
自己犠牲してるあなたへ。
「自己犠牲」
自分の欲望や幸せを後回しにして、他者や組織のために時間、健康、金銭を損をしてでも尽くす行為
自分は自己犠牲をよくします。
特に人間関係での身近なものを例として出します
例えば、自分の意見を抑えれば丸く収まる時。
友達との旅行先を決める時、意見が割れた場合
たとえ自分の意見があったとしても。
相手の心の広さを把握しているので心の広さの小さい順に意見を合わせるようにしています。
もう一つ例として。
彼女から急に電話できる?かと聞かれた時。
出先や大事な予定があるときはもちろん断りますが。了承したことにより何かしらの負担を感じるのが自分だけの場合、どうであれ電話に出ます。
この二つの共通点は、相手の機嫌を伺っている点だと思います。
相手が機嫌を損ね、場の空気が悪くなったり、関係悪化につながる恐れがある可能性があるから
つまり、
現状が悪くなった場合の心の負担>自分の意見を通した場合の心の負担
ともとれます。
これは一見、思いやりのある行動に見えます。
しかし、よく考えると相手のためではなく、自分が不快な状況を避けたいがための行動です。
つまり、「自己犠牲」という名の「自己防衛」です。
「自己犠牲に酔うな」
本当の自己犠牲とは、自分に負担がかかることを理解した上で、それでも相手のために行動することではないでしょうか。
果たして相手は、自分を犠牲にしてまで相手の意見に寄り添って欲しいと願っているでしょうか。
例えそうであれば、それは良好な関係ですか?
自己犠牲に酔うとは、自分を抑えることで「私は我慢している」「私は優しい」という感覚に浸り、その自己像に満足してしまうことです。
自分を犠牲にしていると思い込んでいるが、実は楽な選択をしているだけかもしれない。
「自己防衛としての自己犠牲を繰り返すと、やがて自分でも気づかないうちに疲弊していきます。我慢しているつもりが、実は自分を少しずつ削っているだけかもしれません。」
相手の立場になって、もう一度考えてみてもいいのかもしれない。
「あなたの『自己犠牲』は、本当に誰かのためですか。それとも、自分が傷つかないためですか。」