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【月刊身仕度2月号】 越境詩片 −星影−

     地獄だったと妻が隣で話している。新年の挨拶に来た従姉妹に、去年の年明け頃を思い返して、打ち明けるように。誇張ではなく僕自身の感想もそうだった。初めて対面した家族最大の困難であったし、いつまで続くかもわからない果てしなさがあった。
     十二歳の長男が解離性障害を発症したのは、六人目の娘が産まれた翌日であった。誕生の歓びに浸る間もなく、一日中繰り返し続く失神とせん妄症状、夢遊状態での夜間徘徊の発作が始まった。それらは、生後五ヶ月の弟が急逝した時と同じ喪失がまた襲ってくるかもしれないという、あまりに強い不安と葛藤により、様々な症状がランダムに表出する精神障害だった。パソコンが強制終了するように失神し、覚醒時に接続エラーを起こした手足が勝手に動いて全速力で走り出したかと思えば、突然盲目になったりもした。時には記憶領域が分割されて先ほどまでの出来事がなかったことになり、時には七歳の人格が飛び出してきたりした。コミュニケーションもまともに取れない数日間は、聡明な彼が居なくなってしまう恐怖に押しつぶされそうになっていた。絵に描いたように気が狂った息子と、新生児の娘、そして間に挟まれた弟妹たちを抱えて夫婦で途方に暮れた。時代が時代であれば統合失調症と診断されていたであろうが、たまたま診察してもらった医師が解離性障害に造詣が深く、幸いにも早い段階で適切な治療に至った。とはいえ、特効薬はない。抗不安薬を投与しつつ、親が安心できる環境をつくる以外のことはできず、いわば心の骨折が治るのを待ち、リハビリのタイミングを図るようなものだった。
     なんとか卒業進学し登校できるようになるも、失神発作による学校からの呼び出し電話にやきもきする期間が半年ほど続く。落ち着かぬ日々は長かったが、娘が無事に成長していくとだんだんと安心が確信となり、夏休みを終える頃には急激に回復。二学期を全力で駆け抜けて、発症から丸一年経った現在、発作はほぼなくなった。地獄抜けして本人は、暇だなとつぶやいては勉強している。業が深すぎるようにも思う。
     だから本当に、喪失からの悲しみも、病からの不安も、やっとまったく何もない年越しになったなと、大晦日に蕎麦を啜るたびに考えていた。
     実家で夕飯を済まして帰宅のために外に出ると、澄み切った冷えた夜空だった。近所の神社は縁日の準備がされて、普段より明るく電飾の灯りが漏れるが、まだ賑わいはなく静かなものだ。小二の娘の宿題に、家族と一緒に月や星を見る、という課題があったことを思い出す。空を仰ぐと、少し欠けた月と、オリオン座がはっきりと見えた。僕の後ろから、月が綺麗だね星が綺麗だねと、指差し話している妻と子どもたちの声が聞こえてくる。
     夜空の星が線になり、初めて星座が見分けられるようになった年齢のころ、僕らは不安をどう感じていただろうか。息子の病で知った、言葉にできないほど深い葛藤、意識の表面から離れた不安は、昼間は見えぬ星のようだった。身を焼くような日々も遥か彼方に過ぎ去って、今はその光だけが儚く揺れている。星影に魅入られ身じろぎできぬ時、背後にできた影を踏むように、愛してほしいと思う。月が綺麗だね星が綺麗だねと、指を差して。


    この作品はエッセイ集『月刊身仕度』に掲載されています。
    本誌(完全版)は公式サイトで公開しています。

    本誌はこちら


    #身仕度 #エッセイ
    #創作大賞2026 #エッセイ部門

     
     
    こんな良い夜風を自転車で切って行けば わたしはすっかり綺麗になれる 知らない友人たちを招待して 呑気な夜更かしをすればいい

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