
短編小説『土曜日の朝』
「友達を辞めなければいけなくなっちゃった、ごめんね。もう会えないと思う。」
彼女からそう連絡が来たのは、ある晴れた土曜日の朝だった。
土曜日の朝に連絡してくるということは、本気なのだろうと僕は思った。金曜日の夜に来るメールとは訳が違う。
起き抜けにベッドでスマートフォンを握りしめたまま、僕は考えていた。なぜだろう?
しかし、それは考えるまでもないことだった。
彼女は会社の同僚と結婚することが決まっていからだ。
僕と彼女はボーイフレンドとガールフレンドという関係だった。文字通り、友達だった。
お互いに浮気相手とかセックスフレンドというわけではなかった。
たまに会ってお互いの近況を話して、美味しい食事を楽しむ。それだけの関係だった。
僕の妻に紹介したこともある。
もっぱら会うのは2人きりだったけれど。
2人でする話と3人でする話は、本質的に異なるものだ。
彼女の夫が、僕に会うことを嫌がるのだろう、と推測した。
もう彼女には会えない。
それは、僕には理解ができた。
彼女の夫が嫌がることは僕はしたくないし、彼女もきっとそうだろう。
でも、僕は納得はしたくなかった。
「ねえ、男女に友情は成立すると思う?」
最後に会ったとき、彼女はそんなことを聞いた。
「場合によるだろうね。どうだろう。」
僕は答えた。恋愛やセックスを抜きにした友情は成立するし、実際に僕の中では彼女はそういう対象だった。
「じゃあ、私たちはどういう関係なの?」
彼女が聞いた。僕は答える。
「もちろん友達だよ。」
「仮にの話なんだけど、私とセックスできる?」
「いや、僕は君とはしないよ。」
僕は答えた。
彼女は僕の回答に満足したようで、別の話題に切り替わった。
あの会話にはもっと別の意味があったのかもしれない。本当はあの時、もう会わないようにしよう、と伝えるつもりだったのだろうか?
僕は友達を1人失った。
妻を除けば、唯一の女友達だった。
妻は恋人でもあり親友でもある。けれど、友達ではない。どうしようもないくらいに妻は妻であり、愛する家族だった。
僕は隣で寝る妻を起こさないようにベッドから起き上がった。
妻に聞こえないように静かに玄関を出て、朝日を浴びながら彼女に電話をかけた。
電話は繋がらなかった。
メールをしようとスマートフォンを確認する。
「ユーザーが存在しません」と表示されている。
メールもできなくなっていた。
このマンションは8階建てだけれど、僕たちの住む部屋は一階だから、玄関を出ればすぐに屋外に出ることができた。
僕は寝巻きにクロックスのままで歩き出す。
足の向くままに任せて。