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Photo byjoyful_hebe5258

鳥籠の凪③


    #創作大賞2026 #恋愛小説部門

    第三章 冬の光
    冬になると、人は少しだけ本音に近づく。
    寒さのせいなのか。
    日が短いせいなのか。
    それとも、一年の終わりが近づくからなのか。
    理由は分からない。
    ただ、冬の会話には少しだけ影が混じる。

    十二月。
    街はクリスマスの飾りで溢れていた。
    病院は相変わらず忙しかった。
    インフルエンザ。
    転倒。
    救急搬送。
    年末独特の慌ただしさ。
    仕事が終わる頃には身体より心が疲れていた。

    その日、美容室へ行った。
    鏡の前に座った瞬間。
    彼が言った。
    「疲れてますね。」

    私は苦笑した。
    「分かる?」
    「分かります。」

    まただ。
    この人はいつも分かってしまう。
    私が隠しているものを。
    自分でも気づいていないものを。

    「辞めたい?」
    突然聞かれた。

    「何を?」
    「全部。」

    言葉に詰まった。

    全部。

    仕事も。
    家事も。
    責任も。
    期待も。

    そんなこと考えたこともなかった。
    いや。
    考えないようにしていた。

    「辞められないよ。」
    私は笑った。
    「大人だから。」

    彼は少し黙った。
    そして静かに言った。

    「大人って大変ですよね。」

    その言い方が可笑しくて。
    私は久しぶりに声を出して笑った。

    彼も笑った。

    それだけだった。
    たったそれだけなのに。
    救われる日がある。

    帰り際。
    店の外はもう暗かった。
    イルミネーションが光っている。

    「良いお年を。」
    私が言う。

    「まだ来ますよね。」

    「来る。」

    「よかった。」

    その一言が胸に残った。

    家へ帰る車の中。
    ラジオからクリスマスソングが流れていた。
    信号待ちで窓の外を見る。
    家路を急ぐ人たち。
    恋人同士。
    家族連れ。
    学生。

    みんな誰かの元へ帰っていく。

    私は思った。

    この人に会いたい。

    初めてだった。
    はっきりそう思ったのは。

    恋という言葉は使いたくなかった。
    使った瞬間に壊れてしまう気がした。

    会いたい。
    話したい。
    笑ってほしい。

    それだけだった。

    年末。
    病院の休憩室で一人弁当を食べていた時。
    スマホに通知が入った。

    美容室の公式アカウントだった。
    年末の挨拶。
    誰にでも送っているものだろう。

    それなのに。
    最後に一文だけ添えられていた。

    『今年もありがとうございました。無理しすぎないでください。』

    私はしばらく画面を見つめていた。

    誰にでも送っている。
    そう思う。

    でも。
    もしかしたら。

    そんな考えを振り払う。

    未来のない感情に名前を付けるのは危険だった。

    年が明けた。

    一月。
    雪が降った。

    美容室の窓から見える景色が白くなっている。

    「雪ですね。」
    彼が言う。

    「積もるかな。」

    「積もったら仕事大変そう。」

    「大変。」

    二人で笑う。

    そして。
    不意に彼が言った。

    「来年もこうして話してるんですかね。」

    私は驚いた。

    来年。

    その言葉に未来が含まれていたから。

    「どうだろう。」

    「話してたいですね。」

    心臓が鳴った。

    大きくではない。
    静かに。
    確かに。

    彼は続けた。

    「あなたと話すと落ち着くんです。」

    私は何も言えなかった。

    なぜなら。
    私も同じだったから。

    沈黙が落ちる。

    でも苦しくない。

    窓の外では雪が降り続いている。

    白い世界。

    その時。
    私は初めて気づいた。

    この人もまた孤独なのだと。

    経営者。
    夫。
    父親。
    責任ある立場。

    誰にも弱音を吐けない人。

    だから私との会話を大切にしてくれている。

    それは恋ではない。

    依存でもない。

    もっと静かで。
    もっと温かいもの。

    信頼。

    たぶん。
    それに一番近かった。

    そして二月。

    二人は再び京都へ向かう約束をする。

    けれどその旅は。
    前回とは少しだけ違う意味を持ち始めていた。

    そしてその京都で。
    彼は初めて。
    彼女へある言葉を伝える。

    未来のない関係だからこそ。
    決して忘れられない言葉を。

    第四章へ続く


     
     
    大人の恋愛で悩む私へ。 なりたい私になりたい。

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