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台風一過

    僕の適応障害は、
    今どんな経過をたどっているのだろう。
    どこまで治っていて、
    どこまでがまだ回復できていないのだろう。

    先日の通院では、
    転職活動にあたってのアドバイスを、
    医師から積極的に聞き出すことができていた。

    もちろん、先々の不安要素が
    逡巡してしまう夜もある。

    けれど、そんな夜も踏まえて、
    「自分の歩をひとつでも、前に進めていける」
    姿勢は、回復の節目の一つとして、
    数えることはできるのではないか。

    リワーク施設においても、それと同じ感触はある。

    通所している時には、
    僕の内側にあるセルフモニタリングが
    常に立ち上がってしまう。
    そのせいで、リアルタイムの揺れ動きが
    目に付きすぎることもあり、
    消化不良を抱えながら、
    帰路についていることもある。

    けれど、そう言ったもやもやを原料に、
    僕は、順々にでも、
    エッセイによる言語化を重ねてきた。

    そういった確かな言語化によって、
    自分の中のディクショナリーが
    少しずつ編まれていくように、
    僕の思考回路に一定の納得感を
    創り出せている感覚も育まれている。

    それは、薬のおかげもある。
    リワークでのコミュニケーションの蓄積でもある。
    医師や講師との、
    信頼の積み重ねのおかげでもある。

    それは複合的に入り組んでいて、
    不揃いに積み上げられたジェンガのように、
    凹凸を残した、不安定な重なりにも見える。

    けれど確実に、その積み重ねた上に
    乗ってやっと届いてきた、
    そんななにかが、今僕の中にはある。

    幼いころの僕は、かなり病気がちで、
    特に小児科喘息には、悩まされていた。

    中学生くらいまでは、
    毎年恒例の旅行みたいに、
    台風の時期には決まって、
    入院生活を送ることが多かった。

    けれど、高校生になった途端、
    ぱったりと罹らなくなった。

    それは、高校一年生くらいから始めた、
    筋トレによる体力促進のおかげかもしれない。

    繁華街近くの喧騒から離れ、
    比較的物静かな住宅街に
    引っ越したからかもしれない。

    自宅の下に親の会社があった環境から、
    引っ越しによって、
    生活そのものが変わったからなのかもしれない。

    そのどれも、あてはまるような感覚がある。

    とにかくそのような複合的な要因が重なり合って、
    いつのまにか、罹らなくなっていた。

    今の適応障害もひょっとして、ある日突然、
    「もうあなたは適応障害じゃありません。
    薬も必要ありません。」

    そんな後腐れのない事後報告のように、
    いつか過ぎ去った頃を、
    僕は知ることしかできないのだろうか。

    嘘みたいな青空を見上げたときに、
    台風が過ぎたあとを初めて知るように。

     
     

    こん

     
     
    出会いと別れを繰り返す 旅人のように。 強い主張も、綺麗な結論も、あまりありません。 それでも、見過ごせなかった感情や違和感を拾って 書き留めています。 読み終わったあと すぐ言葉にできない何かが残ったら、それが正解です。 (アイコンは彼女が作ってくれた小さなお守りです。)

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