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伊勢神宮古材?サギや!?いやコウノトリだ「上田八幡神社/覚住寺」聖徳太子創建!吉田茂氏が寄進【淡路島シリーズ】

    兵庫県南あわじ市に鎮座する上田八幡神社は、創建から幾度かの変遷を経て現在に至ります。特に注目されるのは、本殿が奈良県の玉置神社から移築されたという伝承です。玉置神社は熊野三山の奥の院とも呼ばれる霊場で、その旧本殿がなぜ淡路島へ渡ったのか、興味深い謎を秘めています。さらに、伊勢神宮の古材も使用されているとのことで、複数の聖地との繋がりが示唆されます。これらの要素から、上田八幡神社は単なる地域の一神社にとどまらず、日本の信仰文化を考察する上で重要な手がかりとなりそうです。

    奈良・玉置神社から玉置大神を勧請し、熊本・阿蘇神社から国常立尊を勧請しているのは凄く気になるのだが・・・。

    そして伊勢神宮の古材を頂いているようだ。

    変更履歴

    • 2026/10/04:初版

    ▼上田八幡神社(こうだはちまんじんじゃ)

    • 公式HP:--

    • アクセス:兵庫県南あわじ市神代社家344−1

    • 祭神:応神天皇

    →由緒

    神社庁と参拝したときの由緒が書かれた看板などで年代が違う・・。

    • 859年:浦壁赤井に八幡神を祀る社(赤井八幡)が創祀されたと伝わる

    • 1199年:栗原城主・島田遠江守左近之進が、浦壁赤井八幡神社を現在地に移して建立

    • 以後、上田八幡神社の名を称す

    • 1501年:社殿大破。島田時儀が修復を実施

    • 1516年:社殿が炎上

    • 1522年:淡路守護・三好氏の手によって再建

    • 1570年:脇坂氏と加藤左馬之助が当国を領し、社頭を整備

    • 1586年:阿波徳島藩主・蜂須賀家政(はちすかいえまさ)より社領として3石を寄進。

    • 1609年:石川紀伊守によって社頭が破壊される

    • 1624年:本殿を再興

    • 1634年:再び本殿を再建

    • 1652年:徳島城の「埋橋御門」が、神社の「随神門」として移築

    • 1722年:本殿・中門・仁王門を改築

    • 1797年:現在の本殿と拝殿が再建?

      • 本殿は、奈良県吉野郡十津川村にある玉置神社の旧本殿を移築したものであると伝えられています。玉置神社は「熊野三山の奥の院」とも呼ばれる霊験あらたかな神社です。

    • 1847年:拝殿が再建?

    • 1995年:伊勢神宮の式年遷宮古材で社殿を建て替えたようだ

    • 淡路島の祭り文化では「投げだんじり」を持つ神社として知られ、春祭り(例祭:5月1日)に盛大に氏子たちによって曳き回される

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    →摂社:方違神社/厳島神社

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    参道相当には、方違神社(私のNOTE)と厳島神社(私のNOTE)がある。祭神はそれぞれ、方違幸大神と厳島大神とする。方違神社は伊勢神宮の古材を譲り受けている。この神社も同じようで、その繋がりは何なのか??

    →境内へ

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    →拝殿・本殿

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     伊勢神宮内宮近くにある猿田彦神社(私のNOTE)と同じだな・・

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     拝殿と本殿は渡り廊下で繋がっており、本殿左右の彫刻が素晴らしい。何の物語なのだろうか?と思わせる。

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    →高良神社

     八幡神社本殿横にはタケノウチノスクネですね。これは神社の公式で、三角形の面積並に重要です!?

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    由緒より

     本殿に向かって右は「息長神社」か「地主神社」か「山神神社」になるが、逆サイドがタケノウチノスコネなら神功皇后を祀る「息長神社」であろう。

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    ▼八幡社から覚住寺に行くと!詐欺か?いやコウノトリだ!

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     妻とサギがまたいるわと話したが独特の鳴き声が。なんか羽の先が黒いので、もしやコウノトリでは??ということで動画など回す。足には青いタグがある。やっぱコウノトリだ!!

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     田んぼやあぜ道といった環境は、餌を探すコウノトリがよく見られる場所です。写真からも、以下のようなコウノトリの身体的な特徴が確認できます。
    コウノトリの特徴
    ・体
    :全体的に白く、翼の風切羽が黒い。
    ・くちばし:長くて太い黒いくちばし。
    ・足:赤く長い足。
    ・大きさ:翼を広げると2メートルにもなる大型の鳥。
    南あわじ市とコウノトリ
     
    南あわじ市を含む淡路島では、近年コウノトリの飛来や繁殖が確認されており、地域全体でその生息を見守る活動が行われています。かつては絶滅した野生のコウノトリを兵庫県豊岡市を中心に再導入する取り組みが進められ、その個体が淡路島にも定着しつつあります。
     写真のコウノトリも、そうした保護活動によって淡路島の豊かな自然にやってきたつがい(ペア)かもしれません。国の特別天然記念物でもあるコウノトリを見ることができるのは、大変貴重な機会です。

    Gemini
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    コウノトリの神社が兵庫と島根にあります。垂仁天皇は全然しゃべらなかったのですが、鵠を見て言葉を発した。その場所を探しに行ったところに神社があります。前者は今でもコウノトリの場所ですね。

    ▼覚住寺

    • 公式HP:--

    • アクセス:兵庫県南あわじ市神代社家343

    • 本尊:毘沙門天

    →由緒

    • 淡路島最古クラスの寺院の一つ

    • 淡路島七福神霊場

    • 592年:聖徳太子の勅詔により創建と伝わる

    • 7世紀後半〜中世期:七堂伽藍を備え、塔頭(小院)も数多く存在し、淡路島の中心的寺院として繁栄

      • 住時七堂伽藍を備えた広大な寺領に塔頭も多くあった

    • 鎌倉時代後期:境内には木造大日如来坐像など歴史的文化財が残る

    • 明治時代:神仏分離に伴い、上田八幡神社が寺から独立

    • 江戸時代〜近代:元の堂宇は焼失しており、現在の本堂などは江戸期以降に再建されたもの

    →山門/鐘楼

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    →本堂

     寺に寄進した理由は何なのか??吉田茂氏が寄進したようだ。。本尊・毘沙門天は元日から旧正月(1月25日)まで御開帳される。

    吉田茂(よしだしげる)
    戦後の混乱期に第45代、第48~51代までの5期にわたって内閣総理大臣を務めた政治家で、麻生太郎氏の祖父にあたります。

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    ▼メディア情報

    これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

    ▼旅行記

    2025年秋の四国・淡路島!うどんにイルカにコウノトリ飛来!?歴史とグルメ満喫の旅◆香川・徳島③淡路島②◆|やんまあ@旅行記

    兵庫川の旅行記です。「兵庫東」を参照です。

    ▼セットで行くところ

    淡路島の神社仏閣は次の通り

    ▼仏像展


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    神社仏閣単位で記録してみた。マガジンを参照していただければ地域ごとにまとめています。フォローはしませんのであしからずm(__)m 旅行記は「https://note.com/yanma_travel2」です。

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