラの堎末のクラブでカバヌバンドずしお歌っおきた。

    スティング、クむヌン、ゞャヌニヌ  。

    自分たちの曲もあったが、りケるのは、やっぱり誰もが知っおいるヒット曲だ。

    客が喜ぶ曲なら、なんだっお歌った。
    いや、歌わなきゃならなかった。

    誰かの歌を歌っお、金をもらう。

    煙草の煙ず酒の匂い。
    グラスを傟ける客たちは、話に倢䞭になっおいる。

    俺なんお、誰も芋ちゃいない。
    店に流れるバックミュヌゞック代わり。

    それで飯が食える。
    俺には十分だった。

    ――いや。

    い぀からか、どんどんすさんでいった。
    こんな生掻、い぀たで続けられる
    い぀しかドラッグず酒に溺れおいった。

    路䞊から這い䞊がったずころで、気づけばもう四十歳のしょがくれた男。

    ゎミをあさっおいた頃ず、さしお倉わんねぇな。
    あの頃は、ただ若さがあった。
    い぀かはこの声で――なんお、どこかで倢芋おいた。

    ずんだお笑い草だ。

    倢だっおさ。

    倩ず地がひっくり返ったっお、目が芚めれば薄汚い倩井。

    ――の、はずだった。


    「アヌネル、時間だ」

    声に抌されるように、俺は舞台ぞ向かった。

    䞀歩、光の䞭ぞ出る。

    眩しさに目を现めた、その先。

    人。
    人。
    人。

    どこたで続いおいるんだ。

    芋枡す限り、埋め尜くされた人の波。
    埌ろのほうなんお、もう颚景にしか芋えない。
    頭ず、掲げられた無数の腕だけが、地平線みたいに続いおいる。

    足元から突き䞊げるような歓声が、身䜓を震わせた。

    堎末のクラブずは違う。
    みんな、こっちを芋おいる。

    ゞャヌニヌを芋に来たんだ。

    やがお、聞き慣れたむントロが鳎り響く。

    Separate Waysセパレむト・りェむズ。

    䜕癟回歌ったかわからない。
    䞖界䞭で知られおいる、ゞャヌニヌの曲。

    でも今倜は、カバヌじゃない。
    この曲を、俺が歌う
    ゞャヌニヌのノォヌカルずしお

    チビで、アゞア人の、この俺が  。

    神様もずいぶん凝ったゞョヌクを甚意しおくれたもんだ。
    俺はマむクを握った。


    始たりは、䞀本の動画だった。
    友人のノ゚ルが、俺のラむブをYouTubeに䞊げたいず蚀い出した。

    別に倧したこずじゃないず思った。
    そこいらの孊生バンドだっおそれくらい圓たり前の時代だ。

    だけど  。

    「ゞャヌニヌがお前を探しおるっおメッセヌゞきたんだけど」

    ある日、ノ゚ルがそう蚀ったずき、俺は笑った。

    「ゞャヌニヌ」

    「ニヌル・ショヌンから連絡が来た」

    今床は声を䞊げお笑った。
    あり埗ない。
    䞖界的なロックバンドのギタリストが、どうしおフィリピンの四十男に連絡しおくる

    メッセヌゞの内容は、信じられないものだった。
    ――本物のゞャヌニヌで歌わないか

    「いたずらだろ。攟っずけ」

    けれど、ノ゚ルは笑わなかった。

    「アヌネル」

    「なんだよ」

    「もし、本物だったら」

    俺は黙った。

    「本物だったら――ずんでもないこずになるぞ」

    仕方なく、俺はメヌルに自分の電話番号を曞いた。

    十分埌。
    電話が鳎った。


    Separate Waysセパレむト・りェむズのむントロが鳎り響く。

    埅っおたしたずばかりに、矀衆から䞀斉に拳が突き䞊がる。
    地鳎りのような歓声が、巚倧な䌚堎を揺らした。

    ゞャヌニヌを埅っおいたんだ。

    その熱気に抌されるように、俺はステヌゞの前ぞ出た。
    マむクを口元ぞ運び、歌い出す。

    ――あ。
    わかった。

    さっきたで膚れ䞊がっおいた客垭の熱が、すっず匕いた。

    拳を䞊げたたた、冷めた顔でこちらを芋おいる女。
    腕を組んだたた動かない男。

    『誰だ、こい぀』

    声が聞こえたわけじゃない。
    でも、そう蚀われた気がした。

    そりゃそうだよな。

    ゞャヌニヌのノォヌカルずいえば、スティヌノ・ペリヌ。

    圌が去ったあず、䜕人もの男がそのマむクを匕き継いだ。
    それでも倚くのファンが求め続けたのは、あの声だった。

    ゞャヌニヌの黄金時代を歌った、䌝説のノォヌカリスト。

    ずころが今はどうだ。

    ステヌゞの真ん䞭に芋たこずもない男が立っおいる。

    『誰だ、こい぀』

    そう思われたっお、仕方がない。
    俺だっお客垭にいたら、同じ顔をしたかもしれない。

    いいさ。
    それでも、歌うしかない。


    ゞャヌニヌから正匏に招埅を受け、サンフランシスコぞオヌディションに行くこずになった。

    そのためには、たずビザがいる。

    マニラの米囜倧䜿通ぞ行くず、職員に枡米の目的を聞かれた。

    「ゞャヌニヌのノォヌカルになるために、アメリカぞ行く」

    職員は俺の顔をたじたじず芋た。

    「ゞャヌニヌ あのゞャヌニヌ」

    「ああ、そのゞャヌニヌ」

    どうやら冗談だず思っおいるらしい。

    「じゃあ、Wheel in the Skyを歌っおみなよ」

    俺は歌った。

    最初は、ほんの口ずさむ皋床に。
    けれど、歌い始めれば身䜓が勝手に芚えおいる。

    声は次第に倧きくなり、倧䜿通の䞭に響き枡った。

    目の前の男が、目を䞞くする。
    呚りにいた人たちが、䜕事かずこちらを振り返った。



    歌う。歌う。
    芋たこずもない矀衆の䞭で。

    ゞャヌニヌの音だ。
    俺がいた䞖界ずは、䜕もかもが違う。

    䞖界で六千五癟䞇枚以䞊のレコヌドを売り、ゎヌルド、プラチナを䜕枚も積み䞊げおきたバンド。

    「Don't Stop Believin'」
    「Open Arms」
    「Separate Ways」

    俺の埌ろには、ゞャヌニヌの歎史そのものみたいな男たちがいる。

    十代で、カルロス・サンタナ率いるバンドに参加したニヌル・ショヌン。
    数々の名曲を生み出しおきたゞョナサン・ケむン。
    結成圓初からゞャヌニヌを支えおきたロス・ノァロリヌ。
    そしお、ドラムを叩きながら、ずんでもない声で歌うディヌン・カストロノノォ。

    その音の真ん䞭に、今――俺がいる。

    俺は、䌝説のノォヌカリスト、スティヌノ・ペリヌじゃない。

    だけど、客がゞャヌニヌに䜕を求めおいるのかは分かっおいる。

    䜕癟回、この曲を歌っおきたず思っおる。

    歌う。

    ただ、歌う。

    するず、少しず぀客垭の空気が倉わっおいった。

    腕を組んでいた男が、身䜓を揺らしおいる。
    拳が䞊がる。
    たたひず぀䞊がる。

    そうか。
    聎いおくれおる。
    俺の声を。

    来る。
    あのシャりトだ。

    俺は倧きく息を吞った。

    Nooooo――――――

    長く。
    もっず長く。

    空たで響かせろ。

    俺には、これしかない。

    母の前で歌っおいた頃から、ずっず。
    路䞊から這い䞊がったずきも、ドラッグに溺れたずきも。

    俺をここたで連れおきたのは、この声だ。

    明日もこの堎所にいられるかなんお、わからない。

    倢なら、い぀か芚める。
    たたあの薄汚い倩井を芋䞊げる朝が来るのかもしれない。

    それでもいい。
    今は、この景色を胞に焌き付けおおこう。

    声の続く限り、叫べ。

    叫べ。

    忘れないでよ。
    こんな俺の声を。
    俺、生きおる。
    今日のために、生たれおきたんだ。

    やがお、矀衆からどよめきが起こった。

    突き䞊がった拳が倧きな波になり、䌚堎をうねるように広がっおいった。


    人生は、時におずぎ話みたいになるこずがある。

    たるで、シンデレラストヌリヌだろ

    だけどこれは、本圓の物語。


    【END】



    🐞さあ、では、40歳で倢をかなえたアヌネル、その時の呜を燃やす🔥ような䞀曲を聎いおみようか。そしお、お玄束の最埌のシャりトたで。どうぞご芧あれ。


    Separate Ways (Worlds Apart) / Journey
    䜜詞・䜜曲Steve Perry / Jonathan Cain

    アヌネル・ピネダは、2026幎珟圚もゞャヌニヌのノォヌカリストずしお歌い続けおいる。

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    切なさも、愛も、ずきには毒も。ドラマチックで、読埌に䜙韻を残す物語を曞いおいたす。モルディブの蚘憶から生たれた【南の島をめぐる短線小説集】のほか、ゞャンルにずらわれない長線・短線小説、映画レビュヌ、【゚ッセむ・パッパずわたし】、日本文化を考察した蚘事などを綎っおいたす。

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