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「NISA貧乏」でもいいじゃない



    第1章:「NISA貧乏」と「投資家」という職業の違和感


    「NISA貧乏」

     
    今年になってから妙によく見聞きする言葉。いきなりですが、この言葉が何を意味するか、あなたはご存じでしょうか?

    今政治の世界でも取り上げられており、ちょっとした話題になっていますよね。

    まぁ、「貧乏」とついていますし、あまり良い印象ではない・ネガティブな表現であることは、この言葉の意味を知らない方でも察しがつくでしょう。

    お察しの通り。NISA貧乏について、どのようなものか確認するために、試しに今話題のAIさんに聞いてみましょうか。

    その返ってきた答えは、こんな感じ。

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    Copilot(MicrosoftのAI) の回答より

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    第一生命保険株式会社の調査結果より

    次いで、もうひとつだけ問いを投げさせてください。このランキングが何を表すか、あなたは分かりますか?

    職業がいくつか並んでいるため、誰かの憧れる or 憧れない職業ランキングといったことが、容易に想像できるかと。

    大筋は合っています。答えは、「10代~20代の男子高校生」が将来なりたい職業ランキングTop 10(2025年版)になります。

    注目してほしいのは、9位にランクインしている職業の「投資家」。

    これまでの職業調査ではあまり見られなかった職業が、9位にランクインしています。

    このことも、ネットやSNSでちょっとした注目を集めています。


    ここ最近、メディアではこういった投資関連のニュースが、トピックとしてよく取り上げられていますよね。

    これらはいずれも、今年2026年になってから報道・公開された内容になります。

    2024年に新NISA(少額投資非課税制度)が始まってからでしょうか。

    そのことをきっかけに、表舞台で「投資」のことが幅広く報道されています。

    さらに、「投資家」の方々がメディアで活躍される機会も多くなった気がしています。

    実際に私の周りでも、投資のお話をする機会が多くなったと感じています。

    上司・先輩や同僚といった仕事仲間はもちろん、家族や友人といったプライベートな付き合いの人たちまで。

    物価高の背景もあるのでしょう。一部の人たちはこのNISAを活用して、将来のために資産形成を早くから始めているようです。


    私もNISAを活用している、ひとりの個人投資家でして。

    投資の世界に世間からの注目が集まることは、とても良いことなのではないかと思います。

    日本では長いこと、投資に対する嫌悪感や恐怖感が浸透していましたし、ひたすら「投資は悪」で、「貯金は正義」という風潮がありましたから。

    かく言う私も、投資を始めたのは新型コロナウイルスが広まった2020年から。

    年数にしてまだ6年生。それまでは、ひたすら貯金だけしていたわけです。

    まぁ、昔は銀行預金で利息が5%以上も入る時代だったと聞いています。

    「そりゃ、その時代に生きていたら、わざわざリスクを取って投資なんてしないだろう!」と私でも思います。

    銀行に預けておけば安心。真面目に働いて、無駄遣いをせずに、コツコツ貯める。

    それが堅実な大人の姿であり、株式などの金融資産でリスクを取る必要がありませんからね。

    しかし、今は超低金利かつ円安の時代。銀行にお金を預けても、得られる利息は雀の涙。

    その背景もあって、かつての「正解」が少しずつ揺らぎ始め、若い世代から投資にシフトし始めているのかと。


    昔の当たり前では、これからの将来への不安を支えきれなくなっている。

    そのことにいち早く気づき、投資で資産を運用し始めた結果こそが、この「NISA貧乏」というワードであり、「投資家」という職業への関心なのでしょう。

    将来が不安になり、「投資家」に憧れる。
    そして、若い世代から投資に向かう。
    そして、「NISA貧乏」という言葉が生まれる。

    その流れ自体、私にはとても自然に思えます。

    「ふむ、NISA貧乏という表現があるんだ!」
    「投資家になりたい子どもたちが多いんだ!」

    しかし、一方でこれらのことが報道されたときに、大きな違和感を覚えたことも事実です。

    「夢として投資家という職業を選んでいる?それとも、将来への不安から選ばされている?」
    「また、それらすべてを問題視する、社会全体の傾向は大丈夫だろうか?」
     

    この記事は、ひとりの個人投資家である私の実体験をもとに、「NISA貧乏」という社会課題(なのか?)や「投資家」という職業に対する、私の考えや向き合い方を示したものです。

    普段はあまり見つめ直すことのない、あなた自身の人生の資本配分。そして、「投資」というそもそもの原点。

    この記事が、あなたの投資や人生の価値観を見つめ直す、ひとつのきっかけになってくれれば嬉しいです。


    第2章:投資とはあなたの資本を何に投じるか


    そもそものお話になりますけど、「投資」とはどういったものなのでしょうね。

    多くの人は、投資という言葉を聞くと、「お金」を株式や投資信託、不動産や仮想通貨といった、「金融商品」などに投じるものをイメージするかもしれません。

    実際、私も20代前半のときはそう思っていました。それらが投資の全てであり、いずれも「お金を増やす手段」として認識していたことを、今でもはっきりと覚えています。

    もちろん、それらは立派な投資になります。

    私自身今もお金を企業の株式に投資する株式投資をメインで行っていますし、投資による長期的な資産形成は、これからの不安定な時代を生きていくうえで必要なものだと思っています。

    しかし、投資って本当にそれだけでしょうか?実はそれだけではなくて、私がそのことに気づいたのは、20代後半になってからでした。

    もし、投資が「将来のためにあなたのお金や時間といった資本を投じること」だとすれば、私たちが投じるべきものは、金融商品だけではありませんよね。

    私たちの日常生活で、もっと身近なものが思い浮かびませんか?

    家族や友人、先輩や後輩などの人脈
    身体や精神、食事や睡眠などの健康
    趣味や特技、仕事や恋愛などの経験
    読書や勉強、資格やスキルなどの知識

    これらいずれも、人生における大切な投資です。もちろん、これだけではありません。ここに記載したものは、ほんの一例にすぎません。

    また、人によっては、お金や時間を企業の株式などに投資する金融投資より、こういったものに投資するほうが、将来価値のあるものになることがあります。


    ピンとくる例を出しましょうか。例えばこれ。私の個人的な趣味で大変恐縮です。

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    アフタヌーンティーで出てきたお菓子
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    居酒屋さんで出てきたお魚の活け造り

    美味しいものを食べることは、一見すると浪費に見えるかもしれません。

    しかし、その体験は思い出として残り、人との会話の種になり、自分の価値観を豊かにしてくれますよ。

    私はそれも立派な投資だと思っています。

    また、仕事でストレスが溜まっているときほど、ストレス解消で健康投資になりやすい。

    さらには、こうした食体験を通じて、新しい趣味や興味に出会うこともあります。

    それが料理だったり、お菓子作りだったり、あるいは全く別の分野だったり。

    ひとつの経験が次の経験を呼び込む。

    そう考えると、これも立派な経験投資ではないでしょうか?


    加えてこちら。旅先チョイスも私の好みで申し訳ない。

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    ホテルからの景色
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    ホテルのプール

    こちらも、なるだけ若いときにたくさん経験しておきたいことじゃないでしょうか。

    年を重ねるごとに、外出や遠出といった旅行がおっくうになり、そもそも身体が老いによって物理的に動かなくなりますから。

    旅行に行けば、その土地柄や地域の特性が分かるようになり、知識投資になります。

    さらに、旅行先で新しい人と出会えば、人脈投資にもなるでしょう。

    また、自分が知らない価値観に触れることで、人生の選択肢が広がるかもしれません。

    実際に、私も旅行を通じて、たくさんの価値観や人たちに触れてきました。

    もし金融投資だけを優先していたら、決して出会うことのできなかった景色や人たちです。

    そう考えると、あのとき旅行に使ったお金は、決して浪費ではなかったと思います。


    このように、体力や元気がある若いうちにしか、旺盛にできない挑戦があります。

    また、失敗が許される年齢だからこそ、勇気を持って飛び込める世界だってあります。

    これらいずれも、投資になるのです。その投資の結果、将来とんでもなく価値のあるものを、あなたが手にするかもしれません。

    しかし、「将来の自分のために!」という金融投資一辺倒の思いが強くなりすぎると、人はこういった選択肢をいまの自分の投資先から削り始めてしまいます。

    飲み会はキャンセル
    美味しいご飯は食べない
    旅行にも行かない
    読書などの趣味にもお金を使わない

    もちろん、「浪費をしろ!」と言いたいわけではありません。

    必要以上に散財し、自分の将来のことを何も考えずに生きることが正しいとは、私自身まったく思いませんから。

    投資とは、本来もっと広いものであるということを知ってほしいのです。

    誰かと会ってお話しすることも人脈投資
    美味しいご飯を食べることも健康投資
    新しい場所へ旅行に行くことも経験投資
    本を買って読書することも知識投資


    もちろん、これらは金融投資のように、すぐに数字になって表れることはありません。支出の金額は、会計時にすぐに出ますけど。

    NISA口座のように、評価額が毎日プラスで増えているか or マイナスで減っているか、定量的に分かるものでもありません。

    しかし、人生を長い目で見たとき、人間としての厚みや深さ、魅力や感性を形成していくのは、むしろこういった投資ではないだろうかと私は思います。

    投資がお金を増やす「金融投資」だけを意味するようになったとき、ひとは人生の道そのものを狭めてしまうのかもしれませんね。

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    投資のさまざまな選択肢

    投資とは将来のお金を増やすことに限らず、自分にあるお金や時間といった資本を、何に配分するのかを決める行為なのだと思います。


    第3章:正解のない資本の配分

     – 「専門力」と「総合力」 –


    ここまでお金や時間など、あなたの資本を投じるものは、総じて投資になることをお話ししてきました。

    家族や友人、先輩や後輩などの人脈
    身体や精神、食事や睡眠などの健康
    趣味や特技、仕事や恋愛などの経験
    読書や勉強、資格やスキルなどの知識

    これらすべて「投資」になります。投資はなにも、株式や不動産などの金融投資だけではないことを、ご理解いただけたでしょうか?

    そして、投資に「これだ!」という正解が存在しないように、あなたの人生における資本配分にも正解はありません。

    何に、どれだけの資本を投じて、人生を生きるのか。それは本当に人それぞれで、かなり個人差が出てきます。

    仕事に全力を注げる人もいれば、家族との時間を大切にする人もいるわけで。

    若いうちに挑戦へ振り切る人もいれば、安定を重視する人もいるという。

    地方で静かに暮らしたいという人もいれば、都会で刺激を求めて暮らすという人まで。

    どれも間違った価値観ではないと思いますし、その人らしさがうかがえてよいのでは?

    ただ、最近のインターネットやSNSでは、金融資産への投資だけがあまりにも神格化されすぎているように感じますね。

    「NISA貧乏」というワードが報道されることもしかり。

    将来の自分の資産形成のために、いまの自分への自己投資をやめてしまう。

    その「NISA貧乏」という、あまりにも極端な状態に、私はどこか危うさを感じました。

    もちろん、NISA貧乏にも良いところはあるのですけど。

    SNSを開けば、新NISAの積立額や年間配当の金額をユーザー同士で競うような投稿ばかり。

    また、FIREまでの年数や、何歳で資産何億円といった話題も珍しくありませんよね?

    しかし、そうした数字ばかりを追いかけていると、本来比較する必要のない他人と自分を比べ続ける人生になってしまいますよ。

    そして、「お金」という数字を積み上げることだけが、人生の目的になってしまいます。

    本来、お金とはあなたの人生を豊かにするための「手段」のはず。

    それなのに、いつの間にかその「手段」を増やすこと自体が「目的」になってしまう。

    そして、他人の資本配分を見て、羨んで、不安になっているのです。

    「周りより自分は遅れている?」
    「このままでは老後が心配かも…」
    「もっと積み立てたほうがいいのでは?」

    笑止千万。本当に怖いのは、将来のお金が増えないことではありません。

    本当に怖いのは、人生においてお金が「手段」ではなく、「目的」になってしまうこと。

    その結果、自分の人生における本当に大切なものを捨ててしまい、他人の価値観に侵されて、いまの自分の人生を生きてしまうことです。


    ここからは少し投資のお話。

    株式投資の世界では、「集中投資」という考え方があります。一つの銘柄に大きな資金を投じることで、大きな利益を狙う方法です。

    言うなれば「一点突破」。

    それ自体は一つの戦略でもあり、ときには有効的な手段として私も使います。もちろん、リスクも大きいのですけど。

    そのため、集中投資はハイリスク・ハイリターンでよく知られています。

    この集中投資を、資本配分のグラフで可視化するのであればこんな感じ。めちゃくちゃ尖っているのが分かるかと。

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    集中投資の資本配分(例)

    一つの分野だけ飛び抜けていて、そのことをやらせたら誰にも負けないタイプ。

    しかし、その反面、他の分野はあまり得意ではないという一面も。

    私はこれを、人生における「専門力」に近い考え方だと思っています。


    一方で、「分散投資」という考え方もあります。複数の銘柄に少しずつ資金を投じることで、大きな損失を計上しない方法です。

    端的に言うと「安全第一」。

    これも一つの戦略であり、私を含めほとんどの投資家がこの考え方を取り入れています。

    先ほどの集中投資と比較して、リスクは小さいのですが、リターンもそこそこ。

    そのため、分散投資はローリスク・ローリターンでよく知られています。

    この分散投資を、資本配分のグラフで可視化するとこんな感じ。全体的にバランスがよいのが見て分かりますよね。

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    分散投資の資本配分(例)

    複数の分野がそこそこで平均近く、総合力で勝負するタイプ。

    しかし、他者を圧倒する得意分野ともいえる専門性がないという一面も。

    私はこれを、人生における「総合力」に近い考え方だと思っています。


    このように、どちらのタイプにも一長一短あります。

    「専門力」という意味では、集中投資に軍配が上がりますし、「総合力」という意味では、集中投資は分散投資に遠く及びません。

    これは、あなたの人生における投資でも同じ考え方ができます。

    将来のお金のためだけに全力投資した結果、いまの人脈や健康、経験や知識を失うという「専門力」タイプ。

    いわゆる、「NISA貧乏」ですね。

    一方で、将来のお金はほどほどに投資して、いまの人脈や健康、経験や知識にもほどほどに投資する「総合力」タイプ。

    しかし、一概にこれらのどちらが正解かなんて決めることはできません。

    この章の最初に申し上げた通り、資本の配分に正解はないのですから。


    結局正解だったか否かを判断できるのは、将来の自分だけです。後になって、年を重ねて、過去の自分を振り返ることでしか分かりません。

    だからこそ、そのときそのときの自分にとって、「最適な資本の配分」を真剣に考え続けることが大切なのだと思います。

    もっとも、私がこういった考え方にたどり着いたのは、ここ数年のことなんですけどね。

    これからお話しする通り、かつての私は「将来のお金」という一つの分野に資本を集中させる「専門力」タイプそのものでしたから。


    第4章:「NISA貧乏」の正体と私が「NISA貧乏」だった頃


    では、これまでのことも含めて、改めて考えてみましょうか。「NISA貧乏」の正体って、一体何なのでしょうね。

    単純に毎月の積立額が多すぎて、生活費が足りなくなってしまうこと。もちろん、それはそうなんですけど。根本的な原因はそこではなく。

    NISA貧乏の本質は、「将来の自分に対する不安に、いまの自分の人生を支配されてしまっている状態」なのだと思います。

    その結果、人生においてお金が「手段」ではなく、「目的」になってしまっているのかと。


    昨今の物価高や増えない給料・ボーナスの手取り。貰えるかわからない年金不安や老後2,000万円問題など。

    今となっては、円安やインフレが進みすぎて、「老後2,000万円じゃ足りない!」とまで囁かれています。

    今の時代、将来に不安を感じない方のほうが珍しいのではないでしょうか。それだけ、先行きの見えない時代になったのだと思います。

    正直、物価高はこれからもずっと続くでしょうし、給料だってあまり変わらないかと。

    給料が増えているのは、報道されている一部の大企業だけで、中小・零細企業の実態はどうなんでしょうね。

    私の給料は増えていません。

    また、年金なんかもあまり当てにはしていませんし、老後2,000万円問題も、それだけじゃ絶対に足りないと個人的には思っています。

    だからこそ、いまの若い人たちも急いで資産形成を始めるのでしょうね。少しでも早く。少しでも多く。将来自分だけは困らないようにと。

    将来の自分のことを真剣に考えているからこそ、自己防衛のために仕方なくいま「NISA貧乏」になっているのでしょう。

    いまの若い人たちはまじめで、将来のリスクと真剣に向き合っている。本当にしっかりしていると思います。


    ここからは少し私自身のお話。

    私は平成生まれですが、どちらかというと「NISA貧乏」の考え方にとても共感できます。

    そしてなにより、私は「NISA貧乏」という言葉が存在する前から、株式投資に熱中しすぎて「NISA貧乏」になっていました。

    20代という貴重な時間を、「仕事」と「貯蓄」と「投資」に全て捧げてきたと言っても過言ではありません。

    給料のうち毎月5~10万円ほどは必ず貯金していましたし、多いときは10万円以上貯金。

    ボーナスなんか、自分へのご褒美に行きつけの温泉と美味しいご飯に1,2回行く程度で、それ以外はほとんど貯金。

    このときの私は、

    「自分は仕事ができないから、いつ会社をクビになるか分からない。だから、少しでも貯金しておこう!」という、

    将来の不安にとらわれていました。

    生活面でも電車代を節約するために、2,3駅は当たり前に歩いていましたし、遠いときは5駅以上歩いたときもあります。

    山手線の浜松町駅~秋葉原駅を歩いたときは、さすがにクタクタで筋肉痛になりましたが。

    また、私の住んでいたところの近くには、「オーケー」というスーパーがあったのです。

    そちらの食料品はとてもお安く、休みの日の買い出しは決まってそこでした。

    自宅から数km離れたオーケーから、重たい荷物を持って、電車も使わずに徒歩で帰るという。

    買い出しというより、筋トレに近かった感覚を今でも鮮明に覚えています。

    社会人時代に特別何か高い買い物をしたかと言われると、そんな経験もありませんでした。

    一番高かったのは、株式を除くと自分用のハイスペックノートパソコンで25万円。

    これこそ一番高い買い物でしたが、結局はそれも会社の福利厚生で半分近く出してもらいました。私自身の負担は10万円程度。

    買い物と言っていいのか分かりませんが、その経験を除くと、奨学金を一括で返済したときが一番お金を使いました。

    残りの奨学金100万円ほどを一括で返すと決めたとき、ATMから複数回にわたって100万円を引き出しました。

    そのときの、札束を握った思い出は今でも忘れられません。

    もちろん、こういった事例は当時の節約生活のほんの一部です。家族からかなり驚かれて、ドン引きされたこともありました。

    食費を削るため、定期的な断食を取り入れたのですが、瘦せ細ってガリガリな状態で会ったときの家族の顔は、今でも忘れられません。

    結局断食の最高記録は3日が限界でした。

    人間お腹が空きすぎると、眠れなくなってしまうんだなということに気づいたのも、そのときでした。

    そして、夜中すぐに軽食を取ると、あっさり眠りに落ちたことも覚えています。

    普通の人からすれば、異常な光景に見えるようなのですが、当時の私にはその異常ささえも当たり前になってしまっていたのでしょう。

    まさしく、「NISA貧乏」そのもの。

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    私の「NISA貧乏」時代のイメージ

    こうした異常なまでの節約、その節約から生み出されるお金。

    これらをもとに、私は株式投資の世界に足を踏み出しました。

    そして、運よく投資の世界で生き残り、いまの私があるわけです。

    いかがでしょうか?今振り返ると、資産形成という意味では成果が出たのかもしれませんが、当時の過去を振り返るとこんなもんです。

    ひどすぎて、目も当てられませんよね。

    家族や友人、先輩や後輩などの人脈・交流はそれほどなし。

    身体や精神、食事や睡眠などの健康状態もそこそこ。

    仕事が忙しいときは体を壊したりしたときもありました。

    趣味や特技、仕事や恋愛などの経験はほとんどなし。

    仕事ができるようになったことは、大きな収穫でした。

    読書や勉強、資格やスキルなどの知識も投資に全振り。

    資本の配分グラフで表現すると、こんな感じでしょうか。

    今振り返ってみると、「将来のお金」、「知識」、「経験」に著しく偏っており、バランスの悪いことが見てお分かりになるかと。

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    私の20代の資本配分

    いまのあなたも、こういった極端な状態になっていないでしょうか?

    人生における偏りすぎた投資は、あなた自身の人生の選択肢を狭めてしまいますよ。


    もちろん、このように資本配分が偏った状態が、一概に悪いというわけではありません。
    良かったこともたくさんあります。

    このときに貯金して投資したお金が、今の私の生活のゆとりにつながっていますし、美味しいご飯や旅行などでも金銭面をあまり気にせず、行けるようになりました。

    若干30代前半にして、同年代とは比べ物にならないほどの金銭的な余裕や経済的なゆとりを手に入れたことは、今後の人生を生きてくうえで、間違いなくプラスになるでしょう。

    ウォーキングで長距離歩いていたことから、散歩癖がつきましたし、代謝の良い体になって、今でもかなり健康体型です。

    お酒も飲みませんからビール腹とは無縁ですし、メタボなんてもってのほか。

    スーパーで買い物をする際も、安い商品から美味しい価値のあるものを見抜く目利きを身につけることができました。

    なにより、奨学金といった返済義務のあるものが一切なくなり、肩の荷が下りたことは本当に心にゆとりをもたらしてくれます。


    ただ、後悔が全くなかったのかと言われると、そうではないことも事実です。

    もっと、たくさんの人と出会い、交流しておけばよかった。恋愛も積極的になればよかった。

    関東にいるうちに、美味しいご飯をもっと食べておけばよかった。

    難しい資格にも挑戦して、投資以外にも選択肢の幅を広げていればよかった。

    考え始めたらキリがありません。

    自分の将来のためのお金は大切です。だから投資をする。よいことだと思います。

    でも、お金だけで人生は成立しませんから。

    人との繋がりを失えば、孤独になりますし、健康を失えば、自由は減ります。

    経験なくして、魅力的な人間になれませんし、知識がなければまともな判断もできません。

    「何かのために!」という思いは、何かを犠牲にしたうえで成り立っていることを重々に理解しておくべきです。

    あまりにも極端な生活を送っていたからこそ、いまの私は「ちょうどいい」に気付けたのかもしれませんね。


    第5章:人生によって変わる資本の配分


    「何かを手に入れるためには、何かを犠牲にしなければならない。」

    これが資本配分の本質です。とくに若いときはこの傾向が顕著で、お金も十分にあるわけではありません。

    その中で、あらゆる投資先から取捨選択して、限られたものにあなたの資本を投資していく必要があります。

    では、一度「これだ!」と決めた資本配分で、これから先ずっと生きていかないといけないのか?決してそんなことはありません。

    資本の配分は、あなたの人生における年齢や置かれた状況に応じて、変えればよいのです。


    若いころは、「時間」という資本があり余るほどにあります。

    大学生になれば、春休みが数ヶ月もあることは、衝撃を受けたのではないでしょうか。

    また、単位をしっかり取り続けていれば、日々の講義の時間にも空きが出てきて、バイトのシフトを入れる学生さんも多いでしょう。

    そして、新入社員として社会に出ても、最初の頃は時間に少し余裕があるかと思います。

    新人の立場で残業が膨れ上がることはほとんどありませんし、基本的に定時退社が可能です。

    一方で、年を重ねるごとに「時間」という資本は減っていき、「お金」という資本が増えていきます。

    社会に出て、その会社に長く務めれば、年功序列で給料は増えていきます。

    さらに、経験を積んで役職が伴ってくると、その責任への対価として給料やボーナスも大幅に増えます。

    しかし、責任ある行動と質の高い判断を求められるため、必然的に仕事に取り組む時間が多くなり、あなたの「時間」は減っていきます。

    このように、年齢や状況であなたが持てる資本のバリエーションやストックは変化します。

    そのため、できることとできないことが、少しずつ移り変わっていきます。


    そのときそのときのあなたの人生に合わせて、資本の配分を柔軟に変えていきましょう。


    ちなみに、いまの30代になった私の資本配分はこんな感じ。

    前の章で見せた20代の資本配分と比べると、その違いが見て取れるのではないでしょうか。

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    私の30代の資本配分

    「将来のお金」、「知識」、「経験」に大きく偏っていた私の資本配分は、30代のいまは全体的にバランスの良い形になってきています。

    20代のときの金融投資がさらなるお金を生み出したため、将来のお金についてはかなり不安が和らぎました。

    そのため、資本の配分を少し減らしています。

    もちろん、株式投資をやめたわけではなくて、資産が今後も増え続けるように絶賛運用中。

    そして、人脈や健康、経験や知識などの他の項目に対して、資本の配分を増やしています。

    将来のお金に対する不安が和らいだこともありますが、なによりもそれ以外に投資すべき大切なものがあることに気付けたことが大きい。

    これもすべて、20代のときに「NISA貧乏」と呼べるような資本配分を経験したからこその結果なのかもしれませんね。

    「NISA貧乏」が総じて悪いことのように言う人がいます。そして、社会的かつ政治的にも問題視されています。

    しかし、私は一概にそうは思いません。

    もちろん、健康状態の悪化や生死に関わるリスクのある「NISA貧乏」は良くないですが。

    私のように20代を犠牲にした結果として、将来的にそのとき犠牲にしたものも含めて、30代でなんとか取り戻す生き方だってあります。

    もちろん、株式投資が上手くいったからという前提もありますけど。

    お金が全てではないですが、世の中を生きていくために、お金は欠かせません。

    残酷なお話ですが、生きていくうえでお金の問題は一生付きまといます。

    そして、お金の問題はときとして、人生そのものを追い詰めることがあります。

    そのお金の問題を少しでも軽くするために、20代の時間を優先して資産形成に取り組む生き方もあるでしょう。

    一方で、お金の問題はほどほどにして、20代はもっと人脈や経験といった別のことに資本を投じたいと考える人もいるでしょう。

    私は前者の生き方になりましたが、結局のところ、どういった生き方をあなたがよしとするかに尽きます。

    そのあなたが将来のお金のためによしとするのであれば、ちょっとした「NISA貧乏」くらい、経験してみればよいのです。

    いまと将来という2つの時間軸。その時間の中であなたが使える資本およびその投資先。

    それらすべてを総合的に見て、何を犠牲にして、何を得るか。どのような生き方なら、いまと将来のあなたが納得できるか。


    その資本の配分バランスという答えは、自分の中にしかありません。

    大切にしたい価値観や生き方を、常に真剣に考えてください。

    そして、年齢や状況に応じて、人脈、健康、経験、知識、お金などに対する資本の配分をリバランスすることをおすすめします。


    もちろん、10代・20代の若いときから全てに資本を投資できるのであれば、それに越したことはありません。

    学校のテストと同じです。1教科だけ100点取るより、5教科の平均点が高いほうが合計点は高くなりますから。

    それと同じで、多くのことに投資している人のほうが、人間としての厚みや深さ、魅力や個性が際立つでしょう。

    しかし、20代からそれができないからこそ、「NISA貧乏」というワードが話題になり、社会的に問題視されているのです。

    若いときから全てに投資するには、あなたの両親やあなたの置かれた環境などにも恵まれている必要がありますから。

    だからこそ、あなた自身がいまと将来で後悔しない、「そのときそのときの最適な資本配分」を考え続けることが大切なのだと思います。

    将来のお金を優先する生き方もあれば、いまの経験や人とのつながりを優先する生き方もある。その答えは決して一つではありません。

    もしあなたが、人生において「NISA貧乏」と呼ばれるような生き方を選んだとしても、それは決して間違いではないのです。

    最後に、そのことについてお話ししようかと。


    最終章:「NISA貧乏」でもいいじゃない


    ここまで、NISA貧乏や投資のこと。そして、人生における資本の配分について、長いことお話ししてきました。

    あなたにとって共感できることも、共感できないこともあったかと思います。

    しかし、誤解してほしくないことがあります。私は「投資家」になることや「NISA貧乏」になることを、否定したいわけではありません。

    投資には、人生を変える大きな力があると思っています。

    実際に私自身も、投資によって多くのことを学び、人生を変えられた人間のうちの一人です。

    多額の損失を出してしまい、悪い意味で人生を変えられたことも、ときにはありましたが。

    私の20代は今で言う「NISA貧乏」という極端な状態によって、犠牲にしてきたものがたくさんあります。

    しかし、今思えばよかったこともたくさんあったと胸を張って言えます。その気持ちに嘘偽りはありません。

    この記事を通して、私があなたにお伝えしたいことは大きく3つ。

    これまでの章でお伝えしてきたことと重なる部分もありますが、最後にまとめていきます。


    ・投資家という職業は簡単ではない

     (責任ある判断を下すという仕事)


    私たちは今、とんでもなく大きな時代の変化の中を生きています。

    技術は急速に進歩し、AIなるものが登場し、社会の常識をガラリと変えてしまいました。

    そのAIは、これから先もさらに進化していくでしょう。私生活の中では相談役になり、仕事場では業務の効率化や正社員の仕事までこなす。

    知識量や効率化といった点では、今後人間がAIに勝てることはないのではないかとまで思っています。

    しかし、そんなAIでさえも絶対にできない仕事があります。それは、「責任ある判断」の伴う仕事です。

    どれだけAIが賢くなっても、どれだけAIが便利になっても、最後に判断するのは人間です。

    そして、その結果に対する責任を取るのも、また同じ人間です。いずれも今のAIにはできませんし、これから先もずっとできないでしょう。


    AIはあくまで手段です。

    あなたの判断をサポートすることはできても、その判断の結果に対する責任を、全面的に引き受けることはできません。

    AIを使ったことがある方なら分かると思いますが、AIってビックリするほど簡単に、意見を変えてくるんですよ。

    質問に対する回答もそこそこよし。アイデア出しに使っても、それなりに的を得たアイデアをいくつか出してくれます。

    「それらしい正解」と「選択肢」を提示してくれるものとしては、このうえなく強力な手段でしょう。

    でも、「こういったアイデアはどう?」とより的確な回答をこちらが出すと、「それはいいですね!」と先ほどまでとは違う見解を示しながら、柔軟にこちらの意見に乗り変えてきます。

    良く言えば「臨機応変」、悪く言えば「無責任」なんですよね。

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    株式投資の相談に対するAIの回答(1)
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    株式投資の相談に対するAIの回答(2)
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    株式投資の相談に対するAIの回答(3)
    →(2)で王道だと回答しながら、割安ではないという。
    割安ではない=高値掴みして損をする可能性が高い。

    投資の世界において、このようなことは許されません。

    投資の利益は自分の成果、投資の損失は自分の責任。

    このように、投資では全ての判断が自己責任であり、その責任は全て自分にのしかかります。


    分かりやすく言えば、数百万円の損失を出してしまっても、その責任を代わりに負ってくれる人は誰もいません。

    その損失を取り返すリカバリープランや戦略も、全部自分で判断していかなければならないわけです。

    つまり、AI時代においても絶対に仕事がある人間は、「責任ある判断」を下せる人間です。

    そして、その責任ある判断を下す投資家という職業は、社会経験もなければ、責任ある立場で仕事をしたこともない人間が、簡単になれるような職業ではないということです。


    投資家になること自体は簡単です。しかし、責任ある判断を積み重ねながら、利益を出し続ける投資家になることは難しいでしょう。

    経験者としてお伝えさせていただきますが、投資家を目指すのであれば、そのことは理解しておいてほしいです。

    だからといって、「投資家になるな!」ということを言いたいわけではありません。

    「投資家」はこういった責任の伴う職業です。

    だからこそ私は、いきなり投資だけを人生の中心に据えるのではなく、まずは社会で働き、人と関わり、責任ある立場で仕事を経験していってほしいと考えます。


    その経験の先にある選択肢の一つとして、「投資家」という職業の生き方を目指すのは素晴らしいことだと思うのです。


    ・資本の配分に正解なんてない

     (「NISA貧乏」だって正解になる)


    これまでの章でお伝えさせていただいた通り。

    あなたの人生における資本配分に、「これだ!」という正解なんてないということ。

    そして、もしその資本配分の正解・不正解を判断できることがあるとすれば、それは将来のあなた自身であるということ。

    年を重ねて、後で自分の20代、30代を振り返ったときに、「これに資本を投資して正解だったなぁ~」とか。

    「こういう生き方ができて良かった!」と心底思うことができたのであれば、あなたの人生における資本の配分は正解だったのでしょう。

    逆に、「もっと、こういったことに資本を投資しておけばなぁ~」とか。

    「こういう生き方をしてみたかった…」と後悔のほうが強く残るのであれば、あなたの人生における資本の配分は不正解だったのかと。

    「NISA貧乏」が悪いのではなく、他人と比較して、自分の人生における大切な「目的」を見失ってしまっていることが悪いのです。

    自分の人生に責任を持って、「この生き方(資本配分)なら、自分は後悔することなく幸せになれる!」と自信を持って言えるのであれば、それがあなたにとっての正解なのでしょう。

    それがたとえ、一時的に「NISA貧乏」に陥ることになったとしても。

    自信を持って。芯を持って。責任を持って。

    他人の生き方に干渉されることなく、あなたが生きていければそれでいいと思います。


    ・資本の配分は年齢や状況で変えられる

     (「総合力」と「専門力」)


    こちらも、これまでの章でお伝えさせていただいた通り。

    あなたの人生において、お金や時間などの投資する資本の配分は、あなたの年齢や置かれた状況に応じて変えられるということ。

    投資する資本の配分に正解なんてないのだから、あなたの年齢や置かれた状況に応じて、その都度変えてしまえばいいのです。

    RPGのゲームで、主人公の成長や敵キャラの強さに応じて、装備を変えるのといっしょ。

    若いころは「時間」、年老いたら「お金」。

    あなたが持てる資本も、年齢や状況に応じてどんどん変わっていってしまいますから。


    そして、その資本配分は、全体的に均等に割り振る「総合力」なのか。

    はたまた、資本を限られた投資先に割り振る「専門力」なのか。「専門力」を磨くにしても、どこを尖らせるのか。

    その判断によって、あなたの歩む人生は大きく変わっていきます。

    いまと将来の2つの時間軸。その時間の中であなたが手にしている資本およびその投資先。

    それらすべてを総合的に見て、何を犠牲にして、何を得るか。どのような生き方なら、いまと将来のあなたが納得できるか。


    その資本の配分バランスという答えは、自分の中にしかありません。

    大切にしたい価値観や生き方を常に考えて、年齢や状況に応じて人脈、健康、経験、知識、お金などに対する資本の配分をリバランスすることをおすすめします。


    どんな選択をしても、どんな判断を下しても、結局はあなたの人生。

    あなたが後悔しないように生きてくださいね。

    また、後悔したとしても、途中で資本の配分を軌道修正すれば良いのです。取り返しのつかなくなる前に、見直してみてください。

    人脈も。健康も。経験も。知識も。将来のお金も。もちろん、その他のものも。資本を投じて磨けば、価値のあるものになります。

    それは、あなたの人生において、かけがえのない・何ものにも代えがたい財産です。

    いまのあなたにしか会えない人がいます。
    いまのあなたにしかできない経験があります。
    いまのあなたにしか作れない人生があります。


    そして、残酷なことに、いまを犠牲にしたことのある人だけが、いまの大切さに気付くことができます。

    私もずいぶん遠回りになってしまいましたが、やっと「いま」の大切さに気付けました。

    「総合力」を磨くのもよし。「専門力」を磨くのもよし。

    ときには「NISA貧乏」になって、将来のために少しだけいまを犠牲にするのもよし。

    なんだって経験してみればいいのです。そうすることで、見えてくるものもありますから。

    失敗したら、失敗したという経験を次に活かせばいいだけ。

    あなただけの「個性」や「価値観」、
    「生き方」や「資本配分」を大切に。

    そのために、この記事が少しでもお役に立てたのであれば、私としても嬉しい限りです。

    「NISA貧乏」でもいいじゃない。自信を持って歩み続けてください。あなたの未来が明るくて素敵なものでありますように。


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    #創作大賞2026
    #ビジネス部門



     
     
     
    投資家|30代前半|投資歴6年 総資産4,500万|年間配当税引後120万 振り返りや売買の記録など、 投資のことを書いてます📚 日本の大型高配当株を中心に、 中・長期の逆張りメイン📈 過去の失敗から、続ける投資・ 再現性・リスク管理を徹底🔎 ▶︎はじめての方は固定記事へ🍵

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