
腕が鳴るのは、点と点がつながる瞬間
前回は、段取りや計画というものは、感情を叶えるための技術という話をしました。
ここ最近は段取りにこだわっていましたが、そんな中で今回は「どんな場面を腕の見せどころだと感じるのか」について、話してみたいと思います。
違和感を覚えた「去年と同じ」
最近、本業であるキャンペーン施策の話をしていたときのことです。
基本的には去年と同じ内容で進めましょう
担当者からすると自然な考え方です。すでに実績もありますし、大きく変える必要もない。効率を考えれば正しい判断だと思います。
けれど、私はそこで違う感覚を持ちました。というのも制作会社時代の私は、キャンペーンサイトやLPを毎回ゼロから考える環境にいたからです。
期間限定のキャンペーンサイトは、ある意味で打ち上げ花火のようなもの。
一瞬だけ公開されて役目を終えるからこそ、その一瞬に全力を注ぎ込む。前回と似た企画だったとしても、また一から作り直す。
むしろ、同じものを作るという発想がありませんでした。
もちろん効率だけを考えれば、前回を流用した方がコストも抑えられます。けれど、私はどうしても「もっと面白くできないか」と考えてしまうんですよね。
複数の視点が見えたときに
今回の案件でも、ただ気合いで盛り上げようと思ったわけではありません。今の私には、いくつかの視点があります。
販促や売り方の視点
ECサイトの視点
SEOの視点
コンテンツ設計の視点
ユーザー体験の視点
それぞれ単独で見ることもできますが、私の場合はそれらを横断的に見ているからこそ、
この切り口で進めると、
実は複数の領域に効くんじゃないか
という発想が出てきます。大きな予算をかけたり、大胆な施策を打たなくても、一つのアイデアが複数の領域をつなぐことがあります。
そして、その景色が私にしか見えていないときに、ものすごく腕が鳴るんですよね。
これは、私がやる意味がある
そう思える瞬間です。
統合することが好き
逆に言うと、一つひとつの細部を突き詰めることには、そこまで強い興味を持てません。
デザインを最後の最後まで磨き込むことや、コピーを一文字単位で調整することも、もちろん大切な仕事です。
けれど、最も力を発揮したい場所ではないんですよね。なぜなら、それぞれには専門家がいるから。
デザイナーにはデザイナーの視点があり、ライターにはライターの視点がある。私が好きなのは、その人たちの仕事を理解した上で、
「それぞれをどうつなげるか」
そう考えることなんです。点と点を結び、一本の軸を通していく。そこに一番面白さを感じます。
段取りとは翻訳なのかもしれない
振り返ってみると、「段取り」という言葉も、単なるスケジュール管理ではない気がしています。
むしろ、「異なる領域同士をつなぐ翻訳作業」に近い。
それぞれが異なる言葉で話している中で、共通の目的を整理して優先順位を決め、方向性を示して実現方法を考える。そうして、全員が進める状態を作っていく。
以前、勤めていた制作会社時代もそうでした。
様々な職種の人が集まる中で、結果的に一番多くの人と会話し、一番多くの領域を理解しているのが私であるからこそ、自然と相談が集まり物事が動いていく。
その構図にすこし似ています。
肩書きでは説明しにくい仕事
ただ、面白いのは、この役割が肩書きで説明しづらいことです。
ディレクターなのかと言われるとすこし違うし、デザイナーでもなければ、プロデューサーでもない。
何か一つの専門性を極めるというよりも、複数の専門性をつなげることに価値があるからです。だから、あえて名前を付けなくてもいいのかもしれません。
無理に定義すると窮屈になってしまう気もします。
最近改めて思うのは、私の強みは
「深く掘ること」よりも
「方向を示すこと」にあるということ
それぞれの専門家と比べれば、私は劣りますが、
それらをどう組み合わせるか?
この視点なら価値を発揮できる。複数の領域を横断しながら、「こうすると、もっと良くなるんじゃないですか」と提案する。
そして、そのアイデアを素早く形にする。完璧なものを作るというよりも、意味の通ったものを素早く作る。
それが、私らしい仕事の仕方なんだと思います。
まだ誰も見えていない景色があるから
今回改めて整理してみて、腕の見せどころだと感じるのは、
誰も見えていない景色が見えたとき
なのだと思いました。複数の領域がバラバラに存在していて、それらをつなぐ一本の線が見えたときに、私だからこそ発揮できる価値がある。
細部を極める人になるよりも、
全体を見渡しながら方向を示す人でありたい。
そんなことを改めて感じた一日でした。
ではまた。
最近、note質問箱を使って、問いを預かる取り組みをはじてみました。もし、預けたい問いがございましたら、どうぞお気軽に。