メインコンテンツへスキップ
見出し画像

社会の常識で「生きながら死ぬ」のを辞め、自分らしく『好きすぎる人生』を作り出す魔法―会社員生活という牢獄で見出した、新しいOSという名のギフト

    わたしは子供の頃から歌やものづくり、面白いことが大好き。
    そして物事や心理を深掘っては「どうしてこうなるのか」と本質から考える根っからの哲学者であり、占いや目に見えない世界にも興味深々でした。

    生きるとは死ぬとは?幸せとは何だろう?これが幼少からの問いで、自分にしかできないことをしたい!これが子供の頃からの夢です。


    究極、人間は幸せになりたい生き物。
    でも本当の幸せはいつでもここにあって、今この瞬間にでも味わえる。
    なのになぜ幸せを追い求めるのか?

    今が幸せに思えていないからです。

    「やりたくないこと」を一生懸命して、『やりたいこと』はしないのです。

    何が本当の幸せかわからないまま、外側の価値基準で生きる。そんな常識を外して『自分らしく幸せに生きる』を選択する人生があっていい。


    その答えはあなたの中にあり、その決断の鍵はあなた自身が握っています。




    プロローグ:やりたいことで自分を生かす


    あなたは今、何かしたいことがありますか?
    いつか何かしたいと思いますか?
    自分だけにしかできないことをしたいと思いますか?
    もはや、やりたいことが何なのかもわからない状態の人もいるかもしれません。


    何かをやりたいと思う衝動は内から湧き出る自然な現象。心の中からの叫びです。そのやりたいことは不思議なことにいつかの誰かが、そして「あなた自身が」必要としています。


    もう大人だから…そんなことやったって…と片付けないでほしい。


    〜大人とは時間をかけた経験を元に、その知恵をもって、在りたい姿を周りやこれからの時代の人に見せることじゃないでしょうか〜(胸熱)


    やりたいことや何かの表現は、呼吸と同じ、自分の中の「エネルギーの正しいやり場」なんです。

    そして「やりたいこと」の本質とは何か。
    それは生まれ持った「魂の願望」です。魂の声に気付いてあげて行動してあげると魂は「ヒヤッホー!」と飛び上がり、磁力が働いていろんな引き寄せやシンクロが起きはじめます。

    「やりたいことをやる」ということは、そんな本来の無垢な自分を生きることになります。

    そしてそんなあなたのやりたいことは自分を幸せにして、そのワクワクエネルギーで誰かを幸せにし、そしてそれが伝播して世界を平和にしていくのです。

    そして本来の自分に出会うには、外側からの植え付けられた常識や制限、思い込みを外し、本当の自分に気づく必要があります。

    本来、自分を知ることなんてせずとも心のままに自分を生きれたはずなのに、社会の常識や一般論に揉まれて、いろんな情報が飛び交って、もう自分が何をしたいのか、何が幸せかわからない。それが当たり前になった世の中。

    本当にやりたいこととは、自分が「今」したいことを叶えてあげる積み重ねで惹き合ってきます。そしてその瞬間のシグナルをキャッチするためには、本質的な幸せを感じるためには、徹底的に自分に向き合うことが大切です。


    人生にはいつか終わりが来る。

    嫌なこと・違和感を手放して、好きなこと・やりたいことを選択する人生。私はこれからも魂の望みに忠実に生きていきます。

    そんな生きた心地しかしない「本質的な人生」にご興味ある方は、是非続きをご賞味ください。




    第一章:やりたいことで「自分を生きた」―内側の正解に従っていた黄金時代



    私は子供の頃から感覚感性が豊かで、特に歌うことが大好きでした。

    中学に入ってからも、とにかく音楽がある環境にと思い、吹奏楽部に入部。

    本当は歌がしたかったけど歌える部活は無かったので、個人的に家やカラオケで歌い、教室や部室でも歌い、踊りもたまに挟み、歌手を目指してる人たちの集う雑誌に投稿してはたくさんの同志と繋がったりと、積極的に好きなことに明け暮れる日々。

    当時、家にあったQUEENのアルバムが “なんとなく” 気になってしまい、聞いてからはその音の美しさ、繊細さ、世界観、さまざまなドラマ背景に惚れ込み、どハマり。毎日学校から帰ってきては電気をつけるのも忘れて嗚咽するほどの感動で泣きながら聞いて、滅多に感情を露わにしない母に「もういい加減にして!」と心配されるほど陶酔したり。

    フレディー・マーキュリーのルックスやセクシャリティのコンプレックスを物ともしない、むしろ最大の武器に変えてしまう、圧倒的個性・才能と爆発的魅力・魔力に憧れを抱き、「自分もいつか自分の個性や才能で、大好きなことで心震わせるような、影響力のある人になりたい」と考えるようになりました。

    そして高校受験では、次こそは歌える環境へいくぞ!と意気込んで、自分の中で条件が揃いかつ “なんとなく” こっちがいいと思ったK校を志望。

    しかし先生からは学力的に絶対無理と、一つ下のH校をゴリ押しされ、第一志望のK校はそんな言わんでもというくらいに、頑なに否定されていました。

    自分でも、理屈や見えている数字では無理なことはわかっていたけど、K校に行くことが「自分の中で決まっていた」ので、自分のコンパスに従って、もちろん勉強もそれなりに頑張って、母にも「どうしても無理なら私立に行くことになるかもしれないけど、大丈夫な気がするから行かせてほしい」と許可を得て、受験。

    受験の当日、はっきりと覚えているのが、全くわからなかったことw
    「あ〜これ落ちたかもな〜」と思いながらも、あまり深くは気にせず、とはいえ謎の自信に満ち、もうどう足掻いても仕方ないし、あとは天の采配に任せる〜ととにかく自分のできることをやり切ったのです。


    そして見事、志望のK校に合格。かなりギリギリのラインだったwww
    でも合格したので、もうこちらのもんですよ。イッツショータイムです。



    好きなことで生きた、華の黄金時代


    それから1番の目的であった軽音楽部へ一目散に向かい、ボーカル志望として採用テストで自分の出せる本気で歌い、見事ボーカルとしてバンド活動開始。

    驚くことに、関西の軽音楽連盟の連盟長がそこの顧問をされていて、超スパルタで厳しかったけど、その分めちゃくちゃやりがいがあって、思いがけない貴重な経験をいっぱいさせてもらえて、歌えることが、人前でパフォーマンスできることが、最高に嬉しくて最高に楽しかった。

    そうして3年間、大好きなことに没頭し、大好きな仲間とも出会い、環境にも恵まれ、本当に充実した日々を送っていました。

    ちゃんと心に従って、自分の中の「好き」「楽しい」「やりたい」そんな単純な基準だけで、うまく進んでいたのです。


    小さい頃は神さまがいて 不思議に夢をかなえてくれた/荒井由実(松任谷由実)「やさしさに包まれたなら」より


    「自分の中の中核という神様」に、しっかりと繋がっていたのです。




    進路のタイミングで私が選んだもの


    そうしてまた次の進路を決める時期がやってきました。お年柄、そろそろリアルがチラつきます。次は「ゆくゆくは働く」ことを前提に考え始めます。

    そして「どうせ音楽では食べていけない」という “一般的な思い込み” で音楽の世界は選びませんでした。

    そして「私にできそうなことで仕事になりそうなものはなんだろう?」と、グラフィックデザインの世界へ進みます。



    進学先で運命の選択をする


    専門学校へ進んだ私でしたが、あいかわらず「自分の内側と仲良し」で思うようにぬくぬく過ごしていました。

    ゆえに遅刻も多く、「朝ごはんが美味しすぎて遅刻しました」と本当の理由を言って先生にブチギレられたこともあった。

    でもそんなことはあまり気にしません。だって自然な人間の営みだもん♪ そんな調子です。

    外側の声を度外視して、心地よさだけを選択して生きていた。


    そして進学でみんなが面接面接で焦る中、私はなんの興味も湧かず、「シュウショク?何それ美味しいの?」くらいの感じで、したくないからしない、と本当に何にもしなかった。

    個人的には自分で何か面白いことしたいな〜と思っていたけど、まだそんな実用的なスキルもないし、とりあえずフリーターでいいか〜くらいに思っていた。

    でもふと、「電車の車内吊り広告に自分の作ったのが載ってたら面白いかも」と思い浮かんでしまったのです。

    そう、いつでも基準は「面白い」だとか「好き」だとか「楽しい」だとか「ワクワク」だとか。

    そうして言ったそばから先生に電鉄系の広告代理店を斡旋され、なんの面接練習もしていないどうしようもなく「ありのままのこの俺」であれよあれよと一発採用されてしまうのです。




    第二章:やりたくないことで「生きるために死んだ」―外側の常識に従った暗黒時代

    まさかまさかの採用に戸惑いつつも、いつものノリでイエ〜イと入社。
    とんでもない世間知らずのお出ましです。

    会社員として入社した1日目から強烈に嫌気、嫌悪感、違和感を感じ、「ここは絶対に自分の居場所ではない」と確信。

    初日に既に辞めようと心に誓いましたが(笑)「この選択にも何か意味がある」と思い必死に食らいつきます。

    そして今までの経験上、

    「逃げても繰り返し同じような感情を伴う現象がやってくるので、この嫌という気持ちに隠された謎(根本原因や解決法)が解るまでは、ここに居る意味を理解できるまでは絶対に辞めない。きっと理解したときには何らかの形で解放が訪れるだろう。」

    というどこから湧いてきたのかわからない自己信頼感(一同スタンディングオベーション)によって、実際の仕事内容とは別角度のレイヤーで目の前の問題に向き合うことに決めたのです。




    就職後、私の生活が一変


    入社当時は環境に適合せず、ストレスを抱え体重が1年で15キロ増。

    この窮屈すぎる檻が、六畳一間で野生のライオンが飼われてるかの如く、金魚鉢でシロナガスクジラが飼われてるかの如く、自分でもどうしようもないくらいしんどくて、辛くて毎日泣きそうになりながら、と見せかけてほぼ泣きながら、帰りの電車でKREVAを聴いていたのを思い出します。


    愛してんぜ音色…はまっちまったよまるで迷路…/KREVA「音色」より

    何であんなに自由がなくて、歌一つも歌えなくて、毎日イライライガイガした中で奮闘できるのか。当時の私には意味がわかりませんでした。

    みんないつも疲れていて、不満で溢れています。怒っています。イライラしています。効率を重視し、常にお金のことを気にします。奪い合います。自分の思いではない誰かのルールに従い、常識に縛られます。

    とにかく自由がないのです。遊びがないのです。心がカラカラで、余裕などどこにもないのです。

    でも世の中の常識ではこれが「普通」なんです。

    社会とは、生きるとは、こういうモノだと教わって信じ込んで生きるのです。




    藁をもつかむ思いで、見えない光を目指して模索


    苦しみを回避するかの如く、元々独立願望もあったので、「私にできることは何があるだろう?」と、ビジネス書や自己啓発書を読み漁るようになりました。
    幸か不幸か、会社の最寄駅前に書店があったのでほぼ日課のように。。

    しかしこちとら、ビジネスのビの字もわかってませんし、バイクの免許欲しいな〜そしたらバイクも欲しいな♪ くらいの脳みそツルツル系女子。

    そんな中でもどなたかの著書に、一筋の光を与えてもらい救われたのを覚えています。(救ってもらっといて、誰の何のどんな一文だったかは覚えてないツルツル具合)

    この時、わたしもいつか

    「こんな風に誰かに光を与えられるような本を書きたい」

    と思いました。そうです思ってしまったのです。想像は創造の種なのです。


    内容は確か、宇宙法則・この世界の原理原則の片鱗を含んだような話だったと思います。
    それを見たとき「ああこれ、私知ってる!」と子供の頃から感じていたことが法則としてあることがここで繋がったのです。

    経験上、「救いを求めたものは何らかの形で、必ず救われるようになっている」と、私は思います。
    苦しいときは「何で?」と疑問に思ったり、手探りでもいいので興味が沸いてしまったことにアクションしたら、何らかのヒントを導いてくれるのです。

    求めれば外側にヒントは必ず散らばっています。
    自分の中のコンパスが、ちゃんと呼応して引き合うのだと思います。

    ただし、答えは自分の内側にしかありません。
    言い換えれば、答えは必ず、自分の内側にあります。断言しておくからね。



    そこからは子供の頃から地で好きだった、精神世界・スピリチュアル・哲学系の世界を拡張していくようになりました。

    生きるって何だろう?死ぬって何だろう?自分って何?てか人間って何?幸せって何だろう?愛って何?そんなことを子供の頃からよく考えるどこにでもいるソクラテス系女子(絶対少数)。得体の知れないこの世の本質を突き止めたい欲求に常々駆られながら探求を深めていきます。


    ビジネスコミュニティに参加して実際にフリーでやってる人たちの空気を感じながら勉強して、自分でも人を集めてイベントを開催して模擬ビジネス体験的なことをしてみたり、、
    脳ヨガに通って瞑想や丹田を鍛えてチャクラを解放させたりちょっと修行のようなこともしたり、座学の勉強会にも参加して宇宙法則を学んでみたり、、

    関係ないけどSNSで繋がった人に会いまくったり、コンパとか飲み会もしまくったり、これまでの人間関係も呼ばれたら全て行ってたし、興味のあるところには首を突っ込んで、というか、わけのわからん流れで自然と突っ込むことになったり、、(全部宇宙にさせられてる感)

    ビジネス面や精神世界、人間関係など多方向のベクトルでいろいろやってたけど、全く入ってこないしよくわからない。

    でも今思えば、これら全ての経験や、得た感情そのものが「必要なピース」だった。

    とにかく自分は何者なのか、何ができるのか。
    自分という生き物はこの世界に何をしにきたのか。
    わからない何かが知りたいと、自己探求・自己分析を深めていくようになりました。


    会社では相変わらず辛い日々。
    本当の自分を押し殺して居る感で、毎日苦しかった。
    子供の頃から目上の人や権力者の言うことには逆らってはいけないと思ってしまう癖があって、違和感があっても否定すらできなかった。

    でも幸か不幸か、その苦しさゆえに “どうにか解決しないと” と探求は深まっていったのです。

    今でこそフレックス制度やいろんな働き方が推奨され、コンプラ関係も見直され、ずいぶんと働く環境に柔軟性が出てきたと思うのですが、そもそもの「働くことへの意義」について疑問を思っていたのです。


    生きるために働くのであって、働くために生きるわけではない。



    当時の周りの人たちがTHE常識人で、私とは性質が真反対のうまく配置された反面教師のような方々だったのですが、楽しく仕事するなんてご法度な典型的な厳格者タイプでした。

    会社組織にとって模範のような素晴らしい方たちで、その従事に人として尊敬しています。

    ただ私とは、全く違うフィールドの生き物だなと感じていました。

    そうとしか教えてもらってこなかったら、そうなるのも頷けるのですがね。今となっては。

    そしてその苦しみに輪をかけるように、昼食まで一緒に、いつも同じ場所でと、、「好きなときに好きな場所で好きなことをしたい私」にとっては息ができなくなる気持ちで毎日を過ごしていました。

    そんなこんなもあって、おかげさまでめちゃくちゃ病気した!


    デザイナーという仕事内容も、元々物作りが好きだったこともあって、何となくはこなせていたけど、全然楽しくない。

    なぜ私が、誰かのものを作らないといけないの?(自分で選んだくせにw)

    自分の内側から湧いた作りたいものだったら直ぐ作れるし楽しいけど。
    何なの?指図しないで欲しいんだけど。何なの?仕事無理なんだけど。



    そんな、これらの『嫌!』という感情こそが実は産物だということにそこから気づいていきます。




    第三章:もがき苦しんだ闇の中で光を見出す


    この嫌という感情そのものが実は裏返しで、私の自由奔放さを浮き彫りにしてくれていた証拠でもあり、自分自身の性質や何を大事にしたいかを知るためのヒントなのです。

    たぶん、この状況に嫌だと思わない人もいるんです。指示されると動きやすいとか。もしくは嫌のベクトルが違うかもしれない。

    私であれば、
    この社会に縛られたくない=新しい社会を作る人間
    とも言い換えられます。

    上に従うのが無理なのであれば、指揮者になる存在かもしれません。

    システマチックに働いて、楽しく仕事しちゃダメに反応しているのであれば、自由で楽しい働き方を望んで作り出す可能性だってある。

    全ての感情は裏返し。

    そう思うと自然とやりたい方向がどんどんと浮き彫りになってきました。


    魂のルートがあらかじめ用意されているけど、それ以外にぶつかって行った時に「嫌な思いをする」「しんどい、疲れる」「病気になる」などのエラーが出てお知らせしてくれる。

    要は嫌だな、と思うものはあなたの本来のルートではないよと教えてくれているのです。






    訪れた転機


    その後、2013〜2020年くらいにかけて、友人の結婚式や会社の新年会で、人前での余興をお願いされることが度重なりました。
    毎年2回くらいはやっていたと思います。本業のコンサートかの様に。

    表舞台で映像や歌・ダンスなどのパフォーマンスをする度に、仕事よりも輝いていると言われたり、自分自身も達成感があってみんなに感動してもらえたり、面白がってもらえるものをと企画を練るのも、人前に出てみんなが驚いたり笑ったり湧いてくれるのも嬉しかったし楽しかった。

    私自身がインドアの割に昔から歌が大好きで、人前でパフォーマンスをするのが好きだったこともあり、これは天性のものではあると自覚していたのですが、この性質を仕事で生かすという部分にはあまり結び付いていなかった。

    ただメンバーの特性を活かした構成を企画していると、そのときのみんなのワクワクや引き出せる個性・才能を見て、「あれこれが本来の人間のエネルギーだし、生き方そのものなんじゃね?」って思える様になってきたのです。こっちが本質じゃんって。

    やりたいことや本当の個性や才能に沿っている方が、エネルギーの乗り方が軽く、大きく、たくさん出せることに気づいたのです。

    会社で画面ににらめっこしてトイレの鏡の前に立てばいつも男梅のような顔になっていた自分も、いつもはハツラツとしてるのに数字ばっかり追ったり色んなところの顔を伺って疲弊している営業マンも、自分の魅力やユニークさを隠して真面目に作業をしている事務員さんも、みんな面白い個性を持っているのに当たり前の様に「仕事だから」と言って組織の一部で自分を型に収めている。

    私はこの持てるエネルギーを「好き、楽しい、やりたい、やってたらエネルギーグワングワン湧く!」に生かすことこそが最大の価値の活かし方であり、生かし方、この地球での仕事なのではないかと思うのです。

    自分自身がそのときの方が全細胞が活性化してるし、明らかに目の前の人間を笑顔にする数が、本業の時より多かった。まさにそれが証明していた。


    そう、目の前のことは内側の投影。
    好き、楽しい、やりたい、やってたらエネルギーグワングワン湧く!的なことをしていると、そのままそれが共鳴し、豊かさにつながるのではないかと思ったのです。


    そしてそもそも、今の社会の誰かが得するシステム自体が限界にきているのではないかと感じ始めてきました。
    組織のコマとなって収益のために働く。我々の原動力は何?お金のため?そんな大してもらえないのに?

    どんだけ大手でパイプ太くて、会社は無くならないと思っていても、個たちが才能を爆発しまくって、働く人がいなくなったら、会社は存続できないのです。


    そうこうしているとそれを助長するかの如く、2020年にコロナ自粛が始まるのです。

    「やっぱり自分の中で問題が解決したら外側から転機が来ると思ってたらきた!」「しかも思ってたより世界規模で大掛かりだった!」と自分の中のパズルのピースがはまった瞬間でした。

    みんなが驚きと不安に見舞われる中、超不謹慎にも、私はルンルンで、俺たちの時代到来♪と、在宅切り替えしたのを覚えています。


    そこからその「個のエネルギー」というヒントを手がかりに、発信活動を始めてみたり、ずっと趣味程度に自己分析ツールとして使っていた占いやスピリチュアルを本格的に開始することにしました。




    第四章:全てはエネルギー

    趣味だった占いやスピリチュアルは調べたり、鑑定してもらったり、知識を入れるばかりで、そういうのに興味がある人と会ったりはあまりしてこなかったなと思い、交流会に参加してみることにしたのです。

    そこで運命的に「人間本来の生まれ持った設計図を可視化できるツール」に出逢います。私が思っていた「個のエネルギーを知るツール」があっという間に目の前に現れた!と衝撃を受けました。
    そして、またまた好きやワクワクに従って動いたことで、引き合ってしまったのだ、とエネルギーの本質に確信を得ていくのです。


    面白くて面白くて、寝る間も惜しむほど研究に没頭しました。
    人間、何かを成し遂げるのも楽しいけど、この “好奇心のままに夢中になっている時間” が何より幸せなのかもしれません。

    もちろんワクワクに従って書くこの時間も。



    とりあえずなんでもやってみる

    その後、このツールのトレーニー資格を取得し、「自分らしい働き方」のセッションを、本格的に仕事として活動してみることにしました。
    思い立ったが吉日です。

    そして驚くほどすぐに、悩める人たちが引き合ってきたのです。

    私は子供の頃から人の心理を自分の中で深掘って分析することをオートモードでしていた(してしまう)性質だったので、そんなことも相まって、自分の本質でないことをしている人にもすごく敏感だったのです。

    ちょうどその頃、見直し時期だった生命保険の担当の方と話していた時、なんとなく前々から「仕事しんどそうだな…」と思っていたので、「今こういう活動していて〜」と話したところ案の定すごく興味を持たれて。保険の話を早々に切り上げ、ほぼその話に。そして早速翌日にセッションをすることになったのです。

    なんとなく仕事は疲れるんだけどー、あーだこーだーと言ってて。
    最終的に「じゃあまだ今の仕事続けたい気もあるんですね?」と聞いたら、ハッキリと「いや、辞めたいです!」とおっしゃっていた。

    本当はもうわかっているんですよね。やりたいはずがない。
    でも家族が、世間が、普通は、常識を考えて、って、外側のベクトルで考え出すと、自分の本当の答えを濁してしまう。

    次がないから辞めれないは当然だけど、まずは自分の本当の気持ちに気づいてあげることが何より重要だと思います。


    最後にひとつ 自分を騙しちゃいけないよ/欧陽菲菲「ラヴ・イズ・オーヴァー」より

    その後、この方は1年後に心が追いつかなくなりお仕事を休業され、その半年後に退職。その後、ご親戚の方がお店をオープンするから手伝って欲しいと声がかかったようで、心のケアをしながら安心の場で職場復帰されたそうです。

    体がいうこと聞かなくなったり、外側から強制終了がかるのって一見怖いけど、大きな視点で、魂の本質として見ると、これは非常にうまくいっているのです。

    別の方の事例で。

    医療関係で勤めていた友人も、「自分の個性を発揮して、もっと自分らしく輝きたい!人のためだけに埋もれたくない!」と思っていたようで。

    確かに、スタイル抜群で美人さん、高身長で目のひく華のあるタイプで、何か自分で発信や活動している方が性に合ってそうと感じていました。
    しかも昔の純粋無垢な感じから、最近はすごく愚痴っぽくなっている気がして。これは環境もやることも違うんだろうな〜と思っていた。

    彼女自身昔からアクティブで、前々からヨガの先生に興味を持っていて。私と話したあたりから、自分の中に眠っていたやってみたい欲求が目覚めたようで、すぐヨガ教室のハガキが届いたりと、いろんな関連情報が引き合ってきたのです。

    すぐにインストラクターの資格を取得し、半年後には開業に向けて準備していると言ってました。子育て中なのに、すごいパワー!

    やりたいことって、内側からのエネルギーって、何か普通じゃないんですよね。頑張らなくても、とっかかりさえ作っちゃえば引っ張られるような、妙な磁力が働く。


    そして好きを重ねていくと、どんどんといろんな必要なものが引き合い、自分の中核にどんどん近くなっていくような気がしています。




    好きを突き詰めて改善していく

    この活動をしている中で、だんだん嫌な点も見えてきました。


    人の魂の声を敏感にキャッチするのは得意かもしれない。
    でもツールを使ってその分析結果をしっかりと伝えてあげたり、具体的なやりたい仕事を見つける伴奏的なことは苦手だということがわかってきだした。好きにやったらよろしいやんと。

    デザインをやっていた時も、クリエイティブなことは好きだけど、誰かのものを作る御用聞きはしんどかった。

    分析ツールも、それ自体は楽しいし、もっと知りたくなる。
    ただ、気になる部分だけ研究して「へぇ!」「なるほど!」とアハ体験することは大好物でも、別にそれをもとに指導したい訳ではない。

    これはわがままでもなんでもないのです。
    その「嫌な部分」「無理してやってる部分」は役割ではないということ。
    「好きな部分」「やってて楽しい部分」だけがあなたの役割だということ。

    そのようにどんどんやりたいこととやりたくないことを精査していきました。

    周りの声は度外視です。自分の嫌や違和感の声を聞いて取り除き、好きややりたいを選択していくのです。

    そうして私は、14年間の会社員生活にも幕を閉じました。

    研究ばかりで、それって仕事になるでしょうか?
    さぁ、それはここからのお楽しみでやんすね。

    もはやそれ自体が、賢い頭で作り出した “思い込み” だと思うのですね。

    結果はコントロールせず、大いなる意識にフルベットです。
    案外、以外なところに繋がったりしてね。

    そう、この活動の中で、なんか自分が縮こまってる気がしてイヤー!もっと楽しくしたいー!エンタメっぽくー!と思った矢先、数年ぶりに学生時代の個性的で才能の塊な大好きな友人たちから連絡がきたのです。

    わあ!そうそう!このワクワクする感じ!
    また引き合ってしまった。嫌を手放した矢先に!

    これからまた面白いものを創り出していく仲間だと思っています。楽しみ!



    最後に

    ずいぶんと時間がかかったのですが、すべてのタイミングは完璧であると信じています。
    どんな時間がかかったとしても、それら全てが必要な材料で、与えてもらっているギフトなんだと思います。


    もし、苦しみの渦中にいる、当時の私と同じような境遇にある人は一度立ち返ってほしい。

    あなたという素晴らしい世界の贈り物を、あなた自身が粗末にしてはいけません。

    常識に縛られていてはあなたの幸せは見いだせない。なぜなら自分の本質的な幸せは「自分の中」にしかないから。

    今感じている感覚こそがあなたの内側からのシグナルです。その声がもし叫んでいるのなら、あなたのために決めてください。

    私はやっぱりあの頃のように、そしてちょこっと身につけた知恵を武器に、この地球上で心のままに楽しむことにしました!
    その方が私にとっての「普通」 だからです。

    あなたは今、何をしたいですか?




    #創作大賞2026 #ビジネス部門

     
     
    子供のころ「さっちゃんって幸せそうでいいね」と言われたあたりから、私の何らかの研究は始まっていたのかもしれません。 三度の飯くらい好きな自己分析を中心に、経験から得た智慧や深層心理についてなど、偏りがちな思想をアーカイブッ///

    あなたへのおすすめ