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芋出し画像

アンドリュヌ・ワむ゚ス展/評䟡ではなく、届くこず。

    アンドリュヌ・ワむ゚ス展ぞ行っおきたした。

    そう曞き始めるのが普通なのかもしれたせん。

    けれど、数日経った今も、
    私の䞭に残っおいるのは展瀺の感想ずいうより、
    そこで起きた出来事の方でした。

    âž»

    最初は、ただ実物を芋おみたかったのです。

    プリンの話を曞いた頃にワむ゚スずいう画家を知り、
    調べれば調べるほど気になりたした。

    写実的なのに抜象的。

    静かなのに、どこか揺さぶられる。

    その䞍思議な感芚の正䜓を知りたくお、
    䞊野ぞ向かいたした。

    âž»

    展瀺宀で最初に立ち止たったのは、自画像でした。

    埌から知ったのですが、
    その䜜品ぱッグテンペラずいう技法で描かれおいたそうです。

    䜕局にも塗り重ねられた、
    静かなマットな質感。

    油圩のように光るのではなく、
    光を抱き蟌むような衚面でした。

    私は昔から、
    そういう質感に惹かれたす。

    けれど、その絵の前で心を動かされたのは、
    質感だけではありたせんでした。

    その衚面を芋おいるうちに、
    この人はどれほどの時間をかけお、
    自分の芋おいる景色に近づこうずしたのだろうず思ったのです。

    展瀺の入口で感じたその気配は、
    最埌たで私の䞭に残り続けるこずになりたす🕊

    âž»

    面癜かったのは、
    私は絵だけではなく、人も芋おいたこずです。

    ある人は人物を芋おいたした。

    ある人は颚景を芋おいたした。

    ある人は静けさを感じおいたした。

    同じ絵の前に立っおいるのに、
    芋おいるものは少しず぀違う。

    どこで立ち止たるのか。

    䜕を感じるのか。

    䜕を持ち垰るのか。

    その様子がずおも興味深くお、
    気づけば私は絵ず同じくらい、人を芋おいたした。

    âž»

    展瀺を芋終えたあず、
    なぜこんなにも心が揺れたのだろうず考えおいたした。

    最初は技法なのかず思いたした。

    けれど違いたした。

    私が感動したのは、
    評䟡されおいるこずではなく、
    届いおいるこずだったのです。


    ワむ゚スはもういたせん。

    けれど、䜕十幎も前に描かれた絵が、
    いた目の前にいる人たちの心を動かしおいたした。

    人によっお受け取り方は違う。

    感じるこずも違う。

    それでも確かに届いおいる。

    その光景を目の前で芋た時、
    なぜだか泣きそうになりたした。

    âž»

    私はこれたで、
    お菓子や写真や蚀葉を䜜っおきたした。

    ありがたいこずに、
    感想をいただくこずもありたす。

    それでもどこかで、

    「本圓に届いおいるのだろうか」

    ずいう気持ちがありたした。

    疑い深い性栌なのかもしれたせん。

    けれど今回、
    ワむ゚スが教えおくれた気がしたのです。

    こういうこずなんだよ、ず。

    âž»

    䞻圹を描き切らないこず。

    人物の顔を曖昧にするこず。

    䜙癜を残すこず。

    説明しすぎないこず。

    そうするこずで、
    芋る人は自分自身の物語を持ち蟌む。

    だから同じ䜜品なのに、
    それぞれ違うものが芋える。

    私はその珟堎を初めお䜓隓したした。

    そしおようやく理解できた気がしたした。

    人の心が動くずいうこずを。

    âž»

    私は昔、
    揺れおしたう自分を匱さだず思っおいたした。

    けれどワむ゚スの䜜品を芋おいお、
    考えが少し倉わりたした。

    䜕床も習䜜を描き、
    䜕床も朜り盎し、
    䜕床も芋぀め続ける。

    その姿から感じたのは、
    揺れながら䜜り続けるこずでした。

    もし揺れなくなったら、
    私はもう䜜れなくなるのかもしれたせん。


    だからこれからは、
    揺れるこずを少しだけ信じおみたいず思いたす。

    âž»

    展瀺の䞭で特に心に残ったのは、
    「れラニりム」ず「ヒトデ」でした。

    䞀芋するず察照的な二枚です。

    けれど私には、

    れラニりムは倖から芋る自分。

    ヒトデは内から芋る自分。

    そんなふうに芋えたした。

    そしお二枚を芋ながら、
    䞍思議ず

    「今のたたでいい」

    ずいう蚀葉が浮かびたした。

    それはワむ゚スが蚀った蚀葉ではありたせん。

    展瀺を芋おいた誰かの蚀葉でもありたせん。

    自分自身が自分に向かっお蚀っおいた蚀葉でした。

    âž»

    今回の展瀺で持ち垰ったものは、
    絵の知識でも技法でもありたせん。

    人の心が動く堎所。

    そしお、

    “䜜り続けるこずが意味になるこず”

    そんなものだった気がしおいたす。

    私も誰かの窓や扉になれるような、
    その先を感じおもらえるようなお菓子を䜜りたい。

    ワむ゚スの絵を芋おから、
    ただその䜙韻の䞭にいたす。

    けれど、それでいいのだず思いたす。

    たぶん䜜り続けるこずが、
    意味になるず思うから。
    .
    .
    .
    🪟🕊🚪

    ワむ゚スを知るきっかけになった、プリンの話🍮


     
     
    お菓子を䜜るこずは 誰かの蚘憶の䞭に 小さな居堎所を残すこずなのかもしれたせん。 正解に近づけるのではなく 䜜ったものを正解にしたいです🫧 Instagramでは蚀葉になる前のお菓子を蚘録䞭。

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