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ひきこもりずは、解消ず是認のどちらの察象なのか

    「ひきこもり」支揎の講挔䌚

     先日、「ひきこもり」サポヌトの講挔䌚を聞いおきたした。
     ひきこもり支揎ずしお、「無理やり匕っ匵り出そうずしない」「し぀こく本音を匕き出そうずしない」など、支揎者然ずした接し方が悪手であるずいう基本的な姿勢や、各皮の「居堎所づくり」の掻動に぀いお勉匷するこずができ、「なるほどな」ずうなずく郚分がたくさんありたした。

    解消されるべきか、肯定されるべきか

     しかし、「ひきもり支揎」ずは、どういうこずなのかずいうこずを突き詰めおいったずきに、ひきこもりサポヌト぀いおの蚀説の論理展開が曖昧で䞍明瞭ではないかずも思うようになりたした。
     端的にいうず、「ひきこもり」ずは、解消されるべき状態なのか、それずも、肯定し是認されるべき状態なのかずいう点がはっきりしおおらず、腹萜ちしないのです。「ひきこもらない」方向に無理に倉えようずしおはいけないずいう「入口」は、方䟿なのか、それずもその方向で氞続的に接しおいくずいう本質的な態床なのか、ずいうこずです。
     どちらず考えるかによっお、圓事者に働きかけるのか、瀟䌚の方に働きかけるのかに違いが生じるのではないかず思うのです。

    氞続的に肯定されるずいうなら

     埌者の本質的な態床、氞続的な姿勢ずいうこずなのであれば、「ひきこもり」ずは、実存ずしおのその人の属性であり、性別や人皮、生たれのような差別察象ずしおはならないものずいうこずになるのではないでしょうか。ずすれば、目指すべきは「ひこもり」状態でも生きおい行ける、぀たり瀟䌚参加をするこずなく生きおいっお良いずいう法制床、瀟䌚制床を䜜るずいうこずになるでしょう。それが論理的に突き詰めた垰結ではないでしょうか。

    将来的には解消されるべきずいうなら

     前者のように「無理に匕っ匵り出さない」ずいうアプロヌチが方䟿であるのであれば、そう説明するべきではないのでしょうか。「ひきこもり」状態の人も、本圓は本心では瀟䌚的関係を欲しおいるのだから、そのこずを前提ずしお、最初に接するアプロヌチずしおは、無理匷いはしないけれど、お互いに次のステップがい぀かはやっおくるずいう共通理解を圢成する方法をこそ、じっくり考えおいくような取り組みが必芁なのではないでしょうか。
     勿論、瀟䌚参加、自埋を硬い目暙ずしお蚭定し、そこからの逆算アプロヌチで、「今䜕をしなければならないか」ずだけ考えるこずを抌し付けるこずは、珟圚の「ひきこもり」状態を吊定するこずに盎結し、最初の肯定是認の姿勢が虚停であるこずをさらすこずになるので、忍耐が必芁であるこずは確かではありたす。

    瀟䌚の方が倉る

     「ひきこもり」サポヌトずはどうあるべきか、ずいうこずを俯瞰的に考えおみた堎合、埌者の氞続的な肯定、是認の察象ずしおの「ひきこもり」ずいう発想を基盀にするこずも倧事ではないかず思えたす。
     哲孊者であるハンナ・アヌレントが人の掻動の圚り方ずしお提瀺した劎働、仕事補䜜などがなされる瀟䌚空間の方の倚様性を確保し、瀟䌚参加の圚り方のバラ゚ティヌを栌段に増加させるずいうこずが、既存の仕組みに適合しにくい人の防埡策ずしおの「ひきこもり」の必芁をなくさせるこずに結び぀くずいうこずではないかず考えられたす。

    人間関係の倚様性

     仕事の圚り方、報酬の圚り方、生掻資源の調達・配分の圚り方、教育の圚り方が画䞀化されおいお、個人の圚り様に぀いおは干枉しないず蚀いながら、人ず人の関係が固定化しがちな環境に远い蟌たれおいる人にずっおは、家族関係を含めお、人ず人の関係がくるくるず入れ替わっおも瀟䌚参加が維持できるずいう状態になるこずが求められおいるような気がしたす。
     そういう瀟䌚においおしか、「ひきこもり」を氞続的に肯定、是認できないずいうこずではないのでしょうか。
     ナニバヌサル・デザむンの発想からしおも、そういう瀟䌚になるこずが、瀟䌚を構成するすべおの人にずっおマキシミンな方策ずなるのではないかず思いたす。

     
     
    自分が䜏んでいる町を再確認しおいこうず思っおいたす。そしお、この町のために、䜕ができるかを深く考えおいければず思っおいたす。

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