
英語も話せない私が、また世界一周航空券を発券した理由
世界一周と聞くと、若者が何カ月もかけて、バックパックを背負っていくつもの国をゆっくり巡る旅を思い浮かべるかもしれない。私もずっと、世界各国をたくさんまわるちょっと過酷な旅が世界一周の旅だと思ってた。
でも、私の初めての世界一周の旅は、そんな大冒険のようなものではなかった。
前半はニューヨークとローマ。
後半はシンガポールとクアラルンプール。
え?それってただの海外旅行じゃないの?どこが世界一周なの?と思われそうだけど。
それも一度に回ったのではなく、世界一周航空券を二回に分けて使った。夫の休みは長く取れない。共働きの私たちにできる世界一周旅行は、最初から「弾丸旅行」だった。
しかも私と夫は、英語が話せない。
ホテルのチェックインも、空港でのやり取りも、聞き取れないことの方が多い。海外に行くたびに「もっと英語を勉強しなきゃ」と思うのに、帰ってくると日常に戻り、勉強は少しずつしか進まない。
それでも私は、世界一周航空券を発券した。
行けるなら、今しかないと思ったからだ。
子どもたちが大学生になり、家を空けられる時間が少しずつできてきた。教育費にも、少しだけ先が見え始めた。ようやく夫婦で海外へ行くことを考えられるようになった。
そして何より、50代になった今だからこそ、挑戦してみたかった。
歳を重ねると、長距離フライトに耐えられるのか不安が大きくなる。食文化の違いで体調を崩すことが増えるかもしれない。今は行けても、数年後には同じように歩けないかもしれない。
今まであまり想像してこなかったけれど、もうそんなことを考える年齢になっていた。
世界一周航空券のことは、YouTubeで知った。
一人100万円ほどで、ビジネスクラスに乗りながら世界を一周できる。そんな航空券があると知ったとき、胸がざわざわした。
旅行に、飛行機代だけで100万円。今思えば、随分と大胆な出費だと思う。
でも、どこかへの往復航空券とはわけが違う。
4カ国なので、旅行4回分と考えれば、一回あたり25万円。
しかもLCCではなくフルキャリアでビジネスクラス。
思っていた世界一周旅行のイメージがひっくり返った。
たくさんの国を回らなくても、地球をぐるっと回ればこの航空券を使えるってこと?
バックパックでの大冒険じゃなくていいってこと?
しかも、一度帰国できる?
私でも行けるかもしれない、、、。
世界一周。
若い頃の私には、遠すぎる言葉だった。
スマホなんてない時代、地図を片手に、片言英語でなんてもってのほか。
旅行と言ったら旅行会社のツアーで行くのが当たり前。
子どもが小さい頃は、家族で海外旅行に行くだけでも大仕事だった。
夫の休みに合うツアーを探し、ハイシーズンの高い旅行代金を見て、ため息が出た。
それでも子どもたちに海外を見せたくて、香港やハワイへ行ったこともある。
子どもが生まれてからは、夫婦で旅行に行くことなんて考えたこともなかった。家族で行くのが当たり前だし、本当に楽しかった。
子どもが成長して、それぞれの時間が増えた。大学で県外にいる息子にいたっては、何をしているのかもさっぱりわからない。元気ならばそれでいいのだけれど。
そろそろ、また、夫婦での時間を楽しんでもいいってことか。
英語ができないからってためらってても何も始まらない。
スマホの翻訳アプリだってある。
若い頃よりむしろ海外へ行くハードルは下がってるのかもしれない。
そう思えたのが、50代だった。
最初の長距離便は、羽田からニューヨークだった。
初めての本格的なビジネスクラス。10時間を超えるフライトも初めて。
ユナイテッド航空の座席は、私には小さな個室のように感じられた。
隣を気にせず座れる窓側の席。倒すとフルフラットになるシート。
ナプキンが敷かれ、グラスで飲み物が出てくる。
ビジネスクラスなんて一生縁がないと思っていた私は少し落ち着かなかった。
この旅行のために張り切って買った小さなビデオカメラで動画を撮った。
子どもたちに見せようと思って。
スマホでたくさん写真も撮った。
今見返すと、かなりブレている。初めての体験に、かなりはしゃいでいたのだと思う。
長距離フライトへの不安はあった。
以前のハワイ旅行で、プレミアムエコノミーでも帰りの10時間がとてもきつかった記憶が蘇る。
直近の旅行ではバリ島へ行ったのだけれども、乗り継ぎ便のエコノミークラス。夫も、年齢的に、エコノミーで行くのはアジアぐらいが限界かもしれないと言っていた。
毎週ゴルフに出かける元気な夫でさえだ。運動もろくにしていない、体力のない私など、長距離に耐えられるだろうか。
だからこそ、フルフラットで横になれることは、ただの贅沢ではなく、50代の私たちが遠くへ行くための手段でもあった。
けれど旅は、最初から予定通りには進まなかった。
乗り込んだ機内で、ルート変更のアナウンスがあった。いつものルートが使えず、サンフランシスコ経由になるという。到着は大幅に遅れることになった。
ニューヨークに着いたのは、予定より約6時間も遅れた深夜だった。
夫がタクシーを予約してくれていたけれど、タクシーが見つからない。タクシーのドライバーがチャットで指定してくる場所が見当たらないのだ。
初めての場所で、疲れた頭ではすぐには状況が把握できなかった。
もう一度予約内容やチャットをよく読んでようやくわかった。到着ターミナルが変わっている?タクシーを予約した時点で指定した到着ターミナルと私たちが到着したターミナルが違ったのだ。
ターミナルを移動し、ようやくタクシーに乗ることができた時は、本当にホッとした。
深夜の空港。聞き取れない英語。疲れた体。
世界一周の始まりは、想像していた華やかなものとは違っていた。
ホテルに着いたのは午前1時を過ぎていた。タクシーを降りる時、長い間待っていてくれたドライバーには少し多めにチップを渡し、何度もありがとうと伝えた。彼のおかげで無事にホテルまで辿り着けたのだから。
ホテルの部屋は思っていたより古く、少しがっかりした。電子レンジはあるものの、ケトルはなく、コップは紙コップしかない。お湯が沸かせないのか。どうしよう。
窓の外を見ると、エンパイア・ステート・ビルが見えた。
そういえば、夫がこの景色を見せたくて、「エンパイア・ステート・ビルが見える部屋」を選んでいたのを思い出した。そんなことも忘れてがっかりした少し前の私にがっかりした。
窓からの景色に圧倒され、大都会とはまさにここのことだと二人で写真を撮りまくった。
その後、紙コップに水を入れて電子レンジであたため、日本から持ってきたインスタントの雑炊を作り、エンパイア・ステート・ビルを見ながら食べるという、ぜんぜん映えない、長い長い夜がやっと終わった。
翌朝から、私たちは遅れを取り戻すように歩いた。
ロックフェラーセンター、セントラルパーク、メトロポリタン美術館、ヤンキースタジアム、グランドセントラル駅、エンパイア・ステート・ビル展望台、タイムズスクエア。翌日は、ダンボ、ブルックリンブリッジ、自由の女神クルーズ、ウォール街、オキュラス、グランドゼロ。
夫が計画していたのは、スタンプラリーのようなNYの旅だった。到着が遅れて予定は崩れたけれど、夫は私が寝た後も計画を練り直していたらしい。限られた時間の中で、結果的にスタンプラリーは全部制覇した。
メトロポリタン美術館では、夫が野球の観戦チケットの不具合に対応している間、私はひとりで入場券売り場を探すことになった。周りが見えてない私は、チケット売り場の表示を見つけられなくて。英語も分からない。何とか探さないと入場できないし。
ちょっと不安だったけど、インフォメーションの女性に、知っている単語と身振り手振りで入場券を買う場所を尋ねた。大きなジェスチャーを交えて優しく教えてもらえた。
そのとき私は、温かい気持ちでいっぱいになった。
完璧に話せなくてもいい。
全部聞き取れなくてもいい。
聞いてみれば、何とかなることもある。
何より人ってあったかい。
海外でそんなふうに思えたのは、私にとって小さな変化だった。
次に向かったローマも、思い通りにはいかなかった。
真夏のローマは、とにかく暑かった。バチカン美術館は人が多く、冷房もきいてない。(そもそもないのか)汗をかきながら歩いた。何百年も前の彫刻や建物を見上げながら、すごいと思う気持ちと、もう少し涼しければもっと味わえたのにという気持ちが混ざっていた。はるばる、バチカンまで来て、そんな感想ですかって言われそうだけど。
ローマでは、現地ツアーに助けられた。
英語が不安で、暑さも心配で、自力で全部回る自信がなかった。ましてや、イタリア語なんてちんぷんかんぷん。だから日本語のツアーを選んだ。若い頃なら、もっと自由に歩き回る旅に憧れたかもしれない。でも50代の今の私には、無理をしすぎない方法を選ぶことも大切だった。
ポンペイとポジターノを巡った日も、体力の限界を感じた。ポジターノの坂を下りれば、また登らなければならない。私は途中で諦め、夫だけが下まで行った。
せっかくのポジターノの景色。雰囲気。もっと頑張って歩けたらいいのに。
自分の体力の無さにがっかりだ。
一人でショップに入ってお土産を物色しながら、ちょっと寂しい気分にもなった。
でも、無理をしないことも旅を続けるためには必要なのだと思った。
ローマでは、良いホテルを予約していた。
けれど、結局ほとんどゆっくりできなかった。観光やツアーを詰め込みすぎて、素敵な部屋も中庭も、十分に楽しむ時間がなかった。朝食も、本当はゆっくり味わいたかったのに、空港へ向かう時間が気になり、慌ただしくビュッフェを軽く食べて終わった。あのホテルのオーダーメニューどんなお料理がどんな盛り付けで出てきたんだろう。食べてみたかったな。
高いホテルを取れば、良い旅になるわけではない。
航空券の時間や空港までの時間もよく考えて計画しないといけない。
そのことも、この旅で学んだ。
何を大切にしたい旅なのか。観光なのか、ホテルステイなのか、家族との時間なのか。そこを考えないまま予定を詰め込むと、良いものを選んでも楽しみきれない。
失敗したからこそ、次はもう少し慎重に考えようと思えた。
世界一周航空券の後半は、年末年始。
シンガポールとクアラルンプールへ行き、途中で大学生の子どもたちと合流した。子どもたちの航空券は別で手配した。
昔は手を引いて、いつも一緒だった子どもたちが、今は自分たちで飛行機に乗り、海外で私たちと合流する。
不安がなかったといえば嘘になる。でも、兄弟二人なら何とかなるかなと思ってちょっとワクワクしている自分もいる。
シンガポールでは、家族揃って年越しをした。ラッフルズホテルのロングバーへ行き、カウントダウンの花火はホテルから見た。
しっかり見えたらいいなと期待していたけど、ビルに隠れて少ししか見えなかった。外へ見に行くこともできたのだけれど、家族全員、カウントダウンの人混みの中へ突入する元気はなく、移動で疲れていた私たちは、結局ホテルで過ごした。
少しもったいなかった気もする。
でも、それも今の家族の形だった。後何回一緒に年越しを迎えられるかわからない。一緒に同じ場所で同じ時間を過ごせただけでも嬉しかった。当たり前に同じ時間を過ごしてきた子ども時代がかけがえのないものだったと思える。
クアラルンプールでは、Grabで失敗した。4人で乗れると思って呼んだ車に、乗れないと言われ、結局二台に分かれた。
ちなみに、この時は家族全員英語が苦手だけど、一番ましな次男が英語でやり取りしてくれた。
後から、その話をInstagramに書くと、見てくれた人がコメントで「それは乗車拒否かもしれない」と教えてくれた。
そのとき初めて、そういう見方もあるのだと知った。
旅の失敗は、その場では焦る。恥ずかしい。腹が立つこともある。けれど、後から誰かに教えてもらい、次の旅の知識になる。
英語が話せたらな、と思ったことは何度もあった。
私がわかっていない顔をしていると、ホテルのフロントスタッフが翻訳機を使って日本語で説明してくれたり、英語もゆっくり話してくれた。言ってることはわかっても、とっさに言葉が出ず、単語だけで返すことがほとんど。
ものすごく困ったわけではないけど、相手に迷惑をかけず、もっとスムーズに会話できたらいいのになと思うことばかり。
そもそも、大学院(修士課程)までいっても、英語が話せない日本人って一体何なんだろうと思う。これでよく小学校で先生してたよね。って自虐的に思うこともある。
英語に力を入れている学校に赴任した時は、英会話教室にも1年くらい通った。
こちらは、職場が変わり、時間が取れなくなってやめてしまったけれど。
英語がもっと話せたらな。いや、もっとコミュニケーションを取れたら楽しいだろうな、が正しいのかな。
去年、久しぶりに高校の時の友だちに会い、彼女が「高校時代より勉強してる気がする、私。4年間、アプリで英語学習してたら、英語を日本語に変換しなくなってきた。」と言っていた。
彼女に勧められて私も同じアプリで英語学習を始めてみた。彼女が4年やってるのなら、私も4年は続けてみようかな。同じ50代の友だち頑張っているんだから年齢を理由に諦めるわけにはいかない。
そんな経緯から、私は一年以上デュオリンゴを続けている。1日5分の日もあれば、20分の日もある。やらないよりはいいと思いながら。
でも、正直に言えば、劇的に話せるようになったわけではない。
聞き取れる単語が少し増えた気はする。けれど、いざ話そうとすると、文にならない。頭の中では分かっているつもりでも、口から出るのは短い単語だけだったりする。
それでも、分からなくても聞いてみようと思える場面が少し増えた。伝わらなければ、翻訳アプリを使えばいい。身振り手振りでもいい。相手が優しく教えてくれることもある。英語を話すことが目的ではなく、コミュニケーションを取りたいのだから。
英語が話せないまま旅に出て、困って、恥ずかしい思いをして、それでも何とかなる経験を重ねたから、少しだけ怖さが薄くなったのだと思う。
世界一周をしたからといって、私が大きく変わったわけではない。
帰ってきても、英語はまだ話せない。体力が急についたわけでもない。予定外のことが起きれば、毎回焦る。
それでも、旅の前の私とは少し違う。
深夜のニューヨークに着いても、何とかホテルまで行けた。
深夜なのに長時間待っていてくれたドライバーさんに、感謝する気持ちも持てた。
英語が分からなくても、ひとりで尋ねることができた。
相手がこちらを思いやって、親切に対応してくれるあたたかさに触れることができた。
暑さで全部は回れなくても、無理しなくていいと自分を大切にすることができた。
失敗しても、経験値が一つ増えたと思えるようになった。
旅は、私を一気に強くしてくれるものではない。
でも、少しずつなら変えてくれる。
一回困るたびに、どうすればいいか一生懸命考える。
一回失敗するたびに、経験値が増える。
一回怖い思いをするたびに、次は前より少しだけ落ち着いて動ける気がする。
だから私は、また旅に出たくなるのだと思う。
旅から帰ったあと、夫が「来年は、大谷の試合を見にロスがいいな。航空券予約しないと空席がなくなって行きたいところへ行けなくなるね。」と言った。
夫の気が変わらないうちにと思い、私はさっそく次の世界一周航空券を鬼リサーチして、発券してしまった。
次は、夏と秋に分けて使う予定だ。
今回の旅で、味を占めたので、秋には、また子どもたちの航空券を別手配で用意した。
子どもたちも一緒に行く。
「後何回一緒に行けるかわからないから。」が私の口癖になっている。
前回の失敗を踏まえて、ホテルの選び方も少し変えた。高級なホテルを取っても、予定を詰め込めばゆっくりできない。だから今回は、旅の目的に合わせて選ぼうと思っている。
きっと次も、予定通りにはいかない。
英語もうまく話せないだろうし、空港で焦るかもしれない。暑さや寒さに疲れるかもしれない。
夫がまた予定を詰め込みすぎている気がしてならないが、それも彼らしい。
旅に出るたびに、昨日の自分をほんの少しだけ追い越せる気がする。
だから私は、また次の旅に出たいと思う。
英語もうまく話せない。
体力にも自信がない。
失敗も、多分またする。
それでも私は、また世界一周航空券を発券した。