
マチアプ婚40代DINKs、マンションを買う(6話目)
前回のおはなし
「これ、買えちゃうんじゃないか…?」
そう思ってしまった時点で、もう負けだったのかもしれない。
いくつかのマンションを検討している中で、大手デベロッパーの“有名シリーズ”の内見に行く機会があった。
価格は5990万円。3LDK、68.20平米、駅徒歩4分。
普通に考えれば、完全に予算オーバー。最初から検討リストには入れていなかった。
――はずだった。
ある日、ポストに入っていたチラシ。
そこには「4980万円」の文字。
約1000万円の値引き。
一瞬、目を疑った。
「いやいや、そんなわけないだろ」と思いながらも、気づいたら内見の予約を入れていた。
“確認するだけ”のつもりで。
内見当日。
エントランスで上品な女性に迎えられ、2階の事務所に通される。
席に着くと、別の女性が飲み物を持ってきた。
タリーズの缶コーヒー。
たったそれだけのことなのに、「さすが大手だな」と思ってしまう自分がいた。
こういう細かい“ちゃんとしてる感”の積み重ねで、人は簡単に判断を鈍らせる。
この物件は築2年。全44戸のうち、残りは4戸。
担当者のTさんは言った。
「来月中には売り切る方針です」
そして今回の値引き物件は、その“目玉”。
希望者を募って、抽選。
辞退は不可。
人気エリア。駅近。大手。築浅。上の階は7000万円超え。
住民の質も高いらしい。
全部、わかりやすく“いい条件”だった。
気づけば、完全に前のめりになっていた。
「これ、いけるんじゃないか」
「いや、でも…」
頭の中で、アクセルとブレーキが同時に踏まれる。
内見を終えて外に出ると、見慣れた街の景色が少し違って見えた。
「ここに住む未来」が、現実味を帯びてしまったからだ。
しかも自宅まで徒歩1分。
生活環境はほぼ変わらないまま、“賃貸→持ち家”に切り替わるだけ。
条件としては、完璧すぎた。
ただ、一つだけ。
どうしても妻に言い出しづらい条件があった。
初期費用、約400万円。
さらに抽選の条件はこうだ。
・銀行の仮審査を通過すること
・当選後の辞退は不可
つまり――
「当たったら、逃げられない」
帰宅後。
少しだけテンションを抑えながら、できるだけ“冷静なフリ”をして言った。
「まぁさ、申し込むかどうかは別としてさ 仮審査ってやったことないじゃん? この機会に自分たちの地肩、見てみるのもアリじゃない?」
我ながら、ずるい言い方だと思う。
本当はもう、少しだけ“その気”になっているくせに。
妻は少し考えてから、うなずいた。
「まぁ、それくらいならいいか」
後日。
複数の銀行から、仮審査の結果が届いた。
――すべて、問題なし。
正直、ホッとした。
20代から30代にかけて、かなり無茶な金の使い方をしてきた自覚がある。
だから、通るとは思っていなかった。
ただ、同時に思った。
「借りられる」と「無理なく返せる」は、全く別の話だと。
そして今。
目の前にあるのは、
・1000万円値引きされた大手マンション
・抽選
・辞退不可・初期費用400万円
申し込むか、やめるか。
たぶんこれは、“物件を買うかどうか”の話じゃない。
これからの人生で、どこまでリスクを取りにいくのかという話だ。
さて、どうするか。
(続く)