
テーマパーク化していく日本
休日の都心や観光地に出かけると、
つくづく外国人観光客が多くなったと感じる。
それに伴って変化を感じるのは、
街が''テーマパーク化''されている
ということだ。
ここでいう''テーマパーク化''とは、
外国人観光客がイメージしている
''日本らしさ''だけを抽出して
ぎゅっとまとめたような状態のことである。
そのような街は外国人観光客が''日本らしさ''を存分に感じられるようなお店が多く立ち並び、
そのお店たちは''いかにも日本らしい''作りをしている。
例えば瓦屋根であったり、
木目調の建材が使われていたり、
店員が着物や和様のコスチュームを着ていたり。
飲食店で言えば、''Matcha''や''Ramen'' ''Wagyu''などの日本らしい食べ物をメインに扱っていたりしている。
そして、大概のお店には
日本語と同じくらいの大きさで英字や中文が書かれていたりするのだ。
この他国言語の主張も、
お店や街を''フィクション''(意図的に作られたもの)のように感じさせるのかもしれない。
最近私が訪れて特に変化を感じたのは、
かっぱ橋道具街だ。
こんなにもあったか?と思うほど
刃物屋が増えていた。
(しばらく行っていなかったし、前回行った当時は若かったので気に留めていなかっただけかもしれないが)
そして刃物屋はどこも外国人観光客で溢れたいた。
中には、外国人の店員しかいない刃物屋もあったので驚いた。
街を歩いてすれ違う人の半分以上も外国人観光客だった。
浅草だけではなく、
かっぱ橋のような庶民の味方だと思っていた街ですら
''テーマパーク''のようになっていくのかと感心してしまった。
それと同時に、
日本は私の知っていた日本ではなくなっていくのだな、と変化していくことを実感し少し切なくなった。
別に私は外国人観光客を全く否定していない。
むしろ、貧しい日本人の代わりに、
外国人観光客が日本の技術や伝統、文化を支えてくれているところも大きいとすら思っている。
観光業がここまで繁盛していなかったら、
日本の経済はもっと停滞していたかもしれない。
ただ、
''テーマパーク化''された街には私が買いたいと思うものや過ごしたい場所はないし、
「あなたは私たちの客ではない」と隅に追いやられたような気分になり、
ちょっと寂しい気持ちになる。
私が生まれ、私が暮らしている国なのに。
しかし日本の人々は、
日本の技術や伝統、文化が世界中のひとりでも多くの人の心に残るように、
そして何よりも''Japan''というコンテンツを利用して稼ぐために、
これからも''日本らしさ''を感じられる場所を作っていかなければならない。
きっと観光客の集まる場所は、今より一層''テーマパーク化''していくに違いない。
明治、江戸、安土桃山から続いている店でさえ''テーマパーク''の一部となっていき、
そのような老舗が店を畳んだ後に新しく作られるお店もまた、''日本らしさ''たっぷりのお店になるのだろう。
ひょっとすると、今自分たちが何気なく暮らしている街や毎日足を運んでいる会社の周辺でさえ、
いつかは''テーマパーク化''されてしまうのかもしれない。
もし自分が通勤中に
「これが日本の会社員です!」
「これが日本の通勤風景です!」(満員電車を指して)
なんて紹介されたら、
とてもいたたまれない。
まあ、流石にそんなことはないだろうけども。(笑)
そんな来たる未来に備えて、
私たちは私たちなりに''日本らしさ''がない、でも日本人なら誰もが知っているような、商店街や自然、風景、日本人としての魂を大事に胸に抱えて愛し、守り続けていくことが大切なのだと思う。