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【小説】 残響アンサンブル

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    Parallel Mansion


    六月の夕方だった。

    大学にも少し慣れた。

    履修登録で慌てることもなくなったし、学食で一人で昼を食べることにも抵抗がなくなった。

    それでも、自分がこの街の人間になった気はしていなかった。

    春。大学入学を期に、東京へ引っ越してきた。

    マンションへ帰る坂道、自転車をこぎながら、真鍋はいつも同じことを考える。

    ここに住んでいる。

    それは確かだ。

    けれど、まだ住んでいるだけだった。


    その、住んでるマンションが遠くに、見えてくる。
    最初は家から学校までが長かった。
    長すぎる通学時間に疲れてた。

    でも、ずいぶん慣れた。

    明るい色の壁をした、四階建てのマンション。
    外についてる白の螺旋階段が存在感を放っている。

    この建物の特徴は、何と言ってもドアだった。

    一階から四階まで、各フロアに五部屋ずつ。
    二十部屋あるのだけれど。

    なんと、その部屋のドア、全ての色とデザインが違うという、変わり種だった。

    しかも、建ったばかりで内装もかなり綺麗だった。

    最初こそ、変な賃貸なのかと思ってたけど、ドアデザイン以外は、部屋もいたって普通だし。

    それこそ、変なルールがひとつある以外、いたって普通のマンションだった。

    三〇一号室のドアを開ける。

    階下のBARから、誰かの笑い声が聞こえた気がした。


    このマンションに住むための、ひとつのルール。

    順番がまわってきたら、その日はBARのマスターにならなくてはなりません。


    それがこのマンションのルールだった。
    なかなか珍しいし、最初はだいぶ緊張もした。

    マスターの言い方だと、毎晩BARを開けているのかと思っていた。

    でも実際は違った。

    基本は土曜日だけでいいらしい。
    ルールではそうらしい。

    らしい、というのは、マスターが平日に勝手に開けていることがあるからだ。

    この、BARをあけるマスターという人は、白ひげの白髪の、いかにもBARのマスター、といった感じの。
    おじさんだ。

    土曜日ルールのマスターは、店頭に立つ役割ということで、このおじさんのあだ名とはまた別の話。

    この前なんて火曜日だった。

    大学帰りに覗いたら普通に営業していた。

    何なんだろう、あの人。

    気付けば、最初にマスターを担当した日から二ヶ月近く経っていた。
    毎週土曜日に立っているから、今度で八回目くらいになる。

    順番がまわってきたらやるはずのマスター。
    どうしてこんなに連続なのか。

    それは、私しかまだ入居者がいないから。

    BARのマスターっていっても、私は未成年だし、お酒は出せない。

    だから代わりにクラリネットを持っていく。

    お酒が出せなくても大丈夫だった。 
    お酒が出せないマスターが担当の時は、今日はそういうBAR。

    自分の好きなことでお客さんをお迎えしていいことになってる。
    むしろ、得意なことをしてください、という感じらしい。

    この前は近所に住む家族連れが来た。

    「先週、外まで音が聞こえてたから」

    と言っていた。

    そのまま小さな演奏会みたいになった。

    吹奏楽部を卒業したあと。

    まさか一人で演奏する機会ができるとは思わなかった。

    それもBARで。

    はじめてマスターをやった日のことも、
    妙によく覚えている。

    誰も来なくて、やることもなくて。
    店内で軽く練習してた。

    でも、ガラス扉をコンコン叩く音がして、
    びっくりして演奏を止めた。

    振り返ると、髪の長い子が、ガラス扉ごしに。

    「お疲れ様です」と言ってきた。

    吹奏楽部の癖で「お疲れ様です」と返した。

    「クラリネットでしょ」

    そうです。って思ったけど声は出なくて、頷いた。

    「わたし、ホルン!」

    そう、元気に言って、彼女はBARの扉をあけた。

    「わたし、順子。岡田、順子」

    自信満々な感じに圧倒されて。

    「わたし、真鍋」

    としか、返せなかった。


    なんと、あの子は一緒の大学に通う同級生だった。
    学科とかちがうけど。今では学食仲間だ。


    次の週も順子は来た。

    それからたぶん、次の週も。

    ホルン、持ってきてくれて、合わせたりした。


    「ホルン。
    続ける気なかったんだけど、
    気付いたら親が送ってきてた」

    とか、いってた。


    とにかく、順子とのデュオは気持ちよくて。

    楽器って性格出るよなって思った。

    勢いのある、清々しい順子のホルンの音についていくだけで、自分までうまくなったみたいに感じた。

    七月頃だったかな。
    順子を学食で見かけて声をかけた。

    知らない男の子と一緒だった。


    邪魔してごめんって、逃げようとしたら。


    順子は違う違うって、笑いながら引き留めた。

    「コイツ!トロンボーン!」

    順子はそう言って、その男の肩を叩いた。
    紹介になっているのかは分からなかった。

    ホルン吹いてるとき、一瞬お嬢様みたいな横顔する癖に。

    ホルンを外すと、なんか急に関西帰る。


    男の方も慣れているらしく、

    「どうも」

    とだけ言った。

    名前は聞いた気がする。

    でも、その時は覚えられなかった。

    順子の横にいると、みんな順子の勢いに負ける。


    「コイツさ。今頃、賃貸探してるんだって。遅すぎるよね? 私ら三月とかだったけど。近くは全部埋まってたよ」

    「今から物件探し、たいへんだね」

    そんな会話をしたかも。

    でも帰り道。

    あ。

    マンション。

    部屋空いてる。

    BAR、担当あるし、

    大学から遠いけど。

    あ。

    ってなる。

    そして次の週。

    学食で会った順子に伝えておいた。


    「トロンボーンの子、まだ家探してたらさ。うちのマンション、まだ空いてそうだよ」


    改めて、翌週、その子と順子でBARに来てくれた。


    トロンボーン君は、順子と同じ吹奏楽部だったみたい。

    トロンボーン。

    まさかの。

    持ってきてくれた。


    はじめてのアンサンブルで、さすがだなって思った。
    あの順子に引けを取らないくらい。堂々と立ってた。


    音を聞き付けていつかの、近所の家族がまた覗きにきてくれた。


    JAZZ BARじゃないんだからさ。

    って思ったけど、私がマスターじゃなかったら、

    こんなことにはならなかったなって思った。


    クラリネット。

    ホルン。

    トロンボーン。


    アンサンブルのハーモニーだけが、BARを包んでいた。


    その日は、ちょっとだけ、遅くまで開けてた。

    真鍋は片付けをして、業務引き継ぎノートに書く。


    6/23(土)

    クラリネット。
    ホルン。
    トロンボーン。

    で、お客様をお出迎えした。


    それだけだった。


    BARの鍵をしめてる時、トロンボーン君が、今日はじめて真鍋の目を見た。

    マッシュヘアの、少し長めの前髪の隙間から、見下ろしていた。


    「あのさ。マンションさ。まだ空いてるなら、ちょっと見てみようかな」


    次の日、順子経由で質問がきた。


    「マスターって人、次いつ店にいるかわかる?」


    七月に入って、自分にBARのマスターがまわってこない週が三回。

    トロンボーン、来たな。って確信した。


    平日、マスターにあえそうな夜。

    真鍋は久しぶりにBARへ向かう。

    今週も、土曜日はトロンボーン君が担当ぽかった。


    店をのぞくと、マスターの様子がなんか変だった。

    探し物をするような仕草。

    棚をひとつひとつ、確認していた。

    なんか、渋い顔をしながら白髪頭をかいていた。


    「一〇一の子さ」


    マスターはそう言った。


    その続きを聞く前に、六月の夜を思い出した。

    ホルン。

    トロンボーン。

    クラリネット。

    近所の家族。

    笑い声。

    業務引継ぎノート。

    6/23(土)

    クラリネット。ホルン。トロンボーン。
    で、お客様をお出迎えした。

    それだけだった。

    本当に、それだけだった。

    だから、少し怖かった。


    一〇一号室にしたんだ、あの子。


    自分の部屋の、二つ、ちょうど下。

    トロンボーンの音なんかしないからわからなかった。


    マスターが言うには、

    ちょっといいお酒、

    お客さんの忘れ物の時計。

    お釣り。

    ポツポツなくなってると、聞かされた。

    真鍋はBARの椅子から立ち上がった。


    BARを出て、すぐ隣の一〇一号室、黒い鉄格子風のドアをのぞいた。格子は飾りだけで中は見えなかった。


    震える手で、勢いで、チャイムを押した。


    ピンポーン。


    普通の音だった。


    ガチャリと、ドアがあく。


    普通に出てきた。

    マッシュヘアの前髪の隙間から真鍋を、見下ろしていた。

    「あ、久しぶり。
    挨拶、行けなくてごめん。部屋わかんなかったから」


    別に普通だった。

    変な感じもしなかった。


    「あ、急にごめんね。いま話してもいい?」

    「うん」


    真鍋は、お店から物がなくなっていることを伝えた。


    「あー、うん。ごめん、それ売っちゃった」

    「え、なんで」

    「ダメって言ってなかったし」

    「……」

    「え、お客をお出迎えする方法とか、自由なんでしょ?」

    「……あ、うん。ダメって言ってなくて、ごめん」

    「うん」

    「たぶん、困ることあるから。これからは、なしにしよう。」

    「あー、そっか。ノートにも何も書いてなかったから」

    「うん……。ノートは私、今から書いとくよ。ごめんね」

    「わかった。それだけかな?」

    「うん。それだけ」

    「りょうかーい」


    ドアが閉まる。

    鉄格子風のデザインにピッタリな、重い音が響いた。


    真鍋はBARへ、すぐ戻った。


    「彼だったみたいです。もう手元にないみたいです。
    やっちゃダメって伝えました。……すみません。」


    マスターは、そうか。とだけ言った。


    真鍋はカウンターの端においてある、業務引き継ぎノートを取って、ペンを持つ。


    静かだった。


    空気がやけに、冷たかった。


    ただ、

    業務引継ぎノートを開く。



    手が止まる。

    やがて、書きはじめる。



    7/30 追加ルール

    お店のお酒は備品のため持ち出さないこと。

    お客様の忘れ物を持ち帰ったり、売らないこと。

    お釣りは、正しく残すこと。


    それだけ書き終わると、マスターに挨拶して、三〇一号室の自分の部屋に向かった。

    螺旋階段をのぼる足が重かった。


    真っ白で塗られた、くもりガラスのついてる、自分の部屋のドアの前に立つ。

    鍵をさして、あけて。

    ドアをしめ、鍵をかけた。



    眉間にゆっくり、皺がよる。 


    口のまわりに不自然に力が入った。


    ポロッと、涙が落ちた。


    靴も脱げずに、その場に立ったままだった。


    なんでだよと、バカだな。
    が、同時にあって、
    真鍋も気持ちがよくわからなかった。


    翌日も、学校だった。


    学食に順子がいた。


    真鍋は少し安心のような緊張したような、変な気持ちになった。

    でも、昨日のことは言い出せなかった。


    101号室のことを思い出す。


    トロンボーン。

    ホルン。

    アンサンブル。


    言えない。


    学食の日替わり弁当は、肉野菜炒め定食だった。

    味噌汁と、ポテトサラダがついていた。

    ポテトサラダなのに、学食のマヨネーズが切れてた。


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    翌週は、BARのマスターの順番が真鍋にまわってきた。

    久しぶりだった。


    いつものようにクラリネットを持って。

    BARの開店準備をしてた。

    順子が、まだオープン前なのに、手伝いに来た。

    「最近、トロンボーン全然みぃへんな、授業も、全然きてないっぽい」

    「え、そうなの」

    「BARの隣であってるよね? 部屋。今もチャイム鳴らしたけど、全然」

    「そっか」

    ホントに、そっか。とだけ思った。

    今日も順子のホルンと、クラリネットでデュオをした。


    しばらく吹いていたら、前に来てくれた家族の、お母さんと小さい娘さんが覗きに来た。


    娘さんがなんだか、伝えたいことがあると言ってモジモジしてた。


    なんか、子どもってこういう時期あるよね。って思ってかわいかった。


    やっと、口をあけたと思ったら。


    「私、お姉ちゃんとおんなじ、クラリネットにする」


    もう、注文したらしい。

    デビューが早い。

    才能発掘のチャンスだ。

    真鍋は珍しく、屈託なく笑った。


    「え! 嬉しい、一緒にやろうね」


    少しだけ。

    本当に少しだけ。

    真鍋の肩が軽くなった。


    その夜。

    BARを閉めて。

    一〇一号室の前を通る。

    灯りはついてないみたいだった。


    自分の、三〇一号室へ戻る。


    螺旋階段を上る。

    先週と同じ道。

    でも少し違う。 


    もう、涙は落ちない。

    その代わり。


    「えー!嬉しい、一緒にやろうね」


    と言った自分の声を思い出す。


    まだ、小さかった。

    たぶん、四歳とかかも。


    相手が先に飽きるかもしれないし、

    私が続けれない日もあるかもしれない。


    でも、一緒にやろうね。

    は、きっといつかある。


    割と近いうちに、きっと。



    (おわり)


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    架空映画風 ポスターデザイン


    『残響アンサンブル』

    この残響アンサンブルは、Parallel Mansionを創設してはじめての入居者である、真鍋さんのお話でした。

    彼女、引っ越してきた当初は、白い扉を選んだことを「無難かな」なんて、嘆いていましたが。
    もう、大丈夫そうです。

    一緒に見守っていただき、ありがとうございます。

    Parallel Mansionの一階には、BARがありますので。
    ぜひ、ご自由にお立ち寄りください。

    あと、気に入った色のドアがあったら、
    ぜひ教えて下さいね。

    真鍋さんのお話も、
    Parallel Mansionでまたしましょうね。

    私もそちらに帰ります。

    では、また。



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    Parallel Mansion 入口



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