
やわらかアタマに憧れて
今日の気づきはサムネ画像から。
毎日の記事でお世話になっているフォトギャラリーを眺めていたら、すごく心魅かれるイラストを発見しました。少しグレーがかった水色とベージュという大好きな色の組み合わせ。
でも、ふと真ん中を見ると
あああ…!岩の上から転がり落ちてる?ネコが?
かわいそう…どうなるんだろう…
って、最初はハラハラしてしまったけれど。
でも、こうも見えないかな?
・海の上をプカプカと背泳ぎで浮かんでいるだけかも
・本当は上に向かって勢いつけてクルンと回転しているのかも
・ふかふかの大きなマットに向かってふんわり飛んでみたのかも
こんな想像をしていたら、もっともっと考察を進めてみたくなりました。
私の中のバイブルの一つである、ヨシタケシンスケさんの『りんごかもしれない』のように。
イラストのネコには目しか書かれていないから、表情から気持ちを察するのは難しいけれど。もし怖くて仕方なかったら、ギュッと目をつぶっているんじゃないかな。でも、この子は目を開けているように見える。
それはもしかしたら、ただ、今のこの状況を静かに受け入れている、私にはそのように感じられました。
クリエーターさんが設定したキーワードやこのイラストの意図とはすごくかけ離れているかもしれません。
ただ、落ちるという抗えない力に身をまかせながら、ただ、そこにある風や光や、次の瞬間を待っている。
パッと見て「あっ、かわいそう」と私が感じたように、私たちは誰かの状況を見て勝手に不幸だとか失敗だと決めつけてしまうことがあるかもしれません。でも、当の本人にとっては、ただその一瞬を、懸命に、あるいは淡々と生きているだけなのかもしれません。
このあと、どうなる?
あなたならどのように導き出しますか?
正解も不正解ももちろんありません。勝手に想像してみているだけですから。幾通りもの、人それぞれの見方があるのは当たり前ですから。
私はただ、(たぶん)目を開けてこの瞬間を生きているこの子に、一番やさしい結末があることを信じてあげたい。
ふわりと、どこか心地よい場所へ。この絵の続きにはきっと、あたたかな着地点があることを。
そんなふうに願うことは、回り回って自分自身をやさしく抱きしめることにもつながっている気がするのです。
悲劇のストーリーではなく
新しい旅の始まりを祝福するストーリーを
私の想像はこんな感じです。
・背景の水色はふつうの空色ではなくて宇宙空間
・ベージュの部分は、とある惑星の岩の一部で、実は惑星そのものがまだ生成の途中だとしたら
・ネコがその惑星から新しく生まれた命のエネルギーとして、外の宇宙空間(水色の部分)へ向かって、势いよく飛び出しているとしたら
・周りの小さな茶色の粒は、ネコと一緒に生まれたまだ不安定な星の赤ちゃんのかけらだとしたら。
もし、背景が真っ白な色だったら、ネコが孤立しているように見えたかもしれません。
でも、この水色とベージュがあることで、どこに落ちてもそこには空だか惑星だか大地がどっしりと存在している。後ろ盾がある。そんな世界に対する信頼感のようなものが、無意識のうちに伝わってくる気がするのです。
◇
日常生活に追い立てられていると、私たちはつい目に見えるモノだけを信じて、白か黒かで答えを出そうとしてしまいます。そして、正解や効率ばかりを追い求めて、心までガチガチに固まってしまうことも。
決めつけず、疑わず、ただ「このあと、どうなる?」と未来を面白がってみることが、固まりがちな心をほぐすひとつのきっかけになれたなら。
目の前の出来事を決めつけず、やわらかアタマで新しい物語を紡いでみる。 そんな小さな心の余白を、これからも大切に抱えていようと思います。