灰の中の礼|宵町堂あやかし帖
涼しさが増すにつれて、湯の沸くまでの間が、心なしか長く感じられるようになりました。五徳にかけた鉄瓶の底を、火吹き竹でひと吹きする。それを閉店前の仕上げにするのが、近ごろの私の癖になっています。
そんな晩の、まだ客の少ない時分でした。戸口でいったん足を止めて、風呂敷の結び目を確かめてから、敷居をまたいでいらっしゃった方がありました。
勤めを終えたばかりらしい、背広姿の男の方です。卓に着いても、包みは膝からお離しになりませんでした。
「これ、処分するには、忍びなくて」
茶を淹れて戻ると、包みはようやく卓の上に移っていました。ほどいていただくと、中身は小ぶりの火鉢でした。素焼きに近い、赤みの残った土色の胴で、片側に炭を入れる口が開き、五徳が渡してあります。
両の手のひらに載るほどの大きさで、取っ手はありません。縁の一箇所だけ、長年触れられたとおぼしき丸い艶がありました。
「祖父の手焙りです。先月、亡くなりまして」
お悔やみを申し上げると、その方は湯呑みの湯気に目を落として、しばらく黙っていらっしゃいました。
「納戸の、奥の長持の底に入っていました。父も、あることを忘れていたみたいです。祖父が最後に使ってから、そのままだったんだと思います」
祖父の家は通りに面した土間の広い家で、冬になると、その土間の戸を開け放っていたのだそうです。
夜勤帰りの方や、道に迷った旅の方を、よく招き入れていたといいます。この手焙りに炭を熾して、まず手をあたらせる。宿賃はおろか、茶代も取ったためしがなかったそうです。
「近所には、変わり者と言われていたみたいです。祖父は、貸した金は返らなくても、ぬくもりだけは返ってくる、とよく言っていたそうです。……炭を入れていないのに、たまに、ふっと温いことがあったそうです。祖父が言うには、初霜の晩なんかに限って」
そこまでは、祖父が生きていた頃からの、半ば冗談のような話だったといいます。
古道具屋に見せたことがあるそうです。長く使われた道具には、付喪神とでも言うんでしょうか、と笑われたといいます。私は何とも申し上げませんでした。
胴の中には、灰がそのまま残っていました。遺品を片づける手が、そこまでは及ばなかったのだといいます。
その方が指で灰をどけていくと、指先に、固いものが幾つも触れたようでした。紙縒りでした。ひとつではありません。
灰に埋もれていながら、焼けた跡が、ひとつもないのです。
ほどいてみると、どれも短い言葉が書きつけてありました。ありがとうございました、と。あたたまりました、と。
一枚だけ、子どもの字とおぼしきものがありました。おじさん、あったかかった、とだけ。
紙の質も墨の色も、一枚ごとに違っていて、同じ時に入れられたものではなさそうでした。筆跡は、どれも違っていました。
いつ、誰が入れたものかは、その方にも分からないとのことでした。
「宿賃はいらないと言うので、せめてもと、そういうことだったんでしょうか」
そのとおりかどうか、私には判じようがありませんでした。
しばらく灰を見つめてから、その方は一度、腰を浮かしかけました。けれど、また座り直して、風呂敷を手元へ引き寄せ、手焙りをくるみ直しました。
「やっぱり、持って帰ります。冬が来たら、炭を入れてみようかと」
祖父の真似はできないけれど、とその方はおっしゃいました。火の熾し方だけは、子どもの時分に教わった覚えがあるのだと。土間を開け放つ度胸まではないが、火だけは絶やさずにおくつもりだ、とも。
戸口で一礼して、その方は帰られました。
灰の中の紙縒りは、包みに入れる前に、そっと元の場所へ戻しておかれました。誰の礼を、誰に返すつもりなのか、それはご本人にも判らないままのようでした。
鉄瓶の底の火を、今夜はいつもより長く吹いておきました。
それでは、また次の宵に。
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