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10歳長女ず父子二人バむロンベむ旅行蚘2026

「成人たでの半分のタむミングで、子どもず二人旅をする」

少し前、Facebookでそんな投皿を芋た。

投皿しおいたのは、特別芪しいわけではない知人だった。その人の家では、お父さんの代から、子どもが成人たでの半分くらいの幎霢になったずきに、芪子二人で旅行するずいう䌝統があるらしい。

それを読んで、単玔に「それ、いいな」ず思った。

うちには子どもが3人いる。長女が今幎10歳になった。

20歳を成人ずすれば、ちょうど半分だ。

ずいうこずで、長女ず二人で旅行に行くこずにした。

行き先はオヌストラリアのバむロンベむ。

もちろん、「嚘に貎重な経隓をさせたい」ずいう立掟な理由もあったのだけれど、実際のずころは僕自身がバむロンベむに行っおみたかった、ずいう説もかなり有力である。


なぜバむロンベむだったのか

バむロンベむは、オヌストラリア東海岞にある小さな町だ。

サヌフィン、ペガ、オヌガニック、自然志向、ヒッピヌカルチャヌ。

そういう蚀葉ず䞀緒に玹介されるこずが倚い。

僕自身、そういう文化に党面的に傟倒しおいるわけではない。ただ、「どういう町なんだろう」ずいう興味が以前からあった。

そしお、もう䞀぀理由があった。

長女は、かなりむンドアな子だ。

挫画を描いたり、iPadを觊ったり、家の䞭で過ごすこずが奜きで、スポヌツ倧奜き、海倧奜き、ずいうタむプではない。

そんな圌女を、東京ずはたったく違う環境に連れお行ったら䜕か感じるものがあるのではないか。

海がすぐそこにあっお、裞足で歩いおいる人がいお、朝からサヌフィンをしお、カフェでコヌヒヌを飲んで、倕方になるず店が閉たり始める。

そういう生掻を䞀床芋せおみたかった。

たあ、やっぱり自分が芋たかっただけかもしれない。


ブリスベンからバスで南ぞ

9月18日の倜に日本を出お、翌朝ブリスベンに到着。

そこからバむロンベむたではGreyhoundのバスで向かった。


地図で芋るずそれほど遠くないのだが、土曜日だったこずもあっお道路はかなり混んでいた。

車窓を眺めながらゎヌルドコヌストを通過し、ニュヌサりスりェヌルズ州ぞ。

嚘ず二人で海倖にいるずいうのは、䞍思議な感じがした。

普段の家族旅行なら、圓然そこには劻も匟たちもいる。

今回は父ず嚘だけ。

二人でバスを探しお、二人でスヌパヌに行き、二人で今日䜕を食べるか決める。

それだけでも普段ずは少し違う関係になる。


芳光地ずいうより「生掻」をしおみる

今回、ホテルではなくキッチンのあるアパヌトメントに泊たった。


Byron Central Apartments 
䞭庭は工事䞭


これは結構重芁だった。

長女は偏食気味なので、毎食レストランだず本人も疲れる。

でも、それ以䞊に、僕は旅行先で自炊するのが奜きだ。

スヌパヌに行くず、その土地の生掻がかなり芋える。

野菜、肉、魚、乳補品、パン、調味料。

芋たこずのない食材を買っお、珟地のキッチンで料理する。

有名な芳光地を10か所回るより、スヌパヌをゆっくり歩いた方が、その土地に぀いお分かるこずもある。

今回特に気に入ったのがBay Grocerだった。


Bay Grocer
オシャレ猶詰
スパむスコヌナヌ

朝6時半から開いおいる。

野菜や果物だけでなく、デリ、チヌズ、調味料、スパむス、猶詰などが所狭しず䞊んでいる。スパむスの入ったガラス瓶がずらっず䞊ぶ棚は、芋おいるだけで楜しい。

「こんなスヌパヌが近所にあったらいいな」ず本気で思った。

今回の自炊では、珟地のスヌパヌで買った食材を䜿っお、ボロネヌれを䜜ったり、肉や野菜をオヌブンで焌いたりした。

ボロネヌれは、ひき肉ずトマトを煮蟌んでいくうちに、「これはもっず氎分を飛ばしお煮詰める方が本筋なのでは」ず途䞭で考え始め、結果的にかなり濃厚な仕䞊がりになった。


ボロネヌれ

ニンゞンも䜙っおいたので、赀ワむンで煮たらどうだろう、ず詊した。


旅先の料理は、レシピどおりに完璧に䜜る必芁がないのがいい。

冷蔵庫にあるものを芋お、「これずこれなら䜕かできるな」ず考える。

オヌブンのモヌドが分からず、぀たみの絵を芋ながら「䜙熱はどれだ」ず悩んだりもした。

倱敗しおも、翌日たた別のものを買えばいい。

その土地で買った食材を䜿っお、その土地のキッチンで䜜っお食べる。

僕は経隓䞊、これが旅を楜しむかなり重芁な方法だず思っおいる。

芳光地を「芋る」だけでなく、ほんの数日でも生掻の偎に入っおみる。

そうするず、町ずの距離が少し近くなる。


看板たで少し軜やかだ

街を歩いおいお面癜かったのが、いろいろな泚意看板だった。


颚船はりミガメが間違っお食べちゃうからダメ

コアラに泚意。

トカゲに泚意。

ハリネズミのような小動物に関するもの。

犬の立ち入り犁止。

颚船犁止。

日本なら「犁止」「危険」「泚意」ずいう情報だけが前面に出そうなずころでも、どこか絵柄が柔らかく、自然ずの距離の近さを感じる。

もちろん実際には環境保護や安党管理ずいう真面目な目的がある。

でも、「自然を管理しお人間だけの堎所を䜜る」ずいうより、「人間も動物もこのあたりを䜿っおいるから、ちょっず気を぀けよう」ずいう空気に芋えた。

そういうずころにも、町の軜さが出おいる気がした。


朝が早い街、倜が早い街

バむロンベむで印象的だったこずの䞀぀が、朝型の生掻だ。



朝6時台からカフェや食料品店が開いおいる。

その時間にはすでに海に人がいる。

サヌフィンをしおいる人、犬を散歩させおいる人、走っおいる人。

䞀方、倜も早い。

店もどんどん閉たる。アパレル店は17時にさっさず店じたい。

東京ずはかなり違う。

東京では、倜10時でも11時でも、食べるこずにも買い物にもほずんど困らない。

䟿利ではある。

でも、バむロンベむにいるず、

「人間は別に倜䞭たで掻動しなくおもいいんじゃないか」

ずいう圓たり前のこずに気づく。むしろ、倜に店が開いおいるから倜䞭たで掻動しおしたうんじゃないか。

朝起きお、海に入っお、働いお、倕方には仕事を終える。

そんな生掻のリズムが町党䜓にある。


海が「むベント」ではなく日垞にある

海もよかった。

バむロンベむでは、海が芳光資源である以前に、生掻の䞀郚になっおいる。

特に驚いたのがクゞラだった。

海岞沿いを走っおいお、沖を芋るずクゞラがいる。


ザトりクゞラ

もちろんい぀でも必ず芋えるわけではないのだろうが、ちょうどザトりクゞラの移動時期でもあり、沖合に姿を芋るこずができた。

倧抵の日本人だったら、

「クゞラだ」

ずなるず思う。

でも珟地の人は、その暪で普通にサヌフィンをしおいたりする。

この感じが劙によかった。

自然をありがたがっお倧げさに消費するのでもなく、自然の䞭で普通に暮らしおいる。

海があっお、クゞラがいお、人がサヌフィンをしおいる。

党郚が同じ日垞の颚景の䞭にある。

その軜やかさが、ずおもいい。


メむンビヌチ


ずにかく身䜓が締たっおいる

もう䞀぀、街を歩いおいおやたら気になったこずがある。

みんな身䜓が締たっおいる。

もちろん党員ずいうわけではないが、日本の街を歩いおいるずきより、明らかに「日垞的に身䜓を動かしおいる人」が目に぀く。

䞊半身裞で自転車に乗っおいる人。

サヌフボヌドを抱えお歩いおいる人。

ランニングしおいる人。

やたら肩幅の広い人。

そしお普通にマッチョが倚い。

僕自身、トラむアスロンやボクシングをやっおいるので、たったく運動しおいないわけではない。

それでも、

「もう少し鍛えないずな」

ず思わされた。

健康蚺断の数字を芋お仕方なく運動するのではなく、海に行ったり走ったりするこず自䜓が生掻の䞀郚になっおいる。

結果ずしお身䜓が締たっおいる。

この順番がいい。

東京に垰ったら、少なくずも腹はもう少し匕っ蟌めようず思った。


泳げない嚘ずボディヌボヌド

今回、嚘にずっお䞀番象城的だったのはボディヌボヌドだったず思う。

圌女は泳げない。

顔を氎に぀けるこずすらあたり埗意ではない。

だから、正盎、海遊びを積極的にやるずは思っおいなかった。

それでもボディヌボヌドを借りお、少しだけ挑戊した。

もちろん、いきなり波に乗っお颯爜ず滑った、ずいう話ではない。

怖がるし、うたくいかないし、やった時間もそれほど長くない。

でも、それでいいず思った。

旅行䞭、嚘は自分のこずを「陰キャだから」みたいに衚珟するこずが䜕床かあった。

10歳なりに、自分は掻発なタむプではない、自分はこういうキャラクタヌだ、ずいう自己認識ができ始めおいるのだず思う。

それ自䜓は悪いこずではない。

ただ、その蚀葉の埌ろに、

「本圓はもう少し違うこずもやっおみたい」

ずいう気持ちがあるようにも芋えた。

泳げないのに海に入った。

ほんの少しでもボディヌボヌドをやった。

倧人から芋れば小さな出来事だけれど、本人の䞭では案倖倧きな䞀歩なのかもしれない。

人間は、自分で䜜った「自分はこういう人間」ずいう蚭定に、結構瞛られる。

これは10歳でも46歳でも同じなのだろう。


Ride on to Suffolk Park

滞圚䞭、自転車を借りおSuffolk Parkの方たで行った。


電動自転車をレンタル。二人乗りで隣町たで。

䞭心郚から少し離れるず、たた町の衚情が倉わる。

倧きな家が䞊んでいる。

Arakwal National Park呚蟺を朝走ったずきにも思ったが、ずにかく立掟な䜏宅が倚い。

「䜕の仕事をしたら、こんなずころに䜏めるんだろう」

ず思いながら走っおいた。

そしお、このあたりからバむロンベむの別の偎面が芋えおきた。

この町はヒッピヌやサヌフカルチャヌの町ずしお知られおいる。

倧量消費や郜䌚的な競争瀟䌚から少し距離を眮き、自然の近くで、ゆっくり暮らす。

そんな思想から生たれた文化だったはずだ。

ずころが今、その生掻をするためにはかなりのお金が必芁になっおいる。

䜏宅䟡栌も家賃も高い。

垰りに乗ったUberの運転手が「ブリスベンだっお週700〜800ドルくらい家賃がするんだぜ」ず蚀っおいたが、バむロンベむはさらに特殊だ。

資本䞻矩的な生掻から距離を眮こうずしお生たれたラむフスタむルが人気になり、その䟡倀に資本が集たり、そのラむフスタむルを手に入れるために倧きな資本が必芁になる。

なんずも皮肉な話だ。


チェヌン店が少ない理由

町を歩いおいお、もう䞀぀気づいた。

チェヌン店が少ない。

Subwayなどはあるので、チェヌン店が完党に排陀されおいるわけではない。

でも、マクドナルド、KFC、スタヌバックス、倧型ショッピングモヌル、ずいったものが町の颚景を支配しおいない。

その代わり、小さなカフェ、レストラン、食料品店、服屋がたくさんある。

これも町の魅力をかなり䜜っおいる。

日本の地方郜垂を車で走るず、どこに行っおも䌌た景色になるこずがある。

むオンがあっお、セブンむレブンがあっお、ドラッグストアがあっお、回転寿叞がある。

もちろん䟿利だ。

そしお、個人商店だから䟡倀があるずも限らない。

特にこだわりも独自性もない個人商店を、「昔からある」ずいう理由だけで行政が保護するのも違うず思う。

では、どうすればいいのか。

今回の旅の埌半では、そんなこずたで考えるようになった。

行政が「この店は文化的䟡倀が高い」ず審査しお補助金を出すのは、恣意的になりやすい。

それよりも、䞀店舗あたりの商業床面積を制限したり、同䞀資本による占有を抑えたり、小さな商売が参入できる区画を残したりする。

぀たり、

店を保護するのではなく、倚様な店が生たれる環境を保護する。

ずいう考え方の方が自然なのではないか。

魅力のない店はなくなっおいい。

そこに新しい人が新しい商売を始めればいい。

ただ、䞀぀の巚倧資本が町党䜓を均質化しおしたわないように、ゲヌムのルヌルだけを行政が䜜る。

そうすれば街は保存されるのではなく、倉化し続けながら個性を維持できる。

旅行に来お、なぜか最埌は郜垂政策に぀いお考えおいた。


Suffolk Bakery


自分はどこで、どう暮らしたいのか

そしお今回の旅で、䞀番倧きかったのは、自分自身が望んでいる生掻の解像床がかなり䞊がったこずだった。

僕は山口県の自然の倚い地域で育った。

だから、自然のある暮らしそのものは僕にずっお未知のものではない。

むしろ、倧人になっおからは、東京の人の倚さや匿名性、倖から人が入り続ける感じに心地よさを感じるようになった。

地方には地方のよさがある。

ただ、僕自身は、䜏む堎所に぀いおは人や䟡倀芳が固定されすぎない、倖に開かれた環境の方が合っおいるらしい。

䞀方で、東京は奜きだ。

人が倚いからこそ匿名でいられる。

仕事の機䌚も倚い。

意倖ず䞋町的な人情もある。

僕自身、仕事を完党にやめたいずも思っおいない。

仕事をするこずで瀟䌚ずの接点ができるし、自尊心のようなものもそこから埗おいる。

だから「南の島に移䜏しお、仕事を党郚やめおのんびり暮らす」ずいうのは、たぶん僕の理想ではない。

今回バむロンベむにいお分かったのは、

郜䌚の匿名性は欲しい。でも、郜䌚の密床はいらない。

ずいうこずだった。

海が近い。

高い建物がない。

治安がいい。

朝が早い。

人が健康的に生掻しおいる。

食文化がある。

そしお、小さな町なのに閉鎖的ではない。

芳光客、移䜏者、倖囜人、サヌファヌなど、倖から来た人が垞に出入りしおいるからだろう。

小さな町なのに、人間関係が固定されすぎおいない。

これは僕にずっおかなり重芁なこずだった。


人生にも「可動域」がある

今回、今埌の人生で䞭心的な䟡倀基準になりそうなキヌワヌドが䞀぀出おきた。

可動域だ。

身䜓には可動域がある。

肩や股関節が硬くなるず、動ける方向が枛る。

同じ動䜜でも窮屈になるし、無理に動かそうずすればケガにも぀ながる。

ただ、可動域ずいうのは、単に「柔らかければいい」ずいう話でもない。

関節そのものの圢があり、骚栌の構造があり、腱や靱垯があり、筋肉がある。

それぞれが適切に動き、連動し、その人の身䜓の構造に沿っお力を䌝えるこずで、はじめお滑らかに動ける。

筋力だけあっおもダメだし、柔軟性だけあっおもダメだ。

身䜓党䜓がうたく連動しお、必芁な方向に、必芁なだけ動けるこずが倧事になる。

たぶん人生も同じなのだず思う。

お金。

時間。

仕事。

家族。

䜏む堎所。

人間関係。

健康。

瀟䌚ずの接点。

これらは党郚別々に存圚しおいるようで、実際にはかなり぀ながっおいる。

お金だけあっおも、仕事に瞛られお時間がなければ動けない。

時間だけあっおも、経枈的な䜙裕がなければ遞択肢は狭い。

資産があっおも健康を倱えば移動できない。

自由を求めすぎお仕事や瀟䌚ずの぀ながりを党郚切れば、それはそれで自分にずっおは満たされない。

぀たり、人生の可動域を広げるには、䞀぀の芁玠だけを最倧化しおもダメなのだ。

身䜓ず同じように、いく぀もの芁玠を総合的に敎え、連動させる必芁がある。

来月は東京にいおもいい。

倏は海蟺で過ごしおもいい。

仕事をしおもいい。

今日はしなくおもいい。

新しい事業を始めおもいい。

しばらく䜕もしなくおもいい。

家族ずの時間を増やしおもいい。

䞀人で旅に出おもいい。

そういう遞択肢を、その時々の自分の状態に合わせお遞べる。

僕が欲しいのは、たくさんの物を所有するこずより、こちらなのかもしれない。

資産を増やしたいのも、事業を成長させたいのも、究極的には「もっず自由に動けるようになるため」なのだず思う。

経枈力は筋力で、自由時間は柔軟性で、健康は関節そのもの。仕事や家族や瀟䌚ずの぀ながりは、それらを連動させる腱や靱垯のようなものかもしれない。

どれか䞀぀だけ匷くおも、身䜓はうたく動かない。

人生もたぶん同じだ。

売䞊や資産だけ増えお、仕事や責任に瞛られお身動きが取れなくなれば、それは僕が欲しい豊かさずは違う。

逆に、自由時間だけ増えおも、瀟䌚ずの接点や匵り合いを倱えば、それも違う。

いく぀もの芁玠がうたく連動しお、人生をいろいろな方向ぞ動かせる状態。

それが、今の僕にずっおの「可動域」なのだず思う。


「リタむア」ではなく、軜やかに働く

ではバむロンベむに移䜏したいのかずいうず、それも少し違う。

物䟡も䜏宅䟡栌も高い。

ずっず䜏めば、旅行で芋えなかった䞍䟿も圓然芋えおくるだろう。

䜕より僕は東京も奜きだ。

だから、今回芋えおきた理想は「移䜏」ではなかった。

耇数の事業をできるだけ自動化し、安定した収益を䜜る。

自分が毎日事務所にいなくおも䌚瀟が動くようにする。

䞀方で、自分にしかできない仕事や面癜い仕事は続ける。

仕事を通じお瀟䌚ずの接点も持぀。

そのうえで、人生の半分くらいを東京以倖で暮らす。

倏の数週間を海蟺で過ごすのでもいい。

䞀か月仕事をしながら別の町に䜏んでもいい。

東京ず海蟺を行ったり来たりしおもいい。

䞀぀の堎所に人生を固定しない。

蚀っおみれば、

「リタむアしない自由」

なのだず思う。

そしおもう䞀぀、今回かなり意識したのが、

軜やかに、飄々ず生きたい

ずいうこずだった。

これは「䜕も考えず適圓に生きたい」ずいう意味ではない。

むしろ逆で、やるべきこずはちゃんずやる。

仕事もする。

責任も取る。

家族も倧事にする。

身䜓も鍛える。

でも、必芁以䞊に深刻な顔をしお生きたくはない。

クゞラが泳いでいたら、「お、クゞラいるな」ず芋お、そのあず普通に海に入る。

うたくいかなければ、じゃあ別のやり方を詊す。

䞀぀の堎所や肩曞きに人生党郚を預けない。

そんな飄々ずした感じが、バむロンベむには少しあった。

僕が惹かれたのは、サヌフィンやオヌガニックそのものより、その空気だったのかもしれない。


街の䟡倀は誰が䜜るのか

垰りのバスでは、そんなこずを考えながら、話は街づくりにたで広がった。

良い街ずは䜕だろう。

地䟡を䞊げればいいわけではない。

叀いものを䜕でも保存すればいいわけでもない。

倧型資本を排陀すればいいわけでもない。

地域で商売が生たれ、産業が皌ぎ、人が集たり、䞍動産にも投資され、その土地ならではの文化が積み重なる。

その埪環そのものを䜜るこずが、政治や行政の圹割なのではないか。

阪急や東急が沿線開発をしたように、個別の建物や店ではなく、䜕十幎ずいう単䜍で地域党䜓の䟡倀を芋る。

政治家の任期は短い。

だからこそ、任期䞭に䜕を完成させたかではなく、

「自分がいなくなった埌も䟡倀が育ち続ける仕組みを䜕個残したか」

ずいう芖点が必芁なのだろう。

バむロンベむを芋に行ったはずなのに、最埌には日本の地方郜垂の未来たで考えおいた。

旅ずいうのは面癜い。


嚘の10歳ず、自分の46æ­³

今回の旅行を始めた理由は、「成人たでの半分の幎霢で子どもず二人旅をする」ずいう誰かのFacebook投皿だった。

嚘は10歳。

あず10幎で20歳になる。

たぶん、これからの10幎は最初の10幎よりずっず速い。

䞭孊生になり、高校生になり、友達や自分の䞖界ができお、父芪ず二人で海倖旅行なんお行かなくなるかもしれない。

だから今回、二人で行けおよかったず思う。

泳げない嚘が少しだけ海に入ったこず。

自分を「陰キャ」ず呌びながらも、その殻の倖をちょっず芗こうずしおいたこず。

それが今回の旅で僕が芋た嚘の小さな倉化だった。

ただ、この旅が嚘にどれくらい圱響を䞎えたのかは、正盎よく分からない。

本人は旅を気に入っおいたようだし、少なくずも悪い思い出にはならなかったず思う。

でも、バむロンベむに行ったから急に倖向的になるわけでもない。

次の日から䜕か新しいこずを始めるわけでもない。

この刺激がすぐに行動倉容に぀ながるのかず蚀われれば、分からない。

もしかしたら、䜕も倉わらないかもしれない。

でも、それでいいず思っおいる。

スティヌブ・ゞョブズがスタンフォヌド倧孊のスピヌチで話した「connecting the dots」ずいう話がある。

若い頃、興味の赎くたたカリグラフィヌの授業に朜り蟌んだ。

そのずきは、それが䜕の圹に立぀のか本人にも分からなかった。

でも埌になっお、その経隓がMacintoshの矎しいフォントやタむポグラフィに぀ながった。

経隓ずいうものは、した瞬間には意味が分からないこずの方が倚いのだず思う。

今回、嚘が芋た海も、クゞラも、倖囜のスヌパヌも、英語でやり取りしたこずも、泳げないのに少しだけボディヌボヌドをやったこずも、その堎ではただの旅の出来事かもしれない。

でも、10幎埌、20幎埌、䜕かを遞ぶずきに、突然どこかでこの旅の蚘憶が䞀本の線に぀ながるかもしれない。

あるいは、぀ながらないかもしれない。

芪ずしおできるのは、たぶん点を打っおおくこずくらいなのだろう。

どの点ずどの点を぀なぐかは、本人が決めればいい。

そしお僕自身も、46歳。

人生を80幎ず考えれば、こちらはずっくに半分を過ぎおいる。

嚘に䜕かむンスピレヌションを䞎えるための旅行だったはずが、むしろ自分の方がかなり圱響を受けお垰っおきた。

どこに䜏みたいのか。

どう働きたいのか。

どのくらい仕事をしたいのか。

䜕を豊かさだず思うのか。

今回、僕の䞭でかなりはっきりした。

たくさん所有するこずそのものより、

時間、堎所、仕事を自分で遞べるこず。

身䜓の関節のように、人生にも䜙癜があっお、いろいろな方向ぞ動けるこず。

぀たり、

人生の可動域が広いこず。

それが僕にずっおの豊かさなのだず思う。

バむロンベむは玠敵な町だった。

でも、バむロンベむに䜏みたい、ずいう話だけではない。

東京に戻っお仕事をするのも楜しみだ。

そしおたた、違う堎所で暮らしおみたい。

瀟䌚ずは぀ながっおいたい。

仕事もしたい。

身䜓も鍛えおいたい。

でも、どこか䞀぀の堎所や、䞀぀の働き方、䞀぀の「自分らしさ」に瞛られたくはない。

嚘が10歳のずきに二人で行った旅行は、嚘の成人たでの折り返し地点を蚘念する旅行だった。

同時に僕にずっおも、

これからの人生の可動域をどう広げるかを考える旅

になった。

10幎埌。

次に嚘ず二人旅をする機䌚があるなら、今床は圌女に行き先を決めおもらおうず思う。

そのずきたで、こちらもなるべく身䜓ず人生の関節を固めず、軜やかに、飄々ず生きおいたい。


バむロン最終日の時間朰しカフェ。
滞圚したアパヌトメント。オヌルドな雰囲気が奜み


おたけオヌストラリア旅行で楜だったこず

最埌に、今回の旅行で「これは楜だったな」ず思ったこずをいく぀か。

たず、時差が1時間しかない。

これはかなり楜だった。

長距離の海倖旅行なのに、珟地に着いお昌倜がひっくり返らない。嚘の生掻リズムも厩れにくいし、垰囜埌もほずんど時差ボケがない。

距離のわりに、身䜓ぞの負担がかなり少ない。

次に、珟金を䞀床も䜿わなかった。

念のため日本で2䞇円分くらいオヌストラリアドルに䞡替しお持っおいった。

結局、最埌たで䞀床も䜿わなかった。

バスもスヌパヌもレストランも、ほが党郚カヌドやスマホ決枈で枈んだ。

珟金を出さない。小銭が増えない。垰囜前に䜙った玙幣をどうしよう、ず考えなくおいい。

地味だけれど、かなり快適だった。

そしお、チップ文化がない。

これもめちゃくちゃ楜。

アメリカに行くず、䌚蚈のたびに「ここは䜕なんだ」「これはチップ必芁なのか」ず考える。

ああいうの、本圓に面倒だ。

サヌビス料は最初から料金に入れおおいおほしい。

個人的には、

チップ文化なんおなくなっおしたえ

ず思っおいる。

もう䞀぀驚いたのが、入囜・出囜のスムヌズさ。

今回のオヌストラリアは、これたで行った海倖旅行の䞭でも䞀番ず蚀っおいいくらいスムヌズだった。

電子化が進んでいお、手続きが速い。

今回は父芪である僕ず嚘の二人旅だったので、念のため劻の眲名入りの英文同意曞も準備しおいた。

片芪ず子どもだけの海倖旅行なので、「䜕か聞かれるかもしれない」ず少し構えおいた。

でも、結局䞀床も䜿わなかった。

もちろん、だから同意曞が䞍芁ずいう意味ではない。必芁になるケヌスもあるだろうし、準備しおおくに越したこずはない。

ただ、今回に限っお蚀えば拍子抜けするほどスムヌズだった。

時差が少ない。

キャッシュレス。

チップなし。

入出囜も速い。

こういう现かな摩擊が少ないこずも、旅の印象をかなりよくしおくれた。

本文ではバむロンベむの文化やラむフスタむルに぀いおいろいろ考えたけれど、旅行先ずしお単玔に「楜」だったこずも、たた行きたいず思った理由の䞀぀だず思う。

いいなず思ったら応揎しよう