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令和妖怪譚 赤シャグマ 番外編 封建絵巻

     その1


     外出先から帰ると、女子会が盛り上がっていた。
     仕事がオフなのか、赤シャグマ全員が集まっている。
     以前なら、声をかけても儀礼的に「お帰りなさい」の一言だった。盲導犬・エヴァンがきてからは、みんなの注意を独占してしまう。話がそっちのけになってはと思い、小杉はしばらく聞き耳を立てていた。

    「いやーね。男の人って」
     おのぶの声だった。秘境に生まれたせいか、人一倍、純真だ。
    「エッチだったんだね。本当だとしたら、肩身が狭いわ」
     と妻。
    「おばあちゃん。エッチってどんなこと?」
     おみよがすかさず突っ込みを入れた。小杉の生家のあった千足村せんぞくむら のとなり村の出身だ。
    「変態ってこと。アルファベットでHENTAIって書くのよ。その頭文字」
     小杉に聞き齧かじったことを妻が得意になって解説する。
    「そうなんだ。おばあちゃんは大丈夫だったの」
     ユキが心配している。メンバーの中で最も不幸な過去を背負っている。最近、当地の生まれであることが判明した。

     小杉には話が読めなかった。
    「だけど、おじいちゃんはちゃんとした人よ。ねえ」
    「そうよ、そうよ。あんまりだわ」
     キヨがおふみに同意を求めたみたいだった。キヨは妖怪で有名な村の生まれ。おふみは吉野川を挟んだ対岸の出だ。
    「昔はね、女の社会的地位って低かったのよ」
     と、リーダー格のはつゑ。近辺ではもっとも大きな松尾村で生まれ、いろいろなことを見聞きしている。
    「もう、その話やめてよ。あんまりよ。幸助さん、そんな人じゃなかったわ」
     およしが甲高い声を上げた。

     その2


     やっと話が見えてきた。
     身を乗り出していたところをおよしに気付かれたようだった。
    「あ、エヴァン、お帰りなさい」
     およしが近づいてきた。小杉とエヴァンを話の輪に入れようとした。

     赤シャグマたちは小さい。身長はエヴァンと同じくらいだ。極貧の農家(江戸時代は百姓家ひゃくしょうやと言ったらしい)に生まれ、餓死寸前のところを赤シャグマに転生することで救われた。以来、空腹を感じたことはない。何も食べないためか、姿かたちは幼児のまま。一般の幼児と差別化するため、神により、髪を赤くされた。

     何世紀も無職、プータローをやっていたわけではない。気に入った家があれば棲みつき、裕福にするのが、赤シャグマたちに課された使命だった。特別なことをやるわけではない。暇なので寝ている家人の足の裏をくすぐっているうち、いつしかくすぐりのスペシャリストに。赤シャグマといえば、「赤毛のおかっぱ」「福の神」「くすぐり」で広く知られてきた。
     最近では小杉の妻に家事を仕込まれたことがきっかけで訪問介護にも進出、さらに、こども食堂や保育所の運営にも関わるなど福祉施策の重要な担い手として注目を集めている。

     ところで、小杉は祖先の幸助については、いろいろ聞かされてきた。学校でからかわれたこともあった。
     根も葉もないことと突っぱねてきた。しかし、赤シャグマたちが小杉家に出入りするようになって、およしの昔話を聞くうち、動かし難い事実を突きつけられた。

     およしの父親は幸助の伯父だったことが判明した。小杉とおよしはルーツを同じくしていたのだった。
     およしと小杉の生誕地・千足村は秘境の入り口、吉野川と支流の祖谷いや川に挟まれた小さな村である。農作物の栽培には適していなかった。しかし、村の奥地では良質な矢竹が獲れ、藩に鏑矢かぶらやを献上してきた。
     矢の職人が亡くなり、器用さを買われて、となり村から若者がコンバートされた。およしの父親の甥っ子・幸助だった。幸助はおよしの家の横に小屋を建ててもらい、仕事場兼寝所とした。

     幸助は妹のようにおよしを可愛がった。大飢饉が襲い、およし一家に食べ物がなくなった時には、幸助も野山に出て田畑を開墾すると言い出した。しかし、それでは村の伝統産業の火が消える。一家が出した結論は、口減らしのためにおよしを赤シャグマにしてもらうことだった。

     幸助はおよしの不幸を忘れようと、一心に腕を磨いた。並ぶ者のなき名人に成長し、いつしか、若年ながら、村を代表して藩に矢を献上するまでになっていた。
    「幸助とやら、いつも素晴らしい矢をかたじけない。なんぞ望みのものがあれば、申してみよ」
     ある日、殿から直々に声をかけられた。

    「ははぁ。あの奥女中を所望いたしたく…」
     居並ぶ家臣たちは顔を見合わせた。幸助の首が飛ぶところを想像した。不心得者を出入りさせた家臣の責任も免れなかった。
     さすがの藩主だった。二言にごんはなかった。奥女中の意向を尋ね、暇を取ることを許した。

     奥女中はおきみといった。徳島城下の生まれ育ちだった。幸助はおきみを連れて西に向かった。吉野川の左右に阿讃山脈と四国山地の山々が迫ってくると、行き交う人はまばらになる。聞こえてくるのは鳥獣類の鳴き声くらいだった。おきみはついに弱音を吐いた。
    「もうちょっとで、千足村に着く。千足は徳島ほどにぎやかではないが、大きな村じゃ」
     引き返したがるおきみを、幸助はなだめすかした。

     祖谷川が吉野川に合流する地点から、祖谷川の西岸に連なる山々のすそを進み、ついに千足村に帰還した。長旅がたたり、おきみは健康を害した。幸助はかいがいしく病妻の世話をし、男児を授かったものの、おきみは愛児の初節句を待たず、この世を去った。
    「寂しい。寂しい」
     おきみの口癖だったらしい。
     村の衆が幸助一家をやっかみ半分、冷ややかな目で見ていたことは言うまでもない。幸助は好色、嘘つき、かどわかしの代名詞とされた。

     その3


    「およしちゃん。千足村って、そんなに寂しい村だったの」
     ユキが訊いた。
    「ウチが生まれた頃は九軒あったかな。いちばん多い時で二二軒。これは昭和時代よ。ねえ、おじいちゃん」
    「そうだったね。今は三軒に六人が住んでるだけ。生活するのが不便みたい。そういうの、限界集落って言うんだよ」
     小杉も話し合いに参加した。

    「イノシシやタヌキと同じくらい人がいたし、吉野川の川港まで山道を歩いて四時間くらいだったもん。便利だったよ」
     およしの言う川港は祖谷川の合流地点あたりに開けていた。吉野川をのぼってきた平田舟から荷物が陸揚げされ、帰りは農産物やタバコを積んで吉野川をくだっていった。上りに七日、くだりに三日を要した。
    「わ、川港か。お店とかあって、人が集まってたよね」
     おのぶが反応した。それにしても、よく覚えている。

     おのぶは秘境の中でも最奥地の生まれだった。
    「祖谷川に沿って街道ができたのがほんの百年前でしょ。それまで私たちは馬を引いて山越えし、はつゑちゃんの村を通って都会に出てきたのよ。難所を過ぎて、眼下に祖谷川の流れ、はるかかなたに千足村が見えてくると『よう頑張った!』ってお父とうに褒ほめられたなあ」
     四国山地特有の険しい山が連なっている。子どもの足で越えてくるなど想像を絶した。

    「街道が抜けて、秘境にバスが入ってきた時には村の衆が踊って出迎えたって聞いたよ。あの頃のバスはギューギュー詰め。ウチなんかシートの下や乗客の足元に身をかがめて乗っていたのよ」
     おみよが肩をすくめて見せた。

     混むことで有名な路線だった。途中に商店街があり、近くには学校も建てられた。千足村やはつゑの松尾村、おみよの山貝村など周囲の村から人々が集まり、沿線随一の賑わいをみせていた。商店街のバス停でも何人もがバスを待つ。定員などあってなきがごとし。バスは積み残しを出すことなく、はち切れんばかりに乗客を乗せ、悪路をゆっさゆっさと走っていた。

     この人の流れはあることで一変した。街道の途中から、キヨの村に抜けるバイパスが開通したのだった。キヨの村には鉄道が走り、風光明媚なことから人気の観光地になっていた。
     折からのモータリゼーション、自家用車の普及とあいまって、バスの乗客は目に見えて減少していった。さらに、高度経済成長期を通して働き手は大都市に吸引され、どの村も過疎化が進んだ。小杉の地元の商店街に閑古鳥が鳴き、廃墟と化すのは時間の問題だった。

    「あそこがあんなに寂れるなんて、思っても見なかったわ」
     はつゑがため息をついた。
     日本の中世から近世、近代、現代へ、地域の盛衰を目の当たりにしてきた赤シャグマたちだった。

     妻が席を立った。
    「なんだか難しい話になってきたねえ。もう、お茶にしましょ」
     小さなカップに七つ、普通のカップに二つ、紅茶を入れてきた。ショートケーキも二つあった。
    「おじいちゃんは甘いもの食べないのだから、一個だけにしたら。おばあちゃん、食べ過ぎよ」
     おみよはよく観察している。
    「そういうわけにいかないのよ。主婦としては人数分は出さないとね。食べる食べないは、おじいちゃんの勝手。食べ物を粗末にしたらバチが当たるから、私が処理してるだけ」
     また、妻一流の理論を展開した。

     その4


    「おのぶさん。あんたはほんまにようしてくれるなあ。なんぞお礼したいけんど、あんたはなんにも食べんし、あんたに合うようなきものもないし。そうや、大合併の時に発行された『秘境の記憶』、あれをあげよう。なつかしい写真が出てくるよ」
     おきんさんが奥に入って行った。

     おきんさんが「赤シャグマ介護センター」を利用するようになって半年。おのぶとは同郷だったことから、よく話が弾んだ。
     おきんさんが本のホコリを払いながら奥から出てきた。写真集だった。
     平成の大合併により、おのぶたちが生まれた村は市に併合された。歴史ある村の名が消滅することを惜しんで出版されたものだった。おのぶはありがたく頂戴した。

     おのぶは暇さえあれば写真集を開いた。
     大きな四角い建物は村役場と思われた。子どもたちが椅子に腰かけ、緊張した面持ちで前を向いて座っているのは学校のようだった。満員バスのデッキに車掌が体半分乗り出しているのは、どこでも見られた光景だった。
     牛が畑を鋤すいているのもあった。勾配の急な畑で七、八人ほどが横一列になり、土を掻き上げているのは、伝統の傾斜地農法だった。ソバは昔ながらの手法で打たれていた。かずら橋はすぐに分かった。山で木を伐採する木こりの写真などもあった。

     たくさんの写真の中に、おのぶの記憶と重なるものが一枚だけあった。
     くさむらに石碑が建っていた。周囲の地形はおのぶが五歳まで遊んだ場所にほかならなかった。おのぶの家はちょうどくさむらあたりにあった。
     おきんさん宅を訪問した時、おのぶはその写真のことを尋ねてみた。
    「おのぶちゃん、あれは甚兵衛という人の石碑じゃよ」
     おのぶは息を呑んだ。おのぶの父親だった。
    「こんな言い伝えがあってのう」

     その5


     江戸時代初期。その年も大飢饉だった。代官所から年貢加増を通達され、村の庄屋は困り果てていた。
     極貧の百姓は「一揆やむなし」だった。土地が肥え少し余裕のある百姓は「時期尚早」を唱えた。庄屋はほかの村の動きも気になった。取り敢えず近くの村の様子を聴くべく、手紙をしたため、懇意にしている甚兵衛へ密かに託したのだった。

     甚兵衛はゆくえ知れずとなった。甚兵衛が向かったはずの村でも、甚兵衛を見た者はいなかった。総がかりで探した。
    「崖からどまくれて(転げ落ちて)死んどった」
     甚兵衛が発見された。崖の中ほどに抜かれた道は狭く、道中で最大の難所とされる場所だった。
    「それにしても、甚兵衛さんほどの者が足を滑らせるとは」
     村の衆はいぶかった。
     手紙が見つからなかったため、事故死ではなかったことが判明した。強硬派も穏健派もお互いに知らぬ存ぜぬを通した。
     庄屋は藩に内通したり、ほかの村に加勢を求めたりするための手紙ではなかったことを話し、手にかけた者に猛省を促した。早まった行動であったことに村じゅうが気付き、甚兵衛の碑を建てて厚く葬った。
     甚兵衛の発見された難所は「甚兵衛転がし」と言われるようになった。

     その6


    「ウチが赤シャグマになった後で、そんなことがあったんだ」
     おのぶは衝撃を受けた。
     今思えば、おのぶの家は村で一、二を争うほど貧しかった。食べるものがなくなり、父親が土壁に使われている藁わらを集めて鍋で煮たことがあった。おのぶが口にするのを嫌がると、両親はおのぶを抱き締めて泣いた。あの時、おのぶを赤シャグマにするよう。神様にお願いする決心をしたのだろう。

     赤シャグマになり、おのぶは村を出された。
    「一人で生きていくんじゃ。絶対に村に戻ろうなんて気を起こすな」
     父親にきびしく言い渡された。
     一揆の近いことを察した両親の配慮だったに違いない。

     甚兵衛は強硬派の一人だった。仮に要求が通っても、首謀者とその家族は処刑される運命にあった。
     村で一揆が起きたことをおのぶは川港近くの商家で聞いた。藩の鎮圧隊が派遣された。最初は松尾村経由で攻め入ったところ、有名な難所で撃退されてしまう。次に、満を持し、千足村を越えて進軍した。一揆は鎮圧され、関係者に厳しい処分がされたとのことだった。

    「おのぶちゃん。どうしたん。涙なんか流して」
     おきんさんの声で我に返った。
    「うううん。何でもない」
     おのぶはかぶりを振って、作り笑いした。

    「それより、おきんさん。昔ばなし聞かせてあげようか」
    「いいねえ。おのぶちゃんが聞いて育った話かい」
    「違うの。千足村に伝わる話。
     昔むかし、千足村に幸助という弓の矢をつくる職人がおりました…」
     ややあって、二人の笑い声が聞こえてきた。

     
     

    yamayamaya

     
     
    鍼灸師 弱視で盲導犬ユーザー 関東から四国にUターンし 過疎地で治療院経営の傍ら 執筆活動にいそしんでいます