AIが賢くなるほど、職人が強くなる
AIがどんどん賢くなっています。文章を書きます。絵を描きます。プログラムも書きます。質問をすれば、たいていのことには答えてくれます。
少し前までなら、専門家に聞かなければ分からなかったことまで、数秒で教えてくれます。こうなってくると、いよいよ人間の仕事がなくなるのではないかと思ってしまいます。
ところが、最近どうも逆のことも起き始めているようです。AIが賢くなればなるほど、職人の価値が上がるかもしれないのです。少し不思議な話です。
AIは、ものすごい量のデータを食べて賢くなります。文章を読みます。写真を見ます。音声を聞きます。世界中の情報を集めて学習します。
人間なら一生かかっても読めない量を、あっという間に飲み込んでしまいます。たいへんな大食漢です。
ところが、世の中にはインターネットに載っていないものがあります。
たとえば寿司職人が魚を触って、「今日は少し違うな」と感じる感覚です。写真を一億枚見ても、この感覚はなかなか分かりません。
大工が木を削りながら、「ここはもう少し残したほうがいい」と判断することがあります。数字で測れば同じに見えても、本人には違って見えるのでしょう。
画家にも似たところがあります。線を一本引きます。もう一本描こうかと思います。しかし、そこでやめます。
なぜやめたのかと聞かれても、「これ以上描くとダメになるからです」としか言えないことがあります。
ずいぶんいい加減な話に聞こえます。しかし、その「いい加減」の中に、何十年分もの経験が入っています。
これまでは、知識をたくさん持っている人が強いと考えられてきました。しかし知識そのものは、AIが猛烈な勢いで肩を並べてきました。
では人間は何を持てばいいのでしょう。
おそらく、経験です。
自分の目で見て、自分の手で触れて、失敗して、客の反応を見て、何度もやって、少しずつ分かるようになることです。
AIは千冊の本を読めます。しかし一度も包丁を握ったことがないかもしれません。
一億枚の絵を見ることはできます。しかし、自分の絵の前で一人の客が三分間立ち止まった理由は知りません。
そこに、人間の仕事が残ります。
そして少し皮肉なことに、AIが賢くなればなるほど、その差が目立つようになります。
機械が知識を大量に持つようになると、人間の価値は知識以外のところへ移っていきます。それは、昔から職人が持っていたものです。
ですから、AI時代に強い人というのは、AIを使える人だけではないのかもしれません。AIが知らないものを持っている人です。
何十年も現場にいた人。何千回も失敗した人。一万回、同じ作業を繰り返した人。
そういう人の中には、本人にも説明できない情報が蓄積されています。
AIが人間の仕事を奪うと言われています。もちろん、なくなる仕事もあるでしょう。
しかし最後まで残る仕事は、案外、人間がこれまで仕事だと思っていなかった部分かもしれません。
手触りです。違和感です。
そして、勘です。
