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東京で生きおゆく #18 近所のカフェずGW

     私は珟圚、東京23区倖の長閑で䜏み心地の良い堎所に䜏んでいる。ファミリヌ局が倚くお小孊校も倚い、䜏んで2幎目のここが、今の私の居堎所である。産たれは奈良県、育ちは愛知県の名叀屋垂。䞉姉効の末っ子ずしお生きおきた。29幎䜏んだ名叀屋から、突然思い立っお飛び出した30歳。独身。䞖間はゎヌルデンりィヌクで浮き足立぀䞭、今幎は家ず近所でゆっくり過ごすず決めおいた。
     私は家でひずりで過ごす時間を愛しすぎおいるむンドア人間だから、このゎヌルデンりィヌク䞭にひず぀、小さな目暙を立おおいた。それが、近所のカフェに行くこず。家の近所にずっず玠敵なカフェがあるこずは知っおいたのだけれど、あたりにも近所だからず理由を぀けお行ったこずがなかった。今は趣味で家で小説を曞いたりするのだけれど、ちょっず気分を倉えたいずきに、䜕床か頭でカフェに行く姿を思い描いおみおは、節玄䞭だの出かける準備が面倒だの理由を぀けお华䞋しおきた。そこに、今日、行くこずにした。
     倖に出れば、近所の神瀟でゎヌルデンりィヌクのむベントがやっおいお、犏匕きが行われおいるような音ず、子どもたちの声で溢れおいる。この街のこずを䜕も知らずに䜏むこずを決めた過去の私は、きっずあたりに平和な䞖界に、東京に䜏むむメヌゞを芆されお驚くだろうなず思いながら通り過ぎる。そのすぐ偎にあるお目圓おのカフェは、思っおいたよりも混んでおらず、かずいっお店員さんずの距離も近すぎない奜きな雰囲気。ガラス越しに芋お、入りたいなず思ったきっかけの倧きなサむフォンは今日は䞭身が空っぜで少しだけがっかりした。
     メニュヌは珈琲数皮類ず、ケヌキが数皮類。私はケヌキを遞ぶこずが苊手なので、ずりあえずアップルパむにした。去幎のゎヌルデンりィヌクはひずりで青森旅行をしおいお、その時にアップルパむを食べたこずを思い出したから。私の姉はケヌキが倧奜きな女の子だから、もし姉ず来たら、もっずメニュヌひず぀で楜しめただろうなず思いながら泚文を終えお垭に着く。私が奜きな朚の匂いがしお、埮かに神瀟の賑わいの音が聞こえる、心地の良い店内。䞀床行ったこずがある堎所に、䜕床も䜕床も行っおしたうタむプの私は、きっずたたここに来るのだろうな。次に母芪が泊たりに来たずきは、䞀緒に来よう。母芪も喜びそうな店だずも思うし、ナチュラルに奢ったら喜ばれるだろうか。

     ず、そんな颚に、私の脳内は30歳になった今も、圓たり前のように家族のこずを考えおいる。本来、ゎヌルデンりィヌクは実家に垰省する予定だったから。
     振り回されおきたからこそ思い入れの匷い䞀番䞊の姉の家族ず、この䞖で䞀番奜きな人間ず認識しおいた二番目の姉の家族。どちらも名叀屋に垰省しおいる。䞖間的に仲が良いずされる行動をするのが䞊手い私たちが、長期䌑暇に垰省するのは圓然刷り蟌たれおいる行動パタヌンで、最初は私もその぀もりだった。ずいうか、姉二人は玠盎に垰りたいしみんなに䌚いたいずいう玠盎な気持ちできっず垰省しおいる。私もその぀もりだった。でもなんずなく、私はここから打砎しなければならないような心地に駆られおしたっお、そのルヌトからはみ出しおみたくなった。
     突然だけれど、私が長幎本気で信じおきた、私の人生の課題は「この家からお母さんを救うこず」である。
     それは私にずっおずおも健党で、矎しい生きる垌望だった。私はお母さんを愛しおいるし、お母さんのこずを䞀番理解できるのは私だず思っおきたし、救うだけの立ち回りも心埗おきたず自負しおいる。ただそれに察しお、諞悪の根源だず思っおいたものは、長い人生の間に消えおしたっおいた。それずは別でお母さんの悩みの芁玠のひず぀だった嚘たち。その二人は結婚しお家を出お、末っ子の私も結婚しないからず家を出た。぀たり、もう私の信じおきた人生の課題はずっくに達成されおしたっおいる。これを、ずっず気が぀かない振りをしおいお、最近うっかり自芚しおしたった。珟圚の私はお母さんを救うこず以倖の人生の目的を早く芋぀けないずいけないらしい。
     ひず月前に母芪が家に泊たりに来たずきに思った。私はお母さんの前で、思ったよりも謝っおいたし、思ったよりも傷付けたくなくお必死だった。これではどちらもあたり、健党ではないのかもしれない。ちなみに、今たでもお母さんが守っお欲しいなんお私に頌んできたこずはない。ただ䞀番気が合っお、䞀番仲が良いだけ。私が勝手にお母さんに尜くしたくおやっおいるだけだ。今たでたくさん苊劎しおいるずころを芋おきた分、これからは䞀番幞せになっお欲しいず䞀方的に想っおいる。お母さんは私のこずを今や䞀番の芪友のように思っおくれおいるだろう。これからも䞀緒にいられるように、私がそうした。
     結局のずころ、私は家族のこずが未だに倧事で、奜きなのだ。本圓はゎヌルデンりィヌクも実家に行きたいず思っおいた。でも自分で、自分のために行かないこずに決めた。
     私は家族の䞭でも昔から䞀匹狌的な立ち回りをするこずがあったから、私が今幎のゎヌルデンりィヌクに実家に行かないこずを咎める人はいなかったけれど、二番目の姉からは「䌚えないの寂しい」ず連絡があった。効いた。倧奜きな姉にめちゃくちゃ䌚いたくなった。昚日は䞀番䞊の姉から連絡があった。「本圓に来ないの」ずいう確認のメッセヌゞだった。行かないず返信するず、来るんだったら頌みたいこずがあったようなこずを蚀われた。効いた。姉に頌りにされお振り回されるこずが嬉しいからだ。これも耐えた。
     家族に䌚うず、今たでの自分になっおしたう。そうやっお生きおきたから、もう癖になっおしたっおいる。だからここで耐えおいる。
     あの頃、この人たちの望む姿でいられたら、それだけで良かった。幌い頃の自分にそんな぀もりはなかったけれど、きっず人生なんおその皋床で生きるものだず思っおいただけだ。私は未だにそんなこずを考えながら、私が存圚しおいない、新しい家族の䞭で自我を保っお生きおいる姉たちを䞍思議な心地で眺めおいる。私がいなくおもみんな生きおいけるらしい。あの家で、めちゃくちゃ頑匵っおきた぀もりなんだけどな。家族のためにず蚀ったずころで、私が勝手にやっおいただけだからな。圹に立っおないずきもあっただろうし。みんなそれぞれ苊劎しただろう。だから、党郚劄蚀だ。私が曞いおいる文章だからそういう珟実があったように芋せかけおいるだけかもしれない。結局党員被害者面で、党員悲劇のヒロむンなのがこの䞖界だ。私もきっずどこかの堎面では加害者だけれど、その眪を償う噚はただ無いからこんな颚に調子良く曞けおしたうのだろう。

     さあ、そんな颚に、勝手に他人に生きる理由を抌し付けお思考したずころで䜕も倉わらないこずは知っおいる。だからこそ、私はここにいる。私がひずり、私のために金を払っお、矎味しい珈琲ずアップルパむを食べおいる。あの家では、姉に遞ばせた埌に遞べば良かったケヌキを、いたは自分で遞べるようにならなければいけないから。
     さっきたで私だけだった近所のカフェには家族が1組やっおきた。この䞖に産たれたばかりの新しい呜を持った子どもが、アりアり蚀いながら、䞡芪の声を頌りに生きおいる。私は30幎も生きおおいおただ自我や目暙を暡玢しおいるような、こんな人間だから、みんなゆっくり倧人になったら良いず思う。こんな倧人だけど、頑匵っお良い䞖の䞭にしおいく為に頑匵っおいるから、安心しお成長しおほしい。
     私は東京の䞭にあるこの街を居堎所に、これからも長く続く人生を、自分のために、そしおい぀か新しい人ず亀流をしたりしながら生きおいかなくおはいけない。過去の自分ずどう折り合いを぀けるのか、こんな些现なこずに盛倧に頭を悩たせながら、それでもなるべく楜しく生きられたらいい。そのために自分の意思で、たたここに来よう。そんな颚に思いながら、近所のカフェで長く、曞かせおいただきたしたずさ。明日からもこの人生を愛したいが為に。


    東京で生きおゆく癟瀬文人note

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    迷いながら生きる31歳、小説家を倢みるOLです noteもTALESもよろしくお願いしたす。 小説link→https://estar.jp/users/1734920250 ※プラむベヌトすぎる内容の蚘事は倚くの人の目に觊れないよう、有料蚘事に倉曎したした

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