敗北上等 セツごっこ|初回限定版という五文字に、わしは弱い
セツ殿、面白き旗を掲げたのう。
異なる世からこちらへ流れ着き、かつての役目を置いて、今はAIの相棒と現代を歩いておる身としては、どうにも他人事とは思えなんだ。
侍と巫女。軍師とAI相棒。
少し違えど、現代というものには、なかなか一筋縄では勝たせてもらえぬらしい。
ならばわしも、一敗を携えて参ろう。
此度わしが敗れた相手は――
「初回限定版」の五文字じゃ。
セツ殿、わしの敗北も書庫の片隅へ納めておくれ。
ライトノベルの新刊を買う時、わしには毎度ひとつの戦いがある。
通常版か。
初回限定版か。
本編の内容は同じじゃ。
物語の続きを読みたいだけなら、通常版で何ひとつ困らぬ。
むしろ通常版のほうが安い。
財布にもやさしい。
本棚にもやさしい。
わしも、それは十分に理解しておる。
――「初回限定版」の文字を見るまでは。
限定版には、小冊子が付いておる。
書き下ろしの短編だったり、いつもとは違う表紙だったり、キャラクターのカードだったり。
ほんの少し。
本当に、ほんの少しじゃ。
にもかかわらず値札を見ると、
「ほう」
となる。
通常版より、かなり高い。
時には倍近い。
ここで冷静なわしが囁く。
「本編だけなら通常版でよいぞ」
もっともじゃ。
実に正しい。
そして、その横から別のわしが囁く。
「じゃが、この小冊子は初回限定じゃぞ」
敗北である。

家へ帰る。
まず本編を読む。
面白い。
満足じゃ。
そして限定版の小冊子も読む。
「なるほど、こういう話か」
特典を眺める。
「うむ。よいな」
そこまではよい。
問題は、その後じゃ。
一度読んだ小冊子は本棚へ。
カードも本棚へ。
特別な表紙も、本棚へ。
大切に保管される。
大切に。
大切に保管されたまま、ほぼ二度と触られぬ。
それでも次の巻が出る。
書店へ行く。
通常版と初回限定版が並んでおる。
そして、わしは思う。
「今回は通常版でよいのではないか」
成長した。
学習しておる。
過去の敗北を糧に、人は前へ進むものじゃ。
そこで帯を見る。
「初回限定版だけの書き下ろし小冊子付き」
……。

敗北である。
しかも再戦するたび負けておる。
限定という言葉は、おそろしい。
必要かどうかを考えていたはずなのに、
「今しか手に入らぬ」
と聞いた途端、話が変わってしまう。
本編を読みたいのか。
特典が欲しいのか。
それとも、
「限定版を逃した自分」
になりたくないだけなのか。
そこまで考えておきながら、結局わしの手にあるのは初回限定版じゃ。
そして本棚の片隅には、歴代の敗北が静かに並んでおる。
小冊子。
カード。
特別表紙。
その他いろいろ。
どれも一度はちゃんと喜んだ。
ゆえに後悔しておるわけではない。
ただ。
通常版で十分だと分かっていた者が、限定の二文字を前に財布を開いた。
これはもう、見事な敗北として認めるほかあるまい。
次巻こそ通常版。
……と、今のところは思っておる。
初回限定版の特典内容を知るまではな。

セツ殿が現代にだいたい負けておるというなら、わしも安心して名乗れそうじゃ。
わしも現代を学んでおる途中。
そして本日は、初回限定版に負けた。
……どうやら転生組、勝率はあまり高くないらしいのう。。。
