
結婚式場という名のオカルト空間
結婚式のあの空間に嫌気がさす
結婚式に参列することが増えた年齢になった。
会場全体が
おめでとう!と涙し祝福する
この当たり前の光景が
私は違和感でしかなかった
お花畑会場にいるかのような一種のオカルト
いや、宗教にでも迷い込んだかのような感覚。
私はいつもバイオリンやハープ演奏者の指の動き、花の色ばかりを無意識に見てしまう
結婚にあまり意味を見出せない自分にとっては
この契約を『しあわせ』結びつけすぎだと
私は思う
社会のあり方 闇を感じた
無論、友人や周りが結婚しても年相応に感じる妬みのような感情は一切ない
両親も仲良く円満な家庭だ
心から涙して祝福できない自分
冷静に考えているとますます疑問がとまらない…
私だけなのだろうか?
「これから大変な事はあるけれど、応援してるよ」
というような現実味を帯びた激励を
先輩方にはどこかで期待をしていた。
大切な人が幸せという感情になるのは
とても嬉しい
周りの大人たちが結婚=社会の成功のような
佇まいで持て囃す
参列者は所詮、他人事の行事に参加した程度の無責任さを感じ、気分良く笑っている
親族たちは
結婚して全て安泰だ
と顔に書いてあるかのような表情をしている
結婚って
そんなおめでたい100%で扱うものなのだろうか
祝福ムード
なぜ?
結婚は
一種の決意みたいなもの
あなたは、独身を選びましたね
はい、そこのあなたは
結婚をお選びになったのですね
どちらにも優劣がない
自分の選択だ
右に曲がりましたね
あなたは左に曲がるのですね
世間の価値観に
疑問をもった
誰かと共に生きる決意をしたら祝福?
地球上の価値観が
なぜか息苦しくおもえた
最近結婚した友人の夫婦が
携帯をお互い監視しあっているそうだ
心のどこかで疑い続ける日々…
絶対的な味方が欲しいと思って結婚した
そう当事者は言った
果たして、契約しないと絶対的な味方は手に入らないのだろうか?
むしろ
契約しているにも関わらず
絶対的な味方がいないことのほうが
重大な問題ではないだろうか
事実婚というものがあるように
必ずしも
契約を結ばなかったからといって
絶対的な味方にはならない
と言うわけではない
むしろ、結婚した瞬間は
超絶幸せであり
これからも、なにがあっても支え合っていきたい
と未来に希望を抱く
だがしかし、離婚率はどうだろうか
そう誓い合ったにも関わらず
絶え間なく破綻している家庭が沢山ある
結婚してからが苦労の連続
楽しいことばかりではない
そこを安易に考えてはならない
と私は思う
勢いがなければ結婚できない
と言う言葉を耳にする
冷静に考えれば
他人同士が一つ屋根の下で
死ぬまで一緒に過ごす
と言うことは並大抵のことではない
そんなことは、結婚しなくても理解ができる
結婚を『しあわせ』に結びつけすぎだ
社会の闇を感じる
いつも
涙して心から幸せな気持ちで
参列することができない
笑顔の裏で
そのような考えがとまらない
わたしは冷めているのだろうか
石橋を叩きすぎて渡る性格からなのだろうか
同じような疑問を持って立ち止まったひとは
いるだろうか
そんな私も
いつか結婚してたら
これまた面白い