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調べれば調べるほど失敗してしまう? 情報化社会に生きる私たちが陥りがちなワナ

    「ちゃんと考えなきゃ、後悔しないように」
    「選択肢が多すぎて、もう何が何だか分からない……」
    「一番良いものを選びたいだけなのに、どうしてこんなに疲れるんだろう?」

    そんな風に、何かを選ぶたびに疲れる感覚はありませんか?

    情報をたくさん集めて、じっくり比較して、最善の選択をする。
    とても賢明で、正しいことのように思えます。でも、その真面目さが、かえってあなたを疲れさせているとしたら……。

    今日は、私たちの日常に潜む「選ぶこと」にまつわる、少し意外な落とし穴についてお話ししたいと思います。

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    知れば知るほど、選べなくなる?

    何かを決めるとき、私たちは多くの情報を集めようとしますよね。

    だって、失敗したくありません。

    進学、就職、あるいは大きな買い物。無数の選択肢に関する情報を、真剣に集めて比較検討する。それはごく自然なことです。

    大量の情報を一度に処理できるのは、それ自体が優れた能力の表れでもありますから、「情報を集めれば集めるほど、選択の質も良くなるはずだ」と、私たちは信じて疑いません。

    ですが、実はさまざまな研究で、「選択肢が多すぎること」の弊害が指摘されているんです。

    「頑張ったのに報われない」という悔しさ

    一つは、結果が悪かったときに、言い訳ができなくなること。

    例えば、あなたが箱根へ旅行に行くとします。
    インターネットで適当に調べて、レビューが良さそうな旅館を3つの中から選びました。でも、いざ行ってみたら、接客は少し残念で、大浴場も汚れていて……。まぁ、失敗です。

    それでも、「しょうがないよね、適当に調べちゃったし。こういうこともあるよ」と、自分を慰めることができるでしょう。

    では、もし何日もかけて入念に調べ上げ、あらゆる情報を比較し、「これ以上ない」と確信してその旅館を選んだとしたら?

    それなのに、運悪く質の低い接客にあたってしまったら……。
    かけた労力と時間があるだけに、その悔しさは計り知れません。あんなに調べて、絶対に間違いない選択をしたはずなのに。

    私たちは、真剣に情報を集めて選べば選ぶほど、結果が伴わなかったときにそれを受け入れがたくなるのです。頑張りが報われないのは、あまりにも理不尽ですから。納得できません。

    つまり、調べすぎることで、言い訳する隙を自分で潰してしまうのです。

    多すぎる選択肢は、心を麻痺させる

    そしてもう一つ、深刻なのが、選択肢が多すぎると、かえって何も選べなくなってしまう、ということ。

    コンビニでお弁当を探しているとしましょう。
    鮭弁当、のり弁当、かつ丼。選択肢が3つなら、少し迷いはするものの、どれか一つには決められますよね。

    でも、これが、鮭弁当、アジフライ弁当、のり弁、鳥そぼろ弁当、三色丼、かつ丼、うな丼、ポキ丼、海鮮丼、ひつまぶし丼、明太たらこ弁当、ガパオライス、カオマンガイ……と、延々と並んでいたらどうでしょう?

    どれも美味しそうに見えて、どれが一番自分の気分に合うのか分からなくなる。
    迷いに迷った挙句、疲れ果ててしまい、何も買わずに店を出てしまう……。買い物をしていて、そんな経験はありませんか?

    これは「選択放棄」と呼ばれる心理状態です。

    何を隠そう、私自身がこの罠にどっぷりハマっています。
    ネットスーパーで月に一度食料を注文するのですが、特に品揃えが豊富なサイトだと、「パン」と検索しただけで、無数の商品が何ページにもわたって表示されるのです。

    スクロールしてもしても終わらないパンのリストを眺めているうちに、もうどれを選んでいいか分からなくなり、面倒になってそっとブラウザを閉じてしまう……。そして、家の食料が尽きるまで注文を先延ばしにする。

    いざ覚悟を決めて選び始めると、数時間かかることもあり、終わった頃には心身ともに疲れ果てています。

    実際に、(株などの)トレーダーさんを対象にした研究でも、情報が多くなりすぎるとかえってパフォーマンスが落ちるという研究もあります。選ぶという行為、多すぎる情報。それは私たちが思う以上に、心のエネルギーを消耗させるのですね。

    「判断」し続けることの代償

    この世で最も公平な判断を求められるであろう、裁判官を対象にしたある研究では、驚くべき結果が明らかになりました。

    それは、判断を下し続けることで判断の質そのものが低下していく、という事実です。

    一日の始まりの時間帯と、終わりの時間帯では、下される判決に差が生まれる。

    これは、裁判官の能力や人格の問題ではありません。「判断する」という行為を繰り返すこと自体が、私たちの精神を疲労させ、正常な判断力を奪っていくのです。

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    「選ばない」という選択肢を持つ

    もしあなたが、日々の選択に疲れを感じているのなら、少しだけ立ち止まってみませんか?

    こうした目に見えない疲労から心を守るために、私たちができることがあります。

    • 選択肢を、あえて絞る
      最初から「3つの中から選ぶ」と決めてしまう。それ以外は見ない。

    • あえて、調べすぎない
      ある程度の情報が集まったら、「えいやっ」と決めてしまう勇気を持つ。完璧な選択など、ないと知る。

    • 重要な選択の前には、一度休憩をとる
      疲れているときの判断は、質が落ちます。一度、まったく違うことをして頭を休ませてから、改めて向き合ってみる。

    たくさんの情報の中から最善を選びとることだけが、正解ではありません。
    時には、「選ばない」こと、「決めすぎない」ことが、あなたの心を守る盾になるのです。

    今日の話が、あなたの選択を少しでも軽やかにし、もっと素敵な人生を送るための一助となれば、これほど嬉しいことはありません。


    それぞれの記事では、一つのタネをより深く、具体的なエピソードを交えながら解説しています。もし、今日の話で「この考え方、もう少し知りたいかも」と感じるものがあれば、ぜひ覗いてみてくださいね。

    ※今回紹介した研究の論文リンクは、記事内に記載しています。

    あなたの心に合ったヒントが、見つかりますように。


    ▶シリーズマガジンはこちらです。

    最後まで読んでくださり、ありがとうございました。


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    「知る」ことは優しさ。不登校/双極症の経験を持つひきこもりのITエンジニアが、生きづらさを抱えるあなたへ「それでもきっと、大丈夫」のヒントを3年間、毎日発信しています。病気でも、不登校でも、ひきこもりでも。きっと、私たちそれぞれの「だいじょうぶ」を見つけられる。(毎日19時更新)

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