
小説「お笑い探偵」
【あらすじ】
売れない若手芸人「ツバサ」は、芸能界に蔓延る「面白くないのに売れている芸人」の化けの皮を剥ぐ自称お笑い探偵「マクラ」の助手となる。二人は、トリオの給料泥棒、イケメン風、大御所への寄生、数字だけのインフルエンサー、客置き去りのインテリ、料理の盾、ただ太っている肉体、弱者を装うメンタル脅迫という「8つの偽物のシステム」を次々と解体していく。 やがて解散に追い込まれた元相方たちと向き合い、ツバサ自身も新しい相方「ヒロ」とコンビを結成。決勝の舞台を前に「スベる恐怖」という最後の偽物に直面するが、マクラの激を胸に、二人はマイク一本の「本物の笑い」で頂点へと挑む。
【目次】
第一話:3人トリオの一人は給料泥棒?
第二話:イケメン風勢い芸人
第三話:大御所プロバイダー芸人
第四話:インフルエンサー気取り芸人
第五話:インテリ気取りの構成至上主義芸人
第六話:料理人芸人
第七話:ただ太ってる芸人
第八話:おどおどメンタル訴訟起きそう芸人
最終話:ヒロさん
【本編】
第一話:3人トリオの一人は給料泥棒?
東京・新宿。劇場出番を終えた売れない若手芸人「ツバサ」は、客席の隅で怪しいオーラを放つ男に声をかけられた。 男の名は「マクラ(真倉)」。派手なスーツに身を包み、「お笑い探偵」を自称する男だ。
「ツバサくん、君は面白いのに売れない。逆に、『なぜあいつが売れているんだ?』と憤る夜はないかね?」
マクラが持ちかけてきたのは、芸能界に蔓延る「面白くないのに売れている芸人」の化けの皮を剥ぎ、笑いの秩序を守るという奇妙な調査の助手だった。
記念すべき最初のターゲットは、今テレビで見ない日はない大人気お笑いトリオ「コズミック・スリー」。
彼らの笑いには、不自然な歪みがあった。
ツバサはマクラの指示で、テレビ局のADに扮して「コズミック・スリー」の番組収録に潜入した。彼らのネタは、リーダーのボケと、派手なリアクションをするツッコミの二人で完璧に成立している。しかし、問題は3人目の男「サトシ」だった。
サトシはネタ中、ただ後ろに立って「おいおい!」と無難な相槌を打つだけ。トーク番組でも雛壇の端で愛想笑いを浮かべている。ネットでは「じゃない方芸人」「給料泥棒」と叩かれながらも、なぜかゴールデン番組のレギュラーから外されない。
「やっぱりサトシは、売れている相方に便乗しているだけの寄生虫ですよ。実力ゼロです」
ツバサが断言すると、マクラはニヤリと笑った。
「本当にそうかな? 彼の『面白くなさ』は、天然モノではない。極めて高度に計算された、人工的な面白くなさだ」
数日後、マクラはコズミック・スリーの3人を、劇場の楽屋へと呼び出した。お笑い探偵としての「謎解き」の始まりだ。
「単刀直入に言おう。コズミック・スリー、君たちの笑いはすでに死んでいる」
マクラの言葉に、リーダーの顔が引きつる。マクラはホワイトボードに、売れているのに面白くない芸人の「5大パターン」を書き殴った。
「先ず、『ネタ切れ』。昔は面白かったが、ストックが尽きた。」
「次に、『時代錯誤』。過去の栄光にすがり、今のコンプライアンスやトレンドに合わなくなった。」
「三つ目は、『メディアの操り人形』。実力ではなく、見た目やキャラだけでテレビが作り上げたファッション。」
「四つ目、『便乗』。力のある相方に乗っかっているだけ。」
「最後は、『じゃない方芸人』。トリオやコンビの影に隠れ、何もしていない。」
「君たちはこのすべてのハイブリッドだ。特にリーダー、君は『昔は面白かったがネタが尽き、時代に合わなくなった』。そしてメディアが君たちのビジュアルを『ファッション』として持ち上げた。だが、これだけならとっくに一発屋で終わっている。なぜ今も売れ続けているのか?」
ツバサが息を呑む中、マクラは指をビシッとサトシに向けた。
「それは、君たちが3人組トリオである理由。『給料泥棒』と呼ばれているサトシくん、君があえて面白くないフリをしているからだ!」
サトシの目が、一瞬にして鋭くなった。テレビで見せるおどおどした「じゃない方芸人」の表情は消えていた。
「サトシくん、君はかつて天才と謳われたピン芸人だった。しかし、このトリオに入ってからは徹底して『何もしないポンコツ』を演じている。なぜか? リーダーの枯れ果てた古いネタを、テレビサイズに『引き算の演出』でギリギリ成立させているのが君だからだ」
マクラは収録の映像を再生した。
「サトシくんが絶妙にワンテンポ遅れて入れた、あの面白くない相槌。あれによって、リーダーのスベりかけたボケが『あいつのせいで台無しになった』というアングルにすり替わっている。つまり君は、相方の無能さを隠すための防波堤であり、番組プロデューサーが扱いやすいように『あえて隙を作る』役割を完璧にこなしていたんだ!」
すべてを暴かれたサトシは、深くため息をついた。
「気づかれちゃいましたか。今のテレビは、尖った本物の笑いより、誰も傷つかない『予定調和のパッケージ』を求める。僕が泥を被って『給料泥棒』を演じれば、トリオは一生安泰なんです」
「だが、それはお笑いへの冒涜だ」
マクラは冷酷に言い放った。
「面白い芸人が割を食い、システムに最適化された『偽物の笑い』がゴールデンを占拠する。そんな歪んだ劇場は、この私が閉幕させる。さて、明日の生放送、君たちの台本はすべて私が書き換えておいた。本物の笑いを見せられなければ、君たちは一晩で消える。覚悟したまえ」
楽屋を出た後、ツバサはマクラの横顔を見上げた。
「マクラさん、あいつらの化けの皮を剥いで、これからどうするんですか?」
「決まっているだろう、ツバサくん」
マクラは不敵に笑う。
「空いた枠に、本当に面白い芸人をハメ込むのさ。さあ、次はどの『偽物』を解剖しようか?」
東京の夜、本物の笑いを巡る、裏のキャスティング戦争が幕を開けた。
第二話:イケメン風勢い芸人
「コズミック・スリー」のメッキを剥ぎ取り、テレビ局に激震走らせたお笑い探偵・真倉(マクラ)と、相変わらず売れない助手のツバサ。 二人が次に目をつけたのは、現在女子中高生を中心に爆発的な人気を誇る、今をときめくコンビ「ライジング・サン」のボケ担当、レイジだった。
マッシュヘアに細身のスーツをスタイリッシュに着こなし、大声と変な動きの「勢い」だけで押し切るスタイル。劇場は大歓声に包まれているが、マクラの目は一切笑っていなかった。
「ツバサくん、見なさい。あれがメディアによって捏造された『ファッションとしての笑い』の末路だ。顔と雰囲気、そして『なんだかよく分からない勢い』に観客が脳をバグらされているだけだ」
ツバサは再びADに化け、レイジが出演する深夜のバラエティ番組の裏側に潜入した。 ステージ上のレイジは、MCのツッコミに対して「ハイパー・ラッキー!」と謎の決めポーズと大声で返し、スタジオの若い観客をキャーキャー言わせている。
しかし、ツバサはインカムから漏れ聞こえるスタッフの指示を聞き逃さなかった。
「はい、レイジここでポーズ。スイッチャーさん、顔アップで。観客の笑い声、SE(効果音)多めに足して」
楽屋に戻ったレイジは、鏡の前で前髪をいじりながら、ネタ合わせもせずにスマホでSNSのトレンドワードをチェックしている。
「今日も俺、バズり散らかしてんな」
その横で、地味な相方のタクヤが、一人で必死に次の劇場のネタをノートに書き殴っていた。タクヤの目は完全に死んでいる。
「マクラさん、分かりましたよ。レイジはただの相方に便乗している『じゃない方芸人』の逆バージョンです。ネタを書いてる相方を踏み台にして、自分だけイケメン風のキャラクターでオイシイところを持っていってるんです!」
ツバサの報告に、マクラは電子タバコをくわえながら首を振った。
「甘いな、ツバサくん。便乗しているのは、むしろ相方のタクヤ、そしてテレビ局の側だ。レイジという男は、もっと深い『絶望』の中にいる」
ある日の深夜、出番を終えて誰もいない劇場のロビー。帰ろうとするレイジとタクヤの前に、ロングコートを翻したマクラが立ちはだかった。
「そこまでだ、ライジング・サン。君たちの『イケメン風勢い芸』という名の詐欺ビジネスも、今日で終わりだ」
「あ? 誰だお前。不審者?」
レイジが眉をひそめる。マクラは手帳を開き、彼らの「面白くなさ」の構造を突きつけた。
「レイジくん。君の笑いは、メディアが作り上げた単なる『ファッション』だ。中身は何もない。大声と勢いで誤魔化しているが、君の発言を文字起こししてみたまえ。一言も面白いことは言っていない。君がウケているのは、テレビが『ここは笑うところですよ』と過剰な演出でテロップを入れ、ファンの黄色い声をBGMにしているからに過ぎない」
「うるせえよ! 売れてりゃそれが正解なんだよ!」
レイジが声を荒らげる。
「本当にそう思っているかね?」
マクラの鋭い視線が、レイジの完璧にセットされた前髪の奥の、怯えた瞳を射抜いた。
「君は知っているはずだ。自分が『昔は尖った構成のシュールコントをしていたのに、全く売れなかった過去』を。そして、時代に合わせて魂を売り、見た目を磨いて大声を出した途端に、実力とは無関係に売れてしまったという事実を!」
「んっ!」
レイジの動きが止まった。マクラの調査は冷酷だった。
「君の相方、タクヤくんは『じゃない方』を演じているが、実は君の『勢い』がギリギリ寒くならないように、舞台袖で照明や音響のタイミングをコンマ秒単位で指示している。君は相方に便乗しているのではない。メディアと相方に『神輿(みこし)』として担がれ、お笑いロボットにされているだけだ!」
レイジは崩れ落ちるようにソファーに座り込んだ。
「そうだよ。俺だって、あんな『ハイパー・ラッキー』なんてクソみたいなギャグ、やりたくてやってるわけじゃねえ!でも、一回でもシュールなこと言ったり、大声出すのをやめたりしたら、スタッフから『レイジさん、そういうの求めてないんで』って冷たく言われるんだよ! 俺はもう、自分が面白いのかどうかすら分からないんだ!」
イケメン風勢い芸人の正体は、メディアの奴隷となり、本当の自分の笑いを見失った哀れな道化だった。
「同情はしない」
とマクラは言い放つ。
「君がその席にしがみついているせいで、地下劇場で泥水をすすっている本物の天才たちが日の目を浴びない。君の役割は終わった」
マクラはポケットから、あるテレビ番組の企画書を取り出した。
「明日、君の冠ネット番組で『レイジ、ガチの1人ノンストップフリートーク30分』の生配信が差し込まれる。演出も、テロップも、ファンの歓声もない。君の『勢い』という名のハリボテが通用するかどうか、日本中が見守る中でお披露目だ」
レイジは絶望に顔を歪めた。
劇場を後にするマクラとツバサ。
「マクラさん、レイジは明日、大爆死しますね」
「だろうね。だが、それでいい。彼が一度完全にスベり倒して死ねば、ライジング・サンはもう一度、あの泥臭くて面白いコント師に戻れるかもしれない。さて、ツバサくん」
マクラは夜空を見上げた。
「次は、大御所の後ろでニコニコしているだけの奴を潰しにいこうか」
第三話:大御所プロバイダー芸人
芸能界の歪んだキャスティングを裏から正す「お笑い探偵・真倉(マクラ)」と、彼の無茶振りに振り回されつつも芸人の本質を学びつつあるツバサ。二人が次にターゲットに定めたのは、お笑い界の頂点に君臨する大御所・神崎師匠ではなく、その真後ろの席を10年間キープし続けている男、トモだった。
トモは中堅お笑いコンビ「Wマウンテン」のツッコミ担当だが、コンビとしての活動はほぼ休止状態。しかし、神崎師匠がMCを務める大型特番には、なぜか必ず雛壇の前列やアシスタント席に収まっている。
「ツバサくん、彼こそが芸能界で最も狡猾な『大御所便乗芸人』であり、お笑い界の回線を牛耳る『大御所プロバイダー芸人』だ」
劇場近くの喫茶店で、マクラはアイスコーヒーをすすりながら言った。
「プロバイダーって、インターネットの接続業者のことですか?」
「その通り。大御所という巨大なサーバーに、若手やテレビ局を接続することで、自分は何のネタも生み出さずにマージンだけを貪り食う。それが彼の生存戦略さ」
ツバサは神崎師匠の冠番組の楽屋裏に、ケータリング業者として潜入した。そこで目にしたのは、異様な光景だった。
「師匠、昨日のゴルフの動画、ネットでめちゃくちゃバズってますよ!」
「師匠、さっきの収録のあのプロデューサー、師匠の機嫌伺いばっかりでウケましたね」
トモは常に神崎師匠の視界に入り、全肯定の笑い声を上げている。さらに恐ろしいのは、番組プロデューサーや若手芸人が神崎師匠に話しかけたい時、必ず一度トモを介していることだった。
「トモさん、今度師匠にこういう企画を通したいんですけど、タイミングいつがいいですかね?」
「あー、今は機嫌悪いから、来週のロケの時がいいよ。俺から通しといてあげる」
トモは、大御所の「機嫌」という名のブラックボックスを管理し、芸能界の交通整理をすることで、自分を「不可欠な存在」に仕立て上げていた。
「マクラさん、トモはただの腰巾着です!自分で笑いを取る気なんてサラサラありません。神崎師匠の威光を借りて、虎の威を借る狐みたいに威張ってるだけです!」
ツバサの報告に、マクラは不敵な笑みを浮かべた。
「では、その『接続』を遮断したらどうなるか、試してみようじゃないか」
ある特番の収録後、神崎師匠が先に帰った楽屋。一人で残ってスマホで次の飲み会「神崎会」の店を予約していたトモの前に、マクラとツバサが現れた。
「トモくん。君の『プロバイダー契約』も、今日で強制解約だ」
トモは一瞬警戒したものの、すぐに小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「は? 誰だよお前ら。俺を誰だと思ってんの?神崎師匠に言えば、お前らなんて一発でこの業界から干せるんだよ?」
「ほら、すぐそうやって大御所の名前を出す」
マクラはため息をつき、ホワイトボード代わりに楽屋の鏡にマーカーで相関図を書き始めた。
「君の笑いは、10年前から完全に『ネタ切れ』『時代錯誤』だ。コンビの相方はとっくに愛想を尽かして地方でロケタレントをやっている。君が東京に残れたのは、神崎師匠の懐に潜り込んだからだ。君の役割は笑いを取ることじゃない。大御所が言った『今の時代には合わない際どい発言』を、『いやいや師匠!』とマイルドに翻訳して世間に届けること。そして、若手が大御所に萎縮しないよう、間に入ってやる大御所専用の『インターフェース』だ」
「それがどうした! これだって立派な技術職だろ! 俺がいないと番組が回らないんだよ!」
トモが怒鳴る。
「回らないのは番組ではない。君の人生だ」
マクラは冷酷に言い放ち、一枚の音声データを再生した。
『トモ? ああ、あいつな。まぁ、便利やから置いてるだけや。でも最近、あいつが間に入ると若手が萎縮して本音喋らんようになるねんな。そろそろ、もっと若い風通しのええ奴に変えよか思てんねん』
それは、神崎師匠が別の番組プロデューサーと交わした、本音の会話だった。
「な、神崎師匠が、そんなこと」
トモの顔から血の気が引いていく。
「大御所に便乗するだけの芸人の弱点は、『大御所の飽き』一つで全てを失う点だ」
マクラはトモの肩に手を置いた。
「君は神崎師匠を守っているようで、実は彼を『裸の王様』にしていたんだよ。君が全肯定し、周りの意見を遮断するから、師匠の感覚はどんどん時代からズレていった。君はプロバイダーではない。ただの『回線詰まり(バグ)』だ」
トモはガタガタと震え、鏡に映る自分の情けない姿を見つめた。神崎師匠の影がなければ、自分には何も残っていない。ただの「面白くない、プライドだけが高い中堅芸人」だった。
「さて、神崎師匠の次の新番組だが」
マクラは書類を突きつけた。
「アシスタントの席は、君ではなく、ネット配信で今最も若者に支持されている、喋れる若手ピン芸人に差し替えておいた。師匠も『新しい刺激が欲しい』と快諾されたよ。君には、別の現場を用意してある」
「現場って、どこだよ?」
「君の相方が待つ、地方の商店街レポートだ。大御所のいない場所で、マイク一本で泥臭く笑いを取る、君が15年前にやっていた仕事だよ」
トモは力なくうなだれた。
テレビ局の長い廊下を歩く二人。
「マクラさん、大御所にペコペコするだけで生き残れるほど、甘い世界じゃないんですね」
「当然さ。寄生虫が宿主を滅ぼすこともある。笑いの神様は、他人の褌で相撲を取る奴を一番嫌うのさ」
マクラはコートの襟を立てた。
「さあ、次は、SNSのフォロワー数だけでゴールデンにねじ込まれている奴の化けの皮を剥ぎに行こうか」
第四話:インフルエンサー気取り芸人
テレビ局の廊下を歩きながら、ツバサは自身のスマホの画面をマクラに見せた。 画面に映っているのは、今TikTokやInstagramで数百万人のフォロワーを抱え、若者のカリスマとして君臨する若手コンビ「ネオ・ディメンション」のハルトだ。
「マクラさん、次のターゲットはこいつですか。今やテレビのキャスティング会議でも、彼の『フォロワー数』や『インフルエンサーとしての発信力』を目当てに、最優先で名前が挙がるらしいですよ」
ハルトの持ちネタは、SNSでバズった15秒の「リズムショート動画」。奇抜なブランド服を身にまとい、モデル顔負けのポーズを決める姿に、コメント欄は「カッコいい!」「天才!」の嵐だ。
しかし、マクラはフッと鼻で笑った。
「ツバサくん。あれを芸人と呼ぶのは、全国の劇場で汗を流す芸人たちへの侮辱だ。彼の正体は、笑いの技術ではなく、ネットのアルゴリズムに寄生して作られたメディアのファッション、そう、『操り人形』。中身は空っぽの、張り子の虎さ」
ツバサは、ハルトがゲスト出演する大型特番「芸人ガチ大喜利バトル」の現場に潜入した。SNSのショート動画では、編集とテロップ、そして軽快な音楽で「天才的なセンス」を見せているハルト。しかし、一切の編集がきかない、生放送のひな壇と大喜利の舞台裏は悲惨なものだった。
「お題『こんな学校は嫌だ。どんな学校?』。はい、ハルトくん!」
MCから振られたハルトは、いつものSNSのキメ顔で立ち上がった。
「えっとー、校長先生がぁぁぁー、超バズってる!」
静まり返るスタジオ。MCが「いや、どうバズってんねん!」と必死にフォローするが、ハルトはただ苦笑いして、お気に入りのハイブランドの袖をいじることしかできない。
生放送の3時間、ハルトは完全に「置物」と化していた。SNSで見せるあの「キレのあるツッコミ」や「天才的なボケ」は、すべて何十回も撮り直した動画を、有能な編集マンが繋ぎ合わせただけの幻だったのだ。
「分かりました、マクラさん」
収録後、ツバサは憤りを隠せなかった。
「ハルトは、昔ちょっとウケた身内ノリの動画を、メディアと広告代理店に最先端のトレンドとして神格化されただけです。本物のフリートークの場じゃ、ただの愛想笑いしかできない『じゃない方』以下の素人ですよ!」
マクラは静かに頷き、黒い手帳を閉じた。
「15秒の檻から出された猛獣が、ただの迷子の仔猫だったというわけだ。さあ、彼のフォロワーという名の盾を壊しにいこう」
深夜、テレビ局の地下駐車場。高級外車に乗り込もうとするハルトの前に、マクラが立ちはだかった。
「そこまでだ、ハルトくん。君の『インフルエンサー気取り』のメッキも、今日の生放送で完全に剥がれたようだな」
ハルトはチッと舌打ちをし、サングラスをずらした。
「あ?誰だよ、お前。俺、次の配信の打ち合わせあるから。忙しいんだけど」
「配信かね?君がこれからマネージャーと行うのは、打ち合わせではなく数字の改ざんのチェックだろう」
マクラはスマホの画面をハルトに突きつけた。そこには、ハルトのSNSアカウントの詳細なデータ分析が表示されていた。
「君の数百万人というフォロワー。そのうち、本当に君の笑いを求めている人間が何人いる? 劇場のチケットを売り出しても、30席のキャパすら埋まらないのはなぜだ?答えは簡単だ。君はメディアが作り上げたファッションであり、フォロワーの半分は、広告代理店が買い集めた実体のない海外のボットのアカウント。そして残りの半分は、君の笑いではなく『着ている服』や『ライフスタイル』を見ているだけのノンアクティブな層だ!」
「うるせえ!数字は数字だろ!テレビ局だって、このフォロワー数があるから俺を呼ぶんだよ!」
ハルトが声を荒らげる。
「テレビ局が求めているのは、君のフォロワーがもたらす『視聴率』だ。しかし、今日の生放送でハルト、君が画面に映るたびに、リアルタイムの視聴率グラフが急降下していた。若者たちは君の中身のなさを見抜き、とっくにチャンネルを変えている。君の笑いは、『昔は新しかったが、すでに時代に合わなくなった』ただの古い流行遅れなんだよ」
「嘘だ、俺はカリスマだ、最先端の芸人なんだ!」
ハルトは車のドアにしがみつき、声を震わせた。
「君が本当にやるべきだったのは、SNSのフォロワーを買うことではなく、その発信力を使って、地道に劇場でネタを磨くことだった」
マクラは冷徹に言い放ち、一枚の通知書を渡した。
「明日、君の所属事務所から発表がある。君がこれまでタイアップと称してSNSで宣伝していたアパレルブランド、あれはすべて裏で広告代理店が仕組んだ、芸人としての倫理に反するステルスマーケティングだった。明日以降、君のフォロワー数は一気に激減する。人工的な数字の魔法は解けるんだ」
ハルトはサングラスを落とし、その場にへたり込んだ。ネットの海で作られた虚像のカリスマは、本物の笑いの荒波に揉まれ、一瞬で瓦解した。
深夜の新宿の街を歩く二人。缶コーヒーをツバサに手渡しながら、マクラは言った。
「スマホの画面の中でどれだけウケていても、目の前の客一人を笑わせられないなら、それは芸人ではない。数字は人を騙すが、劇場に響く笑い声のデシベルだけは、絶対に嘘をつかないのさ」
ツバサは温かい缶コーヒーを握り締め、強く頷いた。
「マクラさん、次はどんな偽物を暴きに行きますか?」
「ふむう」
マクラは不敵に微笑む。
「次は、賞レースの審査員に気に入られるためだけに、実験的で難解なネタばかりを繰り返す、一般客を置き去りにしたアイツかな。ツバサくん、夜はまだ長いぞ」
第五話:インテリ気取りの構成至上主義芸人
新宿の雑居ビルにある小さな劇場の楽屋。ツバサは、ホワイトボードに書かれた難解な数式や、哲学的な相関図を眺めて頭を抱えていた。
「マクラさん、次のターゲットであるコンビ「ロジカル・ノート」のネタ、僕、一回もクスリとも笑えなかったんですけど。でも、賞レースの予選では審査員の構成作家たちから『これぞ至高のシステム』『お笑いの構造改革だ』って絶賛されてるんですよ」
「ロジカル・ノート」のボケ担当であり、すべてのネタを執筆するキョウスケ。彼は黒縁メガネにヨレヨレのシャツをまとい、
「今の日本の笑いは低俗すぎる。僕たちがやっているのは、人間の認知のバグを利用した『笑いの実験』です」
と、インタビューで意識の高さを隠そうともしない。
しかし、マクラは劇場に置かれた彼らのアンケート用紙をパラパラとめくりながら、冷ややかな視線を向けた。
「ツバサくん、これこそが『売れているのに面白くない芸人』の最終形態の一つ、『一般客置き去りのインテリ気取り』だ。彼らの笑いは、劇場を埋める一般の観客を無視し、業界の偉い人間に媚びるためだけに作られた、独りよがりのプレゼンテーションさ」
ツバサは劇場の音響スタッフの助手に扮し、ロジカル・ノートの単独ライブの裏側に潜入した。舞台上では、キョウスケが難解な言葉を並べ、時系列を複雑に入れ替えた「構成至上主義」のコントを繰り広げている。
「なるほど、ここで最初の伏線が回収されるわけか」
客席の前列に陣取る、業界のシニア構成作家や、お笑い評論家たちは腕を組んで深く頷いている。 しかし、客席の中列から後ろに座る一般の観客たちは、完全に置いてけぼりにされ、引きつった笑いを浮かべるか、時計をチラチラと気にしていた。
ライブ終了後、楽屋でキョウスケは、地味で影の薄い相方のヒロに向かって、冷酷に言い放った。
「ヒロ、さっきの後半のツッコミ、0.5秒遅い。あれじゃあ、僕の構築した美しいロジックが、バカな一般客のレベルまで落ちてしまうだろ。僕たちの笑いを理解できるのは、選ばれた人間だけでいいんだ」
ヒロはただ、申し訳なさそうに「すまない」とうつむくだけだった。
「マクラさん、キョウスケは完全に狂ってますよ。客をバカにして、自分が『天才』だと思われたいだけです。でも、賞レースの審査員がああやって持ち上げるから、本人は自分が正しいと信じ込んでいるんだ!」
ツバサの怒りの報告に、マクラは静かに立ち上がった。
「彼がやっているのは、笑いの探求ではない。昔は新しかったが、すでに時代に合わなくなった難解さを盾にして、自分がスベる恐怖から逃げているだけの、臆病な『ネタ切れ芸人』の変種だ。そのプライド、へし折ってあげよう」
深夜、ライブの片付けが終わった劇場の舞台上。誰もいない客席のセンターに、マクラとツバサが座っていた。ステージから降りようとするキョウスケとヒロの前に、マクラの鋭い声が響く。
「美しい構成だったよ、キョウスケくん。ただし、『お笑い』としてではなく、『説明文』としてね」
キョウスケは足を止め、メガネの奥の目を細めた。
「誰ですか、あなたたちは。僕の計算されたシステムを理解できない凡人は、立ち入らないでほしいな」
「システムか」
マクラは舞台上に上がり、キョウスケが書いたネタのプロットが印刷された台本をバラバラと床に落とした。
「君のネタは、一見すると緻密で高尚に見える。だが、化けの皮を剥いでみれば、中身はただのメディアや審査員向けのファッションだ。複雑な構成や哲学的なワードでコーティングしているが、その核心にあるボケの強度は、素人の一発ギャグ以下だ。君は、劇場の普通の客を笑わせる実力がないから、あえて難解な設定にして『理解できない客の方がバカなんだ』と言い訳できる防壁を作った。そうだね?」
「なんだと!?」
キョウスケの顔が怒りで赤くなる。
「君はかつて、ベタな泥臭い漫才で大スベりし、劇場メンバーから落とされたトラウマがある。それ以来、君は客を信じなくなった。そして、相方のヒロくんを、自分の『高尚なシステム』を正確に出力するためだけの、自我のない『ロボット』として縛り付けたんだ!」
「黙れ!僕のネタは、今年の賞レースの優勝候補だと、チーフ構成作家の先生も言っているんだ!」
「その先生も、君の罠にハメられているだけさ」
マクラはポケットから、ある『審査基準の改定書』を取り出した。
「君たちが命をかけている、来週の賞レースの決勝戦。たった今、審査員の総入れ替えが発表された。君を評価していた古い構成作家たちは全員降ろされ、新しい審査員は全員、劇場の最前線で何千人もの客を爆笑させてきた、現役の叩き上げ芸人たちだ」
キョウスケの目が見開かれた。現役のトップ芸人たちが審査するとなれば、小手先の「複雑な構成」や「インテリな世界観」というメッキは一瞬で見抜かれる。剥き出しの「笑いの爆発力」がなければ、彼らのネタはただの退屈な講義に終わる。
「彼らの前で、その『客を置き去りにした実験』をやってみたまえ。点数は、歴史的な低さを記録するだろうね」
「そんな、そんなはずはない!僕の計算は完璧だ!」
キョウスケは、バラバラに散らばった台本の紙屑の中に膝をついた。彼が必死に作り上げてきた「高尚な世界」は、本物の笑いのプロたちの前では、ただの「恥ずかしい自意識の塊」に過ぎなかったのだ。
「キョウスケ」
それまで一言も喋らなかった相方のヒロが、静かに口を開いた。
「俺、本当は昔みたいに、お前がアホなことやって、俺が思いっきりツッコんで、劇場の後ろの席の学生まで大笑いさせる、あんな泥臭い漫才がまたやりたかったよ。もう、賢いフリをするのはやめようぜ」
ヒロの言葉に、キョウスケはガタガタと震えながら、自分のメガネを外して顔を覆った。
劇場の外に出ると、夜風が心地よかった。ツバサはマクラから渡された缶コーヒーを一口飲み、小さく笑った。
「マクラさん。キョウスケも、本当は笑わせたかっただけなんですね。ただ、スベるのが怖くて、インテリの鎧を着ちゃっただけで」
「笑いの神様は、プライドの高い人間を一番嫌うのさ。丸裸になって、泥まみれになって、初めて本物の笑いが生まれる」
マクラはコートのポケットに手を入れ、歩き出した。
「さて、ツバサくん。そろそろ、いいかな」
「えっ? そろそろって?」
「お笑い探偵の助手として、お笑いの本質がわかってきただろ?」
マクラは振り返り、不敵に微笑んだ。その顔には、本物のお笑い芸人に成長している助手のツバサへの期待と企みが含まれていた。
第六話:料理人芸人
「今日もまた調査ですか?」
連日の調査に、ツバサが拍子抜けした声を上げると、マクラはハンカチで額の汗を拭いながら、いつになく真剣な目で言った。
「当たり前だ、ツバサくん。笑いの秩序を揺るがす、最大級の『偽物』がまだ残っていた。奴は、お笑い界のシステムではなく、人間の三大欲求そのものに寄生している」
お笑い探偵が次の標的に定めたのは、現在テレビのゴールデン番組で引っ張りだこのピン芸人、クッキング・ショウ。元々は鳴かず飛ばずのコント師だったが、趣味の料理をSNSに投稿したところ大バズり。今や「プロ顔負けの腕前を持つ料理人芸人」として、情報番組のレシピコーナーから高級食材を食べ歩くグルメ番組のMCまで、芸能界の美味しいポジションを総なめにしていた。
「ツバサくん。彼の笑いは、もはやお笑いではない。料理の美味しさと、手際の良さという『他人のふんどし』に、芸人という肩書きをトッピングしただけの、極めてあざとい『便乗芸』だ」
ツバサは、クッキング・ショウが司会を務める料理バラエティ番組の調理アシスタントとして現場に潜入した。スタジオの特設キッチンに立つクッキング・ショウは、鮮やかな手つきで包丁を握り、フライパンを煽っている。
「ここで隠し味に、高級トリュフオイルをひと回し!これが僕の『お笑いスパイス』です!」
スタジオの女性ゲストたちが「すごーい!」「美味しそう!」と大歓声。MCのポジションにいる彼は、料理の解説をするだけで、芸人らしいボケや気の利いたコメントは一言も発していない。
しかし、ツバサはゴミ箱に捨てられた「あるもの」を見逃さなかった。それは、有名ミシュランシェフが監修した、詳細なレシピのカンペと、裏で下ごしらえを完璧に済ませておいた食材のトレイだった。
「マクラさん、分かりました。彼の『プロ級の腕前』は、裏方のフードコーディネーターたちが作り上げたメディアのファッションです!本人はただ、あらかじめ用意された手順通りに動いて、それっぽいキメ顔をしているだけ。トークの中身は、10年前の『ネタ切れ』のままで、料理の香りで誤魔化しているだけです!」
マクラは静かに缶コーヒーのプルタブを引き、一口すすると、夜のスタジオの勝手口へと歩き出した。
「腹を空かせた観客の目を眩ませる、お笑い界の詐欺レシピ。そのタネ明かしの時間だ」
深夜、番組収録が終わったスタジオのキッチンセット。一人で残ってスマホで自身の料理動画の再生数をチェックしていたクッキング・ショウの前に、マクラが影のように現れた。
「素晴らしい手際だったよ、ショウくん。ただし、『芸人』としてではなく、『実演販売員』としてね」
ショウは顔を跳ね上げ、不快そうにエプロンを脱いだ。
「誰だお前。ここは関係者以外立ち入り禁止だぞ。それに、俺は芸人として結果を出して、テレビに出続けてるんだよ」
「結果かね?」
マクラはキッチン台に歩み寄り、ショウが作ったばかりの料理にフォークを突き立てた。
「君の笑いは、典型的な『料理便乗』だ。ピン芸人になった君の相方は、人間ではなく『フライパンと食材』。君がウケているように見えるのは、観客が君の発言に笑っているのではなく、料理が美味しそうだから脳内麻薬が出ているだけだ。君はお笑いのストレート勝負から逃げ、『芸人にしては料理が上手い』『料理人にしては喋れる』という、都合のいい中途半端な境界線に逃げ込んだんだ」
「うるさい!需要があるから呼ばれてるんだよ!料理だって、芸人の立派な武器だろ!」
ショウが声を荒らげる。
「武器を正しく使っているなら、私は文句は言わない」
マクラは冷酷な目でショウを見据えた。
「だが君は、料理の腕を磨くあまり、芸人としての牙を完全に失った。君の今のトークは、若手がちょっとでも尖ったボケをすると『いやいや、そんなことよりこの肉汁を見てよ』と、料理で笑いをシャットアウトする。君は、劇場の笑いを殺し、スタジオをただの『食堂』に変えている戦犯なんだよ!」
「ふざけるな!俺のポジションは誰にも奪えない!テレビ局は俺の料理を求めてるんだ!」
「では、その料理が通用しなくなったらどうなるかな?」
マクラは一枚の企画書を突きつけた。
「明日、君がゲスト出演する生放送の特番。料理対談の企画だったが、私がプロデューサーに進言して、内容を差し替えさせてもらった。題して、『ガチ調理トラブル対応!道具一切なし、1分間ノンストップ即興ピンネタ祭り』だ」
ショウの顔から、完全に血の気が引いた。まな板も、高級食材も、下準備されたレシピもない。テレビのカメラが、ただ一人の「ピン芸人」としての彼を映し出す。料理という盾を奪われた瞬間、彼は10年前に劇場でスベり倒していた、あの「面白くない芸人」に逆戻りするのだ。
「君が料理の香りで隠してきた、芸人としての『味の薄さ』。日本中の視聴者に、じっくりと味わってもらおうじゃないか」
ショウはキッチン台にしがみつき、ガタガタと震え出した。料理人芸人のプライドは、本物の笑いのレシピの前で、無惨に木っ端微塵に砕け散った。
テレビ局を出ると、東の空が白み始めていた。ツバサは、冷めかけた缶コーヒーを握り締めながら、マクラの横顔を見た。
「マクラさん。これで、テレビにはびこる『偽物のパターン』は、一通り暴き尽くしましたかね?」
マクラはコートの襟を立てて微笑む。
「トリオの寄生虫、イケメン風のハリボテ、大御所の回線詰まり、数字だけのインフルエンサー、客置き去りのインテリ、そして料理の盾。彼らが去った劇場とテレビ局には今、ぽっかりと大きな穴が空いている」
マクラは立ち止まり、ツバサの肩を強く叩いた。
「ツバサくん。明日の夜、新宿の劇場で、あの『ロジカル・ノート』のヒロくんとコンビを組んで、新しいネタを試してみる気はないかい!?」
「ええっ!?でも、ヒロさんはキョウスケさんと昔のスタイルでやり直してるんじゃないですか?」
困惑するツバサに、マクラは不敵に笑う。
「ああ、それがな。まっ、今日は遅いし、また今度話すわ」
それ以上何も言わず、マクラは去っていった。
東京の街に、新しい笑いの朝が訪れを感じさせる朝陽が登ろうとしていたのだった。
第七話:ただ太ってる芸人
お笑い探偵が目をつけたのは、数々のバラエティ番組で体を張り、お茶の間の人気者となっているピン芸人、デカ山デカ男(でかやまでかお)。彼の芸風はシンプル極まりない。オーバーオールをパツパツに着こなし、登場するだけで「いや、腹出すぎやろ!」とツッコまれ、汗をかきながら唐揚げを美味しそうに食べる。ただそれだけだ。
「ツバサくん。彼の笑いは、もはや技術ですらない。遺伝子と暴飲暴食の結果である『体型』という圧倒的なビジュアルに、世間が勝手に親近感を抱いているだけだ。彼自身のトークは、完全にネタ切れであり、何年も進化していない。
ツバサは、デカ山が出演する地方ロケ番組のADとして現場に同行した。商店街を歩くデカ山は、コロッケ屋の店主に「うわあ、美味しそう!」と目を輝かせ、一口で頬張る。
「うーん、うまキュン!脂肪と炭水化物が、モエモエ!」
それだけでロケ現場は大爆笑。同行する若い女性タレントも「デカ山さん、可愛すぎるー!」と黄色い声を上げる。
しかし、ツバサはロケの休憩中、ロケバスの裏でのデカ山の姿を見てしまった。彼はマネージャーが差し出した、次の現場でのフリートークのカンペをチラリと見ると、面倒くさそうに吐き捨てた。
「あー、トークのところは適当に『お腹空いた』とか『動けない』って言って誤魔化すから、適当に編集でツッコミのテロップ入れといて。あと、次のロケ弁当、肉多めでね」
「マクラさん、あいつは完全に怠けてます!」
ツバサはロケバスの影でマクラに報告した。
「太っているという『フォルム』だけで、登場した瞬間に掴みが成立しちゃうから、自分で面白いセリフを考える努力を完全に放棄してるんです。中身はただの、努力を忘れた方芸人のデブ版です!」
マクラは缶コーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ入れ、不敵に目を細めた。
「その通り。彼は『デブ』という免罪符を盾に、お笑いの戦場から逃げ出しているのさ。その脂肪に隠された『怠惰』、綺麗に削ぎ落としてあげよう」
その日の夜、テレビ局の楽屋。出番を終え、出前の特上寿司を平らげて満足そうに横になっていたデカ山の前に、マクラとツバサが静かに現れた。
「素晴らしい食べっぷりだ、デカ山くん。ただし、『芸人』としてではなく、『ただの満腹の男』としてね」
デカ山は面倒くさそうに上半身を起こし、腹を叩いた。
「あ?誰だよお前ら。俺は今、お腹いっぱいで機嫌が悪いんだよ。用があるなら事務所通してよ」
「お腹いっぱいか。君の脳みその中身も、その脂肪のように思考停止しているようだね」
マクラはホワイトボードの前に立ち、デカ山の「面白くなさ」の構造を突きつけた。
「君の笑いは、典型的な「記号への便乗」だ。君が画面に映ってウケているのは、君の言葉が面白いからではない。視聴者が君の『大きな体』を見て、『なんだか面白そうな生き物がいる』と錯覚しているだけだ。君は、かつてスマートだった頃に、キレのあるフリートークで勝負して誰にも相手にされなかった。だから太ることに逃げ、言葉を磨く努力を一切やめたんだ」
「うるせえ! 太るのだって才能だろ!この体型を維持するために、毎日どれだけカロリー消費してないと思ってるんだよ!」
デカ山が逆ギレして怒鳴る。
「それはただの不摂生だ」
マクラは冷酷に言い放った。
「君のせいで、細身でも、見た目が普通でも、死ぬほど面白いネタを考えている若手たちがパッと見のインパクトだけでオーディションではねられている。君がその巨体でひな壇のスペースを無駄に占拠しているせいで、お笑い界の代謝が完全に悪くなっているんだよ!」
「ふざけるな!俺はテレビ局の『デブ枠』のトップだ!代わりなんていねえんだよ!」
「では、その『枠』自体が消滅したらどうなるかな?」
マクラは一通の番組改編の内部文書をデカ山の目の前に落とした。
「来月から、君がレギュラーを務めるすべてのグルメ番組・ロケ番組のチーフプロデューサーが交代する。新しい上層部が掲げたテーマは『究極の健康志向・超スマートバラエティ』だ。スタジオに入る芸人は、全員1ヶ月の食事管理と最新のAIトレーニングを義務付けられる。料理を食べる前に、その食材の歴史や、健康への効果を『言葉のセンス』だけで面白くプレゼンできなければ、即降板だ」
デカ山の顔から、スーッと血の気が引いていった。
「言葉のセンス? 飯を美味そうに食うだけじゃダメなのか?」
「当たり前だ。これからは、その脂肪という鎧を剥ぎ取られた、ただの『中身の薄い男』として、言葉一つで勝負してもらう。君が昔、恐怖して逃げ出した「本物の笑いの戦場」へ、強制送還だ」
デカ山は、自分の巨大な腹を抱えたまま、ガタガタと震え出した。愛されキャラのメッキは剥がれ、そこにはただの、時代の波に置いていかれる恐怖に怯える男の姿しかなかった。
「さあ、行こう。ツバサくん」
テレビ局を出て、タクシーに乗る。マクラは不敵な笑みを浮かべて窓の外を眺めていた。タクシーが新宿の劇場の前に止まと、ロビーには、これからツバサの新しい相方になるヒロが、緊張した面持ちでネタ帳を握りしめて待っていた。
「ヒロさん、どうしてここに?」
「このネタ帳に目を通してくれないか。『ロジカル・ノート』では書けなかった俺のやりたいネタだ。あの後、キョウスケとは何度も話したが、結局はもう元には戻れないという結論になったんだ。途方に暮れていたところに、マクラさんが声をかけてくれた。『ツバサくんと組んでみないか!?』ってね」
ツバサは数日前にマクラに言われた一言を思い出していた。
「君たちには才能がある。そして、ツバサくんは調査の中で、ヒロくんはその身で本物のお笑いとは何かを探してきた。システムも、見た目も、他人の技術も関係ない。ただマイクの前に立ち、君たちの『言葉』と『魂』だけで会場を爆発させる。君たちが次世代のリーダーとして本物の笑いの時代を、始めてみたいとはおもわないかね。」
ツバサとヒロは力強く頷いた。その瞳には決意の強さと輝きがあった。
「そう時決まれば、年末のビッグレース、M1に出場するんだ。」
お笑い探偵の口元に、満足げな、そして誰よりもお笑いを愛する男の優しい微笑みが浮かんでいた。
第八話:おどおどメンタル訴訟起きそう芸人
ツバサとヒロのネタ合わせは着々と進んでいた。
「ヒロさん、いいですね!このネタ、気持ちが入ります」
一度は高みを見たヒロの作るネタは、ツバサも納得のいく仕上がりだ。学生時代にツッコミを担当していたというヒロの掛け合いもしっくりときており、二人は確かな手応えを感じていた。
「あと、オレ、地元が北九州なんですよ。地元を出せると勢いが出る気がします」
「オッケー、わかった。任せてくれ」
稽古を終え、ツバサはマクラに連れられてテレビ局のスタジオへと向かっていた。新コンビのデビューは控えているが、お笑い探偵の「笑いのサンクチュアリを守る戦い」は、まだ完全に終わったわけではなかった。
「ツバサくん、今、芸能界で最もアンタッチャブルでありながら、同時に最も笑いの技術を衰退させている『最凶の偽物』がそこにいる」
二人がスタジオのモニター越しに見つめたのは、今やバラエティのひな壇やドッキリ番組で無双しているピン芸人、ヨワシ。彼の芸風は、とにかく「おどおど」すること。MCから話を振られるだけでビクッと体を震わせ、涙目で声を裏返しながら「ぼ、僕なんかが喋ってすみません!」とパニックになる。ドッキリを仕掛けられれば、過呼吸寸前で床に崩れ落ちる。
「ツバサくん。彼の笑いは、もはやお笑いではない。視聴者の『可哀想』という同情心と、テレビ局の『コンプライアンス』への恐怖に寄生した、極めて悪質な『メンタル便乗芸』だ」
ツバサは、ヨワシがゲスト出演する生放送のバラエティ番組のフロアスタッフとして現場に潜入した。スタジオでは、ベテランのツッコミ芸人がヨワシの頭を軽く叩いてツッコんだ瞬間、ヨワシは頭を抱えてガタガタと震え出した。
「ひ、ひえっ!暴力を振るわれた!僕、もうメンタルが限界で、明日から来られないかもしれません!」
その瞬間、スタジオの空気が凍りついた。ツッコんだ側の芸人は「いや、冗談やん!」と焦り、番組プロデューサーは裏で「今のシーン、パワハラってSNSで叩かれないか!?編集でフォロー入れろ!」とインカムで怒鳴り散らしている。ヨワシが「おどおど」するたびに、周りの芸人たちは腫れ物に触るような扱いになり、エッジの効いた笑いはすべて自主規制されていく。
しかし、ツバサは収録後の喫煙所で、信じられない光景を目にした。ヨワシはさっきまでの怯えた態度を完全に消し去り、堂々とタバコをふかしながら、スマホで自身の弁護士と連絡を取り合っていたのだ。
「先生、今日の収録もバッチリです。あのツッコミ、今の基準なら完全にアウトに追い込めますよ。事務所の産業医の診断書もいつでも出せるようにしといてください。あいつら、僕に強く当たったら『メンタル訴訟』が起きると思って、何も言えなくなってますわ(笑)」
「マクラさん、あいつは被害者を演じてるだけです!」
ツバサは憤慨してマクラに報告した。
「自分のトーク力やネタのなさを隠すために、おどおどしたキャラクターという現代最強の盾を使ってるんです。周りにツッコませないことで、自分がスベるのを防いでいるだけの、とんでもない時代錯誤の確信犯ですよ!」
マクラは禁煙パイポを強く噛み締め、冷徹な目でスタジオを見据えた。
「笑いの基本である『緊張と緩和』の、緊張だけを過剰に膨らませて周囲を脅迫する芸風か。笑いの神様が最も嫌う『甘え』だ。その脆い盾、粉々に砕いてあげよう」
深夜、誰もいないテレビ局の編集室。自分の出演シーンのチェックを終え、満足げに帰ろうとするヨワシの前に、ロングコートを翻したマクラとツバサが立ちふさがった。
「そこまでだ、ヨワシくん。君の『おどおどメンタル』という名の脅迫ビジネスも、今夜で閉店だ」
ヨワシは一瞬でいつもの「怯えた目」を作り、声を震わせた。
「な、なんですかあなたたち!僕、不審者に話しかけられると動悸がして、警察に連絡を」
「警察ではなく、君の弁護士に連絡したまえ。まぁ、彼ももう君の味方はしないだろうがね」
マクラは編集機のモニターの再生ボタンを押した。そこに映し出されたのは、楽屋や喫煙所でヨワシが傲慢な態度でスタッフを怒鳴りつけ、訴訟をチラつかせてプロデューサーを脅している「裏の顔」の監視カメラ映像だった。
「君の笑いは、現代のコンプライアンスへの過剰な配慮に便乗した、ただのファッション。君は自分が面白い発言をできないから、あえて『弱者』のポジションに逃げ込んだ。周りの芸人が君をイジれば『パワハラ』、イジらなければ『いじめ』。どちらに転んでも君が被害者になれる無敵のシステムを作った。だが、それはお笑いではない。ただの『表現の自由の暗殺』だ」
「うるさい!これの何が悪いんだよ!」
ヨワシのおどおどした声が、一瞬で低く冷酷な地声に変わった。
「今の時代、メンタルを病みそうな奴を叩く奴が一番悪になるんだよ!俺がちょっと震えるだけで、テレビ局は平伏してレギュラーをくれるんだ。お前らに俺の何が分かる!」
「私が分かっているのは、君が昔は面白かったが、努力を怠ってネタが尽きた。結果、この安易な方法に手を染めたということだけだ」
マクラは冷たく言い放ち、一枚の決定書を突きつけた。
「明日、君がメインを務める予定だった『お悩み相談バラエティ』の企画が急遽変更された。題して、『AIメンタルスキャン!嘘泣き・偽装おどおど完全見破り、ガチ本音フリートーク』だ」
ヨワシの目が見開かれた。
「最新の医療用AIを用いて、君の心拍数、脳波、表情の微細な筋肉の動きをリアルタイムで測定し、画面に『本気度0%、完全な演技』と常時テロップで表示する。君がいくらおどおどして涙を流しても、それが『ビジネス』であることが日本中の視聴者に一発で露呈する。もう『可哀想』という同情の盾は通用しない。君が昔、恐怖して捨て去った笑いの実力主義のド真ん中へ、引きずり戻してあげるよ」
「そんな、そんな番組、メンタルが保たない。降板させてくれ!」
ヨワシが悲鳴を上げる。
「降板すればいい。だが、その瞬間に君の『裏の顔』の映像がネットに流出する。君に残された道は、明日、丸裸になって、本物の言葉でスタジオを笑わせることだけだ」
ヨワシは編集室の床に、今度は演技ではなく、本物の絶望からガタガタと震えながら崩れ落ちた。
「これで、本当に全部終わったな、ツバサくん」
テレビ局の屋上。東京の夜景を見下ろしながら、マクラは温かい缶コーヒーをツバサに手渡した。
「トリオの給料泥棒、イケメン風の勢い、大御所への寄生、数字だけの虚像、客置き去りのインテリ、料理の盾、ただ太っているだけの肉体、そして弱者を装ったメンタル脅迫。テレビやお笑い界を蝕んでいた『8つの偽物』は、すべて解体された」
ツバサは缶コーヒーを一口飲み、夜空を見上げた。
「マクラさん。彼らはみんな、スベるのが怖くて、何かの『盾』に便乗していただけだったんですね」
「そうさ。だが、本物の芸人は、盾なんか持たない。マイク一本、自分の体一つで、スベる恐怖という奈落の底を覗き込みながら、それでも客を笑わせるために飛び込むんだ」
マクラはコートの襟を立て、歩き出した。
「さあ、ツバサくん。いや、ツバサ。お笑い探偵としての私の仕事はここまでだ。ここから先は、君とヒロくんの、本物の芸人たちの時代だ。劇場で、テレビで、日本中を本物の笑いで震わせてきなさい」
「はい! ありがとうございました、マクラさん!」
ツバサは力強く頷き、夜明けの光が差し込み始めた新宿の街へと駆け出していった。彼の胸には、お笑い探偵から受け取った「笑いへの覚悟」が、熱く、確かに息づいていた。
最終話:ヒロさん
芸能界の「8つの偽物」が去ったテレビ局と劇場には、実力だけが評価される過酷で、そして健全な「本物の笑い」の時代が到来しつつあった。
ツバサとヒロの新コンビ「ニュームーン」は、圧倒的なスピードで頭角を現していた。マクラから叩き込まれた「笑いのリアル」と、ヒロが本来持っていた「爆発力のあるツッコミ」が融合し、今やM1決勝戦の最後の一枠を争う位置にまで上り詰めていた。
だが、決勝前。劇場の楽屋で、ツバサはヒロの異変に気づいた。ヒロは新ネタの台本を握りしめたままガタガタと震え、額からは異常なほどの冷や汗が流れていた。
「ヒロさん、大丈夫ですか?ネタの仕上がりは完璧です。絶対に勝てますよ」
ツバサが声をかけると、ヒロは血の気の引いた顔で、絞り出すように言った。
「ツバサ、ごめん。俺、やっぱり舞台に立てないかもしれない」
ヒロの瞳の奥にあったのは、かつてマクラが解剖してきたどの芸人よりも深い「絶望」だった。
「どうしたんですか、ヒロさん!?僕たちの漫才で、劇場は沸いてるじゃないですか!」
「違うんだ、ツバサ。俺は、怖いんだ」
ヒロは頭を抱え、床に崩れ落ちた。
「ロジカル・ノートの頃、俺はキョウスケの『インテリ構成』という盾の中にいた。あの難解なシステムの中にいれば、客が笑わなくても『客がバカだからだ』と言い訳できた。でも、今の俺たちは違う。丸裸で、マイク一本で、客とストレート勝負をしてる。もし決勝の舞台で、俺のツッコミが一言もウケなかったら。俺にはもう、隠れるためのシステムが何もないんだよ!」
ヒロを襲ったのは、他ならぬ「スベる恐怖」、そして、「責任の重圧」だった。かつて相方の操り人形として自我を消していたヒロにとって、自分の言葉、自分の魂で数百万人の視聴者の前に立つということは、皮膚を剥ぎ取られて戦場に立たされるような恐怖だったのだ。
「俺は結局、誰かの後ろに便乗していないと何もできない、ただのじゃない方芸人なんだ!」
自分たちのすぐ目の前まで迫っている「本物の笑い」の舞台。しかしその直前で、ヒロは自らの自意識という名の「最後の偽物」に囚われようとしていた。
静まり返る楽屋。ツバサが言葉を失ったその時、楽屋のドアが静かに開いた。
「相変わらず情けないな、ヒロくん」
聞き覚えのある、低く通る声。振り返ると、そこにはマクラが立っていた。
「マクラさん!」
マクラは歩み寄り、ヒロの目の前に一本の缶コーヒーを転がした。
「ヒロくん。君のその恐怖は、典型的な過去への便乗だ。キョウスケのシステムが君を守っていたのではない。君がその技術で、彼の欠陥だらけのシステムを成立させいたんだよ」
マクラはヒロの胸ぐらを掴み、無理やり立たせた。
「君は『じゃない方』なんかじゃない。君が舞台の真ん中で魂を叫ぶから、ツバサのボケが生きるんだ。スベるのが怖いか?当たり前だ!芸人は誰でも毎日スベる恐怖と戦っている!盾を持たない本物の芸人はな、その恐怖をガソリンにして、客の脳ミソを爆破しに行くんだよ!」
M1決勝戦の舞台袖。眩いライトの向こう側には、多くの観客と、テレビの向こうの数百万人、そして審査員席に座る現役のトップ芸人たちが目を光らせていた。「ニュームーン」の名前が呼ばれる。ヒロはまだ震えていた。だが、その目はもう逃げていなかった。ツバサはヒロの背中を、思い切り手のひらで叩いた。
「ヒロさん。俺たちの言葉で、全部ひっくり返しましょう」
「おう!」
二人はセンターマイクに向かって歩き出した。サンパチマイクの前に立った瞬間、ヒロの震えが完全に止まった。ツバサが極上のボケを放ち、ヒロが魂の底から、劇場を揺るがすようなツッコミを炸裂させる。
「それ何やねん!!!」
その瞬間、地鳴りのような爆笑がスタジオを包み込んだ。テロップも、編集も、大御所のフォローも、インフルエンサーの数字も、料理の香リも、ただ太った肉体も、おどおどした演技もない。ただ二人の「言葉」だけで、世界が爆発していた。
審査員席のトップ芸人たちが、全員立ち上がって拍手を送っている。舞台袖では、マクラが、温かい缶コーヒーを握り締めながら、子供のように大笑いしていた。
大会が終わり、トロフィーを抱えたツバサとヒロは、劇場の屋上で夜風に吹かれていた。
「やりましたね、ヒロさん。俺たち、本物の芸人になれましたかね」
ツバサが笑うと、ヒロは照れくさそうに頭を掻いた。
「さあな。でも、もう怖くねえよ。明日も、明後日も、ずっと舞台で叫び続けてやる」
二人の前に、コートの襟を立てたマクラがふらりと現れた。
「素晴らしい漫才だったよ、二人とも。お笑い探偵の教え子が、お笑い界の頂点を獲るとはね」
マクラは夜空に向かって、缶コーヒーを掲げた。
システムに頼る「偽物」の時代は完全に終わりを告げた。ここから始まるのは、どこまでも青天井な、本物の芸人たちが紡ぐ「笑い」の未来だ。
【M1決勝ネタ】
お笑い界の頂点を決めるM1の決勝舞台。眩いスポットライトがセンターマイクを照らし、出囃子が鳴り響く。ツバサとヒロの二人が、割れんばかりの拍手の中をマイクへと歩み寄る。ツバサはいつも通り眼鏡の奥の目を光らせ、ヒロは軽く拳を握りしめてマイクの前に立った。
漫才タイトル 「SNSのカリスマ」
ヒロ:はい、どうもー!ニュームーンです、よろしくお願いします!
ツバサ:いやね、最近テレビを見よると、YouTubeの登録者が何千万人もいる大人気YouTuberとかが、たくさん出とるじゃないですか。
ヒロ:あー、出てるね!「ブンブハロー」とか言って、豪邸に住んでるようなスターな。
ツバサ:そうそう。僕、彼らを見よって、ちかっぱ羨ましいなと思って。僕もね、明日から「令和のカリスマYouTuber」になろうと思いよるんちゃ。
ヒロ:お前が!? 眼鏡の地味なネタ職人のお前が、今さらYouTuberになれるわけねえだろ!
ツバサ:なれるっちゃ。僕、もう完璧な「バズる動画」のシステムを開発したけ。今からここで実演するけ、ヒロさんは画面にパッと出る『編集テロップ』の役をやって。
ヒロ:編集テロップの役!?まぁ、いいよ、やってやるよ。
ツバサ:じゃあ、動画スタートね。(急に顔を客席に近づけ、ボイスパーカッションの真似をして大声で)「ブンブン!ハロー・ニュームーン!どうも、ツバキンです!!!」
ヒロ:んっ。
ツバサ:(変顔のままフリーズしている)。
ヒロ:おい、長いわ!!!何やその顔!あとどこかで聞いたことある挨拶やな!早く進めろよ!
ツバサ:はい、ちゅーことで、今日紹介する商品はこちら!(何もない空間を指して) 「ハイパー・ネオ・ディメンション・味噌ラーメン」!!!
ヒロ:むむむ。
ツバサ:(キメ顔のままフリーズ)。
ヒロ:いやいや、それ何やねん!!!全然わからんわ!ラーメンの癖に名前が新次元ってどういうこと!?あとテロップどう入れたらええねん!
ツバサ:そこは編集で、僕の顔の周りにキラキラしたエフェクトと、太文字で『天才現る!』っち、入れといて。
ヒロ:自分で言うな!テロップでハードル上げるな!で、そのラーメンは一体どうなっとんねん。
ツバサ:あのね、器からはみ出るくらいデカいチャーシューが乗っとるんちゃ。これが「ハイパー」。スープを混ぜると、青色から一気に真っ赤に変わって、濃厚なバターコーン味噌味になるんちゃ。これが「ネオ」。
ヒロ:ほう、子供が喜びそうな仕掛けやな!
ツバサ:で、最後におじいちゃんが食べると、あまりの美味さに腰がピーン!っち伸びて、そのままバク転するんちゃ。これが「ディメンション」。
ヒロ:おじいちゃんに何させよんねん!ギックリ腰になるわ!
ツバサ:ちゅーことで、この「ハイパー・ネオ・ディメンション・味噌ラーメン」、通常価格はなんと、1杯10万円!
ヒロ:高すぎるわ!!!誰が10万のラーメン食うねん!
ツバサ:なんやけど、動画を見てくれたみんなには、今から1時間以内の注文に限り、なんと1000円で提供しまーす。さらに!分割払いも可能!
ヒロ:1000円を分割にするなや!!!
ツバサ:それだけじゃないんちゃ!今なら漏れなく、お口直しのぼた餅がついた「ハイパー・ネオ・ディメンション・角さんうどん」もプレゼント!!!
ヒロ:うどんまで付いてくるんかい!あと「角さん」ってどこかで聞いたことある有名店の完全にパクりやろ!
ツバサ:(カメラを指差しして、一番の大声で)「なんと、金利手数料は、ニュームーンがハイパー負担します!!!」
ヒロ:だからラーメンとうどんの金利って何やねん!てか、お前が払うんかーい!こんなんチャンネル登録するわけないやろ!もうええわ。
二人:どうも、ありがとうございましたー!
(完)
