実母との同居はなぜこんなに疲れるのか―― 近すぎる親子の距離感
私は同じ屋根の下で、夫、子ども、実母と暮らしています。
結婚当初は夫とアパートに住んでいたのですが、数年後、実家を建て直して実母も一緒に住むようになりました。
母子家庭で育った私は、まだ相手もいなかったころから、結婚したら実母と同居するのが当たり前という考えで生きてきたし、夫もその考えに同調してくれていたので、スムーズにみんなで共同生活がはじまったのです。
まわりからは、「お母さんと一緒に住むのが一番いいよね!」「うらやましいな〜」と言われていて、私もそう思っていたのですが、やはり現実はそううまくはいかないものですね。
実母と同居して10年。
親子の距離感について感じたことをお話します。
朝から、母の小言が止まらない
母の小言は、朝起きてすぐにはじまります。
「この牛乳、賞味期限切れてるのにこんなに残ってるじゃない!」
「洗濯まわしたら、すぐに取り出さないとダメでしょ?」
「水拭いときなよ、びしょびしょだよ 」
「これ、いるの?部屋にもっていって!」
洗濯終了の音が鳴った瞬間に、「なぜすぐ行かないのか」と言われます。
顔を洗ったあとの洗面台の下に飛び散った水を拭こうとしたら、びしょびしょだと指摘されます。
夜に読んでいた本をリビングのテーブルに置いておくと、すぐさま部屋におかないとダメだ、と寝室に持っていかれます。
朝だけで、毎日20個くらい注意されます。
正直、朝からどっと疲れる。
母が間違っているわけではない
確かに賞味期限が切れてしまった牛乳はもったいないし、ワイシャツはくしゃくしゃになってしまうから、早く洗濯機から出した方がいい。
濡れた床は拭くべきだし、必要のないものをテーブルに置かない方がスッキリして気持ちがいいですよね。
母は積極的に家事をしてくれて、家がキレイなのは母のおかげだと、感謝しています。
母の言っていること自体を否定したいわけではありません。
問題は、私が自分のタイミングでやる余地がなくなること。
正論でも、毎日言われたらきつい。
メンタルにくる。
家事の内容ではなく常にチェックされている感じが、思った以上に堪えます。
思った以上に頼れない実態
出産前から母と同居をしていて、子どもが産まれたら色々助かるだろうな、と思っていました。
気軽に子どもを預けて、自分の通院や、美容院、息抜きにカフェなんかもいけるのでは?とも考えていました。
でも実際はそう甘くはありません。
預けることをお願いすると、「また?」というような反応が返ってきます。
「子どもが小さいのはほんの少しなんだから、家にいてあげなさい」
どうやらこういう考えらしい。
預けること自体が悪いと言われているような感覚に陥ります。
同居している実母なのだから、頼っていい、頼りやすいはずなのに、びっくりするほど頼みづらい。
子どもが小学校に上がるまで、息子を母に預けたのは数えるほどしかありません。
基本は通院、美容院の短時間のみで、友だちと遊びに行ったことも数回あるけれど、夕飯までには帰宅しました。
ちなみにですが、夫にはあまり頼れませんでした。
頼れない夫を作ってしまったのは、私と母の責任でもあるなぁと思っています。
女がふたりいると、やはり先に手を回してしまう、これが原因なのかも。
息子が幼稚園、小学校に上がるにつれて、かなり楽になりましたが、いまだに推しのライブに出かけてもとんぼ返りしています。
次第に、嫌な顔をされるくらいなら、「頼まないほうが楽」となっていく。
同居している=子育てを頼りやすい、ではないことに気付きました。
もちろん、親に子どもを預けるべきと言いたいわけではありません。
子どもを預ける行政や民間のサービスもありますよね。
子どもを誰に預けるか、どこまで頼るかは、それぞれの家庭で違っていいと思います。
私がここで書きたいのは、子どもを預けることの是非ではなく、実母と同居しているのに、なぜこんなにも頼ることに気を遣ってしまうのか、ということ。
「実母なんだから、もっと気軽に頼れると思っていた」
その想像と実際の生活とのギャップが、私にとっては思った以上に大きかったのです。
子どもを大切にするのはもちろん、自分の時間を持つことも両立したい。
私は自分の時間を持つことについてまで、母の顔色をうかがうようになってしまった。
そこが、今思えば一番きつかったのかもしれません。
近いから助かる、近いからぶつかる
母に助けてもらっていることはたくさんあります。
母がいると、とにかく家庭内が明るくなります。
陽気な性格なので、家にいるだけで雰囲気がよくなりますし、息子も母を慕っています。
食事の時間も母がいることで、3人でいるより会話がはずみ楽しいです。
今日雨だねとか、卵買いに行かなきゃね、などと雑談をしたり、日常の少しおもしろかったエピソードを話せるのもいいですよね。
私がお腹を壊してトイレにこもった時に乳幼児だった息子をみててくれたり、夜間授乳で睡眠不足だった時に、ほとんどの家事をしてくれたり。
感謝すべきことがたくさんあります。
ただこの関係性の近さが、お互いの遠慮をなくしてしまう原因のひとつなのかもしれませんね。
気づいたことをすぐ言う、お互い言い返す、相手の生活が目に入りすぎる。
私だけでなく、母もきっとどこかでストレスを感じているでしょう。
境界線は必ず必要
実母と子の距離がゼロ距離なのは、お互いストレスになります。
近い関係ほど、境界線が必要なのではないか。
家族だから何でも言っていい、ではありません。
家族だからこそ、自分の領域を明確にする必要があります。
それがあやふやになっているから、今の私はつらいんだろうなぁ。
しかも、母の小言は、年齢を重ねてどんどん激しくなってきています。
年齢のせいなのか、長年の生活習慣や価値観がより強く出てきたのか、それは私にはわからないけれど…。
ただ、昔よりこうするべきという母の基準が、はっきりしてきたように感じます。
実母化する私
めちゃくちゃ怖いのが、私も夫に母みたいな小言を言ってしまうこと。
「ゴミ箱のゴミ捨てたら、新しいゴミ袋セットしといてよ」
「掃除機かけてくれるのはいいけど、なんで掃除機置きっぱなしなのよ‥‥」
などなど。
ついさっき休日の夫に言い放った言葉たちです。
一生懸命仕事をしていて、家事が得意ではないこともわかっているのに、それなのに多くを求めてしまう自分が嫌になる瞬間です。
母を見て「うるさい」と思う自分も、同じことをしていますね。
離れ方は模索中
同居って本当に難しい。
家事に正解はないし、自分ならこうするけど、相手もこうするべき!はとても傲慢ですよね。
みんなが気持ちよく過ごすためにはどうすればいいのかは、永遠のテーマです。
母とうまくやっていくにはやはり境界線が必要です。
私は心理的な距離の置き方がまだわからないので、物理的に距離を置くようにしています。
家にいるときは、自室に行く。それでも息が詰まりそうなときは、カフェや図書館に避難する。
今後心理的な距離も取りたいので、母の小言を聞き流せるスキルを培わなくては。
ゼロ距離の私たち母子、これから少しずつちょうどいい距離を見つけていきたいです。
