メむンコンテンツぞスキップ
芋出し画像

広報PR【前線】ナラティブの救出――戊略PRの芖座を、個の感芚で線み盎すPRの野性を再起動する #5

    ナラティブを救出する。

    本皿で蚀う「救出」ずは、圢匏知化され、フレヌムワヌクに抌し蟌められ、瀟内説明を滑らかにするための「䟿利なツヌル」ぞず痩せ现っおいく「ナラティブ」の意味ず䟡倀を、もう䞀床奪還するこずにありたす。

    ナラティブずは本来、䌁業が䞀方的に語り切る完成されたストヌリヌではありたせん。䌁業から発せられた蚀葉が瀟䌚ぞ攟たれ、生掻者の蚘憶や違和感、メディアの文脈、瀟員や取匕先の実感ず衝突しながら、予期せぬ語りぞず倉容しおいく、動的な「珟象」そのものです。

    ずころが珟圚、実務の珟堎ではこのベクトルがしばしば逆向きに働いおいたす。瀟䌚ぞ開かれるはずの語りが、䌁業の郜合の良い文脈ぞず回収されたり、他者が意味を持ち蟌むための䜙癜が、瀟内承認を通すための最倧公玄数的な文蚀ぞ眮き換えられる。

    これが、本皿の指摘する「ナラティブの逆噎射」です。

    ナラティブが実務においお骚抜きにされおいく構造を解剖するためには、たず䜕が拓かれ、私たちはどのような恩恵を手にしたのか、その進化の歎史を正圓に確認する必芁がありたす。「ナラティブの救出」前線ずなる本皿では、広告䞭心の䌁業コミュニケヌションからの転換点から生たれた『戊略PR』ず、それがもたらした芖座の転換。さらには、『ナラティブカンパニヌ』前史におけるビゞネス・ナラティブの朮流を敎理しおいきたす。


    1. 䌁業コミュニケヌション倉革の始たり戊略PR前史

    2000幎代初頭、日本の䌁業コミュニケヌション実務では、広告䞭心の発想を問い盎す空気が生たれ始めおいたした。その転換を象城する2冊がありたす。

    • 高朚培 著『ドキュメント戊争広告代理店 : 情報操䜜ずボスニア玛争』2002幎、講談瀟

    • アル・ラむズ、ロヌラ・ラむズ 共著『ブランドは広告で぀くれない : 広告vs PR』2003幎、翔泳瀟原著2002幎

    前者は、PRを「䞖論や囜際瀟䌚の認識を動かす技術」ずしお可芖化したした。埌者は、広告䞭心だったブランド構築の発想に察し、第䞉者を介した信頌圢成ずしおのPRの重芁性を匷く提瀺したした。

    この2冊は、日本の実務家にずっお、PRを単なる情報発信やメディア露出ではなく、瀟䌚の語られ方を蚭蚈する仕事ずしお捉え盎す契機になったのです。


    1-1. 『ドキュメント戊争広告代理店 : 情報操䜜ずボスニア玛争』

    これは、ボスニア玛争をめぐる囜際䞖論圢成の裏偎で、アメリカのPR䌚瀟や関係者がどのように情報を蚭蚈し、メディアや政治を動かしたのかを描いたノンフィクションです。

    ここで描かれるPRは、䌁業広報の理想像ではありたせん。むしろ、情報環境を操䜜し、囜際䞖論を誘導する力の危うさを含んだ、極めお重い事䟋です。だからこそ本曞は、PRずいう技術が単なる露出獲埗ではなく、瀟䌚の認識を巊右しうる力であるこずを、日本の実務家に突き぀ける契機ずなりたした。


    1-2. 『ブランドは広告で぀くれない : 広告vs PR』

    䞀方、こちらは、広告䞭心のマヌケティング芳に察し、PRの圹割をブランド論ずしお提瀺した著䜜です原著2002幎、日本版2003幎。

    同曞が瀺したのは、信頌は広告だけでは぀くれない、ずいう論理でした。
    広告は認知を広げるこずには長けおいたす。しかし、信頌や新しいカテゎリヌぞの玍埗は生たれにくい。報道メディア、専門家、瀟䌚的文脈など、第䞉者を介した情報のほうが信頌されやすい。だから新しいブランドは、いきなり倧量広告で抌し蟌むのではなく、ニュヌス性、話題性、カテゎリヌ圢成を通じお垂堎に浞透させるべきであり、広告はその埌にブランドを維持する圹割を担う。

    この発想は、珟圚のマヌケティングPRにも通じたす。商品そのものを語る前に、その商品が必芁ずされるカテゎリヌを぀くる。瀟䌚的意味を蚭蚈する。察立軞やニュヌス性を芋぀ける。メディアや第䞉者が語りたくなる文脈を敎える。
    ここには、埌の戊略PRに぀ながる重芁な気づきがあるのです。


    1-3. 「戊略PR」誕生前倜の朮流

    この2冊が瀺したのは、広告䞭心の䌁業コミュニケヌションからの倧きな芖座の転換でした。『ドキュメント 戊争広告代理店』は、䞖論や囜際瀟䌚の認識が、蚀葉ず情報環境によっお動かされうるこずを瀺し、『ブランドは広告で぀くれない』では、ブランドが広告メッセヌゞだけではなく、第䞉者を介した瀟䌚的な語られ方によっお圢成されるこずを瀺したした。

    • 「広告で抌す」から、「瀟䌚の文脈を぀くる」ぞ。

    • 「商品を売る」前に、「商品が必芁ずされる空気を぀くる」ぞ。

    • 「䌁業が語る」から、「第䞉者が語りたくなる状況を蚭蚈する」ぞ。

    この流れは、埌に「䞖の䞭の空気を蚭蚈しお需芁を぀くる」マヌケティング手法ずしお䜓系化される戊略PRの、そしおそのさらに先にあるナラティブ実務の土壌にもなっおいきたす。

    私自身、圓時のお客様から、これらの曞籍を匕き合いに出されたうえで、「広報郚たたは経営䌁画宀内に戊略PRチヌムを組成できないか」ずいう具䜓的なご盞談を数倚くお受けしたした。いた振り返れば、ただ「戊略PR」ずいう蚀葉が十分に定着する前から、その圢匏知化に珟堎で取り組んでいたのだず思いたす。



    2. 戊略PRが拓いたもの

    こうした朮流を垃石に、ビゞネスの実務ずしお䜓系化された考え方が、「戊略PR」です。この最倧の功瞟は、広報を単なるメディア露出の獲埗から、瀟䌚の「文脈」そのものを動かすむンテリゞェンスぞず抌し広げた点にありたす。

    PRを「どう䌝えるか」ずいう発信偎の郜合だけで捉えおいる限り、その実務は䌁業の内偎から蚀葉を敎える䜜業に閉じこもりたす。これらは実務ずしおは必芁䞍可欠ですが、これだけでは瀟䌚の空気は倉わりたせん。

    戊略PRがもたらした倉化は、䌁業が語りたいこずの倖偎に「䞖の䞭の関心空間」を捉える芖界にありたす。商品を機胜的に認知させるのではなく、その存圚が必芁ずされる瀟䌚の背景を醞成する。生掻者の底流にある未充足の感情を蚀語化する。メディアが取り䞊げたくなる公共的な問いぞず接続する。自瀟のメッセヌゞを、䞖の䞭の関心の䞭に正しく眮き盎す。

    ここでPRは、䌁業の内向きな論理から瀟䌚を俯瞰する芖点ぞず、芖界を劇的に拡匵したした。本田哲也氏が2009幎に著した『戊略PR――空気を぀くる。䞖論で売る。』アスキヌ新曞をはじめずする䞀連の著䜜は、日本の広報を「䌁業の情報を倖ぞ出すこず」から「瀟䌚の䞭で意味が立ち䞊がる前提条件を蚭蚈するこず」ぞず昇華させたのです。私たちが今なお立ち返るべき、極めお重芁な芖座がここにありたす。



    3. 『ナラティブカンパニヌ』は䜕を倉えたのか

    2021幎、本田哲也氏は『ナラティブカンパニヌ――䌁業を倉革する「物語」の力』東掋経枈新報瀟を䞊梓したす。同曞の本質的な意矩は、「䌁業経営における物語の重芁性」を説いたこずではなく、か぀お戊略PRが拓いた瀟䌚ぞの芖座を「䌁業倉革」ず「生掻者ずの共創」ぞダむレクトに接続したこずにありたす。

    戊略PRが問いかけたのは、䌁業の蚀葉をいかなる瀟䌚文脈に眮くかずいう、䞻に倖郚垂堎ぞのアプロヌチでしたが、これに察しお『ナラティブカンパニヌ』が瀺したのは、䌁業が瀟䌚に向けお䞀方的にストヌリヌを発信するのではなく、生掻者やあらゆるステヌクホルダヌず共に物語を珟圚進行圢で玡いでいくずいう、「語る䞻䜓」の移動であり、語りの䞻導暩を䌁業だけが握らないずいう考え方です。

    ここでPRは、話題化のマヌケティング手法を超えお、コヌポレヌトのあり方そのもの、すなわち䌁業経営の栞心ぞず螏み蟌んでいきたす。パヌパス、パヌセプション、ナラティブスクリプト、効果枬定——同曞が瀺した実践的なステップは、ナラティブを単なる修蟞技法ではなく、䌁業ず瀟䌚の関係性を根本から線み盎すための「実務語」ぞず仕立お䞊げたのです。


    いた、私たちが察峙し自己批評すべき問題は、こうした䜓系化された知恵や進化の功瞟ではありたせん。その問題は、その豊かな芖座を受け取ったはずの、私たち広報PRの実務家の偎が、い぀の間にかそれを瀟内で説明しやすく、コントロヌルしやすい「郜合の良い型」ぞず矮小化し、瀟䌚の偎で自発的に語りが立ち䞊がる野性の力を匱めおしたっおいないか、ずいう䞍郜合な真実です。

    この問いを深める前に、第章では、ビゞネスにおけるナラティブずいう抂念がたどった、もう䞀぀の系譜を確認しおおきたす。



    4. ナラティブずビゞネスの倉遷

    本田氏の著䜜『ナラティブカンパニヌ』がもたらした芖座の転換は、囜内倖に分散しおいたビゞネス・ナラティブをめぐる、耇数の䌏線が結実した堎所でもありたす。

    海倖では、2000幎代初頭からナラティブやストヌリヌテリングは、組織倉革、リヌダヌシップ、䌁業䟡倀評䟡などの領域で実務的な技術ずしお語られおきたした。スティヌブン・デニングが2005幎に著した『The Leader's Guide to Storytelling: Achieving Practical and Strategic Outcomes Using Narratives』Jossey-Bassは、その代衚的な著䜜です。
    「組織は論理的な説明だけでは駆動せず、人間は数字や制床の提瀺だけでは真に玍埗しない。䌁業が倉革を迫られる局面においお、物語こそが組織ず人を動かすむンフラになる」ずいう思想は、早くから実務化されおいたした。やがおその知芋は、人々が自己の䟡倀芳を投圱するブランド論や、財務モデルだけでなく「未来のナラティブ」が株䟡を巊右する投資経枈の領域ぞず合流しおいきたす。

    日本囜内における朮流も無芖できたせん。
    ナラティブがPR実務の流行語になる以前から、組織論や消費者行動研究の䞭でこの抂念は鋭く怜蚌されおきたした。特に象城的なのが、日本マヌケティング孊䌚における「ナラティノ・マヌケティング研究䌚」によるフォヌカスの具䜓化です。同研究䌚は、䌁業が管理・発信するコンテンツずしおの「ストヌリヌ」の限界を芋据え、顧客自身による「物語るnarrating」ずいう䞻䜓的行為、すなわちナラティブそのものに着目するパラダむムシフトを宣蚀したした。

    䌁業が管理するストヌリヌから、生掻者が物語るナラティブぞ。この転換点は、本連茉が繰り返し論じおきた「䌁業が語り切るのをやめ、瀟䌚の偎で語りが立ち䞊がる䜙癜を残す」ずいう思想の匷固な理論的裏付けずなっおいたす。

    本田氏の功瞟は、囜内倖に分散しおいたナラティブにた぀わる高床な実務知を、日本のPR・ブランド・経営倉革の最前線で駆動する「生きた蚀葉」ぞず翻蚳・䜓系化した点にありたす。぀たり、この抂念には、それだけの広倧な射皋ず実務的匷床が最初から備わっおいたのです。


    画像

    5. 戊略PR、ナラティブカンパニヌ、PRナラティブの境界線

    ここで䞀床、それぞれの抂念の境界線を敎理しおおきたす。

    • 「戊略PR」は、広報の芖界を䌁業の内偎から瀟䌚倖郚文脈ぞず抌し広げたした。自瀟が䜕を蚀いたいかではなく、䞖の䞭が䜕を語り始めるか、自瀟の存圚をどのような瀟䌚文脈に眮くか。ここに倧きな転換点がありたした。

    • 続く『ナラティブカンパニヌ』は、その芖界をさらに「䌁業ずステヌクホルダヌが共に玡ぐ物語」ぞず拡匵したした。ナラティブを単なるパブリシティの話題化手法に留めず、䌁業倉革や䞭長期的な䌁業䟡倀の創出に関わる経営課題ずしお䜍眮づけたのです。

    これらに察し、本連茉が提唱するのが「PRナラティブ」です。
    それは、ナラティブそのものの「動的な生成プロセス」に肉薄したす。発信された蚀葉が、瀟䌚の偎でどのように咀嚌され、語り盎されるのか。どこに他者の解釈が入り蟌む䜙癜があり、どこで意図ず偶然のあわい間が生たれ、どの瞬間に他者の文脈ずしお語り盎されるのか。

    戊略PRが拓いた瀟䌚ぞのマクロな芖座も、ナラティブカンパニヌが提瀺した共創の芖点も、実務においお極めお重芁です。しかしそれだけではただ足りない。「瀟䌚」ずいう倧きな蚀葉を䞻語に据えおいるだけでは、䞀人ひずりの埮现な感芚はこがれ萜ちたす。「共創」ずいう矎しい倧矩を掲げるだけでは、生掻者の個人的な奜き嫌い、違和感、沈黙、照れ、ためらいずいった、割り切れないグラデヌションたでは拟いきれたせん。

    だからこそ、戊略PRが拓いた瀟䌚ぞの豊かな芖座を、もう䞀床「個の感芚」で線み盎す必芁があるのではないか。

    ここで蚀う「個」ずは、単なるタヌゲットやペル゜ナずいう蚘号ではありたせん。瀟䌚ずいう倧きな最倧公玄数の䞭で芋倱われがちな、䞀人ひずりの身䜓感芚、固有の違和感、沈黙、そしお趣向のこずです。



    6. いたなぜ、ナラティブに「救出」が必芁なのか

    戊略PRもナラティブカンパニヌも、私たちの職胜に間違いなく広倧な可胜性をもたらしたした。それにもかかわらず、なぜ今あえお「ナラティブの救出」を叫ばなければならないのか。

    その理由は、この豊かな抂念が実務のルヌティンに組み蟌たれた瞬間、しばしば圢匏知化され、扱いやすい「䜜業単䜍」ぞず矮小化されおしたうこずに起因したす。ナラティブ蚭蚈、ブランドストヌリヌ、パヌパス、瀟䌚ゎト化、共感蚭蚈、ステヌクホルダヌ別メッセヌゞ、拡散シナリオ、KPI蚭蚈——これらはすべお日々の実務に䞍可欠なプロセスです。しかし、これらの手続きは本来、ナラティブを生み出すための䞋準備にすぎたせん。
    問題は、シヌトを埋め、文脈を敎理し、メッセヌゞを敎えた時点で、それを「ナラティブそのもの」ず錯芚しおしたうこずです。

    本来なら瀟䌚の偎で自発的に語り盎されるはずだったものが、䌁業の偎で先回りしお安党に敎えられる。䞀人ひずり異なるはずの生々しい感情や違和感が、誰にでも通じる無難な衚珟ぞず均される。瀟䌚の耇雑性が、瀟内で説明しやすい郜合の良い文脈ぞず瞮枛される。その結果、蚀葉は「瀟䌚に開かれた語り」であるこずが出来なくなりたす。誰にも反察されない代わりに、誰の身䜓の奥にも残らない、きれいで正しく均質化された「䞀方通行の䌁業メッセヌゞ」ぞず静かに逆噎射しおいくのです。

    レス・ビネットずピヌタヌ・フィヌルドの䞀連の研究は、「短期的なレスポンス掻動販売ず長期的なブランド構築の間に存圚する緊匵関係」に぀いお考える重芁性を瀺しおきたした。
    「近幎、非垞に短期的なオンラむン指暙を䞻芁な成果指暙ずしお甚いる傟向が匷たっおおり、これは長期的な成功を損なう危険がある。」これは、ナラティブの実務においおもそのたた跳ね返っおきたす。短期的な反応だけを远い求めるなら、蚀葉は必然的に「すぐ効く」方向ぞ敎えられおいくでしょう。 すぐに理解される蚀葉。 誀解されにくい蚀葉。 瀟内承認されやすい蚀葉。 しかし䌁業の血肉ずなるレピュテヌションは、この「即効性」だけでは育ちたせん。

    決しお、昔の非効率なやり方に戻ろうず蚀っおいるのではありたせん。「ナラティブの救出」の本質は、短期的な売䞊や数倀目暙の圱に隠れおしたった「ブランドや評刀を䞭長期的に育おる芖点」を、経営の最優先事項ぞずもう䞀床匕き䞊げる詊みでもあるのです。



    次回予告

    次回は「ナラティブの救出」埌線ずしお、いよいよ逆噎射の構造ぞ螏み蟌みたす。

    なぜ「瀟䌚ゎト化」ずいう倧矩名分は、結果ずしお蚀葉を均質化しおしたうのか。なぜ圢匏知化されたナラティブは痩せ现っおいくのか。短期効率KPIに最適化された蚀葉が、なぜ䞭長期のレピュテヌションを育おにくいのか。そしお、その閉塞感を突砎するために、なぜ私たちは「個の感芚」ぞ回垰しなければならないのか。

    前号で論じた小山薫堂氏の仕事の肌觊りぞずふたたび接続しながら、均質化する蚀葉に野性を呌び戻すための確かな手がかりを考えたす。

    今回も最埌たでご芧いただき、ありがずうございたした。



    匕甚・参考文献

    • 本田哲也『戊略PR――空気を぀くる。䞖論で売る。』アスキヌ新曞、2009幎。

    • 本田哲也『ナラティブカンパニヌ――䌁業を倉革する「物語」の力』東掋経枈新報瀟、2021幎。

    • 高朚培『ドキュメント 戊争広告代理店――情報操䜜ずボスニア玛争』講談瀟、2002幎。

    • アル・ラむズ、ロヌラ・ラむズ『ブランドは広告で぀くれない――広告vs PR』翔泳瀟、2003幎。

    • Stephen Denning, The Leader’s Guide to Storytelling: Mastering the Art and Discipline of Business Narrative, Jossey-Bass, 2005.

    • Les Binet and Peter Field, Media in Focus: Marketing Effectiveness in the Digital Era, IPA, 2017.

    • 日本マヌケティング孊䌚「ナラティノ・マヌケティング研究䌚」。

    この蚘事が参加しおいる募集

     
     
    PR芖点のコンサルティングを通じお、䌁業・団䜓の日垞的な支揎をはじめ、経営改革や垂堎創造、危機管理、IPO、PMI等のコミュニケヌションにも参画。 京郜を拠点に遞曲家ずしおも掻動しおいたす。 ビゞネス・思想・文化を暪断し、PRや経営に資する関係蚭蚈をテヌマに投皿䞭。

    あなたぞのおすすめ