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『経営者の役割』を「管理職の役割」として読む―― C・I・バーナード協働システム論の再構成

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    目 次

    序章 なぜ「管理職」の役割として読むのか...................................... 3

    第1章 協働システムという土台 ―― 第1部の骨格........................ 5

    第2章 公式組織とは何か ―― 三要素と成立条件......................... 7

    第3章 非公式組織と管理職 ―― 見えない配線を扱う................. 9

    第4章 管理職の道具立て ―― 専門化・誘因・権威................... 11

    第5章 意思決定という中核 ―― 機会主義と均衡.................... 13

    第6章 管理職の三機能 ―― 伝達・活動・目的.................... 15

    第7章 管理責任と道徳性 ―― 第17章の射程......................... 17

    終章 現代の管理職への示唆 ―― 均衡の保守者として............. 19

    結章 二〇二六年夏、混乱のただなかにある組織人へ............. 21

    注記 結章の時事的記述について.......................................... 23

    序章 なぜ「管理職」の役割として読むのか

    〔事実〕本稿が下敷きとするのは、チェスター・I・バーナード(Chester I. Barnard, 1886–1961)の主著『経営者の役割』(原題 The Functions of the Executive, 1938)である。バーナードはニュージャージー・ベル電話会社の社長を務めた実務家であり、本書は象牙の塔からではなく、現場で人を動かし組織を維持し続けた経験の堆積から書かれている。原題を直訳すれば「エグゼクティブ(executive)の諸職能」であり、邦題はこれを「経営者の役割」と訳した。

    〔考察〕しかしバーナードのいう executive は、日本語の「経営者」が想起させる株主に相対する最高経営責任者だけを指す語ではない。彼が論じるのは、協働のシステムを維持するために伝達を保ち、活動を確保し、目的を定式化する「調整の職能」そのものであって、その職能は課長・係長・現場リーダーといった組織のあらゆる階層に、程度の差こそあれ分有されている。したがって本書を「管理職の役割」として読み替えることは、単なる語の置換ではなく、バーナードの原意により忠実に接近する試みでもある。

    〔分析〕以下、本稿は原著の四部構成(第1部=協働システムの予備的考察、第2部=公式組織の理論と構造、第3部=公式組織の諸要素、第4部=協働システムにおける組織の機能)に沿いながら、その論理を「管理職は何をする存在か」という問いへと収斂させる。バーナードにおいて組織論と管理論は不可分であり、管理職の役割は「組織とは何か」という理解の上にしか立たない。ゆえに前半で組織の成り立ちを押さえ、後半でその上に管理職の職能を積み上げる、という原著の建付けをそのまま踏襲する。

    〔提案〕読者にはまず、管理職を「命令する権限を持った上位者」というイメージから一度切り離すことを提案したい。バーナードの管理職像は、権限で人を従わせる者ではなく、協働という壊れやすい均衡を絶えず調整し続ける保守作業者に近い。この視座の転換こそが、本書を現代の実務に接続する鍵となる。

    〔事実〕バーナードがこの書を著した1938年当時、経営学はテイラーの科学的管理法に代表される「作業の効率化」の学であり、人はいかに効率よく働かせるかという対象として扱われていた。バーナードはこの潮流に対し、組織を人間の協働という現象そのものから捉え直し、後の人間関係論・意思決定論・組織論の源流となる視座を打ち立てた。ハーバート・サイモンが『経営行動』でバーナードの意思決定概念を継承・発展させたことは、本書の学史的位置を象徴している。

    〔考察〕「経営者」を「管理職」に置き換える本稿の企図には、もう一つの実際的な理由がある。日本語圏で「経営者の役割」と題されると、多くの読者はこれを自分とは縁遠い最高経営層の話として読み飛ばしがちである。だがバーナードの記述の大半は、部門を預かり部下を持ち、上位と下位の板挟みで日々調整に追われる中間管理職の現実にこそ直接響く。表題を読み替えることで、本書が「いま現場で人を束ねている自分」の書物として立ち上がってくる。

    〔分析〕なお、本稿における「管理職」は、部下を持ち協働を調整する職能を担う者の総称として用い、部長・課長・係長・現場監督・プロジェクトリーダーといった具体的職位の別は問わない。バーナードのいう executive がそうであったように、ここでの管理職とは職位の名ではなく職能の名である。同じ人物が、ある局面では管理職として協働を調整し、別の局面では一貢献者として活動するという往復も、当然に含意されている。

    〔分析〕本稿の構成をあらためて示す。序章に続き、第1章で協働システムという土台(原著第1部)を、第2章で公式組織の定義と三要素・成立条件(第2部前半)を、第3章で非公式組織との関係(第2部後半)を扱う。ここまでが組織論である。続いて第4章で専門化・誘因・権威という管理職の道具立て(第3部前半)を、第5章で意思決定(第3部後半)を、第6章で管理三機能と管理過程(第4部前半)を、第7章で管理責任と道徳性(第17章)を論じる。ここからが管理論である。そして終章で、現代の管理職への総合的な示唆をまとめる。組織の理解の上に管理職の職能を積む、というバーナード自身の順序を、そのまま保っている。

    〔考察〕本書が実務家バーナードの手になることは、その説得力の根にある。理論のための理論ではなく、電話会社という巨大な協働システムを現に率いた人物が、自らが日々直面した問題を概念へと昇華させたのが本書である。それゆえ、抽象度の高い記述の背後には常に生々しい現場の手触りがあり、管理職が読めば「これは自分が言葉にできずにいた経験だ」と膝を打つ箇所に幾度も出会う。本稿の読み替えは、その手触りを現代日本の管理職の現実へと橋渡しする試みでもある。

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