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脚本「雨降って」

    あらすじ
    中学時代の恩師・燕谷僚也を事故で亡くした空は、成人式の日も家族や兄弟への引け目、自分の夢を口にできない弱さを抱えたまま、晴れない気持ちで過ごしていた。一方、僚也の妻・桃香もまた、夫と交わせなかった約束を胸に、喪失の中を生きている。雨の日に現れる燕に導かれるように、かつて僚也に救われた教え子たちの記憶がつながり、止まっていた時間が少しずつ動き出す。大切な人を失った悲しみと、それでも前へ進もうとする人々の想いを、静かな雨音とともに描く青春群像劇。

    登場人物表
     住谷 空(15)(19)(44)僚也の教え子
    藤上瑞妃(19)空と恭一と仲良し三人組
    鏡 恭一(19)空と瑞妃と仲良し三人組
    燕谷僚也(24)(29)故人 空・恭一・瑞妃の中学校時代の担任
    燕谷桃香(29)僚也の妻
    住谷結子(49)空の母
    住谷 楓(44)空の妻
    住谷陽葵(16)空の子供
    住谷優樹    空の子供・陽葵の兄
    住谷文明    空の兄(長男)
    住谷巧大    空の兄(次男)
    住谷遥美    空の妹
    夏目 奏    瑞妃の彼氏
    美玖      恭一の彼女
    有紗      恭一を振った人
    医者

    〇空・正午前・曇り
    T 2027年 5月3日 (月)
       燕、飛んでいる。
       燕、桃香宅のマンションのベランダに止まる。
       燕、桃香の部屋の中を見ている。
       桃香の部屋には網戸とレースカーテンが閉められている。

    〇桃香宅(マンション)・正午前・曇り
       テレビ横のサイドテーブルに木の位牌と遺影が置いてある。
       位牌には戒名(勤雲燕僚居士)が書いてある。
    遺影には僚也宛ての成人式の招待状が立てかけられている。
       遺影の前に小さい線香立てとおりんがおいてある。
    テレビでは成人式シーズンであることを伝える地方番組が流れている。
    燕谷桃香(30)洗面所から出てくる。
    桃香、サイドテーブルの一番上の棚から、紺色のネックレスケースをとる。
    ネックレスケースの表面には、銀色の文字で「Wedding Anniversary Ryoya & Momoka 2024.11.3」と書いてある。
    桃香、ネックレスケ―スの表面を親指でなでる。
    桃香、ネックレスケースを開ける。
    中には、燕のチャームが付いた、シルバーとピンクゴールドのペアネックレスが入っている。
    桃香、シルバーの燕のチャームを手に取る。
    桃香、微笑みながらため息をつき、燕のチャームを裏返す。
    チャームの裏返すと「Ryoya」と書いてある。
    桃香、チャームの向きを元に戻し、親指でなでる。
    桃香、位牌にシルバーのネックレスをかける。
    桃香、ため息をつく。
    桃香、ピンクゴールドのネックレスをとり、自分に着ける。
    桃香、首元のピンクゴールドの燕のチャームを掌に乗せ、微笑みながらため息をつく。
    桃香「お揃い増やしたかったな……なんてね」
       桃香、サイドテーブルの前に正座をする。
       桃香、おりんを鳴らし、手を合わせ、顔を上げる。
    桃香「成人式終わったら、みんなお墓参り来てくれるってよ、ありがたいね……」
       桃香、顔を上げて、成人式の招待状を見る。
    桃香「一緒に行こうって約束したのにな……まぁ、そんなこと言ってもしょうがー」
       燕、鳴く
       桃香、窓の方を見る。
    燕、鳴く
    桃香、立ち上がって、窓まで行き、レースカーテンと網戸を開ける。
       燕、鳴く
    桃香「来てくれたの?」
       燕、鳴く
       桃香、遺影に立てかけられた招待状を取ってくる。
    桃香「ほら、あなたの分もちゃんと届いてるよ、招待状」
       燕、鳴く
       桃香、微笑む。
    桃香「いこっか、僚也」
       燕、鳴く
       桃香、網戸とレースカーテンを閉め、荷物をすべて持って、玄関に向かう。
       桃香、玄関の扉を開け、後ろを振り向く。
    桃香「行ってきます」
       桃香、玄関の扉を閉める。
       鍵が閉まる音がする。
       燕、ベランダから下をのぞく。
       桃香の運転する車が出ていく。
       燕、桃香の車を追いかけるように、ベランダから飛び立つ。

    〇空・正午前・曇り
    燕、飛んでいき、電線の上に止まる。
    タイトル「雨降って」
    住谷結子(49)の車が走っていく。
    燕、車を見て、追いかけるように、飛び立つ。

    〇車内・正午前・曇り
       住谷結子、運転している。
    住谷空(20)運転席側の後部座席に座り、車の窓から外を見ている。
    空の隣の席には淡い黄色の箱が紙袋に入れて置いてある。
    結子「せっかくの成人式で、降らなきゃいいけどね」
       結子、フロントガラスから外の景色を
    覗き込む。
       空、スマホを一瞥し、窓の外をみる。
    結子「空ももう二十歳かぁ……早いね」
    空 「来月には、もう二十一になるけどね」
    結子「確かにね。子供が大きくなるのはほんとに早いね」
    空 「そうー」
    結子「文明も、もう二十五でしょ。巧大も二十三だし、遥美も今年で十六?だし。早いね、ほんとに」
    空 「……そうだね」
       結子、バックミラー越しに空を見る。
       空、スマホに視線を向ける。
    空 「あっ次の信号、右」
    結子「えっ……あっはぁーい」
    空 「よそ見して事故らないでよ」
    結子「ごめんごめん。お母さんも行ったことないから許して。文明も巧大もそんなこと言わなかったから」
    空 「……ごめん」
    結子「別にいいのよ。いいじゃないお友達と写真撮るの」
    空 「……ごめん……ありがと」
    結子「それに、きっと遥美の成人式はもっと忙しいだろうから。ほら女の子だし、振袖もあるからさ。……でもね、ちょっと楽しみでもあるのよ。文明も巧大も空も男の子だったから」
    空 「……うん……楽しみだね」
    結子「ほんと楽しみ。あっでも、振袖の予約って早め早めにしないといけないらしいの」
    空 「そうなんだ」
    結子「そうなの。遥美今高二でしょ?予約とか、もうした方がいいのかな?」
    空 「わかんないけど?」
    結子「んー……あっ楓ちゃん!楓ちゃん、いつ頃予約したとか聞いてない?」
    空 「楓ちゃん?」
    結子「そうそう楓ちゃん。いつ予約したとか聞いてたりしない?」
    空 「……高校卒業した後の春休みに見に行ってた気がするけど」
    結子「あっそうなの。じゃあまだ大丈夫か」
    空 「……うん」
    結子「遥美どんなの着るんだろう」
    空 「振袖?」
    結子「うん。あんまり派手なのは着なさそうよね。あなた達兄弟あんまり目立つの好まないじゃない?」
    空 「……そうかな」
    結子「あっでも空はいろんなリーダーやってるか」
    空 「うん」
    結子「せっかくなら、袴着てみればよかったじゃない」
       空、窓の外を見る
    空 「……そうだね」
    結子「まぁでも、せっかく大学の入学式でスーツ買ったんだから、着てもらった方が母さんはうれしかったからいいんだけど」
    空 「……うん」
    結子「空、似合ってるよ、そのスーツ」
    空 「ありがと」
    結子「空のは……紺色っぽいんだっけ?」
    空 「スーツ?」
    結子「そうそう」
    空 「うん。紺色っぽいの」
    結子「文明のはどんなんだったかなぁ」
    空 「……覚えてないけど」
    結子「えーっとねぇ」
    空 「……黒っぽかった気がするけど」
    結子「あっそうそう。黒っぽいの。文明よく似合ってたのよ。あの黒いスーツ。あーそうそうネクタイがね白っぽいのでね。とっても似合っててね」
    空 「……そっか」
    結子「そうなのよ。元気してるかな文明」
    空 「……元気だよ多分。今日帰ってくるんでしょ?」
    結子「うん。あっそうそう、今日の夜、文明の迎え行かなきゃいけないんだけど」
    空 「あっうん」
    結子「空さ、今日二次会とかあるでしょ?」
    空 「うん、一応あるけど」
    結子「どこのお店?」
    空 「『L'Oiseau bleu』ってとこ」
    結子「んーちょっと分からないなぁ。えーっと……駅から遠いの?」
    空 「駅と反対だった気がするけど」
    結子「反対かぁ、文明の迎え行かないといけないからさ、空の迎えすぐいけないかもしれない」
    空 「……いいよ……いつものことだから」
    結子「ん?」
    空 「んーん、何でもない」
    結子「巧大はいつ帰ってくるかな」
    空 「どうだろうね」
    結子「巧大の成人式はね、とっても盛り上がってたの」
    空 「そうなんだ」
    結子「うん。巧大はぁほら担任だった先生と仲良かったから、先生とあえてとっても嬉しそうだったよ」
    空 「……」
    結子「巧大のスーツはー」
    空 「そこ、右……です」
    結子「あっはぁーい」
       結子、前を向いている。
    空、バックミラーを見るがすぐに窓の外を見る。
    結子「写真館もうすぐ?」
    空 「うん。もう少し」
    結子「三人で成人式前に写真撮るなんて、ほんと仲良しね。空たちは」
    空 「うん」
    結子「あっ恭一君と瑞妃ちゃんにもおめでとう言わないと」
    空 「そうだね」
    結子「小学校からずっと同じクラスで、仲良くさせてもらってね」
    空 「うん」
    結子「二人ともいい子だし、空がお世話になった先生もいい人が多かったし、空はほんといいご縁に恵まれるね」
    空 「……うん」
       空、窓の外を見る。
    結子「いいご縁に恵まれるのは空が素敵な人だからよ。もっと自信持ちなさい!」
    空 「えっあ、ありがと」
       空、バックミラー越しに結子を見る。
    空、素早く、浅く息を吸う。
    空 「……あのさ母さん」
    結子「ん?あっ!えっ忘れ物!?」
    空 「えっ!いや違うくて」
    結子「あっ道間違えちゃた!?」
    空 「いやっえっ」
       空、スマホで確認する。
    空 「いやっ間違ってない……くて」
    結子「あっほんと!よかった。じゃあこのまま安全運転で向かうね!」
    空 「えっあ……うん」
       結子、バックミラー越しに空を見る。
       空、バックミラーから視線を窓の外に向ける。
    空 「……お願い……します」
    結子、視線を前に戻す。
       空、下を向き、軽く首を掻く。
       空、窓の外を見つめる。
    結子「空!」
    空 「えっはい!」
    結子「顔が暗いよ」
    空 「えっあぁ」
    結子「せっかくの成人式なんだから、にっこりしなさい。にっこり」
    空 「あっうん」
       空、とびきりの笑顔で笑う。
    結子「そうそういいじゃない」
    空 「・・・・・・うん」
    結子「空は笑顔が似合うんだから。その笑顔がいいわ」
    空 「そうだよね」
    結子「うん!ほら、自信持って」
    空 「……わかった」
    結子「うかないなぁ」
    空 「そう・・・・・・かな」
    結子「あっわかった」
    空 「えっ?」
    結子「まーた兄弟のこと考えてるんでしょ」
    空 「いや」
    結子「誰もあなたのこと目の敵なんかにしてないんだからさ」
    空 「……」
    結子「勝手に兄弟のこと悪いみたいにして、自分のこと卑下するのやめなさい」
    空 「……ごめん……なさい」
    結子「空なりに兄弟のこととか、気にしてるのかもしれないけど、空は空なんだから」
    空 「……」
    結子「空なりでいいんだからさ」
    空 「……うん」
    結子「もっとね、いろんなことに挑戦したほうがいいよ。そしたらいろんな可能性が見えてくるからきっと。空にも」
    空 「……ん」
    結子「まぁがんばんなさい」
    空 「……はい」
       空、下を向く。
       結子、バックミラー越しに空を見る。空、スマホを見る。
    結子「ここの角、左でいいの?」
    空 「……いや、まっすぐで大丈夫。次の次の信号で右……だって」
    結子「はぁーい」
       結子・空、窓の外を見る。
    結子「雨降られると、文明の電車止まっちゃうのよね。ほんと降らないといいけど」
       沈黙が流れる。
    結子「そこの信号を右だよね?」
    空 「……」
    結子「空?聞いてる?」
    空 「……」
    (回想)
    結子「空なりに兄弟のこととか、気にしてるのかもしれないけど」
    空М「気にしてるに決まってんじゃん。無理だよ、気にしないなんて。どこにいても、兄弟の話ばっかりするくせに。気にしろって言ってるようなもんじゃん」
    結子「空は空なんだから、空なりでいいんだからさ」
    空М「俺は俺なりでって……兄弟には勝てないからってこと?比べたら勝てないからってこと?わかってるけどさ。どうせ勝てないし。自分でわかってるからいいんだけどさ。わかってるよ、わかってるけど」
    結子「もっとね、いろんなことに挑戦したほうがいいよ。そしたらいろんな可能性が見えてくるから、空にもきっと」
    空М「俺だって別にやりたいことはあるよ。でもできないよ。もし……もし失敗したらさ、どうすんの?もう俺の居場所はなくなるよ。もう既に、みんなより劣ってるのに。文明君にも巧大君にも……遥美……にも。もしだめだったら。どうしたらいいの。もう、生きていけないよ。生きていく権利がなくなるよ。怖いんだよ。けど俺も何かしないとって。わかってるから。何かしないとずっとダメだから。何にもしなかったらずっとみんなに追いつけないから。だから。やろうとしてるけど」
    結子「まぁ、がんばんなさいよ。無理ない範囲でいいんだからさ」
    空М「頑張ってるよ。これでも……俺は頑張ってんだよ。みんなに比べたら、大したことないかもしれないけど。これでも……これでも頑張ろうとしてんだよ。居場所を失わない範囲でだけど。まだ臆病の中かもしれないけど。けどもう無理だよ。頑張ってるって言わせてくれないなら。やりたいこと言わせてくれないなら。もう、言えないから。馬鹿にされるだろうから。みんなより劣ってる俺が……脚本家に……なりたいなんて……言ったら笑われるから。もうやめよ。無理だよ。もう……いいよ……やめー」
    (回想戻り)
    結子「空!」
       空、窓から視線を外す。
    空 「えっ!あっあぁうんそこを右で……す」
    結子「空、寝不足?大丈夫?」
    空 「あぁ……うん……大丈夫」
       雨がぽつぽつ降りだす。
    結子「あっ降ってきちゃった」
       空、窓につく水滴を見つめる。
       どんどんと雨が強くなる。
    結子「結構降ってきちゃったね。振袖の子達、早起きして頑張っただろうに。通り雨だといいけど」
       空、窓につく水滴をずっと見ている。
    ×××
    (フラッシュ)
    桃香「雨が降ってる時は○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○○(口が動いている)」
    ×××
    空、黄色い箱に視線を移す。
    空М「……元気かな」  
       信号に引っかかり、車が止まる。
    空、黄色い箱に手を乗せようとするがためらい、やめる。
      空、外を眺めながら、ため息をつく。
    雨が本降りになる。
    空、もう一度黄色い箱に視線を移す。
    深呼吸をして、ため息をつく。
    空、燕がガードレールに止まっているのを見つける。
       空、もう一度黄色い箱に視線を移す。
       豪雨になる。
       空、もう一度深呼吸をし、黄色い箱に左手を乗せる。
    空М「まだ読んでないけど、きっと……つばりょーなら……馬鹿にせずに、背中を押してくれるから」
       空、視線をバックミラーに向ける。
       信号が青に変わり、車が走り出す。
    空 「……あのさ、母さん!」
    結子「なに!?やっぱり忘れ物!?」
    空 「いや、違うくて」
    結子「じゃあやっぱり道をー」
    空 「違うくて!」
    結子「えっと、じゃあなに?なんかほかに心配するようなことあったっけ?」
    空 「あのさ、母さん」
       空、バックミラー越しに結子を見る。
    結子「なに?」
    空、結子と目が合わず視線を別のところへ向ける。
    空 「明日の夜さ、父さんも母さんも……家、居る?」
    結子「いるけど、それがどうかした?……あっ楓ちゃんうちに呼ぶの?」
    空 「違うくて」
    結子「えー違うの?そろそろ家に呼んでくれてもいいのに、もう四年くらいでしょ」
    空 「そうだけどそうじゃなくて、楓ちゃんは今度呼ぶから、今は聞いー」
    結子「ほんと!じゃあ楽しみにー」
    空 「母さん!」
    結子「はいっ?」
    空 「聞いて母さん……あのさ……」
       空、バックミラー越しに結子を見る。
       結子、バックミラー越しに空をみて、二人の目が合う。
    結子「なに?」
       結子、視線を前に戻す。
       空、窓越しに雨の降っている空を覗き込むように上を見上げる。
    空М「信じてくれてるつばりょーに、顔向けできるようになるために」
    空 「明日の夜さ、話したい事あって」

    〇空・正午前・曇り
       燕、飛んでいく。

    〇空・夕方・大雨
    T 一年前 2026年 4月16日(木)

    〇火葬場入口の屋根の下・夕方・大雨
       住谷空(19)・藤上瑞妃(19)二人で立っている。
       瑞妃、赤くなった目頭をこする
       空、ココアシガレットを煙草のようにふかしながら空を見ている。
       燕、雨の中を飛んでくる。
       燕、火葬場の入り口にある大きなプランターの上にとまり、二人を見ている。
       空、空を見上げている。
    瑞妃「何してんの?」
    空 「えっあぁ……煙草を」
       瑞妃、怪訝そうな顔をする
    瑞妃「空君って煙草吸うの?」
    空 「ふふん、実はこれー」
    瑞妃「学校で体に悪いって習ったのに?てか受動喫煙。嫌なんですけど。喫煙所行ってくんない?なんかショックだわ」
    空 「いや、だからー」
    瑞妃「楓ちゃんさ、煙草やだって言ってなかったけ?」
    空 「だから聞いー」
    瑞妃「空君って感情とかないんだ。だからさっきも泣いてなかったんだ。つばりょーが亡くなったのに。それで今、場も弁えずに吸っちゃうとか、もう煙草中毒者じゃん」
    空 「落ちつけよ」
    瑞妃「はぁ?落ち着けるわけないじゃん。感情皆無のニコチン中毒者が!私みたいな普通の人は、恩師が亡くなっちゃって涙止まらないんです。落ち着けないんです!普通の人は!」
    空 「落ち着―」
    瑞妃「てかさ、煙草って二十歳からだよね。私ら今十八歳でしょ?何してんの?違法だよ。空君やばいよ。相当くるってるよ」
    空 「落ち着けって、これ煙草じゃないから」
    瑞妃「はぁ?虚言癖まであんの?昔の空君はもっと感情豊かないい人だったのにな。なんかがっかりだわ」
    空 「見てみろって」
       空、ココアシガレットの箱をスーツの裏ポケットから出し瑞妃に見せる。
    空 「ほら。ココアシガレットって」
    瑞妃「ほんとだ……」
    空 「ほんとだよ」
    瑞妃「……」
    空 「別にいいけどさ」
    瑞妃「……なんでココアシガレットなんかふかしてんの?」
    空 「みんながみんな、あなたみたいに感情のまま涙が溢れるわけじゃないんですよ」
       空、ココアシガレットの箱をしまい、咥えていたココアシガレットを食べはじめる。
    瑞妃「はぁ?」
    空 「俺は子供じゃないんで」
    瑞妃「はぁ?悪口?」
    空 「違います。うらやましいんです、泣けるあなたが」
    瑞妃「恩師が亡くなったのに、泣けないんだ。空君って、煙草はやってなくても、感情はなくなっちゃんたんだね。空君のいいとこだったのに」
    空 「ありのままの感情をむき出すんじゃなくて、TPOをわきまえた上での感情表現ができるようになったんです」
    瑞妃「あーもう長いし、めんどくさいし。空君の言葉っていっつもまわりくどい」
    空 「ミュージシャン目指してるやつが、そういうこと言っていいんだ」
    瑞妃「はぁ?意味わかんないんだけど?」
    空 「短くて単純な気持ちを、長く複雑に言うのがミュージシャンなんじゃないですか?」
    瑞妃「いや別に……私は!別に私は!思いの丈をストレートに歌いたいんです!」
    空 「そーですかい」
       沈黙が流れる。
    瑞妃「……あの……一本、頂戴」
       空、長い溜息をつく
    空 「どーぞ」
    瑞妃「ありがと」
       二人とも黙ってココアシガレットをふかしている。
    瑞妃「どれだけ泣いてもさ……悲しみ切れないよね」
       瑞妃、目頭に涙があふれる。
    空 「泣きすぎだって」
    瑞妃「だって……だって」
       空、ため息をつく
    空 「つばりょー、雨嫌いって言ってたのにな」
    瑞妃「まって……このままつばりょーの話したら、また泣いちゃう」
    空 「もう泣いてんじゃん」
    瑞妃「泣いてないから」
    空 「今日は泣いていい日な気がするけどね」
    瑞妃「やめろ。泣かせるな。話題を変えろ」
    空 「えーーーもぉ……あっ恭一は?」
    瑞妃「ん?あぁかがみん?」
    空 「YES、かがみん。もう帰った?」
    瑞妃「いや、帰ってなかった気がするけど」
    空 「……あっ噂をすれば……」
       空、後ろを振り向く。
       瑞妃、空に続いて後ろを向く。
    瑞妃「いないじゃん」
    空 「言ってみたかっただけだから」
       瑞希、空をにらむ。
    瑞妃「かがみんかえったのかな」
    空 「まぁ、ありえるよね」
    瑞妃「かがみんの大学東京だし」
    空 「くらっちにつかまってんじゃない?」
    瑞妃「倉林先生?先に帰ってた気がするけど」
    空 「まぁそうか……先生たちは明日も仕事だもんね」
    瑞妃「そう……だよね」
    空 「つばりょーと関わりない人にとっては、いつも通りのド平日。何の変哲もないただの木曜日ですから」
    瑞妃「……そっか」
    空 「俺らだって今日も明日もフツーに大学の授業あるんだけどね」
    瑞妃「まぁーね」
    空 「あーあ、もどれないなぁ」
    瑞妃「月曜日に亡くなったって連絡来てさ、昨日今日のお通夜とお葬式にほぼ全員駆けつけてるんだから……ほんと、いいクラスだったよね」
    空 「つばりょーの初担任かつ初卒業担任の
    クラスですから」
    瑞妃「あっねぇね、リョウちゃん来てなかったの気づいた?」
    空 「あぁー、いなかったね」
    瑞妃「なんで来れなかったか知ってる?」
    空 「いや、知らないけど」
    瑞妃「リョウちゃん今さ、アメリカに留学中らしいよ」
    空 「マジで!」
    瑞妃「優馬が言ってた、すごくない?」
    空 「……うん……すごいよね」
       鏡恭一(19)火葬場から出てくる。
    恭一「あれ?二人ともまだ残ってたの?」
    空 「あっ噂をすれば」
    恭一「えっ俺の噂してたの?」
    空 「うん。ちょっと前だけどね」
    恭一「タイミングミスったな」
    空 「ほんとだよ。そのせいで瑞妃ににらまれたんだから」
    瑞妃「にらんでない」
    空 「嘘つくなよ」
    瑞妃「うそじゃないし。そもそもかがみんのタイミングがミスってるんじゃなくて、空君のいうタイミングがミスってただけだから」
    空 「そうとも言えるね」
    恭一「そうとしか言えないよ」
    瑞妃「かがみん何してたの?こんな遅くまで」
    恭一「なんか急におなか痛くなっちゃってさ、ずっとお手洗いに行ってたの。みんなは?帰った?」
    空 「うん。だいたいは帰ったと思うけど。明日からまた学校ですからね」
    恭一「あぁそっか、そうだもんね」
    空 「まだ中に誰かいた?」
    恭一「いやーーーー、俺だけだったと思うけ
    ど」
    空 「やっぱみんな帰ったか」
    恭一「あっでも桃花さん?がご家族の方なのかな、わかんないけど誰かと話してたよ。誰か探してるみたいだったけど」
    空 「俺だったりして」
    恭一「そんなわけ」
    空 「だよねん」
    瑞妃「あのさ、桃香さんってつばりょーの奥さん……だっけ?」
    恭一「たぶん。俺はそうだと思ってたけど」
    空 「あってるよ。結婚したのが、俺らが高一の時だからさ、名前とか直で聞いたわけじゃないけど、遥美が言ってた」
    瑞妃「遥美ちゃんもう中学生なんだ」
    空 「中学生どころか、もう高一だよ」
    恭一「えぇ!はや!」
    瑞妃「まぁ私らも、もう大学二年生だからね」
    空 「あなたは大学二年生じゃないでしょ」
    瑞妃「そうですけど」
    恭一「遠田クリエイティブ専門学校音楽専攻ミュージシャンコースの二年生でしょ」
    瑞妃「そうです」
    空 「まぁまぁ進路のことなんて……今はね」
    恭一「そうも言えなくなってきたけどね」
    空 「やなこというわ」
    瑞妃「なんの話してたっけ」
    空 「だから、奥さんの名前が桃花さんだってつばりょーが言ってたよって、遥美が言ってたよって話」
    瑞妃「つばりょーっていつ結婚したんだっけ」
    恭一「俺らが高一の時ってさっき空君が」
    瑞妃「そうだっけ」
    空 「あんたって人は、ほんと人の話聞いてないよね」
    瑞妃「ほめられたってなにもでないよ」
    空 「ほめてないから、何もだすなよ」
    恭一「ほめてないと、拳が出てくるかもしれないけどね」
    空 「おっうまい」
    瑞妃「はぁ?」
    恭一「なんでもなーいでーす」
    空 「先生の惚気とか聞きたかったな」
    瑞妃「確かに。聞きたかったな。先生の惚気」
    空 「一番の心残りと言っても過言じゃないな」
    恭一「過言でしょ」
    瑞妃「過言でしょ」
    恭一「てか言わないでしょ。多分つばりょーは」
    空 「基本言わないからいいんだよ」
    恭一「これってなんかのハラスメントに該当しないのかな」
    空 「なにハラだよ」
    恭一「わかんないけど」
    瑞妃「桃花さんとつばりょーって結婚して何年になるの?」
    空 「俺らが高一のときだから……四、五年くらいじゃない?」
    瑞妃「桃花さん……辛すぎるね」
    恭一「そうだね」
       三人の沈黙が流れる。
    瑞妃「かがみんさ、今日東京戻んないの?」
    恭一「日曜に帰ろうかなって」
    瑞妃「そうなんだ。明日授業ないの?」
    恭一「いや全然あるけどさ……なんかね。二人はなんでまだ残ってんの?迎え呼んでないの?」
    瑞妃「いや別に用とかはないけど……」
    空 「このままいつも通りの生活には……ね」
    恭一「……だよね」
       三人の沈黙が流れる。
    恭一「あのさ聞いていい?」
    瑞妃「なに?」
    空 「リョウちゃんならアメリカに留―」
    恭一「留学の話は優馬から聞いたよ」
    空 「なーんだ」
    恭一「なんで二人ともココアシガレットふかしてんの?」
    空 「いま?」
    恭一「触れちゃいけないもんだと思って」
    空 「触れちゃいけないココアシガレットなんてこの世にないよ」
    恭一「たしかに」
    瑞妃「よくわかったね。ココアシガレットって」
    恭一「まぁ煙出てないし。煙草って二十歳からでしょ?二人がするとは思えないからね。フツーに考えたらわかる気がするけど」
    空 「ね。フツーに考えたらわかるよね」
       空、瑞妃を見る。
    瑞妃「恩師なくなってるのにフツーに考えられる奴の方がおかしいんだよ」
    空 「はいはい」
    恭一「でさ、なんでふかしてんの?」
    空 「ほかにやり方がないんですよ。未成年じゃない。かといって大人でもない。よくわかんない縛りの中でしみったれる方法が」
    瑞妃「泣けばいいのに」
    空 「それができたらこんなことしてないよ」
    恭一「空君発案でしょ?」
    瑞妃「よくわかったね」
    恭一「こういうことするの絶対空君だもん」
    空・瑞妃「それってバカにしてんの?」
    恭一「空君のことをほめてて、瑞妃ちゃんのことは何とも言ってないです」
    瑞妃「ほんとに?」
    恭一「ほんとです。空君らしくていいね」
    空 「それはそれはありがたいね」
    瑞妃「昔の空君はもーーーっと感情豊かな優しい真人間だったけどね」
    恭一「ある意味豊かだし、昔からこういう感じな気がするけど」
    空 「どっちの味方していいかわかんないぞ」
    瑞妃「ねぇ、今何時?」
       恭一、スマホを見る。
    恭一「18時21分」
    空 「迎え呼びます?」
       少しの沈黙が流れる。
    瑞妃「あのさ……二人とも時間あるなら……二中いかない?」
    空 「……俺は、全然大丈夫だけど」
    恭一「俺も」
    瑞妃「……じゃあ……いくか」
    空 「ここから歩いてどのくらいだっけ?」
    瑞妃「めっちゃすぐだった気がするけど」
    瑞妃、思い出そうとする。
    瑞妃「全然わかんないや。土地勘なくなっちゃったな」
    恭一「調べるからちょっと待って」
       恭一、スマホで調べる。
    恭一「二十分くらいっぽい」
    空 「この雨の中、二十分か」
    瑞妃「まぁいんじゃない」
    恭一「今日は雨に打たれてたいくらいだし」
    空 「かがみんは雨に打たれたいみたいだから、かがみんの傘借りるね」
    恭一「それはちがうだろ!」
    空 「冗談冗談。俺、ちゃんと傘あるから」
    瑞妃「ふざけてないではやくして」
    空 「はいはい、よし、じゃあ行きますか」
       空、傘をさして、空を見上げる。
       燕、プランターから飛んでいく。

    〇空・夕方・大雨
       燕、飛んでいく。

    〇中学校の玄関先の屋根の下・夕方・大雨
       瑞妃、ベンチに腰を掛けている。
       恭一、ベンチの肘置きに腰を掛ける。
       燕、飛んでくる。
       燕、学校の入り口にあるプランターで雨宿りする。
       空、立って、空を見上げている。
    瑞妃「なつかしっ」
    恭一「あんま変わってないね」
    空 「あんたらはよくつばりょーに会いに来てたから、そんな懐かしくもないだろ」
    瑞妃「先生に会いに来た時は、校内で話してるから外の景色は懐かしいよ。まじまじと見ないもん。てか、空君は誘っても全然来てくれなかったよね」
    空 「俺は先生の負担になりたくなかっただけです」
    瑞妃「はぁ?私らが先生の邪魔になってたって言いたいの?」
    恭一「まぁまぁ落ち着きな。先生に会いに来てないならさ、空君は、この景色懐かしいんじゃない?」
    空 「いやー俺は俺で、遥美の部活の迎えに乗せられたりしてたからそんなでもない」
    恭一「あぁそっか」
    瑞妃「つばりょーさ、最初のころずっとマスクしてたよね」
    空 「つばりょーだけじゃないよ。みんなしてたよ」
    空・恭一「コロナだったもん」
    瑞妃「確かに」
    空 「二年生の時のさ、合唱コンクール覚えてる?」
    瑞妃「覚えてる!」
    恭一「なんかよくわかんないけど賞取れたやつでしょ」
    空 「発表されたときさ、みんな喜んでなかったよね」
    恭一「うれしさより驚きの方が勝ったからね」
    瑞妃「何歌ったんだっけ?」
    空 「あっえっとなんだっけ」
    恭一「『大切なもの』じゃなかった?」
    空 「それはあれだよ。あの……小学校で俺らの一個上の先輩が卒業式の時に歌ってたやつだよ」
    恭一「あっそっか」
    瑞妃「『信じる』じゃないっけ?」
    恭一「どんなのだっけ?」
    瑞妃「笑うときには大口あけて」
    恭一「あぁ……でもそれ一組じゃない?」
    空 「違うよ。それはあれだよあの、四組だよ」
    恭一「えっじゃあ一組は?」
    空 「一組は……」
    瑞妃「『僕のこと』じゃない?」
    空 「そんなわけないじゃん。田舎の学校の合唱曲にあるJ-popは『拝啓十五の君へ』だけなんだから」
    瑞妃「そっか」
    空 「思い出した。あれだあの、『マイバラード』」
    瑞妃「どんなのだっけ?」
    空 「みんなで歌おう心を一つにして 悲しい時もつらい時も」
    瑞妃「あーーそれだ」
    恭一「空君、記憶力いいね」
    空 「ちょっと覚えてるだけだよ」
    瑞妃「それ歌って賞とったのか」
    空 「違うよ、『マイバラード』は一組」
    瑞妃「え?じゃあ私らが歌ったのなんだっけ」
    空 「だからそれを今……あっ思い出した。『心の瞳』だ」
    恭一「あーーーそれだ」
    瑞妃「賞取れなかったけど三年の時に歌った『あなたへ』も私は好きだよ」
    恭一「白木蓮?」
    空 「楽しかったよね『あなたへ』」
    瑞妃「つばりょーも練習してたよね」
    恭一「してた。しかも結構うまいのね」
    空 「卒業式のさ、学年合唱で『さくら』歌ったじゃん」
    恭一「うん」
    空 「あのときさ、つばりょー信じられないくらい大号泣してて。つられて泣きそうだった」
    瑞妃「つばりょー私らの学年合唱聞いたことなかったもんね」
    恭一「確かに。コロナで一年生の時しかしてないのか。全校合唱は」
    空 「卒業式でさ、全校合唱したかったな」
    瑞妃「『いのちのうた』?」
    空 「うん」
    恭一「そんなに歌いたかった?」
    空 「つばりょーさ、好きな曲なんだって『いのちのうた』一緒に歌いたかったな」
    瑞妃「つばりょーともっと一緒になんか……なんでもいいからしたかったよね」
    恭一「結局、修学旅行もお酒飲みも何にもできてないよ」
    空 「全部先生から約束してくれたのに」
       沈黙が流れる
    空 「まだクラTもってる?」
    瑞妃「もちろん」
    恭一「ちゃんとデイジーカラーのクラT二枚持ってるよ」
    空 「クラT作るときふざけてさ、先生の名前だけ手書きでサインしてもらったじゃん」
    瑞妃「あーやった。みんなの名前はプリントで入れたのに、つばりょーだけ全員分サインさせたね」
    恭一「今考えると相当めんどくさいことさせてるね」
    空 「でもさ……してよかったね」
    瑞妃「そうだね」
    恭一「つばりょーはクラTまだ持っててくれてるのかな」
    空 「つばりょーは毎年溜まっていくからね、どうだろう」
    瑞妃「もっててくれたら、うれしいけどね」
    恭一「そうだね」
    空 「今まで話してなかったんだけどさ、三年の体育祭の時、ちょっと怒られたんだよね。俺」
    恭一「そうなの?」
    瑞妃「知らなかった」
    空 「話したことないからね」
    恭一「空君怒られてるの珍しいね」
    空 「怒られたっていうか、お灸据えられただけなんだけど」
    瑞希「どんな感じで?」
    空 「先生がいつも言ってたやつ言われただけだし、笑ってたけどねつばりょー」
    瑞妃「なんか悪いことしたの?」
    空 「別に悪いことしたわけじゃなくてさ、体育祭の種目で借り物競争あったじゃん」
    恭一「あーあったね」
    瑞妃「でも空君出てなかったよね」
    空 「そう出てないの。出たい人って聞かれたときに出たいですって言えなくて」
    瑞妃「なんで?リレーとかならわかるけど」
    空 「だってさ、リレーならもとから足早い方じゃないからもし俺が遅くてもみんなそんな気にならないだろうけどさ、借り物競争ってどれだけ人望あるか勝負みたいなところあるじゃん」
    恭一「まぁたしかに」
    空 「ほかの人に貸してって言いに行って貸してもらえなかった時とかはずかしくない?」
    瑞妃「気にしすぎじゃない?」
    空 「しかもその場面をたくさんの人に見られるわけじゃん。借り物うまくいかなかったとき傷つくなと思って立候補しなかったの」
    恭一「それで怒られたの?」
    空 「立候補しなかったから怒られたわけじゃなくて、借り物競争してた時に、つばりょーと話してて」
     
    (回想)
    〇グランド・テントの中・午前中・晴れ
       テントの端の方でクラスTシャツを着た住谷空(15)・燕谷僚也(24)が話している。
       グランドでは借り物競争が行われている。
    空 「つばりょー」
    僚也「ん?どうした」
    空 「俺さ、借り物競争出たかったんですよね」
    僚也「出ればよかったじゃん」
    空 「それはそうなんですけど」
    僚也「なんで出なかったの?」
    空 「なんか、借り物ミスったら恥ずかしくないですか?」
    僚也「借り物ミスったら?」
    空 「借り物かりに行くじゃないですか、大勢の中に」
    僚也「うん」
    空 「それで『あっ無理です。貸せません』って言われたらめっちゃ恥ずかしいじゃないですか」
    僚也「そんなことあるかな」
    空 「そうなったら恥ずかしくて寝込んじゃうなと思って、出るのやめたっていうか諦めたんです」
    僚也「そっか。じゃあ次やるかやらないか迷った時は、絶対にやりなよ」
    空 「えっ?」
    僚也「いつも言ってるでしょ。当たり前のことを当たり前にって」
    空 「言われてはいますけど」
    僚也「すればよかったっていう後悔はしない。これは当たり前。だから当たり前を当たり前にしなさいってこと」
    空 「無理やりじゃないですか?」
    僚也「無理やりじゃなくもないか」
    空 「無理やりだと思います」
    僚也「まぁいいの。無理やりでもいいの」
    空 「説得力ちょっと弱まってる気がしますけど」
    僚也「うるさいぞ」
    空 「すみません」
    僚也「無理やりでも何でもいいけどさ」
    空 「はい」
    僚也「何も挑戦しないがゆえの後悔はするなよ。空」
    空 「……はい」
    僚也「おし。空ならできるぞ」
    空 「何をですか?」
    僚也「何でもだよ」
    空 「適当じゃないですか」
    僚也「適当じゃない。空なら何でもできる」
    空 「ほんとですか?」
    僚也「ほんと。俺はいつでも応援してるから。挑戦ゆえの後悔をしなよ。がんばれ!空」
    空 「はい」
    (回想終わり)
     
    空 「あんなに強く背中押されたことないからさ。めっちゃ覚えてて」
    瑞妃「知らなかった。そんなことあったの」
    空 「言ってないからねってさっきも言ったからね」
    瑞妃「そうだっけ?まぁいいけど」
    恭一「当たり前を当たり前にね」
    瑞妃「難しいよね。意外と」
    空 「大人になればなるほどね」
    恭一「つばりょーに怒られない生き方したいね」
    空 「難しいよ多分」
    瑞妃「厳しいからね、フツーに」
    空 「楽しい思い出に浸りにきたのに。全然気分がうかないわ」
    恭一「楽しい思い出はあるけど、話のゴールがつばりょーがいないになっちゃうからね」
    空 「楽しいゴールがある話考えよ」
      沈黙が流れる
    瑞妃「あっ!あそこのさ、桜の木の下でさ、かがみん、有紗ちゃんに告白したよね」
    空 「あぁーーーーーーあったね」
    恭一「やめてよ」
    瑞妃「小学校からの片思いが散った木だね」
    空 「散るのは桜だけにしてほしいね」
    瑞妃「うまい」
    恭一「やめてってば」
    瑞妃「ほんと大人になればなるほどかがみんのすごさがわかるよ。こんなに一途な人、私、かがみんしか知らないよ」
    空 「俺も。かがみんの一途さは日本一だろうな」
    恭一「ふられたけどね」
    瑞妃「でもでも、今の恋は順調なんでしょ?」
    恭一「まぁフツーに続いてるけど」
    空 「高校卒業のタイミングで付き合ったんだっけ?」
    恭一「そうそう」
    瑞妃「私も空君もかがみんには幸せになってもらいたいってずっと思ってたからね。ほんとに嬉しいよ」
    空 「それはほんとにそう」
    恭一「ありがとう」
    瑞妃「美玖ちゃんはいいこだし、面くいのかがみんが好きになるくらいハチャメチャにかわいいからね」
    空 「めちゃ優しくていい人だった覚えがある」
    恭一「今も優しいし可愛いよ」
    空 「急に惚気んじゃないよ」
    瑞妃「そんなこと言っといて別に空君、彼女いるじゃん」
    恭一「そうだよ。何なら高二の冬からでしょ。俺より先輩じゃん」
    空 「先輩とかじゃないけど」
    恭一「あれっ。あのさ、瑞妃ちゃんは奏君と付き合ったんじゃなかったけ?」
    瑞妃「えっ……あ……いやーー……うん」
    空 「はぁ!?俺聞いてないんだけど」
    恭一「ええ!!」
    瑞妃「いやーなんか空君にいうのは若干……癪だなと思っちゃって」
    空 「信じらんない!俺は瑞妃も高校とかで大変な思いしたから幸せになってほしい、いい人に見つけてもらってほしいってかがみんに幸せになってほしい思いと同じくらいの思いで、瑞妃にもおもってたのに!」
    瑞妃「それは……ごめんじゃん」
    空 「いつ」
    瑞妃「えっ?」
    空 「いつだって」
    瑞妃「何が?」
    空 「いつ付き合ったんですかって聞いてんの」
    瑞妃「いやぁ……それは……その」
    空 「てめぇ照れてんじゃねぇよ」
    恭一「空君、落ち着いて」
    空 「うるせぇ。俺は三度の飯より恋バナが好きなんだよ」
    恭一「言ってることと口調があってないよ」
    空 「いつなんだよ。いつから付き合ってるんだよ」
    瑞妃「えーーーっと……去年の七月」
    空 「てめぇ。もうすぐ一年じゃねぇか。名前は。名前はなんていうだよ」
    恭一「夏目奏君……だよね。確か」
    瑞妃「うん」
    恭一「よかったあってて」
    空 「なんでてめぇが答えてるんだよ!恋バナは本人が照れながらいうのがいいんだろうがよ。まったくえおめぇって奴はわからねぇ奴だな」
    恭一「すいません」
    空 「二度とするなよ」
    恭一「はい。もうしません」
    空 「わかりゃいんだよ。んで、どころへんがー」
    瑞妃「まって!私達、中学校生活の思い出に浸りたくてここ来たんでしょ。帰りたくない日常の話しちゃってるから」
    恭一「にげた」
    空 「にげさせやー」
    瑞妃「あっ!」
    空・恭一「なに!」
    瑞妃「かがみんが、有紗ちゃんにふられたあそこの桜の木の下にさ、『未来への手紙』埋めなかったっけ?」
    恭一「……あっ埋めたかも」
    空 「あぁーーー思い出した。埋めるときかがみんがふられた場所じゃんって心の中で爆笑してた気がする」
    恭一「わらうなよ」
    空 「すいませーん」
    恭一「未来への手紙って二十歳の自分に向けて書いたんだっけ」
    瑞妃「そうそうそれで、確か先生が一人一人に手紙をかいてて、それも埋めたから      ……」
    空 「じゃあ二十歳の自分宛てに中三の自分からの手紙とつばりょーからの手紙の二通が入ってるってことか」
    瑞妃「そう!……さがしてみない?」
    空 「いやいやいやいやダメでしょ。まだ二十歳じゃないし、俺ら三人だけ抜け駆けもよくないでしょ」
    恭一「雨も結強いし」
    瑞妃「かがみんさっき雨に打たれてたいくらいの気分って言ってたじゃん」
    恭一「雨に打たれてたいくらいの気分でも、実際に雨に打たれに行かないのが大人でしょ」
    瑞妃「うーーわぁ大人ぶってるわ」
    恭一「もう大人です。成人年齢、十八歳なんだから」
    瑞妃「お酒もたばこもギャンブルもできないくせに」
    空 「あなたもでしょ」
    恭一「そんなことできなくても、もう俺らは大人なの」
    空 「というか、お酒とたばことギャンブルはしない方がいいし」
    恭一「俺たちはもう、自分の健康状態を自分で管理しなきゃいけない大人なの。風邪ひいて大学休んだら単位に響くなって先のことを考えていかなきゃいけない大人なの」
    瑞妃「堅物だな」
    空 「瑞妃が子供すぎるんだよ」
    瑞妃「はぁ?」
    空 「人の話聞かないし、つばりょーの葬式で親族差し置いてぎゃんぎゃん泣くし、こんな雨の中じゃスーツ汚しちゃうこともわからずに探そうとか言うし」
    瑞妃「十八歳超えたらそういうことしちゃいけないんですか?大人になったら感情を表に出しちゃいけないんですか?先のこと考えないで瞬間を生きちゃダメなんですか?」
    空 「論点飛躍しすぎだよ」
    瑞妃「してないんですけど」
    空 「してるって」
    瑞妃「はぁ?してないんですけど」
    恭一「二人ともいったんー」
    空 「年齢と場を弁えれない奴は、非常識だと思われるぞ」
    瑞妃「人としてフツーのことをして、非常識だと思われるなら別にいいんですけど」
    空 「そういうさ、自分は別にいいとか、自分は気にしてないとか言ってんのも、もう既に子供なとこ出てんじゃん」
    瑞妃「はぁ?」
    空 「そういう、自己中で視野が狭い考え方しかできないからミュージシャンとか、この年になっても目指してんでしょ?」
    恭一「空君」
    瑞妃「はぁ?どういう意味」
    恭一「空君謝りな」
    空 「俺らもう十九だよ。日本の音楽界の輪に入れもしないこんな田舎でさ、日本の隅っこみたいなこんな田舎でさ、突出して歌もうまくない奴がミュージシャンになれるわけないじゃん」
    恭一「落ち着いて、空君」
    瑞妃「日本の端っこにいる歌もフツーの奴が、本気でミュージシャンになりたいから今、専門学校通ってるんです」
    空 「専門学校行って、生まれたミュージシャンが売れんのかよ」
    瑞妃「別に売れることが全てじゃないから。売れなくても自分の気持ちをー」
    空 「そういう考え方が子供だって言ってんだよ!」
    恭一「空君」
    空 「売れなくていいとか馬鹿じゃん。あんたはどうやって生きてくの、歌ってのたれ死んでそれでいいだあんたは」
    瑞妃「別にいいでしょ。私の人生なんだから。空君に関係ないじゃん。私がミュージシャンになりたくて、親を何回も何回も説得して命かけて人生かけてこの道選んだんだよ」
    恭一「わかった、わかったからさ、いったん落ちー」
    瑞妃「なんもわかんないでしょ。かがみんには。私だって二人と同じようにこれから先のことで悩みながら過ごしてんだよ」
    空 「自分でミュージシャンなりたくて、進路選んだくせに」
    瑞妃「自分で選んだ道じゃ文句言っちゃいけないの!?」
    空 「自分で選んだんだから黙ってやれよ。そういうところダサいんだよ」
    瑞妃「うるさい!自分で進学先選べもしなかった空君に言われる筋合いはない!」
    空 「別に自分で選んだし」
    瑞妃「嘘つけ。私しってるもん」
    恭一「やめよ、二人とも」
    瑞妃「生徒会室でみたから」
    空 「なにをだよ」
    瑞妃「ほんとは脚本家の専門学校に行きたかったんでしょ」
    空 「……」
    瑞妃「高校の生徒会活動してた時、空君が席外したときにちらっと見えたの、専門学校のホームページ」
    空 「……別にたまたま開いてただけだろ……」
    瑞妃「自分のなりたいものを親にもつばりょーにも自信なくて言えない奴が、私のことバカにすんな」
    空 「俺は現実を見て今の学校を選んだんだよ。お前みたいな、いつまでも子供みたいなやつとは違うんだよ」
    瑞妃「嘘つけ。どうせ見栄でしょ。空君ってすぐ見栄張るから」
    空 「別に見栄なんか……」
    瑞妃「空君ってホント無駄にプライド高いもんね。自分のお兄ちゃん二人とも国公立大で自分は自称進なのに、妹がスーパー進学校に通ってたらそりゃ国公立大目指すしかなくなるか。空君みたいな無駄にプライド高い人は」
    空 「うるせぇ!お前に何がわかんだよ」
    恭一「瑞妃ちゃんやめなって」
    瑞妃「現実見たとか大人ぶって、ほんとは自分の夢を他人に話せない弱虫じゃん」
    空 「んなこと……」
    瑞妃「私は空君と違って自分で親説得してミュージシャン目指してんの、空君は理由つけて勝手に泣き寝入りして、被害者ずらして何にも挑戦もしてないの。空君の方がダサいでしょ」
    恭一「やめなって瑞妃ちゃん!」
    瑞妃「なに?私間違ったこと言ってないんだけど」
    恭一「だからそういうところがー」
    瑞妃「なに?子供っぽいって言いたいの?」
    恭一「いや、そういうわけじゃないけど」
    瑞妃「かがみんも私のこと下に見て、馬鹿にしてるんだ」
    恭一「してないって」
    瑞妃「してるんでしょ?専門学校なんだって」
    恭一「思ってないって」
    瑞妃「どうせわからないんでしょ。かがみんは頭がいいから、頭の悪い奴の悩みなんて。そうやって馬鹿にしてるんでしょ」
    恭一「そりゃ二人の悩みはわかんないけど、それはー」
    瑞妃「やっぱり馬鹿にしてんじゃん」
    恭一「違うくて、最後まできいー」
    瑞妃「ほんと最低。勉強できるくらいで調子のんな」
    恭一「だからー」
    瑞妃「勉強できるからってさ、人のことバカにしていいわけじゃないんですけど」
    恭一「だからー」
    瑞妃「慶応に通ってるからってさ、受験勉強が得意なだけじゃん」
    恭一「だから!!!」
    瑞妃「なに!?」
    恭一「違うって言ってるでしょ!二人の悩みがわからないのは俺が二人じゃないから!ただそれだけ」
    瑞妃「でも馬鹿にはしてるんでしょ」
    恭一「馬鹿にしてないって」
    瑞妃「勉強できるくらいで人見下してんのほんと最低」
    恭一「できるくらいって何?」
    瑞妃「だから、勉強が人よりできて、それで慶応入ったからってなんも偉くないのに。こんな地方から慶応に行ったからってちやほやされて、たかが受験勉強得意だったくらいで」
    恭一「えらいだろ!人より勉強できるのは、人より勉強したからだよ。瑞妃ちゃん達が遊んでる時間に勉強してたんだよ。第一、受験勉強得意だったくらいでとか、推薦で受かって、受験勉強やってない奴に言われる筋合いないし、受験勉強やってたやつにも胸張れるくらい努力して慶応入ったから」
    瑞妃「勉強の才能があっただけのくせに」
    恭一「周りに才能あるって思われるくらい人の何倍も勉強したの」
    瑞妃「でもだからって」
    恭一「だいたい夢追いかけることとかを子供っぽいとか俺は言ってないし、言わないよ。けど、そうやってすぐ熱くなって人の話聞かないところとか、自分の図星つかれてむしゃくしゃしたからほかの人に当たるとか、そういうところが子供っぽいって言ってんの」
       三人の沈黙が流れる。
       空のスマホに電話がかかってくる。
       空、スマホの画面を見る。
    空 「えっ」
    恭一「どうしたの?」
    空 「……つっつばりょーから……電話が……かかってきた」
       空、二人にスマホの画面を見せる。
    瑞妃「えっ…‥」
    恭一「出たらダメなやつかな」
    空 「……きっきるか」
       空、着信拒否のボタンを押そうとする
    瑞妃「……でようよ」
    空 「えっ」
    瑞妃「でようよ」
    恭一「いや危ないでしょ。心霊とかでよくみるじゃんこういうの」
    空 「俺心霊ダメなの」
    瑞妃「知ってる」
    空 「じゃぁきろうよ」
    恭一「電話越しの声聞いたらしんじゃう系のやつだよ」
    瑞妃「そんな系統ないよ」
    空 「お前は自分のスマホじゃないからそういうことが言えるんだよ。あぁーーもぉ―――どうしたらいいのこれ」
    瑞妃「かけてきてんのつばりょーなんでしょ。つばりょーなら幽霊になっても私らのこと悪いようにはしないって」
    恭一「まぁーーたしかに」
    空 「えっはぁ?でんの?怖いって、電話の声聞いたら死ぬって」
    恭一「その可能性もまだある」
    瑞妃「無きにしも非ず」
    空 「はぁーせめてないって言えよ」
    恭一「それは……わかんないから」
    空 「責任とれんの?お前らは、俺が死んだら責任とれるんですか」
    瑞妃「とるとるとるとる」
    空 「軽いって。ふざけんなよ」
    瑞妃「スピーカーにしていいから、早く」
    空 「もうーーー……出るよ、出るからね、スピーカーにするからね、三人とも死ぬからね」
    恭一「わかったって」
    瑞妃「早くしてって」
    空 「うるさいなーーーもぉーーー押したら、いんでしょ押したら。あぁ俺らの人生終わります。今までありがと。さらばともよ」
       空、応答ボタンを押し、スピーカーモードにする。
    桃香「あっつながった。もしもし」
    空・恭一・瑞妃「……」
    桃香「もしもーし」
    空・恭一・瑞妃「……」
    桃香「あれっ?住谷さん?住谷空さーん?もしもーし」
    空 「つ……つ……つ、つ、つばりょーが女の人になって甦って、俺のスマホに電話かけてきて……る?」
    恭一・瑞妃「はぁーーーーーーーーーーー!?」
    桃香「え……あっ……」
    瑞妃「えっどういうこと、意味わかんない意味わかんない」
    恭一「えっあ……え……あ……ん?」
    桃香「いやえっと……あっ」
    空 「えーーーいやーーーもーーー心霊より怖いんですけど」
    桃香「いやあのすみません、えっと僚也じゃないです……?」
    瑞妃「だれだれだれだれ、僚也ってだれ」
    恭一「いや、ほんと、えっと……なに?え……あの、なに?」
    桃香「えっと……あっそうか、えーっとつばりょーじゃないです」
    空 「いやそんなのわかってますよ。そりゃつばりょーは亡くなったんだから、まず女の人じゃないし、つばりょーなわけ……ん?」
    空・恭一・瑞妃「え」
    桃香「あのすみません驚かせちゃって。つばりょーの妻の燕谷桃花です」
    空・恭一・瑞妃「……ん?」
    桃香「いやえーーっとあの僚也のスマホからかけてて」
    空・恭一・瑞妃「あーーはん」
    瑞妃「……あっそうか。つばりょーって、燕谷僚也先生じゃん」
    空・恭一「……あ……確かに」
    桃香「あのーーおちつかれました?」
    空 「えっあ……はい」
    桃香「ごめんなさい。急に電話かけちゃって」
    空 「いえいえ……あの全然大丈夫なんですけど、えっとその……私に何か御用でしょうか」
    桃香「あっえっとね、僚也が成人式の時に三の二のみんなにあげるんだって、家で大切に保管してた手紙が入った箱があるんだけど、みんなの成人式に私が持っていくのもなんか違うじゃない。私も住谷さんたちと同じ学年の子達、卒業担任したから、私も成人式にはたぶん行くんだけど、いきなり知らない人来たらみんな困るだろうからさ。火葬の時に渡そうと思ったんだけど、お家に忘れちゃって。確か学級員長だったのよね、住谷空さんって」
    空 「え……あっはい。三年間学年委員長を」
    桃香「へぇーそうなの。すごい長さ。教員やってるけどそんな子見たことない」
    空 「よく言われます」
    桃香「あっで、えーっとそれでね、住谷さんに預けようかと思ってるんだけど、もらってくれる」
    空 「あ……えっあ……はい。大丈夫です」
    桃香「ごめんね。ありがとね。……えーっと今から予定ある?」
    空 「えっ?」
    桃香「急でごめんね。けど住谷さんもずっとこっちにいるわけじゃないだろうから、早めに渡したくて。忙しいんなら無理しなくていいんだけど」
    空 「あっいや、全然大丈夫です」
    桃香「今どこにいる?」
    空 「えっと……平田市立西平田第二中学校にいます」
    桃香「……そっか……母校だもんね」
    空 「あ……はい。何となく来たくなって」
    桃香「ありがと」
    空 「えっ?」
    桃香「んーん。なんでもないよ。えっとそこにいるのは住谷さんだけ?……じゃなさそうな声がしてたけど」
    空 「あっえーーっともう二人います」
    桃香「三人か……じゃあ……三人で家にとりに来る?」
       空、恭一と瑞妃を見る。
       恭一・瑞妃うなずく。
    空 「あっはい……あっでも……その移動手段とか家の場所とか」
    桃香「確かに。そっかそうだよね……あっじゃあ、私が今からそっち向かうでもいい?」
    空 「あっ……はい」
    桃香「ありがとね。じゃあいったんきるね」
       電話切れる。
    空 「未来への手紙、埋めてなかったんだ」
    恭一「そこじゃないでしょ」
    瑞妃「そこじゃなくもないでしょ。先生……みんなで埋めた後、自分の家に持ってってたんだ」
    空 「なんか……つばりょーっぽいね」
    恭一「まぁ……誰かが勝手に見つけて、開けられるのが嫌だったんだろうね」
    瑞妃「てか、どうしよ、どうしたらいんだろ」
    恭一「どうするって何が?」
    瑞妃「いやいやつばりょーの家行くんだよ」
    恭一「たしかに……つばりょーの家……入っていいのかな」
    空 「桃花さんがいいって言ってたし……いやでも……」
    瑞妃「玄関で渡してくれんじゃない?」
    空 「いやーーんーーでも……ちょっとみてはみたいけど」
    瑞妃「まぁ……それは」
    恭一・瑞妃「確かに」
    空 「なんか変な緊張してきた」
    瑞妃「私も……なんか……おなか痛い」
    恭一「なんか失礼な事とかしたら、つばりょーに呪われそう」
    空 「たしかに……つばりょーフツーに甘やかしタイプの先生じゃないからなぁ」
    瑞妃「やめてそういうこと言うの。余計おなか痛くなるから」
    恭一「厳しいとこ厳しいもんね」
    空 「まぁでも厳しいっていうか……」
    空・恭一・瑞妃「当たり前のことを当たり前に」
    空 「だもんね」
    恭一「うん」
    瑞妃「この場合の当たり前ってなんだよぉ」
    空 「えーーーあーー……いや……えーーー」
       空、空を見上げる。
    燕、飛び立つ。 

    〇空・夜・大雨
       燕、飛んでいく。

    〇燕谷家が住むマンション・リビング・大雨
    テレビ台の横の小さめのサイドボードの上に暗めの青色のカバーがかけられた骨箱と木でできた位牌がおいてある。
       置時計の針は二十二時三十二分を指している。
    空・恭一・瑞妃、机を囲むように正座で座っている。
    燕谷桃香(29)手紙の入っている淡い黄色の箱を寝室から持ってきて、瑞妃の隣に座る。
    空、リビングの大窓から外の天気を見ている。
    ベランダに燕が飛んでくる。
    燕、ベランダの軒下で雨宿りする。
    空 「すいません、お邪魔しちゃって、夜ご飯までごちそうしていただいて」
       空・恭一・瑞妃、桃香に軽く会釈する。
    桃香「んーん。いいのいいの。ご飯作るのめんどくさくてさ、あそこのレストランおいしかった?」
    空・恭一・瑞妃「はいっ」
    桃香「そっかぁ、よかった。あそこのお店ね、高校の同級生が開業したお店で、僚也ともよく行ってたの。またこっち帰ってきたら行ってみてね。『L'Oiseau bleu』ってとこだから」
    空・恭一・瑞妃「はいっ」
    恭一「こんなお疲れの時にお邪魔しちゃってほんとによかったんですか?」
    桃香「いいのいいの。なんかこの家に一人でいると寂しくなっちゃうし、こちらこそごめんね急に頼んじゃって」
    空 「いえ」
    桃香「はいこれ、僚也からあなた達への手紙」
       桃香、手紙が入った箱を空に渡す。
    空 「すいません、ありがとうございます」
       沈黙が流れる。
    桃香「あけないの?」
    空 「いや……まだ二十歳じゃないですし」
    恭一「俺たちだけ抜け駆けして読むのも……違う気がして」
       瑞妃、頷く
    桃香「そっかぁ、みんな真面目だなぁ……僚也がさ、いつもあなた達のクラスのこと楽しそうに話すから、僚也がそんなに好きなクラスの子達にどんなこと書いたか気になっちゃって、ちょっと楽しみにしてたんだけど……まぁ私が口挟めることじゃないから……いいんだけどね」
    空 「なんか……すいません……」
    桃香「いやいや、なんかこちらこそ気使わせてごめんね……あっ!じゃあ、みんなのつばりょーとのこと聞かせてほしいな」
    瑞妃「つばりょーとのこと……ですか?」
    桃香「うん……なんか、うん……聞きかせてほしいな。私は知らないからさ、僚也のつばりょーとしての一面。みんなのつばりょーとのことおしえて」
    恭一「えっと、つばりょーは……お兄ちゃんみたいな先生で……」
    空 「親しみやすくて、でも厳しくて、いや……厳しいっていうか」
    空・恭一・瑞妃「当たり前のことを当たり前に」
    空 「が口癖で」
    瑞妃「コロナで修学旅行いけなくなった時に、『大人になったらみんなで大人の修学旅行に出かけよう』って言ってくれて」
    桃香「あっ……だから」
    空 「えっ?」
       桃香、仕事部屋から付箋が付いた大量の旅行雑誌を持ってくる。
       仕事部屋にデイジー色のクラTが掛かっているのが見える。
    恭一「これは?」
    桃香「僚也がね、いろんな地域の旅行雑誌よく買ってくるからさ、これどうしたのって聞くと、いっつもうれしそうな顔して『修学旅行に連れてくんだ』って言ってて。修学旅行に行く学年を担任してない時も言うもんだから、待ちきれないくらい修学旅行好きなんだなって思ってたんだけど……そっか……あなた達との約束のためだったんだね」
    瑞妃「つばりょー……」
    瑞妃、涙があふれる。
    空 「行事の時とかめっちゃ気にしてくれて」
    恭一「体育の時間とか遊びに来てくれて」
    瑞妃「卒業式の日に……つばりょー泣きながら」
     
    (回想)
    僚也「三の二の担任になれてよかって本当に思います。これから私の教え子は増えていって、担任した子も卒業させた子も増えていくけれど、どれだけ教え子が増えても、この三の二以上に一緒に歩んだ気持ちと大切さを感じられる教え子はできないと思います。このクラスの担任になれて本当に幸せでした。クラスのみんなと支えて頂いた保護者の皆様のおかげです。本当にありがとうございました」
    (回想終わり)
     
    瑞妃「って言ってくれて……それがなんか……このクラスでよかったって思ってるの自分たちだけじゃないんだって……つばりょーも思ってくれてるんだっておもえて……それが……それが、うれしくて……」
    桃香「そっかそっかぁ」
    恭一「俺とか瑞妃とか卒業した後もよく先生に会いに行ってたんですけど、いっつも絶対、仕事の邪魔なのに嬉しそうに出迎えてくれて、会いに行くと『早くみんなとお酒飲みたい』って……いっつもいっつもいってて……」
       恭一、涙があふれる。
    恭一「成人式で飲もうって……あと……あと一年だったのに……」
    空 「ごめんなさい……こんな泣いてて」
    恭一「ずいまぜん」
    桃香「んーん……なんか嬉しい」
    空 「……あの、なんで僕らをお葬式によんでくれたんですか」
    桃香「……三年前くらいに、僚也のおじいちゃんが亡くなってね、その時に二人       で話した時のことを思い出したの」
     
    (回想)
    〇火葬場の入り口の屋根の下・夕方・雨
       火葬場の入り口で燕谷僚也(26)と燕谷桃香(26)が立っている。
    僚也「じいちゃん……いい人生送れたかな」
    桃香「そうだといいね」
    僚也「じいちゃん……いろんな人に見送られてたなぁ」
    桃香「そうだったね。なにかしてた方なの?」
    僚也「なんか自治会長とかいろんなのしてたみたいあんまりちゃんとはわからないけど。なんか……いいな」
    桃香「いろんな人に見送られたいの?」
    僚也「んーーーでもなぁ、お金かかるかぁ」
    桃香「僚也がそうして欲しいなら、いくらでも、お金かけるよ」
    僚也「なんで俺が先に死ぬんだよ。絶対桃香より先に死なないから」
    桃香「ほんとにー?おいていかないでね」
    僚也「あたりまえじゃん」
    桃香「ありがと。じゃあ、もしだよ、もしさ僚也が先になくなっちゃったら、絶対にお葬式に呼んでほしい人いる?」
    僚也「んーーーーー……あっ!」
    桃香「おっ!だれだれ」
    僚也「俺がさ初担任且つ初卒業担任したクラスがあるんだけどね……その子たちを呼んでほしいな」
    桃香「えーーーなんで?」
    僚也「俺の教え子の中で一番大切なクラスだから」
    桃香「そっかぁ。でも、その子たちにどうやって連絡したらいいの?」
    僚也「俺が入っているLINEグループのなかに三の二って書いてあるグループがあるからさ、そこにいる空ってやつに連絡するといいかも」
    桃香「すごい信頼してるんだね、その……空君?のこと」
    僚也「ほんとに誰とでも仲良くできてね、人まとめる力もあって、ほんと助けてもらったよ」
    桃香「よかったね」
    僚也「けど」
    桃香「けど?」
    僚也「なんとなく心開いてくれてなかった気がして」
    桃香「そうなの?」
    僚也「んーーーもっと内面まで見てあげれたらよかったんだろうな、きっと」
    桃香「まだまだこれからも会えるから、その時に開いてあげなよ」
    僚也「そうだなぁー、会いたいな」
    桃香「会えるよ、僚也のクラス子達よく中学校に遊びに来てるんでしょ?」
    僚也「うん、けど空はまだきてくれてないからさ」
    桃香「きっと来てくれるよ」
    僚也「そうだといいな」
    桃香「あってか、教員が連絡渡しちゃダメでしょ」
    僚也「あの子たちが高二の時に渡してるからだいじょーぶ、その子達だけだし」
    桃香「もぉー」
    僚也「じゃあ、俺が先だったらよろしくね。まぁないと思うけど」
    桃香「僚也が初担任したのってその子たちが中学校何年生の時?」
    僚也「中二」
    桃香「じゃあ九歳差?」
    僚也「そーーーーかも」
    桃香「そしたら、僚也のお葬式はさ、おじちゃんおばあちゃんばっかりが集まっちゃうね」
    僚也「たしかに」
       僚也・桃香、笑いあっている。
     
    (回想終わり)
    桃香「僚也がそうして欲しいって言ってたから、みんなには申し訳なかったんだけどね。平日だったし」
    空 「いや、そんな」
    桃香「ずっと僚也が一方的にすいてると思ってたのあなた達のこと。だから来てくれるか不安でね。でも蓋開けてみたらほとんどみんな来てくれたんでしょ。ほんとにありがとうね」
    恭一「来るに決まってますよ」
    瑞妃「そうですよ。先生が……つばりょーが来てほしいって……言ってるなら……なおさら……来ますよ」
    桃香「ありがとね。僚也は良いクラスを受け持ってたんだね」
    恭一「つばりょーだったからですよ」
    桃香「こんなに慕ってくれてる子たち残して、泣かせて、まったく」
       桃香、僚也の遺影を見る
    空 「……」
    桃香「僚也がなくなっちゃった日ね、交通事故にあったって聞いて急いで病院行ったの……けど……もう息引き取ってて……」
     
    ×××
     
    (フラッシュ)
    医師「四月十三日十時九分三十九秒 燕谷僚也さん ご臨終です」
       桃香、茫然としている。
     
    ×××
     
    桃香「……僚也、朝から出張で……『いってらっしゃい』って最後の言葉になるんなんて思わないから……だって思わないじゃない……最後だなんて……もっと……みんなと一緒で私も、もっと……」
       桃香、涙がこぼれる。
    桃香「ごめんね……涙が」
    空 「いえ……」
       恭一・瑞妃・桃香が泣いている
    桃香「みんなは……こんな……こんな後悔しちゃう大人になっちゃだめだよ」
       桃香、笑う。
    空 「俺……二人と違って先生にあんま会いに行ってなくて、本当は会いに行きたくて……でも……でもなんかダサいって……中学生とかほかの中学校出身の同級生とかに思われそうで、それが怖くて、怖いというか……いらないプライド捨てられなくて……その……だから今日も泣けなくて……まわりの目、いらない目気にしちゃって……でもつばりょーが亡くなって悲しくて辛くて……でも涙出なくて、もっと会いに行ってればって悔しくて……」
       空、涙があふれる。
    空 「……つばりょーは……自分の奥さんに紹介するくらい俺のこと……俺のこと信頼してくれてたのに俺は……周りの目だけ気にして、ダサくなりたくないって言い訳して……つばりょーは俺のこと信頼してくれてたのに、ほんとのこと言ったら馬鹿にされるって思いこんで……つばりょー……絶対そんなことしないのに、そう言い聞かせて、勝手にあきらめて、あきらめる言い訳にして……それでつばりょー傷つけてて……こういうとこでも自分の話しかできなくて……ほんとに……ほんとにごめんなさい」
       空、桃香に頭を下げる
    桃香「いいんだよ。みんなはまだ子供なんだから……大人だって完璧じゃないんだから。いっぱい溢れていいんだよ」
    空 「すいません……ありがとうございます」
    桃香「いいんだよ、それで。それでいいんだから……でも、同じことで後悔しちゃだめだよ……じゃないと」
     
    ×××
     
    (フラッシュ)
    僚也「当たり前のことを当たり前にやりなさい」
     
    ×××
     
    桃香「僚也に怒られちゃうから……ね……」
       桃香、空に微笑みかける。
       空・恭一・瑞妃が泣いている。
    空 「……はい」
    桃香「もしね」
    空 「はい」
    桃香「もしまた一歩踏み出せない時は」
    空 「はい」
    桃香「雨が降ってる時は僚也がそばに来てくれてるって思ってみて。背中押されてると思ってさ。雨が強ければ強いほど、強く背中押されてると思ってさ。……がんばろ」
    空 「……はい」
    雨が止み、月虹がでる。
       空、ふと、窓の外にある月虹を見る。
     
    ×××
     
    (フラッシュ)
    僚也「俺はいつでも応援してるから。挑戦ゆえの後悔をしなよ。がんばれ!空」
    ×××
     
       燕が鳴く。
       空だけが気づき、燕を見る。
       燕が飛び立つ。
    僚也「またね」
    空 「……うん、つばりょー……またね」 

    〇空・昼・晴れ
    T 二十五年後 2051年 5月 13日 (土) 

    〇空の家のリビング・昼過ぎ・晴れ
       住谷空(44)家を出る支度をしている。
    住谷楓(44)台所で料理をしている。住谷陽葵(16)ジャージ姿でソファに寝そべっている。
    机の上には菊やカーネーション、百合で束ねられた花束がおいある。
    空 「楓!そろそろ送ってもらっていい?」
    楓 「はぁーい……ちょっとまってね」
    陽葵「お父さんでかけるの?」
    空 「ちょっとな」
    陽葵「浮気!」
    空 「ちがうよ」
    陽葵「でもさ、お父さん毎年この時期でかけてない?」
    空 「……そうだな」
    陽葵「七夕みたいな浮気してるの?」
    空 「してないって」
    楓 「陽葵、ふざけたこと言ってないで、優樹に連絡しておいて」
    陽葵「なんかあったっけ今日?」
    楓 「今日の十九時からお父さんの脚本の映画が初地上波なんだから」
    陽葵「『サザンピーチ』だっけ?」
    楓 「違うよ。それじゃなくて、えーーっと確か今日は『酒話天』だったはず」
    陽葵「そんなのあったけ?」
    楓 「『酒話会は天国で』、陽葵が中一のときだったかな?家族みんなで見に行ったでしょ」
    陽葵「三年前のことなんて覚えてないよ」
    楓 「いいから早く優樹に連絡しておいてね」
    陽葵「はぁーい」
    空 「優樹も来年成人式か……はやいなぁ」
    楓 「元気かなぁ」
    陽葵「元気に決まってんじゃん。ゴールデンウィークにあったばっかだよ」
    空 「確かにそうだな」
    陽葵「あっ!お父さんいつもの賭けしよ」
    空 「おっいいぞ」
    楓 「なにそれ」
    陽葵「お父さんが外出するときに、そのあとの天気が晴れか雨かあてるゲーム」
    楓 「曇りとか雪のときは?」
    空 「その時は賭け中止」
    陽葵「晴れか雨かだから」
    楓 「晴れか雨かなんて天気予報見たらあたるじゃない」
    陽葵「それがね!お父さんが絶対雨っていうと雨降るの」
    楓 「嘘だーほんとに?」
    陽葵「ほんとだよ!お父さんが絶対雨って言った日はどんなに晴れてても、雨降るんだから」
    楓 「たまたまでしょ」
    陽葵「たまたまが何回も続いてるんだもん。……でも確かに、お父さんが絶対雨っていうのは年に一回か二回くらいだから……まだ、たまたまという線もある」
    楓 「何年やってるの、そのゲーム」
    陽葵「小学校三年生の時から」
       陽葵、スマホで調べる。
    陽葵「今日の天気は」
    楓 「やっぱり、ずるじゃない?」
    陽葵「晴れ!100%晴れ、絶対に晴れです。雨雲レーダーがそう言っている」
    空 「今日は……」
       空、レースカーテンを開け、窓の外を見上げ微笑む。
    空 「絶対に雨だね」
    楓 「雲一つないのに?」
    陽葵「お父さん……大博打にでましたな」
    空 「いいや、大博打なんかじゃないぞ。今日は絶対に雨が降る」
    陽葵「私が勝ったらこのワンピース買ってね」
       陽葵、空にスマホを見せる。
    空 「おぉいいぞ。絶対に負けないからな」
    楓 「なんでそんなに自信あるの?」
    空 「今日は、燕が低く飛ぶだろうからね」
    陽葵「ふふん。さてはお父さん、なんで燕が低く飛ぶか知らないでしょ?」
    空 「ん?」
    陽葵「私、こないだテレビで見たから知ってるよ」
    楓 「なんで低く飛ぶの?」
    陽葵「燕が低く飛ぶのは、湿度が高いかららしいよ」
    楓 「へぇー」
    陽葵「今日は完璧晴れでからっからだから、燕は低く飛ばないんだよ、お父さん」
    空、笑顔でリビングの窓の外を見る。
    空 「んー、ほかの理由で低く飛ぶ日も……時にはあるんじゃない」
    陽葵「何?ほかの理由って」
    空 「……俺らに会いたいから……とかね」
       花束をもつ。
       リビングのベランダに燕が止まる。
    空 「ね、つばりょー」
    燕が鳴く。
    燕が飛び立つ。
    空 「先に行きすぎだよ。つばりょー」
       空、燕が飛んでいくのを見届ける。
    陽葵「なに話してるの?聞こえなかったんだけど」
    空 「何でもないよ」
    楓 「お待たせ。準備できたよ」
    空 「ありがと。ごめんね」
    楓 「いいのいいの」
    空 「ありがと」
    楓 「じゃあ行ってくるね、陽葵。お留守番よろしく」
    陽葵「はぁーい」
       楓、玄関で靴を履き、ドアを開け、外にでる。
    空 「行ってきます」
       空、楓に続いて靴を履き、傘を持って、振り向かずに外に出て、玄関の扉を閉める。
    陽葵「いってらっしゃーい」
       鍵が閉まる音がする。

    〇空の家の玄関外・昼過ぎ・曇り
       空、玄関の屋根の下から出て、空を見上げる。
       空の頬に小さい雨粒が降ってくる。
       空、頬のついた雨粒をぬぐい、ぬぐった指を見て、微笑む。
       空の頬に少しの涙が流れる。
       空、もう一度空を見上げる。
       曇り空から小粒の雨が降り始めている。 

    〇空・昼過ぎ・曇り
    T:「雨降って」
       燕、飛んでいく。
    【終】

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