
【創作大賞2025ミステリー部門応募作】第68話/ケ・ハレ〜仁保中郷土史研究部は今日も活動日〜
第3章 守る者たち
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矢儀は、身体の向きを変え、今度は下段のほうに視線を遣る。
「ただ、斜面を下るにつれて、石を置いただけになっちょる墓が多い」
直方体の形を成していない墓石が、申し訳なさそうに並ぶ辺りを指差す。
「あの辺は、その後、明治初期に上に居ついた、神子や、ここのキノコを知る者の墓じゃろう。上段と違って、敬われていた者の墓には、ちょっと見えん」
つまり、生きていた時から、後ろ指を指されていた者たち。
「一番下の、右隅の新しい墓」
矢儀は、指先をスッと動かす。
「裏に書かれてあった死亡年月日は、約三年前じゃった」
「もしかして――」
織田村も気づいたらしい。
「そう。おそらくは、最後の上の住人であり、最後の神子だった志乃さん……兼行の曾祖母ちゃんの墓じゃと思う」
松重志乃は、この地で生まれ、この地で亡くなった。
その間、一緒になれなかった男の子供を生み、独りで育てた。
しかしその子供は自死。
そのため残された孫を育てたが、その孫も中学卒業と同時に家を出た。
かと思えば、未婚で生んだ子供を連れて帰ってくる――と、志乃の人生は、随分と波乱に満ちていた。
〝上の者〟というレッテルの影響は、少なからずあっただろう。
それでも志乃が、生涯この地で生き、死んでもなお、ここの守り人となったのは、なぜなんだろう。
まだ、十四年しか生きていない矢儀には、ひとりの女性の胸の内はわからない。
矢儀が、故人に想いを寄せていた時だった。
「志乃さんは、最後じゃないですよね?」
織田村が、黒縁眼鏡の底から、非難するような鋭い目を向けてくる。
「そうじゃの」と、矢儀は溜息と共に肩を落とした。
「兼行は、たいそう驚いたじゃろうの。なんせ、つい先日、学校で起こった転落事故は、四年前、ここ――未遠の石段で起こった転落事故と、状況がそっくりじゃったんじゃから」
「故意ではなかったと?」
織田村の険しい表情は緩まない。
「四年前と同じく、と思いたいけどの。ただ、女生徒が〝跳べる〟と思った原因が、ここのキノコであることは、たぶん間違いない」
「どうするつもりなんですか?」
「このまま、知らんぷりってわけには、いかんじゃろ」
きつく眉を寄せた織田村に、軽く微笑みかける。
「手は打ってある。普段サボってんだ。こういう時ぐらい働いてもらわんと」
矢儀はポケットから懐中時計を出して、時間を確認した。
「――そろそろ始まっちょるか」
「え?」と、短い言葉しか出てこない織田村に、ようやく打ち明ける。
「さしでケリをつけるのが一番じゃろ。本人も、そう望んだみたいだし」
目を大きく見開く織田村と、視線がかち合う。
「――左内先輩と兼行先輩で?」
矢儀は小さく頷いた。
「僕、帰ります!」
言うが早いか、織田村は、ものすごい勢いで来た道を戻って行く。
「え?――おい!」
早過ぎる反応に、矢儀は置いてけぼりを食らう。
「おまえ! 何のために、俺がここへ連れてきたと――」
慌てて追い掛ける。
が、なんせ足元が不安定だ。
矢儀は、落ち葉で足が滑り、前のめりに転ぶ。
見ると、織田村も斜面を下る際に、見事にひっくり返っていた。
が、それでもすぐに立ち上がり、駆けって行く。
見たこともない、織田村の俊敏な動き。
どんどん距離は開いていく。
矢儀は、いきなりカウンターパンチを食らったかのように、ただ茫然と、小さくなる背中を見つめていた。
〜第69話へ続く〜
表紙イラスト:炭酸水