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僕は高級車は所有していないが、『フェラーリに乗っている人を、ムリに素晴らしいと思う必要がないこと、でもフェラーリを名パートナーとして手に入れる夢と、その為の行動を取ってもいいということ』、僕の言う、その言葉の真意とは?そう言える強さの答えとは?なぜ自分を信じ、ひた向きでい(られ)るか?

    僕がタイトルで言ったことの、

    その言葉の真意は、フェラーリに縛られて、自分の本当の人生の目的を見失って欲しくはないということです

    ときとして、これでもかと欲望を煽っているように感られてしまうメディア、広告、CM

    ただ、それらの媒体がなければ、社会の愛そのものが成り立たないのも事実です

    でもそれらが一生懸命であればあるほど、頭だけでなく心まで混乱して、奈落の底に落ちてしまう人、落ちそうになる人がいるのも事実
    また我慢している人がいるのも事実

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    お薦めなのが、自分の欲を、見つめ直してみること

    時々、自分の人生に本当に必要なものと、そうでないもの、それを見つめ直す癖をつけておけば、本来の自分の人生の大目標を見つけたり、見失わずに済むということです

    今夜は展覧会予選への格闘中《笑》の息抜きに、新しい有料記事を公開します

    お付き合いくださると嬉しいです
    僕自身の人生のエッセンス、何を醍醐味としているかが、嘘偽りなく、自らの言葉で詰まっております

    《サラリと気持ちよく読んでいただける雰囲気で書かせていただいたので、目次はありません》



    さて、

    僕は今幸せです
    フェラーリを持ってはいないけれど、幸せです
    何故かというと、自分の心の中に、フェラーリより美しいと自負できるものを持っているからです

     
     
    画家の男/主にフリーハンドによる絵描き:Claw of Coquettish コケティッシュの爪、自身の世界観『Rose Garnet Collection』/HP(https://rosegarnet76.net)/過去に大学(立命館)で(公平性の観点から)政治を学ぶ

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