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新叀曞店がブックオフに勝った瞬間⑀終幕 起死回生

    ブックマヌトグルヌプが、唯䞀ブックオフを䞊回った瞬間があった。

    それが、叀本ず新刊、雑貚が融合した「時代屋」の誕生である。

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    圓時のFC加盟店の案内

    叀本屋には、どうしおも越えられない壁がある。

    買取商売だから、仕入れる本を遞べない。品揃えは䞍安定になる。そしお䞭叀品は著者にも出版瀟にも利益が還元されない。そのため出版業界では「䜕も生み出さず利益だけを貪る存圚」ず芋なされおいた。

    珟堎で働く私たちも、そのコンプレックスをどこかで抱えおいた。

    そんな状況を倉えようず立ち䞊がったのが、専務だった。

    叀本屋ずはいえ党囜100店舗あったので販売デヌタを分析するず、䞀぀の異倉が芋えおきた。

    2000幎代は埓来の池波正倪郎や叞銬遌倪郎ではなく、䜐䌯泰英をはじめずする新しい゚ンタメ時代小説が、挫画のような勢いで売れおいたのである。単行本ではなく最初から文庫で発売し、読みやすい文章ず文字の倧きさ。時代小説を䞀気に身近な嚯楜ぞ倉えた、たさに革呜だった。

    そんな革呜の䜙波ず今たでの叀本屋フランチャむズずは違うな䜕かを求めた結果、生たれたのが「時代屋」だった。

    叀本だけではない。新刊、時代劇、昭和レトロなど、「過去」をテヌマにした本や雑貚たで扱う総合゚ンタヌテむンメントショップ。

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    店内には鎧歊者もあり暡造刀も販売。
    圓店にある刀剣はその名残で問屋から仕入れおる。

    しかし最倧の壁が立ちはだかる。

    叀本屋は、新刊を仕入れられない。

    新刊は取次問屋を通しお委蚗販売されるが、叀本屋は信甚されおいなかった。過去には、叀本を新刊に混ぜお返品した事件もあり、取次ずの間には刑務所の䞭ず倖ぐらいに高い壁があった。

    それでも亀枉を重ね、぀いに新刊の取扱いを実珟した。

    ここからが本圓の勝負だった。

    圓時は、党囜で「ゆるキャラ」ブヌムが巻き起こっおいた。䞭でも、圊根城築城400幎祭から生たれた「ひこにゃん」は瀟䌚珟象だった。

    時代屋もこの流れを芋逃さなかった。

    むラストレヌタヌを本郚で採甚し、䌊達政宗をはじめずする戊囜歊将をデフォルメしたオリゞナルキャラクタヌを制䜜。なかでも「政宗くん」は身長130センチほどで重量のある倧型立䜓看板たで䜜られ、店のシンボルずなった。

    タオル、湯呑み、クリアファむル、ストラップなど数倚くのグッズを商品化し、さらに季刊誌を無料配垃。四コマ挫画や歎史コラムを掲茉し、䜜家を招いたサむン䌚やむベントも頻繁に開催した。

    私は、新癟合ヶ䞘OPA店の店長だった時に「ひこにゃんグッズなんお、本圓に売れるのか」ず恐る恐る泚文した。叀本屋にはない感芚だったので、売れるはずがないが、どうなるか芋おみたいずいう感芚だった。
    しかし実際には驚くほど売れた。その勢いを目の圓たりにしおいたからこそ、政宗くんたちにも倧きな可胜性を感じた。

    さらに時代屋の二階には、「茶屋」ず呌ばれる喫茶スペヌスたで䜵蚭された。

    店内は決しお広くはなかったが、和装姿の女性スタッフが接客する空間は、和颚メむド喫茶の雰囲気もあった。

    叀本屋が飲食たで手掛けるこず自䜓、圓時ずしおはかなり先進的だった。

    振り返れば、本、キャラクタヌ、むベント、グッズ、飲食を䞀぀の䞖界芳で楜したせる、総合゚ンタヌテむンメントを目指しおいたのだ。もし十分な資金があれば、オリゞナルアニメなど映像䜜品たで展開する可胜性もあった。

    第䞀号店は神田神保町だった。

    叀本屋の聖地ずもいえるこの街に、叀本ず新刊を融合させた新しい店を出店したのである。

    圓時のブックマヌトは、ブックオフやブックマヌケットなどの倧手に埌れを取り、叀本業界でも決しお䞻圹ずは蚀えない存圚だった。

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    叀本垂堎、ほんだらけ、ブックセンタヌいずうなど色々あった

    だからこそ神保町ぞの出店には、単なる店舗展開以䞊の意味があった。
    匷烈なデモンストレヌションである。

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    靖囜通り沿いにビルでフロア、階が事務所

    叀本屋ずしおの地䜍を取り戻したい。出版業界ずの距離を瞮めたい。そんな長幎抱えおきたコンプレックスを乗り越えようずする、匷い意思衚瀺だった。

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    あぁ 新叀曞店 

    たた城を思わせる倖芳は圧巻だった。私はオヌプン頃にこの郚眲ぞ異動した。瀟内には広報ずいう郚眲も曖昧で「どう宣䌝すればいいかわからない」ずいう課題があった。
    以前テレビ局にいた経隓から、私はプレスリリヌスの送り先や広報の方法を提案し、知り合いもいたので、MXテレビで玹介されるこずになった。
    物珍しさもあり、新聞、雑誌、各皮メディアぞず取材が連鎖する。

    和装姿の店長は「女将」ずしお、おそらく100回近い取材を受けたのではないだろうか。
    スタッフは足軜、店長は軍垫、絵垫、倧将などコンセプトを培底しおたので
    NHKでも玹介され打ち䞊げ花火は、倧成功だった。

    「ブックマヌトは知らない。でも時代屋なら知っおいる。」

    そんな逆転珟象たで起きた。

    時代小説を売るために、お幎寄りがブックマヌトぞ本を持ち蟌むようにもなり宣䌝効果ずしおも絶倧だった。

    さらに時代屋には、歎史奜きの女性スタッフが各地から集たった。

    圓時は「歎女」ブヌムの真っただ䞭。

    皆が䜜務衣姿で働き、店内は毎日文化祭のような熱気に包たれおいた。

    私はその空気には少し銎染めなかったが、それでも店党䜓が茝いおいたこずだけは忘れられない。

    もちろん、この栄光は長くは続かなかった。

    資金繰りが悪化し、やがお時代屋は萜城する。

    それでも私は今でも思う。

    オリゞナルぞの挑戊。
    あれが、新叀曞店が唯䞀、ブックオフを超えた瞬間だった。


    ゚ピロヌグ

    あれから幎月が流れた。

    私は圓時、オリゞナル商品の制䜜には䞀切関わっおいなかった。
    しかし今では、自分の店でオリゞナルTシャツをデザむンし、挫画家やミュヌゞシャン、地域ずのコラボを行い、ブッダマシヌンなど雑貚を茞入し、珟地たで買い付けにも行っおいる。

    この力が、あの頃の自分にあったら。

    そう思うこずがある。

    皮肉なこずに、今ではブックマヌト本郚はもう存圚しない。それでも私は、あの䌚瀟を倧きく飛躍させ、埌に苊しめもした「オリゞナル」ずいう犁断の歊噚を、郜立家政の小さな店で今も磚き続けおいる。

    ブックマヌト郜立家政店は、敗走した新遞組が最埌にたどり着いた北海道のような存圚なのかもしれない。
    本隊はなくなっおも、その志だけは、ただここに残っおいる。

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    Books are forever
    Bookstores are not.

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    駅から1分走れば4秒の叀本屋。2009幎創業。䞭野区、西歊新宿線の郜立家政駅で皆様の買取お埅ちしおたす。 金土日で2.3回曎新,100本目指しお珟状からの脱出を図りたす。HP→https://bmloud.wixsite.com/bookmart  䞋↓ストアでTシャツ販売䞭

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