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ダイエットモニター

    栗の渋皮煮、あるいは栃餅に似た渋みに申し訳程度の甘味。あまりおいしいとはいえないそれ。
    「あれ? かな、痩せた?」
    それを取りにロッカーに戻ったら、遅番で出社してきた恵美に声をかけられた。
    「うん。ウエスト、ワンサイズさがったの」
    「わぁ、いいな、いいな〜。ねぇねぇ、何をして痩せたの?」
    「うん、それはね……」
    ロッカーから取り出したばかりのそれを袋ごと手渡す。
    「会社には秘密にしているけれど、私、副業で食品モニターをしているのだけど、このT大学K教授考案の低糖質フードをおやつがわりにしているの」
    「聞いたことがない製造所名ね。一つもらっていい?」
    「どうぞ」
    見た目は冬用コートのボタンサイズのクッキー。
    「シナモン? それともニッキ? 独特の匂いがするわね」
    だけど、原材料名にそのどちらも記載されていない。恵美はそれを一つをつまみ口に入れる。とたんに眉と唇がひどく歪ませた。
    「何? このえぐっ!」
    栗の渋皮煮、あるいは栃餅に似た独特のえぐ味に目を白黒させる。
    「ごめん、あたしには無理!」
    口元を押さえ、御手洗いへとドタドタと姿を消す。
    ──普通、そうだよね。私もはじめて食べたときもそうだった──
    床に落とされたそれを拾い上げ、更衣室隅のゴミ箱に捨てる。
    いにしえの修行僧の食事を元に考案されたもので、一日に最低一枚、食すようにという指示どおり食し、週の終わりにレポートを送信している。
    食べ始めて一週間は、とにかくその独特のえぐ味に疲弊し、コーヒーやココアで流し込むのがやっとだった。けれど、半月後には毎日のお通じが整い、ひと月過ぎる頃から高カロリーの食べ物を食べたいと思うことが少なくなり、体重が二キロも落ちていた。
    「よくあんな物が食べられるわね」
    更衣室に戻ってきた恵美の口紅は、すっかり剥がれてしまっていて、ロッカーの内側に貼り付けられた鏡をたよりに塗り直していく。
    「仕方ないわ。他のモニターに比べたら謝礼がいいからね」
    そう桁違いの謝礼。そのお金で今着ている服を購入したのだから。
    「どれくらい謝礼もらっているか聞かないけれど、あたしなら、そのモニター、すぐやめてしまうと思うな」
    恵美の返答に、私は肩をすくめて返した。
    このクッキーの試食モニターをはじめて二ヶ月を迎える頃、試供品の内容物が変更されたのか、あるい独特の味に舌が慣れてしまったのか。コーヒーやココアで流し込む込むことがなくなっていた。毎週金曜日に届く試供品を一刻も早く受け取りたくて、配達先を自宅から仕事場近くのコンビニに変更。そして十時過ぎに配達しましたの知らせが届くと、昼食の購入に合わせて引き取りに行く。
    「かな、さっきは助かったわ」
    えっと、私、恵美になにを助けたっけ? かなが持つカゴの中身を見て、ようやくそれが、いつもより早く月のモノがきて、多血用の手持ちがないと言っていたのを。
    「困ったときはお互いさまよ」
    ハーフサイズのお茶と五目ごはんのおにぎり一つをカゴに入れレジに並ぶ。
    「かな、お昼それだけ?」
    「うん、これだけでお腹いっぱいになっちゃうの」
    レジの順番が回ってきた。配達メール画面を見せ、待ち望んでいたそれを受け取る。
    「もしかして、モニターしているって話してた、あのえぐ味の強いクッキー?」
    「そうだけど」
    「え、まだ続けていたんだ。かな、あたしから見て充分痩せたと思うよ。そろそろそのモニター辞めたほうがいいと思うわ」
    恵美にはそうだねと返したけれど、三食なにを食べようかと迷うよりも、試供品を早く食べたい。いや、それだけを食べていたい。だけど、なにか忘れているような……
    「ねぇ、かな、痛み止め持ってない?」
    翌日、恵美にたずねられて、私自身の
    月のモノが日数も量も少なくなっていることに気がついた。
    来るたびに痛み止めが手放せなかったのに、今は薬を必要としていないことに。
    なんだろう。まるで喉に小骨が刺さったような違和感は……
    さらに次の金曜日、いつもの配送のメールがこなかった。
    モニター終了だったら、事前にその通知が来るのに。最後の一枚を口に入れながら、袋に貼られた連絡先に問い合わせ。けれど、月曜になっても返事がない。
    ああ、あのクッキーを食べたい! なのに何度製造元に問い合わせても、連絡がつながらない。
    思いきって、T大学に問い合わせたけれど、K教授なる人物は過去にも在籍していないとの回答が返ってきた。
    ……じゃあ、考案者と記されていたT大学K教授はいったい何者? 
    いや、それよりも、あのクッキーが食べたい! 食べたい! 食べたい!
    あのクッキーに似た物はないかしら。仕事そっちのけで、原材料名を打ち込み、検索、検索、検索!
    そうしてたどり着いたのは即身仏という単語。その意味はなに? 検索しようとして、
    「かな!」
    恵美が出勤したその姿のまま私の元に駆け寄り、スマホ画面を見せつける。
    「──T大学K教授と名乗り試供品と偽り……」
    ニュース動画に、発送前だと思われる多数の袋。その下のテロップにミイラ化した遺体の文字が。
    画面があのクッキーがアップされた。
    私が食べていた物はいったい……
    「……使用を中止し、かかりつけ医に相談してください」
    アナウンサーの声が、どこか遠くから聞こえくるように感じた。

     
     
    イラストを描いたり、ショートショートを書いたりしています。

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