
ワタリドリ先輩
「コミティア」ってご存知ですか?
自主制作漫画誌展示即売会って正式には言うそうです。
アマチュア、プロ問わず、作品形式も問わず、
オリジナルの作品を誰でも出品、購入できるお祭りです。
私絵を描くもんだから存在は知っていたんですけど、友人に誘われてついこの前初めて、購入者側で行ってみました!
良い体験でした、私ひとの主体性が垣間見えるの大好きなんです。
会場にはね、自分で作りたくって作った作品を、出品したくって参加したツワモノ、そしてそんな作品を観にきたくって参加した人間しか居ません
会場は東京にありました。東京には意志の無い若者が沢山だとかあれ嘘ですよ!あんなに主体性が凝縮された都市も中々ないですからね
あ、「ひとの主体性が垣間見えるのが大好き」ってなんだよって話ですね。
でも特殊な趣向って訳じゃないと思いますよ、
何かってただ「自ら考え行動している様は、大変生命力が満ち溢れていて魅力的だ」と感じているだけですから。
例えば会話してる時に相手が聞き流してる癖して適当に合図ち打ったなてことがあるとして、それは主体性のある行動とは言いにくいですよね。
少なくとも「話を聞く」って上ではその人聞いてすらないから主体性以前の問題ですし
逆にめちゃくちゃ興味津々に自分の話を聞いてくれて、更には鋭い質問までしてくれたとしたら、
かなり主体性を持って「話を聞く」をしてくれてますし、「会話をする」ってことにも主体性を持って取り組んでくれている。
嬉しいですね、
主体性、
良いですよね!
(伝わったでしょうか…別の喜びじゃないのそれはって思われたでしょうか…とにかくこの例をスタートラインにして皆さんも人の主体性を感じた瞬間、思い浮かべて欲しいです)
とにかく何か自主的に、主体的に取り組んでいる人って素敵で、自分も主体的に行動すると心地よくて。そんな主体性が覗く瞬間とはとても鮮やかで暖かで喜ばしい感情を与えてくれます。
主体性の良さを喋り過ぎたところで、タイトルの
ワタリドリ先輩についてお話させて頂きます。
このタイトルは何かのキャラクターの事でも物語のキーワードでもありません。
ワタリドリはただそのまま実在する鳥の総称、渡り鳥のことを指しており、
先輩ってのは私が渡り鳥の皆さんが持つ主体性に酷く惹かれ憧れてるからです。
そして今回そのワタリドリ先輩に纏わるお話を書きたく、タイトルにさせていただいたって経緯でございます
いや、渡り鳥の主体性とはなんぞと。
ひとの主体性の魅力が分かったと思えば今度は鳥かと、そう思った方すみません。
でもやっとこれからエッセイしたい本題、
非日常の体験、日々の気づきのお話に入ります!
コミティアに行きました。参加証をもって、若干肌寒いやら楽しみで気にならないやら思いつつ、一般参加の列に並んでおりました。
長ーーい列でした。会場の入口からバーーッとボランティアの整備士さん達に誘導されながら、私と友人含めてそれはもう沢山の人が綺麗に並んでおりました。
列は会場からかなり遠くまで続き、私達は横を向いたらすぐ海が見える位置で並んでいました。
ゆっくり進み出した列に続きながら、友人の
「ボランティアの人は参加証が無くてもコミティアに参加出来るんだよ。私もやったことあるけど、お得だし、結構楽しいんだよね」
なんてコアな話を聞いていました。
渡り鳥の大群が、
横切りました。
海面スレスレに、見事に美しく鳥の群れが列を成して飛んでいきます、詳しい種類は分かりませんが白く美しい大群でした
風をきって真っ直ぐに、列をなして
圧巻のその様は意外と長く続き、ホケーっと呆気にとられる余裕がありました。
タイムリーだったのです、その日の少し前、
渡り鳥などの大群を作る鳥に見られる自己組織化
の話を個人的に振り返ったばかりでした。
自己組織化というのは、リーダーや外的指示無しにそれぞれが主体性を持って動き、自然に仕組みが生まれる。またそれに順応する様子を指します(要約)
渡り鳥は、自然に綺麗に並んで向かう道1つへと飛んで行きます。先頭の鳥は必ずしも群れの長ではありません。決め事があるから、親の教育があるからそう飛ぶのでは無く、自然に、各々が
「こう進むのが1番いいよね」と思って進み、それがあの見事な大群になっているのです。
正に、主体性の塊です。
高卒就活中の4年前、そんな話を聞いて酷く胸打たれた事を、きちんとまとめておきたいと文にしながら振り返ったばかりでした。
目の前に正に、その実態が現れたんです。
感動しました。涙が出そうで目元が強ばって、くちびるを噛んで唾を飲んだあと心臓の奥が熱くなりました。
打ち震えて居ました
主体性の大群に
そしてふと、気づきました。
あれ、
もしかして、
ちょっと待てよ
真横を駆け抜ける主体性の塊、憧れのワタリドリ先輩方と
主体性を持ってここに参加し列を成している我々
同じじゃないか?
気分が高揚していました、許してあげてください
でも本当に、その時ぱっと前を見た人も、横に居る友人も、後ろに並んでいる人も、私達を誘導してくれている人でさえ、全員がここに参加したくってお金払ってソワソワしながらワクワクしながら並んでいたんです。
主体性の、大群になってたんです。
突然ですが少し戻って自己組織化が生まれる環境について説明させて下さい
自己組織化とは、「完全なる秩序の場」でも、
「崩壊しきったカオス」でも生まれず
「程よいカオスの縁」で生まれるそうなんです
程よい、カオスの縁。
一体どんなものでしょうか。
私は、それを体感しています。
このイベントです。厳密に言えば、この文化です
アニメが好き小説が好き食べ物が好きアクセサリーが好き絵を描くのが好きもの作りが好き、
一体いつどこで何を経てどうしてそれを好きになったのか、コミティアに集まった人のそのきっかけは本当にバラバラで
同じ絵描き好きでも萌え系なのかデザインなのか、同じアクセサリー好きでもモダン的なのかレトロチックなのか、趣味趣向も分ければ分けるほど分けられる、
一見まったくもってどこにも統一性の見られないこのイベント、ただ、我々は、「もの作りが好き」それひとつが共通しているんです。
その参加方法が描くのか作るのか、読むのか買うのかそれが違う。けれど、そこは確実。
その1つの共通点だけで、アマもプロも素人も玄人も、ジャンルも何もごった返しなイベントを開催して、何万人と集まって。
体感した私には、立派なカオスの縁に感じました
大群も過ぎ去り、列が進み、会場に入って改めて実感します。
男女比とか年齢層とか、どうだったかなんて今思い出せないほど、そこには主体性を塊めた作品達と、それを受け取りに来た主体性を持つ様々な人間が居て、一見バラバラに見える最高に混沌とした会場でした。
けれど実は、もの作りが大好きで楽しいという名の大群を成して、1つ向こうの海へと渡る鳥のように一体感を持っていました。
誰が言い出しっぺでも無く、自分がやりたいからと行動し、会場を準備して、ボランティアさんが参加して、同じ思いの人間が思い思いの作品を時間をかけてこさえて、そこから繋がった興味のある人間が会場まで列を成し参加して
立派な、立派な自己組織化でした。
お願いですから、言いきらせてください。
拙い説得、文章でしょうが、どうか私の感動と高揚と興奮が出した結論をそっとしといて下さい。
憧れていた、ワタリドリ先輩とまるで同じ
一時の非日常が与えた、一見コミティアに参加さえすれば簡単に得られるその体験
それは私の参加したいという思い、コミティアを形作った皆さんのもの作りへの主体的な気持ちが揃わなければありませんでした。
この高揚と、主体性への憧れを忘れずに居たい。
そう思いながら、今日も、noteに集まった皆さんの主体性を眺めているところでございます。