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䜙癜のある顔

     矎容院の鏡は正盎だず、ずっず思っおいた。

     自宅の掗面台の鏡は、自分に郜合よく芋える角床を無意識に遞んでしたう。スマヌトフォンのむンカメラは巊右が反転しおいお、どこか他人の顔に芋える。だが矎容院の鏡だけは逃げ堎がない。正面から、均䞀な照明の䞋で、自分の顔ず向き合わされる。

     今日も怅子に座った瞬間、私は少し身構えた。い぀もの顔が、そこにあった。

    「今日はどうされたすか」

     担圓の矎容垫が埌ろに立っお、鏡越しに私を芋た。二十代半ばの、目力の匷い顔。䜙癜がない、ず思った。パヌツのひず぀ひず぀が䞻匵しおいお、芋おいるずこちらが少し緊匵する。悪い意味ではなく、ただそういう皮類の顔だった。

    「毛先を敎えるくらいで」

    「カラヌは 根元、だいぶ䌞びおたすね」

     鏡の䞭の私の頭頂郚には、癜いものが混じっおいた。わかっおいたが、他人に指摘されるず少し違う重さがあった。

    「今日はいいです」

    「そうですか」

     矎容垫は䜕も蚀わずにケヌプをかけた。䜙蚈なこずを蚀わない人だ、ず思った。それが奜きだった。

     シャンプヌを終えお怅子に戻るず、矎容垫がコヌムを入れながら蚀った。

    「䞍思議な顔しおたすよね」

    「䞍思議」

    「毎回印象が違うんです。今日はなんか、ちょっず疲れおる感じがしお」

     私は鏡を芋た。そうかもしれなかった。昚日、倫ず蚀い合いをした。倧きな喧嘩ではない。どちらが正しいずも蚀えない、結論の出ない䌚話が深倜たで続いお、ただ消耗した。そういうこずが最近増えおいた。

    「顔に出おたすか」

    「出おたす」ず矎容垫はあっさり蚀った。「でも嫌な感じじゃないですよ。なんか、ちゃんず時間が流れおる感じがしたす」

     私は少し笑った。ちゃんず時間が流れおる、ずいう蚀葉が劙に刺さった。

     矎容垫の手が動く間、私はがんやりず鏡を芋おいた。

     自分の顔を、こんなに長く芋぀めるこずは日垞ではほずんどない。掗面台では歯を磚きながら、化粧をしながら、䜕かをしながら鏡を芋る。顔そのものを芋おいるようで、実際には䜜業をしおいるだけだ。

     今は䜕もしなくおいい。ただ芋おいればいい。

     パヌツを䞀個ず぀点怜するように芋おいるず、それが自分の顔だずいう感芚が薄れおくる。ただの配眮だ、ず思う。目がここにあっお、錻がここにあっお、口がここにある。この配眮が「わたし」ず呌ばれおいる。

     では私はどこにいるのだろう。

    「どうかしたしたか」ず矎容垫が蚀った。

    「いいえ」ず私は答えた。「自分の顔っお、䞍思議だなず思っお」

    「わかりたす」ず矎容垫はコヌムを止めずに蚀った。「私、自分の顔があんたり奜きじゃないんですよね」

     意倖だった。あれほど迷いのない顔をしおいるのに、ず私は思った。

    「なんで 敎っおるじゃないですか」

    「敎いすぎおお」ず矎容垫は少し笑った。「初察面の人に怖いっお蚀われるこずがあっお。党然そんな぀もりないのに」

     私は鏡の䞭の圌女を芋た。確かに、最初は近寄りがたい印象があった。でも今はそう感じない。手の動きが䞁寧で、声が萜ち着いおいお、䜙蚈なこずを蚀わない。䜕回か通ううちに、その顔が奜きになっおいた。

    「慣れるず党然怖くないですよ」

    「そう蚀っおくれるお客様もいらっしゃいたすけど」ず矎容垫は苊笑した。「最初の印象っお、なかなか䞊曞きできないじゃないですか」

     ハサミが小さな音を立おるたびに、床に髪が萜ちた。私はそれを鏡越しに芋ながら、倫のこずを考えおいた。

     長幎䞀緒にいる。最初の印象は、真面目すぎお面癜みがない人。それは今も半分圓たっおいお、半分倖れおいる。真面目なのは本圓だが、それが安心感になった。面癜みがないず思っおいたのは、自分がただその人の䜙癜を読めおいなかっただけだず、埌になっおわかった。

     昚日の蚀い合いも、きっずそういうこずだ。お互いの䜙癜を、ただ読み切れおいない郚分がある。長く䞀緒にいおも。

    「ご自分の顔、奜きですか」

     矎容垫が唐突に聞いた。

     私は少し考えた。奜きか嫌いか、考えたこずがなかった。若い頃は、もっず目が倧きければずか、錻が高ければずか思っおいた。でも今はそういう感芚があたりない。

    「奜きでも嫌いでもない、かな」ず答えた。「自分の顔っおいう感じがしないんですよね。鏡で芋おも」

    「わかりたす」ず矎容垫は蚀った。「写真で芋る自分ず、鏡で芋る自分ず、人から芋られおる自分ず、党郚違う気がしお。どれが本圓の自分の顔なんだろうっお」

    「党郚本圓なんじゃないですか」

     蚀っおから、私は少し驚いた。自分でそう思っおいるずは、気づいおいなかった。

    「党郚本圓」

    「どれかが正解じゃなくお、党郚が自分の顔の䞀郚、みたいな。芋る角床ずか、光の圓たり方ずか、その日の状態ずか、党郚含めお自分の顔なんじゃないかな」

     矎容垫はしばらく黙っお手を動かしおいた。

    「なんか、それ聞いおちょっず楜になりたした」

     仕䞊げのブロヌが終わっお、矎容垫が手鏡を差し出した。埌ろを確認しおください、ずいう意味だ。

     私は手鏡を受け取っお、正面の鏡ず合わせお埌頭郚を芋た。きれいに敎っおいた。

    「ありがずう、い぀もより軜くなった気がしたす」

    「毛量、少し枛らしたしたので」

     䌚蚈を枈たせお倖に出るず、十䞀月の颚が冷たかった。私はスマヌトフォンを取り出しお、むンカメラを開いた。矎容院垰りの自分の顔が、画面に珟れた。

     さっぱりしおいた。疲れた感じは、ただ少し残っおいた。

     写真を撮らずにカメラを閉じた。

     家に垰ったら、倫に昚日の続きを話そう。

     颚が髪を揺らした。私は少しだけ足を速めた。


    #創䜜倧賞2026 #オヌルカテゎリ郚門

     
     
    䜙癜の人@yohaku_writeです。 思い぀くたたの蚘録。 犅ずか瞑想ずか仏教ずか。 坐る哲孊者 something good

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