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縦割りは敵なのか幕末からAI時代まで、組織の境界をつなぐ150年ーー世界の先行研究・制度・軍隊・企業・教育機関との比較から考える

    <2026年7月22日以前のコンテンツ一覧はこちら>

    <中根千枝先生という人もいらっしゃいまして。行政指導ってありました。今の米国?MOF担という職種もありました。>

    はじめに 「縦割りが真の敵」という説明を疑う

    「DXの真の敵は技術不足ではなく、組織の縦割りである」。この言い方は分かりやすい。自治体でも企業でも、部門ごとに予算、システム、KPI、専門用語が違う。隣の部署が何をしているのか分からない。デジタル技術を導入しても、データ定義・権限・責任境界が別のままなら、従来の業務境界がデジタル上にも残る場合がある。

    しかし、世界の先行研究を調べると、この問題はDXによって突然生まれたものではない。Whole-of-Government、Joined-up Government、interagency collaboration、boundary spanning、interoperabilityなど、呼び名を変えながら長く研究されてきた。Aokiらの系統的レビューは、1992年から2021年までの340本の査読論文を対象に、この研究領域そのものを整理している(Aoki et al., 2024)。

    さらに重要なのは、「サイロは悪いから壊せ」という結論になっていないことである。ScottとGongは、政府のサイロが水平調整に失敗する場合を認めながらも、サイロ型組織が統制、迅速な実施、専門化などに役立つ場合を論じる(Scott & Gong, 2021)。医療やソフトウェア開発、学際研究の文献でも、境界は専門性を守る一方で協働を妨げるという両義的な存在として扱われる。

    したがって、本稿の問いは「どうやって縦割りをなくすか」ではない。

    何を分けるべきか。何をつなぐべきか。誰が境界を越える権限を持つのか。失敗したとき誰が止め、誰が責任を負うのか。そして、その制度状態はいつの時点のものなのか。

    この問いを、日本の幕末から現代までの制度史、世界各国の公共部門、企業、医療、教育、軍隊の事例と重ねて考える。本稿の中心命題は、DXの核心を縦割りの破壊だけに求めるべきではない、というものである。境界には専門性や責任分界を支える便益と、協働を妨げるコストの両方があり、境界をまたぐ仕事では、権限、責任、予算、データ、監査、例外時指揮などの接続設計が重要な検討要素になり得る。どの接続方式が適切かは機能・法域・任務によって異なるため、単一の方式を一般解とはしない。


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