
クッキーあるいはビスケットが、割れる瞬間に立ち上がる物語。【哲学者・谷川嘉浩さん エッセイ】
ヨックモック公式noteでは、お菓子を食べる時間をもっと豊かにしてくれるエッセイシリーズ「おかしな物語 by ヨックモック」をスタートします!
初回のゲストは、哲学者の谷川嘉浩さん。『増補改訂版 スマホ時代の哲学』『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』などの書籍をはじめ、さまざまなメディアに活動を広げられています。哲学者は、ひとつのお菓子をお題にどのようなことを考え、どのように楽しんでいるのでしょうか? 谷川さんから届いたエッセイを皆様にもお裾分け! どうぞお楽しみください。
「クッキー」と言った途端に、クッキーを食べたくなるのはなぜか
ふと、ビスケットとクッキーの違いを知らないことに気づいた。「セサミストリート」のクッキーモンスターは、「ビスケット」モンスターではないし、冨樫義博さんの『HUNTER×HUNTER』に出てくる腕力の強い女性キャラは、ビスケット・クルーガーであって、「クッキー」・クルーガーではない。
さぞ重要な違いがあるのだろうと思って調べてみたが、どうやら基本的には同じものを指すと考えていいようだ。地域や文化で微妙な違いがあるものの、その使い分けはとても曖昧だ。ヨックモックでは、商品を「クッキー」と呼んでいるが、偉い人がそう望めば「ビスケット」と言っても構わないわけだ。
少し興味深く思われるのが、ビスケットとクッキー、どちらの単語にも「k」音が含まれていること。「k」音には、オノマトペ的な役割がある。焼き上げた小麦粉を歯が砕いていくとき、あるいは、両手でビスケットを折り曲げて割るときの、あの音の再現。
ビスケットやクッキーという名前を口にした途端、思わず食べたくなるのは、声帯を震わせずに発音される「k」音に、クッキーが割れるときの乾いた音を私たちが見出してしまうからではないかという気がしてくる。

クッキーと言えば、ほらもう反射的に、ビスケットが割れる瞬間を思い浮かべてしまう。ビスケットと言えば、よく焼かれた小麦の匂いすら漂う。小麦の焼き菓子をクッキーやビスケットと呼ぶようになったときから、人は、その発音に織り込まれた「k」音から、これまで食べてきたビスケットの記憶を無意識に思い出していただろう。
このエッセイでは、甘味の中の普段意識されることのない記憶の古層を訪ねてみることにしたい。「k」音の中に、ビスケットの割れる瞬間の記憶の数々が隠れていたように、甘味の中には、いろんな古い記憶が詰まっていることが明らかになるはずだ。
本編に入る前に一つだけ。クッキーとビスケットの併記がわずらわしいので、説明の都合上、「ビスケット」に表記を統一することにしたい。「クッキー」とどうしても呼びたい読者は、頭の中で機械的に置き換えて構わない。
ビスケットの分かれ道、海軍と家庭
ビスケットについて調べるとわかることだが、17世紀に重要な分岐点が生まれている。その分かれ道には、それぞれ〈海軍〉と〈家庭〉という標識が立っている。いささか急に感じられて戸惑うかもしれないが、ひとまず付いてきてほしい。
まず海軍から。家庭はまだしも、海軍とビスケットがどう関係するのかは想像しづらいかもしれない。だが、保存食として缶詰が導入されるまで、船員にとって「船のビスケット(ship’s biscuit)」は、食事の重要な部分を占めていた。かなり昔からビスケットは、船上のありふれた食事だったのである。
そこに一捻り加えたのが、イギリス海軍の父、サミュエル・ピープス(Samuel Pepys, 1633-1703)。日本語版ウィキペディアがあるくらいには名の知られた人だ。ピープスは、海軍の糧食を規則化して包括的な配給を最初に制度化したのだが、その配給メニューに、「船のビスケット」を組み込んだ。

彼が作成した配給の文書には、「良質で清潔で甘く傷んでいない、よく焼き上げられよく保存された小麦ビスケット(さらにビール1ガロンとその他の備蓄食料)」と記されている[1]。子どもの頃に読んだ海外小説のような感じがして、おいしそうだなと思ってしまうが、だが、水分を飛ばすためにカチカチに焼かれているはずで、現代日本の基準からすると、相当硬くてパサパサだろう。
では、もう一つの分かれ道、家庭の方はどうだろうか。コンスタンス・ホールというイギリスの女性が1672年に出したレシピブック(Cookbook of Constance Hall [manuscript])には、ビスケットの原型とでも言うべきものの作り方が書かれている。
コグビスケット(Cogs Biskett)を作るには:
よく乾燥させた上質な小麦粉3ポンド、キャラウェイシード1オンス、二度精製の砂糖6さじ、エール6さじ、卵6個(卵白は2個分)を温かい牛乳で湿らせ、サフラン2ペニーを加えて発酵させます。[2]
[1] “The ship’s biscuit,” Royal Museums Greenwich https://www.rmg.co.uk/stories/maritime-history/ships-biscuit
[2] フォージャー・シェイクスピア図書館が、歴史的なレシピブックの手稿と書き起こしを公開しているので、彼女の本はこちらで閲覧できる。
書き起こしされたレシピブック:https://folgerpedia.folger.edu/Recipe_books_at_the_Folger_Shakespeare_Library
サフランはイギリスでも収穫があるけれども、キャラウェイはオランダやドイツなどが主要な産地であり、砂糖も貿易頼りだった。17世紀には、すでに「家庭料理」のグローバル化がはじまっていたのだ。
レシピの言葉遣いも興味深い。現代のレシピブックと比べると明らかに簡素だ。この程度の説明で十分通じるほど、調理法や食材に通じた読み手を暗に想定している。当時の識字率を考慮すれば、読者は教養ある階級に限定されていただろう。
食事の中に「歴史」をみる
海軍のビスケットと、コンスタンスのビスケット。これまで語ってきたことを整理すれば、分かれ道がどれほど隔たっているかが伝わるかもしれない。少し対比してみよう。
組織的に配給される糧食となった「船のビスケット」。これは、国家の海軍において保存などの機能性を見込まれ、規格化されたものであり、工業製品に近い。消費者は不特定多数。それに対して、「コグビスケット」は、家庭という親密な領域で風味を意識して手作りされる。しかし、レシピは簡潔な指示で料理できる人物を想定している点で大衆向けではなく、熟練の手仕事を感じさせる位置にある。消費者は特定少数。
〈海軍〉と〈家庭〉という17世紀の二つのビスケットは、言い換えると、公的で機能的で工業的なビスケットと、私的で味わいがあり手仕事的なビスケットだったのである。かなり対照的な進化を遂げている。

これらの分かれ道は、ずっと別々のままだったわけではない。ヨックモックのクッキーを思い出せばわかるように、味のばらつきがなく均質的でありながら、風味や味わいが洗練されている。だとすれば、ビスケットの均質さや量産性の中には、ピープス流の「船のビスケット」が透けて見えると言えるし、その風味のこだわりや親密さのイメージは、コンスタンスのレシピとつながっている。つまり、現代のビスケットは、分かれ道のいいとこどりをしていると言えるかもしれない。
「k」音を介して過去の記憶とつながれるように、その味わいや作られ方を介して、私たちは歴史とつながることができるのだ。より正確にいえば、私たちの「ビスケット」イメージは17世紀に生まれたものなのである。
いつコーヒーに「まじめさ」のイメージが付いたのか
いくつか別の事例にも触れよう。まず取り上げたいのはコーヒー。ビスケットが転換点を迎えた17世紀、時を同じくしてコーヒーがヨーロッパに広く普及していく。普及するといっても、単にコーヒーを飲むという現象が広がるだけでなく、独自のイメージを帯びて広まることになる。
コーヒーと結びつくのは、「市民的」「近代的」「明晰」というイメージである。17世紀の知識人であるミシュレは、ひどい酔っ払いを道端に生み出すアルコール文化をコーヒーが駆逐していくのではないかと期待し、「酒は頭を曇らせるが、コーヒーは人を正気にし、想像力と現実認識をまともにしてくれる」と豪語した[1]。

コーヒー好きの私からしても、この評価は過大な気はするが、それでも言わんとするところはわかる。現代人も、バリバリ仕事をしようと思うときにコーヒーを飲む。コーヒーには「まともさ」「まじめさ」のイメージが投影されていて、私たちはそのイメージを介して、17世紀ヨーロッパとつながっている。
チョコレートは「健康にいい」は、いつ生まれた考え?
ビスケットと一緒になりやすいチョコレートはどうだろうか。ロンドンに初の「チョコレートハウス」ができたのが1657年。商業化されたということは、チョコレートが普及し始めた頃だ。17世紀は、ビスケットやコーヒーだけでなく、チョコレートのターニングポイントでもある。
ビスケットの話題のところでも出てきたサミュエル・ピープスは、膨大な日記を残していることで有名なのだが、そこにチョコレートの話題が何度か出てくる。歴史家のケイト・ラヴマンによると、「ピープスは意識的に様々な調合でこの飲み物を試し、その身体的および社会的影響を評価した」そうだ[2]。その結果出てきたと思われるのが、チョコレートを薬として理解する見方である。
1661年4月24日の日記を見てみよう。
昨夜の酒でひどい頭痛で目が覚めた。まことに残念。そこで起き出して、クリード氏と朝の一杯を飲みに出かけた。彼は私の胃を落ち着かせるために、チョコレートを出してくれた。[3]
日記には何度か出てくるが、胃や頭がつらいときに飲むものだという見方が共通している。つまり、チョコレートは朝食で用いられがちであり、そして一種の薬でもある。
もう一つ重要なのは、ピープスのような政府中枢の人物だからこそチョコレートに親しんでいたということだ。19世紀にC・J・バンホーテンが現在のようなココアパウダーを生成し、ほどなくしてイギリスで固形チョコレートが発売されるまでは、チョコレートはそれほど民主化していないとみていい。
つまり、ピープスがチョコレートの風味や効果を実験していた当時、チョコレートは、まだまだ「貴族的な食べ物」だったのである。「貴族的」と聞いてピンとこないなら、「リッチ」と言い換えてもいい。背伸びしなければ食べられないリッチさのイメージがチョコレートには宿っている。これって現代人もそうだ。
[1] ヴォルフガング・シヴェルブシュ『楽園・味覚・理性』法政大学出版局
[2] “The Introduction of Chocolate into England,” Journal of Social History, 47(1), 2013
[3] Pepys, S., The diary of Samuel Pepys : a new and complete transcription, vol.2, HaperCollins; University of California Press, 2000, p.88
チョコレートは「貴族的」なもの
ルイ14世の時代に宮廷の侍医を務めていたニコラ・ド・ブレニー(Nicolas de Blégny, 1652-1722)の書籍『病気の予防と治癒のための紅茶、コーヒー、チョコレートの適切な使用法』(1687年)にも注目しておきたい[1]。ド・ブレニーは、チョコレートを医学の中に明瞭に位置づけ、体にいい効用を持っていると理論的に明言することで、チョコレートの普及に大きな役割を果たした。
そもそも、ヨーロッパがチョコレートと出会ったのは、スペインの新大陸侵略を介してだった。当時のチョコレートは唐辛子が入っており、黒くて辛くて苦い液体で、滋養強壮剤の一種だった。しかし、そこにスペインが交易で得ていた砂糖やシナモンなどの添加物を組み合わせ、嗜好品への道を進んでいく。
しかしそれでも、黒くて油分の多い液体は得体の知れないものには違いない。ド・ブレニーは、「体液説」と呼ばれる当時の医学理論の中にチョコレートを位置づけ、この不可解な飲料を、あらゆる体質に合う栄養価の高い飲料として提示した。それが大きな宣伝効果を発揮する。
そういうわけで、彼の本は、幅広い層にチョコレートを売り込む後ろ盾になった。しかも彼の本には、焙煎したカカオ豆を「チョコレート用の石」、フランス語で「ピエール・ア・ショコラ(pierre à chocolat)」と呼ばれる石板の上でローラーを使って砂糖と混ぜ、ペースト状にする様子まで図解されている。チョコレートの消費と生産の両面をカバーする書籍とあっては、いい広告塔になっただろう。
だが、ド・ブレニーが侍医であることを思い出せばわかるように、ピープスの頃と同じく、チョコレートは貴族的で、お高くとまった一部の人々の非日常的な食品にすぎない。やはりチョコレートは、まだまだ大衆の手には届かない飲料だった。
[1] de Blégny, Nicolas, Le bon usage du thé, du caffé et du chocolat pour la preservation & pour la guerison des maladies, 1687 同書はインターネットアーカイブで出版当時のバージョンが閲覧できる。ド・ブレニーについて触れている日本語の文献は稀だが、彼の伝記的情報をまとめたエッセイ、大村敏郎「フランスにおける最初の医学新聞を発行したニコラ・ド・ブレニーについて」(『日本医学史雑誌』28(2), 1982)や、滝口明子「ニコラ・ド・ブレニーの茶論——17世紀後半のフランスにおける茶の医学的意味について--」(『科学医学資料研究』31(3), 2003)という論文などがある。前者はオンラインでpdf公開されている。
私たちの感じることは、歴史の延長にある
翻って、現在。ピープスやド・ブレニーという名前は知らなくても、チョコレートが健康にいいというイメージは根強い。薬とまでいかなくとも、身体にいいというイメージを抱くとすれば、私たちは、17世紀の延長でチョコレートを味わっている。

私の勘違いでなければ、チョコレートの「リッチ(貴族的)な」イメージもまた現代に残っている。チョコレートが身近になった現代日本でも、お気に入りのチョコレートを食べる時間はやはりリッチで特別だ。口に入れると、ほんの一瞬、貴族的なまでに非日常な時間が流れる。これは値段の問題ではない。
それに、ピープスが取り組んでいた風味の実験は、ビーントゥバー系のチョコレート屋に引き継がれていると言えるかもしれない。こないだ食べたチョコレートには、岩塩や山椒が入っていたし、各種スパイスはもちろん、花の香料や意外な食品が用いられることも珍しくない。
当時と違って飲料のチョコレートに触れる機会は減ってしまったが、チョコレートという嗜好品をたどったときに見えてくるイメージは、それがヨーロッパに定着した17世紀と意外なほど重なっているのだ。
私の言いたいことは、とても単純だ。ビスケットやチョコレートを食べるときに私たちが感じることは、17世紀の記憶によって生み出されている。食べることは、記憶の古層とつながることにほかならない。こうしてお菓子と歴史とのつながりを意識することができれば、体験はもっと特別で贅沢になる。私はそう確信している。
【プロフィール】谷川嘉浩
1990年生まれ。京都市在住の哲学者。
京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。博士(人間・環境学)。現在、京都市立芸術大学美術学部デザイン科講師。
著書に『スマホ時代の哲学なぜ不安や退屈をスマホで埋めてしまうのか【増補改訂版】』(ディスカヴァー携書)、『人生のレールを外れる衝動のみつけかた』(筑摩書房)、『ネガティヴ・ケイパビリティで生きる』(さくら舎、共著)『公式トリビュートブック「チ。-地球の運動について-」第Q集』(小学館、共著)など多数。
Xアカウント▶▶https://x.com/houkago_kitsune
「おかしな物語 by ヨックモック」の第1回、いかがでしたか?普段、何気なく食べているお菓子には、実は膨大な歴史が隠されているような、そんな気持ちになりますよね。
私たちが生まれるずっと前、同じようなレシピでお菓子を楽しむ人々がいたのかもしれないと思うと、見たことのないはずの景色や思い出が立ち上がるような気がします。ぜひ皆さんも、お菓子を齧る瞬間、ちょっとだけ歴史に思い馳せてみてください。
ヨックモックの公式Podcast版「ヨックモックpresents おかしなおしゃべり」でも、谷川さんをゲストにさまざまなお話をお伺いしています。テキストとあわせて、ぜひ聞いてみてくださいね!
Podcastはこちらから▶ https://open.spotify.com/show/1yhgbA7pr2Xt7uhpgYKkAA?si=0084658246234f3d
(おわり)
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