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京都を守護するため不動明王は北向き「北向山不動院」その不思議な魅力に迫る【京都市伏見区シリーズ/京都ツウシリーズ】

    不動明王像を都を守護するために北向きに安置したのが始まりで、天皇のものを社殿とし、毎年1月16日にこっそりと盛大なお祭りが行われる。鳥羽上皇の誕生日にあたる日で所縁の不動明王踏下坐像@重文が公開!!

    12世紀にこの周辺画像は次の通りです。

    変更履歴

    ▼HP▼アクセス

    公式HP:https://kitamukizanhudoin.wixsite.com/kinki36-22
    アクセス:京都市伏見区竹田浄菩提院町61

    ▼祭神・本尊と脇時

    不動明王

    ▼見どころ

    →由緒

    • 本尊は不動明王

    • 開山は覚鑁

    • 近畿三十六不動尊第22番札所

    • 日本で最初の不動尊霊場

    • 1130年、病にかかった鳥羽上皇はその病気平癒の祈祷を自らが帰依している真言宗の僧・覚鑁に行わせた

    • 不動明王が出現するなどして上皇は回復

    • その後、上皇は勅命により覚鑁を開山させ勅願寺とした

    • 不動明王を本尊とし、平安京を鎮護する意味もあって不動明王像は北の平安京に向けられている

    • 1155年、播磨国大国庄を寺領として藤原忠実が境内の整備にあたった

    • 1712年、東山天皇の旧殿を移して本堂にする

    • 安置されている仏像

      1. 四天王

      2. 大聖歓喜天

      3. 薬師如来

      4. 役行者

      5. 歯神地蔵

      6. 火頭鳥素沙摩明王

      7. 安産地蔵尊

      8. 延命地蔵尊

      9. 六体地蔵尊(南北朝時代)

      10. 山王大権現

      11. 陀枳尼天

      12. などなど

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    →山門から本堂へ

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     山門からの参道の右手に左から千手観音、虚空菩薩、文殊菩薩、普賢菩薩の石像が並んでいる。

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    →本堂

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    →本尊:康助作「不動明王坐像@重文」

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     まずは本堂外陣からは御前立の不動明王三尊であり厨子に納められている。その後ろに本尊・不動明王が安置されているため内陣拝観しないと見仏できない。

     不動明王は右足を踏み下げている半跏趺坐だった。戒光寺(私のNOTE)で同じ踏み下げの不動明王を見仏したばかりで、踏み下げの足が逆なので実はコンビだったのでは?とも妄想してしまった。どっしりした体型で太い腕と足で玉眼が存在感を増している。
     よく見ると「平安時代後期」だった。玉眼は鎌倉時代に慶派が多く使った技術で、平安時代の玉眼って長岳寺(私のNOTE)ぐらいかと思っていたのでびっくりした。仏師は康助である。康助は「定朝ー覚助ー頼助ー康助ー康朝-康慶-運慶・快慶」である。慶派の祖とも言えようか。この不動明王は今まで見たことがないタイプだなと。写真があるサイトを紹介。

     脇侍は矜羯羅童子と制多迦童子なので不動明王三尊である。その背後に彩色が残る四天王が安置されていた。

    大治五年(1130年)、鳥羽上皇が難治のご病気になられ、この地(鳥羽離宮内)で覚鑁上人興教大師がお加持をされました。すると、お加持の満願日に鳥羽上皇の夢枕にお不動明王様がご出現され、そのお姿は右足の結跏趺坐(けっかふざ)を解き、半跏(はんか)趺坐となって定より立ち給うてお救いくださろうというお姿でありました。そのお姿を拝されてから快癒された上皇は、興教大師に勅され、離宮内にお堂を立てられ、先の右足を垂れられた(半跏)不動明王様を都を守護するために北向きにお祭りになりました。これが北向山不動院の起こりであります。

    公式HP

    詳細は「文化遺産オンライン」「北向不動 - butsuzoutanbou ページ!」を参照。

    元は久寿2年(1155年)、藤原忠実が、鳥羽殿安鎮のため安楽寿院内に立てた不動堂にあった像。不動明王の彫像には左脚を踏み下げる形のものをしばしば見かけるが、本像のように右脚を踏み下げる像は、絵画には作例があるが、平安・鎌倉時代の彫像では本像以外に例をみない。木寄せ法も特異で、頭部は耳の上方で、体部は胸と腹の間で、それぞれ上下の2部分に分かれ、これらの各部分がさらに前後左右の4材に分かれている。体部背面にはさらに背板状に2材を当てるなど細かい木寄せを行っており、部材間の随所にマチ材を挟んでいる。頭部と体部の接合をいわゆる挿し首とせず、矧ぎ合わせている点も特異である。眼には玉眼を嵌入するが(右目分のみ当初のもの)、これは製作時期のわかる玉眼嵌入事例のうち、長岳寺阿弥陀三尊像に次ぎ二番目に古い[2]。作風も、円派・院派と全く異なり、誇張のない範囲で厳しい表情と力感ある肉身を表現している。なお、この長岳寺の像を康助の作とする説もある。

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    →薬師堂

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    →不動滝

     薬師堂右横。

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    →山王大権現・稲荷大権現・石仏

     不動滝の右手に多数の小さな社や石仏が積み上げられていて、その一番高いところに、山王大権現と稲荷大権現がある。

     山王大権現は昔は社領もあって、例祭には神輿渡御、歌謡や走馬もあってそうな。1878年、竹田小学校の増築にともない、この地に遷座され鎮守社となった。

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    →開山堂/洗心井戸

     本堂西側ですね。

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    →地蔵堂

     多数の地蔵尊が並んでいる。六体地蔵尊、十方地蔵、延命地蔵、町内安全地蔵などのようです。

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    →毎年1月16日「本尊のご開帳/開運ぜんざい/採燈大護摩供」

     鳥羽上皇の誕生日の毎年1月16日に、御本尊のご開帳と参拝者一人一人に特別加持祈祷が行われる。境内を訪れると、甘さ控えめのぜんざいです。

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     本尊への参拝やお加持(内陣参拝特別加持祈祷)は10時~12時、13時~14時半頃で行われる。

    ▼メディア情報

    これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

    ▼旅行記

    京都初詣2025/冬の京都/京都ツウ参り&パワースイーツ/吉野太夫[京都左京⑯中京⑩右京⑬西京⑥下京④]|やんまあ@旅行記

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    神社仏閣単位で記録してみた。マガジンを参照していただければ地域ごとにまとめています。フォローはしませんのであしからずm(__)m 旅行記は「https://note.com/yanma_travel2」です。

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