大腸がんの告知から治療&退院までの時系列まとめ(備忘録)
2026年3月に思いがけなく大腸がんの告知を受けてから、あっという間に半年が経ちました。
告知を受ける前には「今年はダイエットしなくちゃな」とか、「GWは原付でいろいろ出かけよう」とか考えていたのに。
今年1年も残りあと4か月…。
光陰矢のごとし。
歳月人を待たず。
忘れられない1年になることは確定で、なにも慌てる必要はないけれど、ボーッとしてたらあっというまに2026年も終わっちゃいますね。
この調子だと、どんどん細かい話も忘れてしまいそうなので(すでに今でも記憶があいまいになってることもあり)、大腸がんの告知を受けてから治療、退院までのことを時系列で記録しておこうと思います。
※ご注意
今回の投稿内容は個人的な記録のためのものです。同じ直腸がんでも症状や治療内容は個人差があります。参考程度にご覧ください。
2025年12月:健康診断
12月2日:会社の定期健康診断を受診。
ここ3年は職場がある神奈川県のクリニックで検診を受けていた。
2年前の定期検診で要精密検査になったとき、胃カメラと大腸カメラを同時に検査してもらった。鎮静剤を使えて寝てる間に検査が済んでしまうので、とっても楽ちん。2年前の検査では胃も腸も問題なし。
健康診断ついでに睡眠時無呼吸症候群(SAS)の診断もお願いして、2年前からCPAP治療も続けている。
2026年1〜3月:内視鏡検査、がん告知
1月中旬:クリニックから健診結果が郵便で届く。便潜血陽性(2回とも)だが、2年前のカメラで「痔がある」と言われていたので、痔だと思って深刻には考えておらず。
1月頃〜:排便時に鮮血が出るようになり、「あれ?ついに痔が悪化してきたか…」と少しだけ焦る。鮮血以外に痛みなどの自覚症状は無し。
しかし、振り返ってみれば、1年前くらいから、たまに1週間程度微熱が続く時期があったり、たまにイチジク浣腸が必要なひどい便秘になったりして、もしかしたら、大腸がんの影響だったかもしれないとあとになって思う。2月21日:睡眠時無呼吸症候群の定期診察の際に内視鏡検査を予約。
痔の手術をするためにもカメラの検査が必要なので、「痔の手術をしよう」というつもりで予約した。ついでに全開同様、胃カメラも一緒に受けることに。3月19日:胃・大腸内視鏡検査実施。大腸の生検3箇所採取。
検査後に医師から「進行性がんの疑いで生検します」と口頭で説明・告知あり。大腸内の画像をプリントした紙を見せてもらうと、明らかに「普通じゃないもの」が腸内にモリモリとあり。胃カメラ所見
食道異常なし/胃:萎縮性胃炎(C-3)・ピロリ除菌後/胃角部小弯側に潰瘍瘢痕(活動性なし)/十二指腸異常なし。大腸内視鏡所見
直腸(Rs)・肛門縁より約15cm、2型腫瘍(潰瘍隆起型)、腫瘍サイズ約5〜6cm、リンパ節転移の可能性あり、スコープ通過可能(完全閉塞なし)、S状結腸に憩室あり。内視鏡医コメント
「内視鏡ではとれないサイズの腫瘍なので別の病院で手術が必要。がんのステージⅡかⅢ」と言われる。
僕はまったく想定外の話に実感がなくて「痔のほうは?」とかどうでもいいことを口にしてた気がする。「それよりもこちら(大腸がん)が優先です」(当たり前だ)と内視鏡医にあきれ顔をされた気がする。
我ながら、気が動転してたんだろうなあ。病院から出て、姉、弟にLINEでとりあえず第一報の連絡。
99%がんと確定しているので、手術をどこでするか、もしも治療が長引いたときの生活のことなど考える。親戚などもいない神奈川県で1人暮らし。単身、治療を受けることも考えるが、猫を2匹飼っていることもあり、なにかあった場合のために実家に帰って治療することを考える。
会社にもチャットで連絡。取締役と総務にそれぞれ連絡を入れて「おそらく休職して治療する」ことを伝える。
3月21日〜22日:告知翌日は連休。原因不明の高熱が出てうなされる。常備薬のロキソニン、ポカリスエット、冷えピタで乗り切る。
振り返ってみると、この体調不良が精神的にも体力的にも、よいきっかけになったのかもしれない。悩んだり不安になったりしてる場合ではない。前へ進むのみと覚悟を決めた。3月23日頃〜:仕事後にウォーキング始める。体を動かしてストレス発散する目的と、ほぼ運動をしない日々を送っていて手術に向けて少しでも体力をつけるため。
3月25日:週1の出社日。今後の治療のこと、仕事の引き継ぎの方向性について社内へ共有。
3月26日:クリニックへ生検結果を聞きに出かける → 直腸がん確定(正式な診断確定日)。
診察で「実家のある愛知県の病院で手術を受ける」ことを伝え、紹介状を出してもらう。神奈川県からは引き払うことを決める。
賃貸1LDKの1人暮らしでそれほど荷物は多くないが、必要最低限の荷物だけを残して、家電や家具、原付バイク、雑貨など家財はほぼ処分することにする。
まだこの時点では手術・入院期間、その後の治療方針も分からない状態だったので、できるだけ動けるうちに身軽になっておこうと考えたのが理由。
ただ、いま振り返ってみると、家財をほぼ処分することはなかったかも、とちょっぴり後悔。新生活を始めたときに「あ、あれ処分しちゃったんだった」という、ちょっとしたアイテムが意外とあるんだよね。
まあしかし、当時はそんな余裕はなく異常事態・非常時の精神状態だったので、しょうがない。3月27日〜4月1日:紹介状を持っていく予定の豊橋医療センターへ電話をし、初診について電話で予約相談。
電話に出た受付事務の方に「ご自身で予約するよりも、紹介状を書いてもらったクリニックから地域医療連携室へ直接連絡をとっていただくのがスムーズですよ」とアドバイスしてもらう。
このアドバイスはとても助かった。精神的・心理的な負荷が軽くなって、他のことに結果的に集中できた。
4月1日:クリニックで紹介状、診断データを受け取り。
紹介状先の病院への予約は、この時点でクリニックと病院とでやりとりして決まっていて、必要な情報のやりとりも事前に行ってもらう。
2026年4月:治療準備、追加検査・通院期間
4月5日:弟に車で迎えに来てもらい、持てるだけの荷物と猫2匹と一緒に実家(愛知県豊橋市)へ。
4月6日:紹介状を持って豊橋医療センター初診。
検査画像の確認、触診、今後の治療方針説明を受ける。
検査:心電図、レントゲン。
喫煙歴(36年・1日20〜40本)のため、全身麻酔下での手術に伴う、痰がらみ・窒息リスクが高く、最低4週間の禁煙期間を空けてからの手術実施の方針を主治医から伝えられる。
できるだけ体重減量の指示。
この日から禁煙開始。
長いこと紙巻きタバコを吸っていたが、8、9年前からiQOS→プルームテックに乗り換えていて、比較的簡単にタバコ断ちができたように思う。
4月9日:追加検査の日。血液検査、造影剤CT検査。人生で初めての造影剤だったが副作用は特になし。
4月20日:
①睡眠時無呼吸症候群
神奈川県のクリニックから転院受診、新CPAP機器を受け取り。
先日の各種検査結果で心臓機能は良好(CPAPの治療効果も影響している可能性ありの所見)。②外科:造影剤CT検査結果説明
少なくともステージⅣではなさそう(他臓器への転移の可能性は低い)、浸潤度T2またはT3、リンパ節転移の疑いはあるが、手術をして切り取った腫瘍を生検しないと確定はできない。
「腫瘍を手術で切除し、根治を目指す」方針を伝えられる。手術日は5月19日で仮押さえ。③検査:肺活量検査、レントゲン検査
④その他:
大腸がんとは関係ないが、造影剤CT検査で、肺気腫の所見が判明。術後も喫煙はやめるようにとの説明あり。
また、以前から指摘されている脂肪肝も変わらず指摘あり。
2026年5月:入院前、入院・手術、縫合不全
5月7日:腹腔鏡手術の術前の大腸内視鏡。手術のときに腫瘍の位置が分かるように、大腸に墨入れ(マーキング目的)。
鎮痛剤無しでカメラを入れるというのでびびったけど、直腸部分のみなので痛みもなく良かった。この日のバイタル:血圧122/74mmHg、脈拍64bpm
入院日5月18日(月)、手術日5月19日(火)が確定
5月18日:朝の10時に病院へ行き、入院。一般病棟の4人部屋。部屋へ入ると、入院生活、手術の説明、麻酔医からの説明などいろいろあり、意外と忙しく時間が過ぎていく。
入浴、夕食はOK。夕食後に下剤を飲んで朝までに腸の中をすっきり出し切る。5月19日:直腸癌切除手術(腹腔鏡手術)
朝9時(確か)に手術室へ歩いて向かう。
手術台へ上がって寝転がったところまでの記憶しかない。
脂肪が多い体型のため視野確保・止血に時間を要し、予定より3時間長い計8時間の手術になった。
手術時に尿道カテーテル、腹部ドレーン(3箇所)を留置。
5月20日:術後1日間ICU滞在、その後一般病棟へ転床
※ここから数日の経過は、後で体調が安定した後にケータイにメモした内容をもとにしています。当時は高熱や痛みで24時間ぼーっとしていたようで正確な記述ではない事項も含まれています。
5月21日?:起き上がってトイレまで歩けるか試みる。ヨタヨタだが歩けたため、尿道カテーテルを抜去 → 夜までに自力で排尿できず再留置
術後3日目(5月22日頃?):縫合不全が判明、発熱。
腹部のドレーンの排液を見た看護師さんから主治医に報告。急ぎ、CT検査を行って処置を行った(と思われる)。腸に内圧がかかって吻合部の穴が大きくならないよう、減圧目的で肛門にドレナージチューブを留置。留置後、貯留していたガス・便が排出され腹部膨満が劇的に改善、他のドレーンの痛みも軽減した。
同時にこのタイミングで右側の首静脈に点滴用のポートを設置。以後、栄養点滴で約1か月超ほど絶飲食。
縫合不全、病理結果確定(直腸がんステージⅡ)
術後約1週間(5月26日頃):病理結果確定→リンパ節転移なし、ステージⅡ、術後補助化学療法は不要と主治医から説明あり。
5月27日頃?:CT画像投影下、ドレナージ処置を実施。複数箇所(3〜4箇所)を対象にチューブ内のワイヤー位置調整をして、排液が適切に排出されるように最適化。
その際、膿がたまっていた1箇所を穿刺(せんし)。ワイヤーで膿を絞り出すような感覚で、数秒ほどの強い痛みを伴った。が、その結果、該当部位の痛みが劇的に改善。5月28日朝:発熱なし、不快感が大幅に軽減して体調安定傾向。
5月末頃:主治医から説明あり。縫合部の小さな穴を腸周囲の脂肪組織が自然に塞いでくれている可能性があり、自然閉鎖を待つ保存的治療方針をとるとのこと。
【管理内容】
肛門ドレナージチューブ継続/絶飲食継続/首に設置した点滴ポートから静脈栄養(IVH)継続。当初の想定期間は数週間(後に延長)。
再手術により一時的なストーマ造設の検討もしたが、保存的治療を継続する方針で経過観察。
2026年6月:縫合不全の保存的治療、ドレナージ管理
6月9日:肛門ドレナージチューブを、2、3ミリ太いサイズに交換。吸引力も少し上げる。
6月9日交換後:発熱、抗生剤点滴で対応。
6月10日:尿道カテーテル抜去(留置約22日間)。
6月11日朝:発熱解消。
6月中旬(6月15日前後):長期間のベッド生活で廃用症候群。離床を目指してリハビリ開始。平日は理学療法士の指導のもとフロア内を歩く程度の軽いもの。
これ以降、体調に余裕があれば、自力でフロア内を歩くリハビリをしていくことになるが、ドレーンがあるうちは痛みもあって自由に歩けず、あまり歩くことはなかった。同時期の夜:肛門ドレーン先端部位の激しい痛み。約1分おきと断続的に肛門の奥が搾り取られるような痛み(しぶり腹、と呼ばれている症状のひとつに似ていた)。
18時頃から翌日4時頃の眠くなるまで断続的に痛みが継続。
痛み止め点滴を2回お願いしても痛みの軽減効果は乏しく、翌朝、主治医へ報告して吸引圧を半分に減量→痛みは一旦軽減。6月17日:
肛門から出ているチューブは、位置がずれないようにお尻と糸で結ばれていた。その部位に貼られていたテープの交換時。肛門ドレーンとお尻を結んだ糸切れと位置ズレが判明。また、縫合部に化膿もあり。
糸切れなどを発見した看護師さんの提案で、ストレッチャーに乗った状態でシャワー(約1か月ぶり)。
臥位で全身シャワーと洗髪をしてくれて非常にさっぱりしたと同時に、お尻の状況も清潔に。予定を早めて造影剤CT検査を実施。
肛門ドレーン:お尻を位置ズレしないように再縫合予定だったが、断続的に続いている痛みが強いことを主治医に訴え。
画像からは特に問題は見られなかったが、痛みを考慮して肛門ドレーンは抜去に変更。
抜去後、ウソのように痛みが消失して、思わず涙が流れた。入院期間中で最もうれしかった瞬間だった。腹部ドレーン:位置調整(瘻孔閉鎖はもう少しの段階)
肛門ドレーン抜去後:排便は通常通りトイレ可能、ただし、いきみ禁止の指示あり。
6月17日処置後2時間:全身が軽くなる感覚、便意・ガス感が15分に1回程度と頻発し、腸の活動が活発化。
6月17日:腹部ドレーンの排液貯留バッグが頻繁にガスでパンパンになる問題があり、主治医判断で「開放」(排液を貯めずガーゼで垂れ流し)に変更。
2026年6月下旬頃:お粥から食事再開
6月末:食事再開。お粥(5分粥)と、おかずをミキサーでどろどろにした食事から。
正直、1か月ぶりの食事にもっと感動するかと思ったが、どろどろの見た目と食感で美味しいと思えず。後述のように食事のたびにやってくる便意もあり、「これなら点滴のままが良かったかも」と思ってしまったのが本音。
体力回復や術後の体調安定のために、食事が大切なことは十分承知しているが、喉もと過ぎれば、で人間って勝手なものだ。6月26日:お粥(3分粥)とミキサー食。
排便はガスと便の判別が難しい状態。数回、おむつにちょっと漏らす。排便直後の頻回便意もあり。ただ、トイレに行っても便は出ないことが多い。6月28日:主治医より、腹部ドレーンの排液がほぼないため抜去可能かもとの話。食事は三分粥+ミキサー食、点滴はまだ継続。
6月30日:血液検査(好中球・CRP・白血球を比較)の上、中心静脈点滴ポート(首)を抜去 → TPN終了、経口摂取のみの管理に移行。
同日:残る管理対象は腹部ドレーンのみ(週1回のドレーン交換継続、今週中にCT検査で状態確認予定)。
排便障害
食事をしている最中に急な便意あり
胃結腸反応。食べ物が胃に入るとその刺激が神経やホルモンを介して大腸に伝わり、大腸が活発に動き出して便を直腸へ送り出す、体に備わった自然な生理現象。
1度トイレへ行っても、2,3分もすると再び便意が発生して非常に困る。
便があまり出ないのに強い便意が起き、残便感もあり。
食事以外のときも便意が起き、トイレは1日10〜20回と頻回。
便意のきっかけが強く出るのは以下の時。
食事
ベッドから起き上がり座位になった時
ベッドでの座位の時間を増やすことで体が慣れたようで、少しずつ座位のときの便意回数が減少。
2026年7月:退院〜自宅療養
7月14日:お粥生活のまま退院。
いつ便意が出るか分からないので、退院時も含めて、しばらくはおむつをした生活のままにしようかとも悩んだが、この際、試しにおむつは卒業してみた。
結果として、退院後に便を漏らしたのは1回だけ。おならと思ったら実が数ミリ程度出てしまった。7月14日〜7月31日:自宅(実家)療養、お粥生活継続。お粥は作るのも面倒なので、Amazonのレトルトお粥を愛用。退院前に病院から注文しておいた。
7月14日以降:入浴は自宅でシャワー浴のみで対応。傷口は塞がってはいるが、念のため湯船には浸からず生活する。
7月27日:退院後、初めての外科外来通院
血液検査および診察(お腹の触診、体調についての問診)。
今後行う5年間の経過観察・検査内容の説明を受ける。
2026年8月:自宅療養継続
8月1日〜:お粥メインの食生活を継続。
食事メニューはほぼ固定で、手間なく用意できることを優先。用意していた食材は以下のもの。Amazonのお粥(白がゆ)
はごろもの健康シリーズの魚のパウチ
サラダチキン(プレーン味)
温泉卵
たいみそ(入院中に病院でたまに出た小分けのみそ。気に入ってAmazonで購入)
セブンイレブンの銀鮭の塩焼き(これは1日1回は食べるほどでお世話になった。値段はそこそこするけど手間なくレンチンでタンパク質が摂れるし美味しい)
紀文の厚焼き卵焼き
雪印の6Pチーズ
おやつに、卵ぼーろ、森永のマリービスケット、しょうゆ煎餅(口に長く含んで唾液で柔らかく)、カステラ
お粥に飽きて8月2週目頃から、食パン(最初は耳は取り除いて柔らかい部分のみ)、そうめん(乾麺)も導入。
明治ブルガリアヨーグルト(プレーン)、はちみつ、はごろもの白桃など。
8月24日:退院後2回目の外科外来通院
診察(体調についての問診)
退院後、1回目の検査予約
血液検査、造影剤CT
この検査結果の値が、今後5年間の経過観察の基準となる。
8月末:猛暑続きで外出もあまりできず、体力回復は自分でも大きくは進んでない。
ただ、退院直後の寝起きで腹筋や体中が筋肉痛になった状態は脱している。長い入院生活でベッドなどが細かい病院の環境が、いかに体をいたわる作りでできていたのかを実感。一方、お腹の具合は着実に改善。食事中の便意の激しさは日に日に軽減し、便意を意識的に我慢することもできるように。すぐにトイレにいくのではなく数分でも我慢することで弱った骨盤底筋の機能を呼び起こす目的。
2026年9月:自宅療養生活(食事を軟飯に食上げ)
長らくお粥生活だったが、自炊による軟飯へのランクアップに挑戦中。また、野菜スープなど健康を考えた食事、まだ術後に試していない食材を少しずつ取り入れることにもチャレンジ中。
9月18日現在の最新食事メニュー
軟飯(白米1合に対して水400ミリリットル)
野菜スープ(玉ねぎ、ニンジン、白菜、小松菜を電気圧力鍋にとろとろに煮込む。鶏肉団子入り。味は今のところコンソメキューブ)
鮭のホイル焼き
冷や奴(絹豆腐)
納豆
食パン(もう耳も食べる)
目玉焼き or スクランブルエッグ(1食でだいたい2個使う)
明治ブルガリアヨーグルト(はちみつがけ)
おやつは以前と変わらず
1日1杯だけドリップコーヒー導入(牛乳を加えて胃腸に優しく&牛乳もチャレンジ)
1日1杯だけ、粉末のカフェラテも導入
お腹の調子
1週間に1回程度、夕方から夜にかけて便が頻回になるタイミングあり。
一度なると便を出し切るまで止まらなくなり、10〜20分に1回立て続けにトイレに行くことに。これが1〜2時間続くと結構きつい。最初は昨晩や朝の食事が影響しているかとも思ったが、あまり関係がないと自己分析。日中の座位時間が長かったり、いつもより活動的だったりすることも影響していそうだが、確定的なことはいまいち分からない。
いずれにしても術後の排便障害としては「よくあること」で「少しずつ良くなるのが一般的」のようなので、焦らず付き合っていくしかない。
参考になるサイト:
直腸がん術後の排便障害 With LARS
https://lars-navi.com/
