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向かいのベッドから真言が聴こえる

    11階の窓から見える都心の街並みは、なんだか靄がかかったように曇っていた。
    副作用で私の眼の中のレンズが曇っているせいか、
    それとも街の空気が汚れていて霞んでいるのかはわからない。
    夜になればこの澱んだ景色は、
    嘘のようにキラキラと光り輝く。
    これを眺めている時間は悪くない。

    一年にも満たない間に、四度目の入院。
    でもそれは急変とか、体調が悪いからとかではなく、治療のための計画的な入院。
    四回目ともなれば、準備もお手のもの。
    前日の夜遅くまで仕事だとしても颯爽と準備を済ませ、少し睡眠不足の中病院まで向かうことだってできる。

    病室まで案内され看護師さんから入院計画の説明をされるまでに荷解きを済ませる。
    お気に入りの青のキャリーケースを開け、ベッドの横や、お気持ちサイズクローゼットに荷物を並べる。
    その時、櫛を忘れたことに気がついた。
    探せど探せど見つからない。
    この三日間のシャワーは、手櫛で髪をとかすしかなさそうだ。
    そういえば、前回は歯磨きセット一式忘れて、コンビニまで買いに行った気がする。
    いつもは忘れ物なんて滅多にしない。
    自覚はないけれど、今まで感じたことのない不安や焦燥感はずっと私に付き纏っている。
    そのせいで、いつもより視野が狭くなっているに違いない。

    用意された病室は、初めて入院した時と全く同じ部屋。ベッドの位置まで同じだった。
    ナースセンターから一番遠い部屋の、一番奥の窓側。
    同じ病室の人たちは、私と同じように緊急性は低い人々。
    ナースコールもあまり鳴ることがない。
    静かな病室。私を含めて4人部屋。
    誰の気配も感じないほど、どこからも物音はしなかった。

    外を眺めれば高層ビルが立ち並ぶ。
    下を覗いてみると、規則正しく流れていく車や、
    点々と歩いてる人たちは、なんだか現実味がなく
    玩具のように見えた。

    窓をみて呆けていると、
    カーテンの外側から私を呼ぶ声が聞こえた。
    看護師さんはマスク越しでもわかるような笑顔と
    明るいトーンの声で入院の説明を早々と済ませると、すぐに点滴の治療が始まった。

    心電図のひんやりとしたシール。点滴を落とす機械から流れる、ポーン、ポーンという音は、漠然とした不安を煽ってくる。
    治療の間は起き上がることができない。
    たった1時間程度の点滴だが、その間は目の前の白い天井か、あるいは窓から少しだけ見える濁った空を眺めるしかない。

    薬の副作用のせいか、最近寝つきが悪い。
    点滴の間眠れれば楽だが、案の定、頭はスッキリと冴え渡り、長い1時間を過ごすことになりそうだ。

    「○☆$*△…」

    向かいから何やら話し声が聴こえる。
    まだ面会時間ではないし、誰かがこの部屋に来た気配もない。誰かが電話でもしてるのだろうか。

    「*☆☆¥$#○○〜」

    他にすることもないので、耳を澄ませてみる。
    何やら独り言を言っているようだ。
    独り言なのか、それともテレビを観て思わず声が出てしまったのかはわからない。

    気持ちはわかる。一人でいるとついつい独り言が増えてしまうものだから。
    実家にいた頃は独り言なんて言う必要がなかったのに、今では家に帰ると、テレビ、洗濯機、それに頻繁に小指をぶつけるベッドフレームとも、よく喋る仲になった。

    あまりよろしくはないが、お向かいさんの独り言に耳を傾けてみる(なんせ、暇なものだから)。

    「オンキリキリ…バサラ………ソワカ」

    聞き覚えのあるような、ないような。

    小さい頃に観ていたアニメに登場してくる術師(魔術師とかじゃなくて呪術師とか、西洋ではなく東洋の)のキャラクターが似たようなセリフを言っていた気がする。
    ほんの少しのアニメオタクの知識がここで役に立つとは。

    仏教ではないし。呪文なわけはないし。
    何か信仰している人なのだろう。

    点滴が終わりスマホを手に入れると、早速その言葉が何を意味していたのか、調べてみた。
    途切れ途切れで、全てを聞き取れたわけではなかったけれど、どうやら仏の真言(マントラ)らしい。
    その言葉には息災延命(病気や災いなく健康に過ごし、長生きすること)を意味する言葉や、汚れの浄化を意味する言葉があった。

    私よりも半世紀以上人生の先輩である、そのお向かいさんは、時間はばらばらだが毎日三回はそのマントラを唱えてくれた。

    朝一の採血や終わって何もすることがなく、
    朝ごはんを待つまでの間。
    面会やお風呂の時間が終わり、陽が傾き窓が茜色になる頃。
    夜勤の看護師さんが見回りに来て、消灯されるまでの明るい部屋で。

    私は何かを信仰したこともなければ、神頼みをすることもあまりない。
    人よりも強い思いや欲が少ないのだろうか。
    流れに身を任せて、自分の思い通りにならなかった時も、そういう運命なのだと受け入れることのほうが多かった。

    今まで大きな病気一つしてこなかったのに、
    突然病が見つかり、
    これから一生、死ぬまで薬を飲み続け、
    病院に通い続けなければならないと決まった時も。

    死ぬような病ではない。
    ただ、今はほんの少しの間だけ治療が必要なだけ。
    そうしないと、将来余命がついてしまうかもしれないから。

    マントラを唱え続けてくれるおばあちゃんは、毎日PTさんや病院の先生たちにとても元気な声で話している。
    彼女は歩くことができず、歩けるようになれば退院できるそうで、家に帰ることを目標に毎日リハビリをしていた。

    私を含めた四人の入院患者の中で一番高齢で、
    一番入院期間が長いのに、
    だからこそかもしれないが、
    誰よりも返事は元気溌剌としていて前向きだった。

    何か目標を持って、今を全力で生きている彼女は、
    とても素敵だった。

    もしも、今突然私の人生が終わってしまったら。
    走馬灯で私は何を後悔するだろうか。
    あの時ああすればよかった、もっとこうしたらよかった、と思うような後悔があるだろうか。

    いや、きっと、挑戦してこなかったことを後悔する。

    誰もが聞いたことのある言葉かもしれないが、
    やらぬ後悔よりやる後悔。
    マキャヴェリのように、自分の信念を貫き、何かを成せるような人生を送ってみたい。

    ただ流れに身を任せた受動的な28年間だったが、
    流れに逆らって、能動的に自分で何かを掴み取れるようにもがくことは、
    生きていることの醍醐味かもしれない。

    やってみたかったけど言い訳をして挑戦してこなかったことをやる、良い機会を私はもらえた。
    ずっと描いてみたかった物語をまず描いてみよう。

    私はノートパソコンを開いた。

     
     
    色々描いてみてます✏︎

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