
モヤモヤしている
モヤモヤしている
犬の散歩をしていると、自転車に乗ったお爺さんが現れて、私の10メートルくらい先で停まった。そこは少し傾斜のある場所で、自転車のスタンドを立てようとしたお爺さんはバランスを失い、なす術もなく後頭部からバタンと倒れた。
仰向けにひっくり返ったお爺さんに駆け寄ると、すでに出血でアスファルトが赤く染まっている。大丈夫ですか?と声を掛けるが、直ぐに返事はしない。ただ目は開いていて、意識はありそう。
出血している頭部を寝かせておくのは良くないと思い、首を支えて少し持ち上げた。血は止まっていない、傷口を抑えなくては… 片手でティッシュを取り出そうと格闘していると、犬の散歩中のママ達が助けにきてくれた。
救急車を呼んで貰ったりしている内に、お爺さんが正気を取り戻してきた。「あれ、血が出てるのか」と傷口を触ろうとし「家はすぐ近くだから帰る」と言い出すお爺さんに「動くと余計に血が出るし、まともに頭を打っているので、救急車が来るまでじっとしていましょう」となだめた。
お爺さんの受け答えに「少し痴呆が入っているかもしれないな」と思ったけれど「良い人達に助けてもらった。ありがとう、ありがとう」とお礼を言うお爺さんは、感じの良い人だった。一人暮らしとの事だった。
程なく救急車が来た。お爺さんはストレッチャーで救急車の中へ。状況を一通り説明し、自転車は近くのスーパーに置かせて貰うつもりだと言う私達に、救急隊員の応えは
「警察には連絡していませんね? 自転車を動かす事はできません。その場に置いておいて下さい」
「止血はティッシュではなく、ハンカチの方が良い」
「血液はとても汚いので、帰宅してからもう一度よく洗うように」
そう言って血まみれになった私の手をアルコール消毒し、隊員も救急車に乗り込んだ。
でも、アスファルトの血溜まりはそのまま。みんなでワンコ用のお水で流し、救急車の出発を待たずに、私達はその場を離れた。なんだかとても疲れた。ただ、お爺さんの無事を祈るばかり。
数日後、救急車を呼んでくれたママさんに会った。あの時の自転車に警察署から注意の紙が貼られている事に気付いて、警察に電話をかけてくれたそう。事情を聞いた警察の応えは、
「警察としては、何もできない」
救急も警察も、自転車を動かす事はできない。お爺さんの安否は分からず、ただ置き去りになった自転車を見る。仮にお爺さんが無事に帰宅していたとしても、自転車のことを忘れている可能性だってあるだろう。
そういえば以前、私道に乗り捨てられた自動車のテレビ番組を観た事がある。その車を撤去できるのは私道の所有者だけで、警察も介入できない。莫大な費用をかけて、自分で撤去するしかない。そういう法律だから。
幸いにも番組を担当した敏腕弁護士さんのお陰で、その車は合法的に別の人の所有物となり、いなくなった。でもテレビ局の助けがなければ、今でも動かせずにいたかもしれない。
あれからニか月以上が経ち、自転車はまだ同じ場所にある。警察署の張り紙はそのままに。
ずっと、モヤモヤしている。何か色々な事に、モヤモヤしている。そして、モヤモヤしているのに何もできない、何もしない自分にも、モヤモヤしている。