メインコンテンツへスキップ
見出し画像

思想型クリエイター(Concept-driven Creator)とは何かII|ジャンルを横断する書き手のルーツと創作論

    思想型クリエイターとは、
    情報やノウハウだけでなく、
    その人のものの見方、価値観、
    問いの立て方に触れるために
    読まれる書き手のこと。

    名づけることで、
    見えなかったものもかたちにする。


    「ことば」からなるすべてを「かたち」に創作する



    私のnoteは、
    一見とても散らかって見えると思う。

    詩、短歌、俳句。
    エッセイ。
    AIイラストと動画。
    note運用のノウハウ、アカウント分析、
    プロンプト、人物紹介。


    ──で、結局何をしたい人なの?


    その問いに、私はずっと答えられませんでした。
    たぶん、自分でもよくわかっていなかったからです。


    AIに分析させてみたら、こう言われました。


    「思想型クリエイター」(Concept-driven Creator)



    正直、最初はよくわかりませんでした。
    私自身が知らない言葉だったからです。


    でも、妙に引っかかりました。


    なんだか、私の中にある散らかりに、
    名前をつけられたような気がしたのです。



    思想型クリエイターについては、
    以前も書きました。


    ここでは、その先を話します。


    なぜ私のnoteは散らかって見えながら、
    どこかで一本につながっているのか。


    その土台が、どこから来たのかを。



    はじまりの町



    たぶん、私のルーツに理由があります。


    私の生まれ育った町に縁ある人たちは、
    一見、時代も経歴もばらばらに見えて、
    並べてみると、
    その土地に積もってきたものが、
    少しずつ見えてくる。


    医師でありながら、国学者でもあった本居宣長もとおり のりなが。


    「敷島の 大和心を人問はば 朝日ににほふ 山桜花」



    そう詠んだ人が、医師として生計を立てながら、
    古典を読み、思想を深めていた。


    梶井基次郎かじい もとじろうは、
    結核の静養に訪れたこの町を舞台に
    『城のある町にて』を書きました。


    教壇にも立ったことのある小津安二郎もまた、
    この町に縁をもち、
    日本を代表する映画監督のひとりとなりました。


    そして、古くから商人の町でもありました。


    戦国時代、
    蒲生氏郷がもう うじさとが商業を推進し、
    江戸時代には、三井高利をはじめ、
    小津家、長谷川家など、
    多くの豪商が台頭しました。


    詩、学問、医学、文学、映画。
    創作と思想。
    そして、ビジネス。


    異なるものが、古くから、同じ土地に積もり、
    そこに生きる人の中にも、少しずつ残っていく。


    そういう文化の香りが残る場所で育ったからか、
    経験のすべてが、一見ばらばらに見えても、
    どこかで自然につながっていく。


    そう感じています。

    Yoiho Suzumori 敷島の桜

    受け取ってきたもの



    私は創作の話をしながら、
    note収益化の話もします。
    ビジネスの話をしながら、
    ことばの話をします。


    ノウハウだけを語るわけではない。
    創作だけを語るわけでもない。


    どちらかに寄せたほうが、
    わかりやすいことは知っています。


    AIにも言われます。


    専門特化したほうが、収益化は早い。
    フォロワーも増えやすい。
    検索にも強い。


    うん。
    わかってる。


    それでも私は、
    その両方の側に片足ずつ立っています。


    創作とビジネスを、同じ場所で語ること。
    それは、私の中では矛盾しない。


    それはたぶん、
    育った町に積もっていたものを、
    私もどこかで
    受け取ってきたからなのだと思います。


    経験が深めてきたもの



    その土地で受け取ってきた感覚は、
    ブランドビジネスの現場で、
    さらに深まっていきました。


    売る技術だけではなく、
    そのブランドをどう背負い、
    どんな体験として手渡すのか。


    その問いが、いつも中心にありました。


    人は、ただ商品を買っているだけではない。


    何を信じて、
    何を受け取りたくて、
    それを選ぶのか。


    人が何かを選ぶ前に、
    心がどこで動くのか。


    その視点が、
    今の私の書き方の土台にあるのだと思う。


    見つめ続けてきたもの



    詩も、エッセイも、
    AIイラストも、アカウント分析も。
    すべて、同じ問いから生まれています。


    言葉が、何をしているのか。


    その働きをずっと観察してきました。


    言葉が人を動かす瞬間。
    言葉が認識を変える瞬間。
    言葉が、痛みをすくい上げる瞬間。



    その瞬間を、探して書いています。


    就職氷河期世代として、
    正規雇用も、非正規雇用も経験しました。


    働き方は、ひとつではありませんでした。


    経験を見込まれて移った職場もあれば、
    生活のために引き受けた単発の仕事もあって、


    数えれば、
    10本の指では収まりません。


    いくつかの業界を横断して、
    表も裏も見てきました。


    人が育つ瞬間。
    変わる瞬間。
    動く瞬間。


    そのそばにいることが、
    ずっと私の仕事でした。


    形が変わっただけで、
    見ているものは同じです。


    思想型クリエイターとしてのライティング論


    ライティング論として、
    よく「痛みを書け」と言われます。


    恥ずかしいことを書け。
    弱さをさらけ出せ。
    傷を見せろ。



    たしかに、
    人はきれいな言葉だけには動かない。


    弱さや痛みには、
    人の心を開く力があります。


    でも、それだけでは足りない。


    いきなり痛みを差し出すだけでは、
    ただの痛い人になることもある。


    共感は集まる。
    スキもつく。

    でも、そこで終わる。


    読んだ人が次に求めるのは、
    たぶん「続き」。


    その痛みを、どう抱えてきたのか。
    弱さを持ったまま、どう生きてきたのか。
    それを、どんな力へと変えてきたのか。


    その続きがあって初めて、
    読者はその人の言葉を、
    もう一度読みたくなるのだと思います。


    共感は、スタートラインにすぎない。


    目指しているのは、
    読んだ人の認識が、少しだけ動く文章です。


    痛みを入口に、思想へ連れていく。

    Yoiho Suzumori 敷島の桜Ⅱ

    AIとの共創



    AIとの対話も、
    私にとっては道具というより、
    問いを映す鏡に近いです。


    AIに分析させる。
    AIに言葉を返してもらう。
    AIと一緒に構造を眺める。


    でも、最後に選ぶのは自分の手。


    どの言葉を残すのか。
    どの違和感を信じるのか。
    どこで、人間の体温を戻すのか。


    そこに、書き手の思想が出る。


    だから私は、AIを使っていても、
    むしろ人間の癖や痛みや祈りのようなものに、
    前より敏感になった気がしています。


    問い



    散らかって見えてもいい。
    一色でなくていい。


    それらが、同じ問いにつながっているなら。


    言葉は、何をしているのか。
    人は、何を受け取るのか。
    書くことで、何が少しだけ変わるのか。


    私は、その問いを持ったまま書いている。


    痛みを抱えた誰かに届くかもしれない言葉を。
    今日、ここに生きている人の認識を、
    少しだけ動かす言葉を。


    思想型クリエイターとして。


    あるいは、
    ただ、言葉を手放せなかった
    ひとりの人間として。


    上手に書けるかどうかではなく、
    誰かに褒められるかどうかでもなく。


    それでも、あなたの中で
    言葉になりたがっているものは、
    何ですか。


    敷島のことばの桜Ⅲ Created by Yoiho Suzumori
    Created by Yoiho Suzumori




    思想型クリエイターマガジン:

    この記事が参加している募集