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戦場のスカウトマン(十一話目)

    #創作大賞2026 #エンタメ原作部門 #少年マンガ

    一章 空駆ける歌サマーククレカネレ傭兵団

    第十一話 空駆ける歌サマーククレカネレ傭兵団

     コイツ、まだこの街にいたのかと、その時酒場にいた全員が『歩く貯金箱』ディロス・フェアネンにちらりと眼を向ける。
     その視線を感じとり、どう勘違いしたのか、ディロスは得意げな顔になり、意気揚々とブロスタに歩み寄り、彼を見下ろす。

    「まったくよ~。こっちは誰かさんのお蔭で大怪我をした団員の回復を待つ為に日々宿代がかかってるってのによ~。飲みたい酒も我慢してんだぜ、こっちはよ!」

     じゃあ、酒場になにをしに来たのかと、その時酒場にいた全員が思った。

    「それだけじゃねえ。なんで俺が、ギルドの支部長にお小言を言われなきゃならんのだ! 怪我をした団員への対応が、団長としての自覚に欠けるとか言われたんだぞ! 信じられるか⁉ 団員をどう扱うかは団長の自由だろうがよ!」

     一杯おごりゃあ大人しくなるだろうかと、ブロスタは呆れる思いでディロスを見上げる。
     仕事斡旋あっせんや管理を業務としている傭兵ギルドも、決して傭兵の命が軽く扱われている今の状況を放っている訳ではない。
     個人の傭兵には、常に他の傭兵との共同での仕事を推奨しているし、傭兵団にはその規模、持っていると思われる実力に見合った仕事の紹介を心掛けている。例え傭兵という稼業が死と隣り合わせの仕事だとしても、そういった取り組みが無駄になることはない。
     ただ、たまにいるのだ。
     依頼金額に目が眩み、ギルドの再三の忠告にも関わらず、自分の実力以上の依頼を受けてしまう傭兵や傭兵団が。
     目の前の男もそうだ。
     ギルド側では今回勇敢なる口クラジュロート傭兵団が受けた、ファトフ王国からの依頼である、南西のプロドスィア王国との国境戦援助は、この傭兵団の手には余る。死者が増えるばかりであるから見送るように何度も勧告した。
     だが、前金の額が高く、成功報酬も法外であったこの依頼を前に、傭兵団長ディロスは折れなかった。問題ないと。
     依頼があって、引き受けるという傭兵団がいる以上、ギルドも王国に受諾なしとの報告をする訳にもいかず、条件付きで受諾を許可する。
     その条件が、ギルドが指定する熟練の傭兵を補佐役として受け入れ、その指示を仰ぐというモノであった。
     その結果は、その熟練傭兵の右眼、左手、右足を代償に、失われるはずだった多くの命が、エスフェラで最も信仰されているカラベラ教会の協力のもと、1・2ヶ月で元の生活に戻れる程度の重傷で戻ってこれたというもの。
     ディロスがこの街に滞在し彼らの回復を待っているのも、また一から募集をかけて集まった人員を使える実力まで鍛え上げるよりも、はるかに現実的で安く済むからに他ならない。
     ディロスは成功報酬を手に入れられなかったとはいえ、自身の命や傭兵団の存続を保てたのだから、その熟練の傭兵に対し、感謝をし特別報酬を支払ってもなんら不思議ではないのだ。
     少なくとも、はした金を渡して追い出した挙句、自分の失策をなすりつける権利はない。

    「おまけに、テメェ。なに傭兵団なんか造ろうとしてやがんだ。アァ! そんな人を集める余裕あるんなら、俺んとこにソイツらを提供するのが、筋ってもんだろうがよ!」

     呆れすぎて怒ることも忘れてしまったブロスタだったが、同席していた二人は違う。
     大口を通り越して妄言を吐くこの男に、身の程を教えてやろうと立ち上がる。
     しかし突如としてテーブル席の三人の視界から、ディロスが消えた。

    「な、なんだ、テメェは! なんか俺に文句でもあんのか。そこをどきやがれ!」

     ディロスの怯えたような怒鳴り声は、全て彼の前に立ちはだかった鎧戦士サファーノにはじき返される。
     サファーノがディロスを囲むように盾のついた両腕を広げた。
     ディロスは回りこむこともこともできず、一歩ずつ距離を詰めてくるるサファーノに合わせるように後ずさる。

    「そ、それ以上近づくんじゃねぇ! ぶっ殺すぞ!」

     背中が壁にぶつかり、迫りくる恐怖に耐えかねたディロスが剣を抜いた。
     それでもサファーノの歩みは止まらない。

    「クソッたれがーっ!」

     顔を引き攣つらせたディロスが剣を突きだすが、剣はサファーノの鎧にぶつかると甲高い音をたてて、中ほどからぽっきりと折れた。
     切っ先がディロスの頬をかすめ、壁に突き刺さる。

    「ヒィィィィィ!」

     情けない声を上げ、ディロスは背中を壁につけたまま、その場に崩れ落ちる。
     そのディロスの頭に、サファーノの右手が容赦なく置かれ、そして……優しく撫で始める。

    「サファーノ、撫で上戸なんだよね」
    「撫で上戸ォ~?」

      ハロスの声に振り返ると、ハロス、ポーク、フィメアの三人が、料理の乗った大皿を運んで来るところだった。

    「アイツ、酔うと誰彼かまわず頭撫で始めるんだよ」
    「俺もさっき撫でられた」
    「アタシも」
    「自分は昨日撫でられました」
    「おや、わたしはまだその恩恵には預かっていませんね」

     料理を円卓に置いて行く三人に便乗するように、座り直したホルールとカタラが笑いながら言葉を続けた。
      
    「ま、まあ、平和な酔い方ならいいわな。ああ、ハロス。傭兵団の団長なんだが、ホルールにやってもうおうと思うんだが、どうだ?」

     ブロスタの言葉にハロスが心底不思議そうな顔をする。

    「おっちゃん、なに当たり前のこと言ってんの? ホル兄にい以外誰やんのさ」

     ブロスタのこめかみに血管が浮く。

    「……こんのクソガキ。マジで時々ムカつくな」
    「まあまあ。たまにいますよ。過程を飛ばしも結果に辿り着ける人」

     カタラが吹き出しそうになるのを堪えながら宥めた。
     そんなやりとりに顔を綻ばせつつ、フィメアがウエーブのかかった黒髪を揺らしてブロスタに頭を下げる。

    「すまないね、ブロスタの旦那。コイツらの面倒見てくれることにしたんだろ? スフェラやドルガの件も含めて、旦那には世話になりっぱなしだねぇ」
    「オレは頼まれて仕方なく……」
    「なに言ってんだい。ハロスのことが心配でしょうがなかったくせに。旦那が背中押してくれたんじゃないか。違うとでもいうつもりかい!」
    「す、すいません」

     フィメアに叱られ小さくなったポークを笑うハロスだったが、フィメアに拳骨を落され、頭を押さえて屈みこむ。
     満足そうにそれを見届けたフィメアはテーブルに置かれていた一枚の用紙に眼を落す。
     傭兵団推薦状。
     傭兵ギルドの規定では、傭兵団の立ち上げには五名以上の団員と、提出する傭兵ギルド本部もしくは支部のある街に住民権を持つ者の推薦が必要だ。
     この用紙に記入したうえで、受付時に同行することが、推薦人には求められる。
     ただ、推薦人は傭兵団に加入していないことが条件であり、その後も加入することは認められていない。
     だから規定には、一般市民が推薦人となることが望ましいとされている。

    「世話になりっぱなしは、デスプレシオの女の名が廃すたる……ってもんだよね」

     フィメアは戻って来たサファーノに頭を撫でられるブロスタを尻目に、推薦状に手を伸ばした。

    「おっと!」

     ブロスタはサファーノに頭を撫でられながらも、素早く右手を伸ばし、フィメアが推薦状を掴む前に横から掠め取った。

    「気持ちは嬉しいが、アンタはいけねえ。店の評判に関わっちまう」

     過去に起きた傭兵団による略奪事件により、家族を失った者を多く抱えるこの街では、傭兵への、特に傭兵団への不信感は根強く、当たりは強い。
     必然的に傭兵が避けるようになったこの街で店を開く者が、顧客として計算しているのは当然ながら傭兵ではなく地元民だ。
     このキンジャルの酒場が、傭兵団の立ち上げに協力したというような噂が出ようものなら、客足が遠のくであろうことは想像に難かたくない。

    「その分、アンタらが飯食いに来てくれればいいさ」

     フィメアがブロスタの手から推薦状を奪い取る。

    「いや、そうは言ってもだな」

     もう一度推薦状を取り返そうとブロスタが手を伸ばすが、フィメアの後ろから大きくごつごつした手が伸びてきたかと思うと、フィメアの持つペンごと用紙を奪い取り、さらさらと自身の名前を書いて、無言でブロスタに突き出す。

    「ドルガ? あれ? 推薦人って住民じゃなきゃダメなんじゃなかったかい?」

     振り返ってのフィメアの疑問に、ひと仕事終えた傭兵ドルガ・トーリウムは、ペンをフィメアに返すと、腰に下げた革袋から一枚の羊皮紙を取り出して、フィメアだけでなく円卓を取り囲む者達にも見えるように広げてみせる。

    「あらまあ、住民権だ。傭兵嫌いのこの街に住もうだなんて、本当に変わったヤツだね、アンタ。まあ、いいや。麦酒と飯だろ。飯の方はこっちで適当に見繕っていいかい?」
    「フィメア嬢、こっちに持ってきてやってくれるか」

     ドルガが頷くのを見てブロスタがフィメアに声をかける。

    「はいよ!」

     フィメアが威勢良く答え、厨房へと入って行く。
     ポークが気を利かせて、他のテーブル席から持ってきた椅子をブロスタとカタラの間に置き、ドルガに勧める。
     ポークに目礼し、腰を下ろしたドルガの頭を、サファーノがすかさず撫で始める。

    「どうせ巻き込むなら、戦力として巻き込みたかったがな」
    「……許せ。俺はこの街より遠く離れずに過ごしたい」

     すまなそうに言うドルガに、ブロスタはいいんだ、いいんだと右手を顔の前で振ってみせる。

    「わかってるさ。お前は冗談やら嘘をつく奴じゃない。アイツらの仲間にならない為だけに、言い訳を考えつくほど器用でもないしな」

     ブロスタは推薦状をテーブルに置きつつ、ただと言葉を続ける。

    「昨日も言ってたな。この街に骨を埋うずめるって。いったいまたどうして? 個人への依頼だったら、ここよりも良い所なんていくらでもあんだろ?」

     ブロスタが訪ねると、ドルガは耳まで真っ赤にして、厨房への入り口をちらりちらりと見やる。

    「ああ、うん。わかった。もういい」

     円卓を囲んでいるメンバーのほとんどは不思議そうにドルガを見ていたが、十年以上の付き合いとなるブロスタと、整った容姿の為に色恋沙汰に巻き込まれやすいカタラは、それで充分察した。

    「ある意味、わたし達よりも険しき道のりのような気もしますね」
    「むぅ~」
    「まぁ、敵は多そうだ。慕う奴も相当いるようだし」

     ブロスタは、並んで料理を頬張るハロスとポークを見やりながら相好を崩す。

    「えーと、よくわかりませんが、ドルガさんが推薦人を引き受けてくれるのならば、団名はどうしますか? 推薦人の方がお決めになるのが通例とお聞きしましたが」

     残念ながら察することの出来なかったホルールが、傭兵団の事に話を戻した。

    「俺はベリウム語はわからん」
    「あ、それそれ。なんでさ、騎士団とか傭兵団の名前ってエスフェラ共通語じゃなくてベリウム語でつけんの?」

     ドルガの呟きに、ハロスが食事の手を止めて反応する。ポークも興味があるようで、一緒になってブロスタを見る。

    「一つの国だった頃の名残りだと思うが、いまは慣例だろうな。言葉の響きがいいってのもあるだろう」
    「ちなみに、ファトフ王国の騎士団には、全て平和を意味する平和パクスが使われているね」 

     ホルールの豆知識に、ハロスはふ~んと、あまり興味なさげに相づちをうつ。

    「お待たせいたしました。麦酒とサラダです。他の料理はただいま調理しておりますので、もう少々お待ちください」

     歌うように声を響かせ、ドルガの分の麦酒と料理を運んできたのは、地味な茶色の衣服と白のエプロンを着用したスフェラだった。

    「あれ、スフェラ姐ねえ、今日はこっち手伝ってんの?」
    「スフェラ姐さん、体調は?」

     彼女にとっては可愛い弟達の視線に、スフェラは穏やかに笑ってドルガの前に麦酒と料理を置く。
     サファーノが彼女を労うように、彼女の頭を優しく撫でる。

    「こんばんは、ハロス君、ポーク君、皆さん。ステージが直るまで、ホールの方で働かせてもらえることになって。体調は、お医者様からもらったお薬が効いてるみたい。ここ数日、とても落ち着いてるの」
    「そいつぁ良かった」
    「うむ。めでたい」

     ドルガはブロスタに同意しつつ、テーブルに集まった面子めんつを見回し、ボソリと言葉をこぼす。

    「空駆ける歌……というのはどうだ?
    「ん? ああ、団名か。空駆ける歌となると……」
    「空駆ける歌サマーククレカネレ傭兵団ですか。よろしいのではありませんか」
    「空駆ける歌サマーククレカネレ。とても素敵な響き」

     ホルールがすかさずベリウム語にしてみせると、団員ばかりでなくスフェラまで賛同してくる。
     だが、一人だけなんの反応も示さぬ者もいた。
     サファーノだ。
     いつの間にかスフェラを撫でるのをやめ、直立不動の体勢で彼女の横に立っている。

    「あれ、サファーノ、寝てらあ」
    「寝てんのか、コレ!」
    「これは……重大な問題が発生してしまいましたね」

     カタラが立ったまま眠りについたサファーノを見つつ重苦しい口調で言う。

    「あ? こいつなら別にどんな団名でも文句言わねえんじゃねえか」
    「いえ、そのことではありません。……実は、わたしだけが、彼に頭を撫でられていないのです」

     カタラの思いのほか真剣な口調に、全員の視線が彼に集まる。
     やがて、彼の口角が、してやったりといった感じに吊り上がると、空駆ける歌サマーククレカネレ傭兵団に笑いの渦が巻き起こった。
     その様子を、酒場の壁に背を預けていた一人の男が、暗い炎をその瞳に宿し睨みつけている。
     笑いの輪の中に加わりつつも、ブロスタはそれをしっかりと見届けていた。

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